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大気圏外への超特急と化した機動装甲忍者と平行世界の石動誠。
忍法、轟昇竜に使われるロケットは個体燃料が使われているが、一般的にスペースシャトルなどの有人機に使用されるのは液体燃料ロケットである。
当然ながら個体燃料ロケットでは出力の調整がほぼできないと言ってもいいほどに難しく、有人機のような繊細な出力調整が求められる場合は燃料自体の取り扱いの難しさがあっても液体燃料ロケットを利用するしかないのだ。
固体燃料ロケットは物質として安定しているために取り扱いこそ容易ではあるが、一度点火されてしまえば後は燃料が尽きるまで燃焼を続けるしかない。
そのため個体燃料ロケットはミサイルなどの兵器に使われる場合がほとんどである。
いわばロケットに点火した機動装甲忍者と、その腕に羽交い絞めにされた石動誠は1個の弾道ミサイルと化したと言ってもいい。
「が! あがががががッ!!」
強力な加速による加速度と空気抵抗はそれそのものが忍者の武器となり、轟昇竜の犠牲者が状況を把握する事を阻害する。
石動誠も唇や瞼が空気抵抗によって勝手にめくれ上がり、涎や涙が飛び散って酷い有様になっていたのはこれまで轟昇竜に掛けられた者たちと同様。
だが機動装甲忍者にとって誤算であったのは先に彼自身が使っていた河童を模したバルーンにあった。
わずか数十秒で大気圏外まで駆け上がる轟昇竜も石動誠にとっては不意に現れた河童の方がよほどインパクトが強いものであったのだ。
そのために結果的に轟昇竜がもたらす加速度や空気抵抗も河童から逃れるための「渡りに船」という状態。
無様に唇や瞼がめくれ上がり顔を歪ませていながらも、石動誠は精神的にはむしろホッとしているくらいである。
やがて2人が大気圏外に飛び出すと、忍者は巧みに脚部を操って推力のベクトルを変更し、今度は今来たばかりの大気圏へと一気に突入していく。
機動装甲忍者も軽量化のためにその装甲のほとんどを排除しているために大気圏突入の圧力からくる熱は脅威となりかねない。
だが、その腕に抱いた敵を盾にする事でボイル・シャルルの法則からくる圧力熱は自身には及ばないのだ。
これが機動装甲忍者、最大の大技であり荒技である忍法、機力飯綱落としである。
このままであれば石動誠もたとえ改造人間であろうとボロ雑巾のようにズタボロになって燃え尽きるのは間違いない。
だが石動誠は、たった1人で地球人類の抹殺を実行に移す終末の騎士はその時を待っていた。
推力線を変更し、加速度が弱まった瞬間を狙い定めて少年は羽交い絞めにされたまま左腕を胸の前へと掲げる。
「……変身ッ!!」
人口肺の中に残った空気が音となって出るものの、極めて希薄となった大気には大して響かず、体内の伝導音のみが聞こえてくる不思議な感覚ではあったものの、意図した行為自体にはまるで問題はない。
少年の左手首に変身ブレスレット「回る運命の輪」が現れ光が溢れだしていく。
やがて光が消え失せていったかと思うと、今度は左手首を中心に闇が溢れて少年の体を包み込んでいった。
「……あぁ、エラい目にあった」
東京H市から長野県へと続く山間部の山道。
山頂部の見晴らしの良い場所に作られた展望台に平行世界の石動誠の姿はあった。
街灯も無く、灯りといえば展望台と駐車場の間にある飲料の自動販売機のものと遥か遠くに見える街の夜景、そして夜空に浮かぶ月くらい。
「まさか大気圏突入させられるとは思わなかった……」
少年は自動販売機の灯りに自身を照らして、着ている服が破けていないか確認し終わると今度は駐車場へと目を向ける。
石動誠が心配していたのは高速で上昇している時の空気抵抗によって服がボロボロになっていないかという事。
これから羽沢真愛を捜索しなくてはいけないのにボロボロの服を着ていては周囲に奇異の目で見られるのではないかと思っていたのだ。
幸いパーカーはあちこち切り裂かれ、穴を開けられたようになっていたが、その下に着ていたTシャツのダメージは小さい。
穿いていたジーンズも穴だらけだが、こちらはパンク風のダメージジーンズで通りそうなくらいだ。
機動装甲忍者必殺の機力飯綱落としも平行世界の石動誠にとっては服のダメージを気にする程度の被害しか与える事ができなかったのだ。
「てか、ここ、どこだよ?」
悪態混じりの文句を投げかけた先、10台ほどの自動車が停められるようになっている駐車場のド真ん中に倒れているのは機動装甲忍者であったモノの残骸である。
ジーンズの尻ポケットから取り出した財布から小銭を取り出し自販機で缶入りのアイスココアを購入すると石動誠はさも呑気にもはや動く事のないパワード・スーツへと歩いていく。
「……たく、この非常識忍者野郎、一体、どんなツラしてやがったんだ?」
苛立ち紛れに残骸を蹴り飛ばして周囲を見渡す。
石動誠にはほぼダメージを与えられなかった機力飯綱落としであるがまったくの無意味というわけではなかった。
“こちら”の世界の石動誠から機動装甲忍者が依頼された「時間稼ぎ」という点に関してのみでは効果があったのだ。
轟昇竜で大気圏外まで急上昇してから再突入するという技の性質上、攻撃と敵集団からの離脱を同時に行う機力飯綱落としは攻防一体の技と言ってもいい。
だが今回はそれが石動誠をH市の外れ、長野との県境近くまで動かすという結果となって時間稼ぎに成功していたのだ。
缶のココアを飲みながら少年は壊れたパワード・スーツの中から装着者の死体を引きずり出して顔を見てやろうと仰向けに倒れた機動装甲忍者を足で蹴ってひっくり返す。
わざわざ死体を見ようとは悪趣味極まりないが、少年のそのような感性はとうの昔に麻痺していた。
だが足で蹴った時に妙な違和感を感じて、手にした缶を放り投げると手元に長剣を転送してパワード・スーツを断ち切る。
「え……? 空っぽ?」
スーツの中身は空。
まるで蝉の抜け殻のようにパワード・スーツには何も入っていなかったのだ。
「……空蝉の術というわけか」
忍者が離脱したのはいつだったというのだろうか?
思えば自分を羽交い絞めにしていたのも、大気圏外で足を振って反転したのもオートパイロットだったという事だろう。
だが、実際にいつパワード・スーツから忍者が抜け出していたのかとなるとさっぱり見当がつかなかった。
呆れるしかなくて軽く溜息をついて遠くに見える夜景へと目を移す。
(そういや、あのキチガイプロレス女もこの街の人間だっけ? なんだよ、この街……)
空爆で街全体を焦土にしてしまえば楽なのだろうが、少年はそうするつもりはなかった。
“こっち”の世界は兄が守った世界である。
できれば必要以上の死者は出したくはない。
殺すのは羽沢真愛と邪魔する者だけで十分だ。
だが、それは中々に厄介そうだと少年はもう1つ溜息をついた。
キキ! キキィ~!!
しばし街の夜景を眺めていた石動誠の背後から自転車のブレーキ音が聞こえてきて、こんな夜の山道に自転車とはなんだろうと振り返ると、そこには少年も良く知る顔が2つ並んでいた。
「おっ! いたいた!!」
「やっぱ、さっきの青白い流れ星を追ってきて正解だったっしょ!?」
その声を聞いて平行世界から来た石動誠はまた溜息をつく。
先ほどまでのと違って、これ以上ないほどに、肺の中の空気全てを振り絞るような深い溜息だ。
「今度はゴキブリ女かよ……」
少年が溜息をつくのも無理もない。
ママチャリに乗って現れた2体のアンドロイド、D-バスターの事はすでに“向こう”の世界で百ウン十体も撃破しているのだ。
正直な話、破壊しても破壊しても現れ続ける同じ顔の女性型アンドロイドの事は夢に見そうなくらいなのだった。




