52-5
「おい~っス! おつかれちゃ~ん!」
「ハハッ! ホントこっちの石動誠と見た目は変わんね~のな!」
2体のD-バスターは展望台駐車場入り口付近に自転車を止め、ヘラヘラと笑いながら石動誠へと近づいていく。
2体の内、1体はママチャリの籠から何やら風呂敷包みを取り出して持っていた。
「はぁ……。帰ってくんない?」
いかにも親しげな様子のアンドロイド2体に対して少年はあからさまに面倒臭そうな顔を向ける。
平行世界の石動誠からすればD-バスターはある意味では厄介な相手であった。
それは考えようによっては“向こう”の世界で「虎の王」の攻撃端末と化した脳波コントロール対応型D-バスター、ヘッツァーよりも相手にしたくない相手だったと言ってもいい。
まず数が多い。
同型機がやられてもやられても次から次へと突っ込んでくる同じ顔をした女性型アンドロイドの群れは終末の騎士と呼ばれる破壊者に残された僅かな人間らしい精神をゴリゴリとすり減らしてくれるのだ。
殴り倒しても、ビームで撃ち抜いても、大鎌で切り裂いても、勝ち目なんか無くとも我先にと突っ込んでくる同じ顔をした集団。
さらに何を考えてそんな設計にしたのか戦闘モードに入ったD-バスターは10分ほどの時間で自壊して爆発していく。
まるでアクションゲームやRPGの自爆系の雑魚キャラのようではないか。
ワケが分からないといえば設計以上にD-バスターたちが持つその精神性である。
勝ち目なんか無いハズのD-バスターたちが遮二無二突っ込んでくる事自体も恐怖であるが、それ以上に破壊されて頭部だけのまるで生首のようになったD-バスターだ。まるで何かのサービス精神の発露だと言わんばかりにウインクを投げかけてくるD-バスターの頭部はこれまで幾度となく夢に出てくることになっていた。
そしてこちらの世界でもD-バスターは変わらぬ顔をして終末の騎士の前へと現れたのだ。
今はまだ2体のみ。
2体だけならば変身せずとも10秒以内に破壊可能だ。
だが、これまでに143体のD-バスターを撃破していた少年からすれば、今この2体を手にかけてしまえば再び“こっち”の世界でもまた軍隊アリのようなD-バスターとの戦闘が待っているのではないかという煩わしさが頭を支配していた。
「帰れって? おいおい、随分とツレないじゃないの?」
「なあ? お前と“私たち”の仲じゃないか~」
相変わらずヘラヘラとした笑い方をするアンドロイドたちだった。
事情を知らないのなら美しく整った顔で屈託の無い笑顔を浮かべられれば親しみやすさを感じていたであろうが、少年が感じたのはまったくの逆の感情。
石動誠は魂無きハズのアンドロイドの笑顔から明確な敵意を感じ取っていた。
「僕とお前たちの仲? ……事情を知っているとでも?」
D-バスターの1体が口にした「私たち」という言葉。
その言葉がここにいる2体や“こちら”の世界のD-バスターたちの事を指すのではなく、自分が“向こう”で破壊してきた100体以上のD-バスターたちを含めての言葉に思えてならなかったのだ。
「察しが悪いなぁ~。いちいち言わなきゃ分かんない?」
「……さっき、『こっちの石動誠』って言ったよね? つまりは僕がどういう存在か知っているって事だ」
「おっ! 上出来、上出来。頭でも撫でてやりたいくらいだよ!」
手を伸ばせば届くような距離にまで近づいてきていたD-バスターの1体が持っていた風呂敷包みを解くと中身は黒い漆塗りの重箱だった。
「なんだ。またオハギか……」
「また?」
「“お前たち”からオハギを貰うのはこれで3回目だ。そして宇宙船暮らしの長かった異星人の技術で作られているお前たちは食べ物に毒を入れたりしないってのも知ってる。……まっ、そもそも毒なんて効かないんだけどね」
少年は手をジーンズで拭ってから重箱の中に手を突っ込んで俵型のオハギを1個取り出すと「頂いても?」と聞くように首を傾げて見せる。
対して2体のアンドロイドも微笑を返して肯定の意思を伝えた。
「どうせ、アレだろ? 『ワンチャン、餅を喉に詰まらせて死なないかな?』なんて思ってるんだろ? 日本人として言わせてもらうとオハギがお餅かどうかはともかく、仮に餅だったとしてもオハギみたいな米粒が残ってるようなのは喉に詰まらないと思うよ? そもそも、そういう年じゃないし」
「フッ! たとえどんなにか細い可能性であろうとも、その可能性を諦めたりしないように私たちは作られているのよ!」
少年は「何、言ってんだ? コイツ……」とでも言ってやりたいのを押さえてオハギにかぶりつく。
しっとりと滑らか、しっかりと小豆の香りを残した餡のコッテリとした甘さの後に粒感の残った餅がクドさを薄めてくれる。
「お! 美味しい……」
「そうだろ! そうだろ~!」
「え? 腕、上げた? いや、こういう言い方はおかしいか? まさか“この世界”はD-バスターが料理上手な世界線?」
粒餡に残った小豆の皮は程よい硬さ、餡のザラつきも無い。
餅は瑞々しくもけして水っぽいわけではない。
“向こう”の世界で食べたD-バスターのオハギとはまるで雲泥の差である。
「いや、それ作ったの私らじゃなくてバーチャンたちだからじゃね?」
「……それでなんでお前らが得意気なんだよ!?」
「まぁまぁ、もう1個食う?」
D-バスターの調子の良さに思わず溜息が零れるが、ネットカフェやスーパー銭湯のレトルトや冷凍食品に飽いていた身には捨てがたい魅力のあるオハギだった。
気が付くと展望台の手すりにもたれかかりながらD-バスターから重箱を受け取り、もう1個どころか2個、3個とがっつくようにしてオハギを貪っていた。
3個目のオハギが半分ほど無くなったところで、自分と同じように手すりに背中を持たれかけていた2体のアンドロイドが微笑を浮かべて自分を見ているのに気付く。
「……言っておくけど、仮に餅を喉に詰まらせても死なないよ? 宇宙空間でも活動できる改造人間が気道を塞がれたくらいでなんで死ぬと思うのさ?」
「そうじゃない。そうじゃないよ」
「ほれ。私らは元が子守り用のAIだから子供がしっかり食べてるトコ見てると安心するのよ」
アンドロイドたちは苦笑して自分たちが見ていては食べづらいのかとでも思ったのか、示し合わせたように顔を反らして街の夜景へと目を向ける。
「私たちは子守り用AIをベースに作られた戦闘用AIだ」
「ベビーシッターと戦士。私たちにとってどちらが上位なのかは分からないけど、君が私たちのダチを殺そうとするなら私たちは戦士として戦うだろう」
「君は私たちに『帰れ』って言うけれど、君の方こそ帰ってくれないかな?」
平行世界の石動誠の石動誠にとってD-バスターと話をするのは初めてだったといってもいい。
元いた世界でオハギを進められた時だってウン十体の同じ顔に見つめられては落ち着いて話をするという雰囲気にはならなかったのだ。
「君のお兄さんに手を貸してやれなくて悪かったな。“そっち”には山ほど“私たち”がいたんだろ? きっと私たちの完成が早ければデビルクローに手を貸してやれてたんじゃないかな?」
「……機械に謝られる筋合いじゃないよ」
「かといって君が“こっち”の真愛ちゃんを殺そうってのも筋違いだろ?」
少年は話を聞きながら黙って重箱の蓋を閉める。
名残惜しそうに指に着いた餡を舐めとって未練を振り切るように背をもたれかけさせていた手すりから跳ねるように離れる。
「もしかして僕がいた世界のお前たちは罪滅ぼしのつもりでオハギを作ってきてくれたのかな? 「のどに詰まらせて死ぬかも」ってのは照れ隠しかなんかで……」
「さあな」
「確かに“こっち”の世界の羽沢真愛を殺すのは筋違いだろう。でも、僕はもう止まる事なんかできないんだよ!」
どちらが先に動いたのだろうか?
石動誠はビームマグナムを、D-バスターの内の1体は右手首から展開した3連装ビームガンをそれぞれ向けあっていた。
「んじゃ、私はチャリ持って帰るから」
「いやいや、何シレっと1人だけ帰ろうとしてるんだよ!」
ビームガンを展開した1体に後を託すようにもう1体がスタコラサッサとその場を去ろうとするのを少年は引き留める。
「え~。だって、あの自転車、宇佐ちゃんと伽羅ちゃんのヤツを黙って借りてきたのだし……」
「ちゃ、チャリパクかよ!?」
「無断借用だけど、パクっちゃいないよ!? このまま君が私を帰してくれればね! ていうかさっきは『帰ってくれ』って言ってたじゃん?」
揚げ足を取って「どうする?」とでも言いたげに勝ち誇ったような顔のD-バスターに少年はしばし考えこんだ後で重箱を渡し、「シッシッ!」と追いやるように手で合図して帰す。
「そっちの言い分通りに1体は逃がしてやったんだから、代わりに僕の言う事も聞いてくれない?」
「なにさ?」
「君が破壊される前に羽沢真愛の居場所を教えてよ。そうすれば君を破壊する必要もなくなる。ロボット3原則は知ってるでしょ?」
自転車を持って帰る役のD-バスターは駐車場の入り口に停めてあった2台の自転車を両手で押しながら小走りで進み、じきに姿が見えなくなっていった。
残るビームガンを展開した1体が少年の言葉におかしそうに首を傾げて笑ってみせる。
「ロボット3原則、第3条『ロボットは第1条、第2条に違反しない限り自己を守らなければならない』。羽沢真愛は君の所有者ではないハズ。なら第1条『ロボットは人間を害してはならない。また、その危険を看過することにより人間に害を与えてはならない』よりも第3条を優先してもいいんじゃない?」
「ロボット3原則、第0条! 『ロボットは人類を害してはならない。また、その危険を看過することにより人類に害を与えてはならない』! そして『第0条は第1条から第3条よりも優先される』!」
既に解除されていたリミッターにより生み出されるエネルギーによりD-バスター1号の3連装ビームガンが火を吹いた。
3連装によって1門あたりの負担を減らす事によりD-バスター1号は機体が自壊するまでの時間、オーバーヒートを気にすることなくビームを撃ち続ける事ができるのだ。
「石動誠! いや、ペイルライダー! 君を生かしておく事は人類への危険を見過ごす事と同じだ! たとえ、それが別の世界の話であっても!」
石動誠もビームマグナムの引き金を引く。
太い光条が天へと伸びるが、D-バスター1号はすんでの所で大出力のプラズマ・ビームを躱していた。
躱したといっても摂氏数万度のビームは数十cmも離れていたというのに特殊プラスティック製の髪を焼いている。
だが、そんな事で止まるアンドロイドではない。
「1つだけ教えておいてやる! お前が“こっち”の石動誠の立場だったら、私らに真愛ちゃんの居場所を教えるのか!?」
「だ、だから何でそんなに偉そうなの!?」
実は“こっち”の世界のD-バスター。
1機だけ専用装備の設定をしてないの。




