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“こちら”の世界の石動誠がD-バスターをその性格から軽んじていたように、“向こう”の世界の石動誠もまたD-バスターの事を取るに足らない相手だと思っていた。
自分が元々いた世界では数十体ずつまとめて撃破してきた相手なのだ。
改造型のD-バスターに右腕を破壊された事もあったが、それはD-バスターの性能ゆえにというよりはどちらかというと改造型D-バスターを操る「虎の王」の不可思議な能力によるもの。
しかも敵はただの1体。
2体現れたD-バスターの内の1体は自転車を返しに去って行っていた。
平行世界の石動誠はネットカフェに設置されていたパソコンを使用して先週の金曜に起きた騒動の動画を見ていたが、“こちら”の世界のD-バスターはそれぞれ別の専用武装をもつようだった。だが目の前のD-バスターが使うのは両腕の前腕部から展開した3連装の速射式ビームガン。
3連装ビームガンは“向こう”の世界で大量生産されていたD-バスターシリーズが標準装備していた武装であり、すでに何度もそれを装備するアンドロイドと戦った事のある石動誠が有する電脳は十分な予測機能を発揮できるだけのデータは取得済みである。彼にとってはもっとも戦いやすい相手であると言ってもいい。
(ほらな。やっぱりお前はそう動く……)
D-バスターの1体程度、赤子の手を捻るようなものだと変身することもなく戦う事に決めたのも石動誠がD-バスターを完全に舐めきっている証拠と言っていいだろう。
D-バスターは電脳の予測通りに接近戦を仕掛けるべく距離を詰めようと真っ直ぐに突っ込んできていた。
戦闘開始時点で指呼の距離。
これまでも市街戦などで接近を許してしまっていたD-バスターは決まって接近戦を仕掛けてきていたのだ。
ビームガンの乱射で牽制し、距離を詰めて格闘戦。その後はダウンを取るなりよろけさせるして必中のビームガンで勝負を決めるつもりなのだろう。
もっとも、これまで数度、人間態でD-バスターに格闘戦を挑まれた事はあれど、遅れをとった事はただの1度としてない。
そもそもの性能が違いすぎる。
むしろ石動誠は怪人態へ変身していなかったとはいえ、出力調整機能をコンバットモードにしていたせいで“こちら”の自分に時空間エンジンの反応を探知される事を心配していたくらいだ。
一方、対するD-バスター1号も自分が2人の石動誠に軽んじられているのは分かっていた。
それでも彼女は“こちら”の石動誠を好ましく思っている。
なにせD-バスターの「D」とはデスサイズのD、そして彼の兄であるデビルクローのD。
そんな名前のアンドロイドを相手にして一方的に拒絶されないだけマシだと思っているくらいだ。
子供らしさを残した外見は元が子守り用のAIであるD-バスターの保護欲を刺激していたし、こまっしゃくれた態度もまるで弟のように思えていたくらいである。
「パイセン」と呼んだ時の苦虫を噛み潰したような顔も面白いし、前に悪魔ベリアルが死んだ時に見せた寂しそうな背中はとても辛そうなものだった。
そんな彼を見て体のほとんどが作り物であっても石動誠は人間なのだとつくづく思い知らされていた。
それに目でちょくちょく羽沢真愛を探す石動誠は気持ちを隠すつもりがあるのか不思議なほどで、一方で1度でも世界の中心にいた事のある者特有の鈍感さを持つ羽沢真愛との距離感は少年少女らしくて微笑ましいとも思える。
それは彼らが消耗品のアンドロイドとして作られた自分には無い未来を持ち得ているが故だろうか?
D-バスター1号は悪を為す者たちである「UN-DEAD」に作られたが故に、異星の技術で作られているが故に地球人SF作家アシモフが提唱した「ロボット3原則」は実装されていない。知識として知っているくらいだ。
アシモフのロボットは永い、悠久とも思える長い時をかけて自ら「第0条」へとたどり着き、人類を導いていったという。
生憎とD-バスターはアシモフのロボットのように超越者のような視点には立てない。
ただ気持ちは分かるような気はしていた。
子守り用AI由来の共感能力に、子供の自主独立性を育てるためのハイパー・ファジー機能がなせる錯覚か。
D-バスター1号にとって愚かしくも好ましい少年少女を守るために戦う事に躊躇はない。
D-バスターの情報保全はユルユル。リミッター解除の条件もユルユル。
だが石動誠と羽沢真愛を守ろうという決意だけは堅かった。
たとえ勝利への道筋がまるで見えなくとも、自身の消滅と引き換えに時間を稼ぐことができるのならば悔いは無い。
まっすぐに突っ込んでいくD-バスターに石動誠はビームマグナムの撃鉄を起こして慎重に未来位置を予測。
接近戦を仕掛けようとするD-バスターに対し、ビームマグナムを向けた場合、彼我の距離1.8メートルの時点で右側面へと回ろうとするハズ。
電脳の予測はピタリと的中。
銃を持つ右手の死角へ回ろうとD-バスターが姿勢を低くして跳び込んでくるのを右を向きつつの左方向へのステップでいなしながらビームマグナムを発射。
必中。外れるハズが無い1発だった。
だが太いビームの光条は駐車場へ穴を開け、穴の周囲のアスファルトをマグマのように赤く変えていただけ。
「……ッ!?」
D-バスターは電脳の予測を遥かに超えて加速して跳び、ビームを回避していたのだ。
無論、この至近距離で亜光速のビームが発射されてから回避できるわけがない。
つまりは石動誠がビームマグナムの引き金を引いた時、すでにD-バスターは射線にいなかったのだ。
“向こう”と“こちら”、2つの世界におけるD-バスターの違い。
それは生産機数にある。
“向こう”の世界においては指揮官型、標準型合わせて144機が生産されていたD-バスターシリーズの“こちら”の世界での生産機数は僅かに5機。
僅か5機でデスサイズ、あるいはデビルクローという大アルカナと戦うため、そのAIはリスクマネジメント能力を意図的に省かれていたのだ。
射撃兵装である3連装ビームガン、石動兄弟抹殺光線を有するD-バスター1号は味方へ危害を与える事が無いように他の同型機に比べて慎重な性格ではあるものの、0か0.1であるかにどれほどの意味があるというのだろう。
特に1対1という同士討ちの心配が無いこの状況。
D-バスター1号の人工頭脳は必要とあらば鼻歌混じりにノーロープバンジージャンプに挑めるほどに先鋭化している。
そのか細い糸を手繰り寄せるような、着地に失敗して無様にアスファルトにキスするかもしれないような無茶な跳躍によって、石動誠の電脳の予測を超えたのだ。
「ホワタァァァ!!」
そのままD-バスターは退き足をまるで考えずに突っ込こんでアッパーカットをお見舞い。そのまま前腕部のビームガンを発射。
石動誠もバックステップで逃れようとするものの、先にステップでD-バスターをいなしていたがためにバックステップが遅れてしまう。
ビームガンの直撃は避けたものの、D-バスター1号の拳は僅かに、だが確実に少年の顎へとかすっていたのだ。
ダメージと呼べるようなものは無い。
だが少年にとってそれはまるで天地がひっくり返るような衝撃を与えていた。
反対に天へと上るビームの青い閃光は彼女たちの雄叫びのように轟く。
「馬鹿な!? D-バスターが僕に触れただと……?」




