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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第52話 デスサイズ、死す!!
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52-1

 H市中央部、市役所から独立した庁舎を持つ災害対策室は20時近くになったというのに人の姿が減った様子は見られない。


 各部屋の伝統は煌々と灯り、忙しなく動く人の姿が窓越しに見られた。


 付近を通りかかった者の幾人かはその光景に「おや?」と訝しむ。

 てっきり最初は先週の金曜に起きた事件の後始末でもしているのかと思ったのだが、それにしては窓から見える職員たちの動きが切羽詰まっているようで、まるで今現在、非常事態に陥っているかのようであった。


 庁舎脇を歩いていたサラリーマン風の男もそう思い、思わずゾッとして身を竦ませ天を見るが、夜空には半月に近い月をまばらな星が見えるばかり。レーザーやビームの煌めきも地を焼く炎の明りも見えなければ、なんの爆発音も聞こえてこない。


「何故だ? 何故、我々にペイルライダーの討伐を命じて下さらぬ!?」


 災害対策室の室長室に2人の姿があった。

 1人は「異世界の魔王」マクスウェル。

 もう1人が室長の木村である。


「……君たちではペイルライダーには勝てないからだよ」


 木村は疲れた様子で右手の親指と人差し指でこめかみを押さえ揉みほぐしながら答える。

 いかにも高級そうな牛皮の椅子の背もたれに思い切りもたれかかりストレッチをしながらだ。


 先週の一連の事件もあって疲労が溜まっているのは勿論だが、心労もまた木村を苛んでいた。


 マクスウェルも目の前の男がただ保身を計っているわけではない事は理解している。

 そうでなければ激情のままに木村のデスクを両手で叩きつけていたであろうが、そうせずに堪えるだけの分別は持ち合わせていた。


「マクスウェル君、君だけではない。この世界のどんなヒーローであろうと奴には勝てん。いや、この世界にいる戦士たちが雁首並べて戦いを挑んだところで仲良く討ち死にが良いとこだろう。君たちはそれでいいのかもしれんがね」

「残された者はたまらんか?」


 昨日、泊満に連れてこられた一同からもたらされたペイルライダーの情報。

 それは乗り越えたと思っていたARCANAの亡霊の襲来に等しい。

 いや、それ以上の脅威と言ってもいい存在だった。


 だが幸いにもペイルライダーの狙いは羽沢真愛1人であるという。

 当然、H市の特怪事件対策のトップである木村にはただ1人の少女を引き換えにH市、ひいては日本全体を守るべきヒーローたちをいたずらに消耗させる事などできるハズもなかった。

 たとえ、その少女がかつて幾度となくH市を守り、世界をも救った少女であろうとも。


 一方、高校の寮生からネットの掲示板に書き込まれた「羽沢真愛の命が狙われている」という情報を聞き、詳しい事を掴んでいないか聞きに災害対策室を訪れていたマクスウェルにとっては友人の危機だというのに黙って見ていろと言われては憤慨するのも当たり前の話。


「我の魔法でならワンチャンいけるのではないか?」

「君にも平行世界からの使者からもたらされた動画は見てもらっただろう?」


 D-コマンダーⅤから提供された3本の動画をマクスウェルは見せてもらったばかり。だが、その動画にはマクスウェル自身が負ける場面は写されていなかったのだ。

 だが木村はその事をマクスウェルとは違う解釈をしていた。


「君は“向こう”じゃ後詰に回されていたというのが答えなんじゃないかね?」


 D-コマンダーの話では“向こう”の世界ではマクスウェルは東京で使われた核爆弾の被害を局限するために大規模結界魔法を使い、そして命を落としたのだという。

 つまり“向こう”のマクスウェルは事情こそあれど、戦いの場にすら連れて行ってもらえなかったというのだ。


 それでも……、とマクスウェルは歯噛みする。

燃料気化爆弾(デイジー・カッター)魔法」に続く新魔法第2弾「運動エネルギー爆撃(ロッズフロムゴッド)魔法」ならばと思わざるを得ない。

 だが新魔法はその特性から1度も試した事もないものであるし、そもそも動画で見たペイルライダーの機動力を前に発動から加害に幾ばくかの時間を有する新魔法がどれほどの効果を有するかは疑問が残る。


 結局、マクスウェルは木村の心変わりを期待して彼を睨みつける事しかできなかったのだ。


 木村は木村で今にも飛び掛かってきそうなマクスウェルの剣幕に胃を痛くしていた。

 異世界の異人種、魔族であるマクスウェルの肌は灰色で血の気は分からない。だが、その刺すような眼差しはハッキリと木村に突き付けられて、胃をキリキリとさせている。


 羽沢真愛を見捨てるという判断はマクスウェルだけではない多数のヒーローたちの離反を生み出す結果となりかねない事は分かっていた。


 H市が日本有数の特怪災害多発地域でありながら、それでいて被害を限りなく小さな数字で押さえていられているのは災害対策室がヒーローたちやヒーロー協会と良好な関係を作り、統率をもって事態に当たれるからだ。


 互いに言葉を無くし、だがその表情だけで十分に両者は互いの心情を理解していた。

 だからこそマクスウェルは部屋から飛び出していくという事もなかったし、木村もマクスウェルを追い出すという事はない。


「室長ッ!!」

「……なんだね?」


 しばらく、そうしていると室員の板橋が室長室へと飛び込んでくる。


「羽沢家付近にて石動誠、恐らくはペイルライダーが戦闘を開始しました!」

「なんだと!? 一体、誰と?」

「アーマード・ニンジャです!」






 夜の街を僕は真愛さんの手を引いて走る。


 目指すはミナミさんたち異星人3人組が住居としているガレージだ。


 ネットの掲示板に「真愛さんの命が狙われている」という書き込みがあってから、明智君が立てた作戦は作戦は単純なものだった。


 ペイルライダーはそのネット掲示板の書き込みを知っているかは分からない。でも真愛さんが普段と違う行動をすれば不審に思って行動を早めさせる結果になるかもしれない。

 そしてペイルライダーがネットの書き込みを見ていた場合、この場合も先を越されないように行動を起こすであろう事が予想される。


 そして真愛さんが「地下帝国」に避難するには早くても明日の昼までは待たなくてはならない。


 なら、どうするか?


 真愛さんの代わりに登下校してくれる人を用意して、真愛さん本人には部室で過ごしてもらう。

 ペイルライダーが行動を起こした時には真愛さんの身代わりに時間を稼いでもらって真愛さんにはできるだけ安全な場所で迎えを待ってもらうというわけだ。


 すでにミナミさんたちの務め先である星野綜合警備には草加部長が盗聴を避けるため直接、手紙を持っていってもらって避難先の提供を了承してもらってあるし、真愛さんの身代わりが戦闘を開始した時点で真愛さんの弟の亮太君から連絡をもらい、その時点で全ての情報を解禁、部室に残った明智君、三浦君、天童さんたちが関係機関に通報をしているハズだ。


 僕が変身して空を飛んでいかないのもペイルライダーに時空間エンジンの反応を察知されないため。


「ね、ねえ! 私の身代わりの人って誰なの!? その人に危険は無いの!?」

「あの人なら大丈夫!」


 僕に手を引かれ走りながら、息を切らせながら真愛さんが僕に尋ねてくる。

 自分の命が狙われているというのに他人の心配かと思わなくはないけど、そういうところも彼女の美徳なのだと口元が緩む。


「だ、大丈夫って……」


 走っているせいで、顔を紅潮させた真愛さんの顔は妙に色っぽい。


「真愛さんは『ドレステ』って知ってる?」

「え? えと、確かテレビCMとかもバンバン放送してるスマホのゲームだったかしら? アイドルの……」


 走っている事による息切れ、ペイルライダーの恐怖、自分の身代わりとなった者への心配、そして僕が口にした何の脈絡もないように思えるであろうスマホゲームの話題。

 なんとも複雑な顔をした真愛さんが僕の顔を見つめてくる。


「ちょっと話を変えようか? 前に『子羊園』のシスターがさらわれた時、『風魔軍団』のアジトの在処を僕が7000円で聞いたって話はしたよね? その時の支払いを某通販会社のギフトカードでしたって話はしたっけ?」

「え、ええ……」

「きっと、いや間違いなく、そのギフトカードでガチャ回したと思うよ?」

「が、ガチャ……?」


 忍とは非情な存在。

 ガチャを回すためならば同業者の情報も平気で売るし、去年の埼玉じゃ僕やヤクザガールズの小沢さんなんかはフレ招待の特典が欲しいからとやりもしないゲームをスマホにインストールさせられていたのだ。


「こないだも『ハドーの闇髭の報奨金でしこたま10連ガチャブン回してやったでゴザルwww』とか延々と動画を送りつけてこられたし……」

「えぇ……」


 そういえば彼の口調にどこか既視感を覚えるのはなんでだろう?


「そりゃあ、その人だってペイルライダーを倒す事はできないんじゃないかと思うよ。でも、これだけはハッキリと言える。機動装甲忍者(アーマード・ニンジャ)さんはドレステがサービス終了するまでは絶対に死なない」

「……凄い自信ね」


 真愛さんがエラい呆れた顔をしてくるけれど、きっとそれは僕に向けられたものではなく、彼に向けられたものなのだろう。うん。きっと、そう。


 去年、埼玉では譲司さんが「キャバクラ行こうぜ!」なんて言っただけで手裏剣やら撒菱やらバラ撒いていた彼だけど、けして女性が嫌いというわけではない。

 彼は昔、敵対組織のくの一によって何度も痛い目に合わされたせいで生身の女性が駄目になっただけらしい。


 そんな彼にとって唯一、心を許せるのがアイドル育成ゲーム「ドレステ」の女の子たちらしい。


 その事をスマホ片手に語る彼の目は獣のようであり、修行僧のようでもあり、彼岸にいる者のようでもあった。

 僕はそんな彼に「あ……、これ、ヤヴァイ人や……」と思わざるを得なかったが、同時に「何があっても彼女たちの行く末を見届ける」という彼の凄味は万の言葉よりも雄弁にそれが事実であると信じさせた。


 きっと“向こう”の世界では社会情勢の悪化に伴ってドレステはサービス終了し、その後に彼も死んだのだろうと僕は理解していた。


 だが、“こっち”の世界では未だドレステはサービス継続中。

 あと1月もすれば今年も水着ガチャが来るだろう。


 ならば、なんで今日、彼が死ぬという事があるだろう。


 彼ならば僕が依頼料として払った金額に見合うだけの時間を稼ぎ、そして生きて撤退してくれると信じている。

弟「御座るwww」

兄「ゴザルwww」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ソシャゲのガチャ分の報酬って・・・ずいぶん安いな、アーマード・ニンジャさんよぉ!? 僕はソシャゲやった事無いから分からないが・・・かなりの廃人プレイヤーなのか? なんかサブタイが不安です…
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