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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第51話 戦闘開始
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51-9

 夜。

 H市の住宅街の中の1軒の民家、その屋根の上に人影があった。


 石動誠である。


 夜空には大分半月状に近づいた月と星空が広がっている。

 そして街の灯りは月や星など霞むほどに明るい。


 なのに民家の屋根の上に立つ石動誠に気付く者はいない。

 時刻はそろそろ20時といったところ。

 周囲の道路はまだ車も多く、道を歩く人の姿も無いわけではない。


 だが誰も少年に気付く事はなかった。

 存在感が希薄なのである。

 屋根の上に直立する少年は微動だにする事もなく、ただぼんやりと前方を向いたまま。


 少年は黙って月と2軒の家屋を見ていた。

 1軒はどこにでもあるようなまだ新しさの残るアパート。

 もう1軒はこれまた日本全国どこにでもあるような極々、普通の民家である。


「『思えば遠くにきたもんだ』か……」


 石動誠はふと中原中也の詩を口ずさんだ。

 その詩は大人がふと子供の頃の記憶を思い出し、けして戻れない時間の流れを「遠くに来た」と表現したものである。


 この石動誠も遠くに来たようなものなのだろう。

 中原中也が詩にしたような時間の流れではない。かといって言葉通りに距離の問題でもない。


 なにもかもだ。

 時間も、距離も、自身のありようも、昔見た夢からも。


 視界に映る民家の玄関脇に掲げられている表札には「羽沢」と印刷されていた。

 少年が狙う標的、羽沢真愛の自宅である。


 そして羽沢家の隣に立つアパートの一室には“この世界”の自分が住んでいるのだという。


 そして、自分もかつて幼い頃に見ていたテレビの女児向け特撮ドラマの主人公のモデルである羽沢真愛と“こちらの世界”の自分は高校のクラスメイトになっているのだとか。

 一体、どのような気持ちなのであろうか?

 一体、どのような生活を送っているのであろうか?


 “こちらの世界”の自分は1年遅れではあるが高校に進んで平穏な生活を取り戻しているらしい。

 あるいは自分も同じように真っ当な青春を送る事もできたのではないか?

 そう考えた平行世界の石動誠であったが、すぐに頭を振って否定する。


 屋根の上の石動誠が来た世界の地球人は滅びるべきだと少年は考えていた。

 そんな連中と仲良く暮らすなど考えただけでも(はらわた)が煮えくり返る。


 それに“こちら”の世界の石動誠と自分は別物だとも思っていた。


 昔のSF物では「パラレルワールドから来た存在と移動先の世界の同一の存在が出会うと消滅する」という設定がよく使われていた。

 石動誠はSFを嗜む趣味は無いので、その理屈が正しいのかどうかは分からない。


 だが“こちら”の世界の自分と今朝、出会った時には両者ともに消滅なんてする事はなかったのだ。

「同一の存在が出会うと消滅する」理論が間違っているのかもしれないが、少年はそうは考えなかった。


 “こちら”の石動誠は自分とは違う存在なのだ。


 平行世界の石動誠はそう判断した。

 木の枝のように無数に分岐しては波打つ水面が凪いでいくように収束して消えるという平行世界。

 収束しようがない不可逆の事象が起きた世界は独立して存在していくのだというが、“こちら”と“向こう”、世界が違えばその世界に住む存在ももはや別個の存在も完全に別の存在になるのだろう。


 だから“こちら”の石動誠が平和に学校生活を送っていようが、それは自分にはまったく関係の無い出来事なのだ。






(……おや?)


 平行世界の石動誠の視界の端にセーラー服姿の少女が映る。

 標的の羽沢真愛だった。

 てっきり“こちら”の自分と一緒に帰宅しているかと思ったが1人での帰宅である。


 不審に思って電脳内モニターを確認するも周囲に時空間エンジンの反応は無し。

 無論、自分と同じようにステルスモードを使って時空間エンジンの反応を探知されないようにしているのかとも思ったが、ネットの掲示板に「羽沢真愛の命が狙われている」という情報があったのにそれは考えにくい。


 羽沢真愛の護衛をしているのならば機能に制限のかかるステルスモードを使う理由がないのだ。


 元々が暗殺用改造人間として設計されていたデスサイズのみに搭載された機能である人間態でのステルスモードでもビームマグナムをドライブする事はできる。

 だがビームマグナムのエネルギーチャージには時間がかかるし身体能力も落ちる。なにより怪人態への変身にはコンバットモードに切り替える数秒の時間が必要となるために護衛には向かない。

 あくまでステルスモードは一瞬でケリを付けるための暗殺用なのだ。


(……ネットの書き込みをまだ知らないのかな?)


 民家の屋根の上からゆっくりと首を回して周囲を見渡してみるも護衛どころか、例の自称ファンクラブの集団ストーカーの姿も見受けられない。

 昼頃には羽沢真愛が通う学校から1km以上も離れた位置から盗撮していたようだが、そのような距離での撮影を狙えるカメラのレンズは複数のレンズを複合したものであり、当然、窓ガラスなどとは違う独特の光の反射があるものであるが、そのような物は周囲にはまるでない。


 ネットでの情報によれば“こちら”の世界の石動誠と羽沢真愛はそれなりに仲が良いようだった。

 羽沢真愛の命が狙われているとなれば恐らく護衛は“こちら”の自分になるだろうと思っていたのでこれは誤算だ。


 だが誤算であっても別に何か不具合があるわけでもない。

 少年はさっさとこの世界へと来た目的を果たす事にした。


 自分の存在がバレているとは露にも思わない。

 だが競合相手がいる以上はグズグズとはしていられないのだ。


 元の世界に戻った時、ロキに「行った先の世界には確実に僕の事を倒せる奴はいなかったから、僕を倒せるもっとも可能性の高い者を殺ってきた」と強弁する事はできても、「行った先の世界には確実に僕の事を倒せる奴はいなかったから、僕を倒せるもっとも可能性の高い者を殺ろうと思ったんだけど、別の奴に殺られちゃった! でもトールハンマーはちょ~だい?」とは幾らなんでも言えない。


 石動誠は屋根から庭木の枝、ブロック塀へと僅かな物音だけを立てながら跳び移り、自宅へと向かう羽沢真愛の背後へと降り立つ。


 武器は使わない。

 今現在、魔法少女への変身能力を失っている羽沢真愛はただの少女に過ぎない。

 コンバットモードで頭部を殴りつければ地球人の頭蓋骨など砂糖菓子のように砕けてスイカのように中身を撒き散らすだろう。


 それに“こちら”の兄が守ってきた世界だ。

 必要以上の被害は人的なものでも物的なものであってもできるだけ避けたいという思いがあった。


(……ゴメン!)


 かつて憧れた存在を殺す背徳感と本来は殺す必要もない“こちら”の世界の住人を殺す罪悪感は殺人の禁忌を忘れた脳であってもなお禁忌を冒す感覚を覚えさせ、少年は心の中で謝罪した。


 だがすでに殺戮者と化していた少年の握りしめた拳が緩む事も、振りかぶる腕が狙いを逸れる事も無い。


 石動誠の拳はまっすぐに羽沢真愛の後頭部へと叩き込まれる。


「……え? あ? なに?」


 少年は自分の目を疑った。

 目だけではない。

 触覚を、知覚を、記憶を。

 ありとあらゆる全てを疑わざるとえなかった。


 少年が予想していた頭蓋骨が砕け脳が飛び散る感触は無く、代わりに太い木を殴りつけた感触があった。


 背後から迫って殴りつけたハズの羽沢真愛はいつの間にか1.6メートルほどの丸太材に姿を変えていたのだ。


 暗殺者を小馬鹿にしたようにセーラー服を着せられた丸太。


「なんで!?」


 驚愕した石動誠の背後から空気を切り裂く何かの音が聞こえ、すでにコンバットモードになっていた彼は電脳からの警報に従って転げるように跳んで回避を選択する。


「これは……、手裏剣!?」


 カッ! カッ! と音を立て、丸太に突き刺さっていたのは2枚の十字手裏剣。

 跳んで回避しなければ羽沢真愛の後頭部を砕くつもりであった石動誠の後頭部へ逆に突き刺さっていたであろう軌道である。


 そして先ほどまで石動誠が背後を晒していた方向。

 民家のブロック塀に1人の黒づくめの男がいた。


 頭巾を被った頭のてっぺんから足袋を履いた足の爪先まで全身が黒い。


 夜の闇に紛れているのか、いないのか。


 男の纏う衣装は艶の無い隠密性を重視したものであるのは明らか、だというのに男が放つ闘志は闇に埋もれる事を拒んでいるかのようであった。


 男が石動誠を見据えたままゆっくりを頭を下げる。

 いつの間に腕を動かしたのか右手の平は胸の前で天を向き、そこへ左拳が添えられていた。


「ドーモ。イスルギ=サン。忍者です」

「に、忍者!?」


 昨今の忍者界隈においてはこのような挨拶が好評だ。

 忍者の世界であってもO・MO・TE・NA・SHIの精神は大事だ。


 だが、この忍者はO・MO・TE・NA・SHIの精神を忘れない男であっても、敵への苛烈さは他の者の類を見ない戦士でもあった。


 忍者はお辞儀の姿勢から直ると素早く両手を組み合わせて印を作る。


 そこで石動誠も気付いた。

 すでに先ほど投擲された手裏剣は丸太に突き刺さって動きを止めていたにも関わらず、周囲には高周波音が立ち込めている事を。


 どこからか鳴り響く高周波音は反響し、それが石動誠の音感センサーを無効化していたのだ。


 改造人間となってから頼り切ってきたセンサー類の1つをほぼ無効化された事で狼狽した少年は目の前の男へ手元に転送したビームマグナムを突き付けたまま周囲を見渡すと、背後から何者かが駆け込んでくるのが見えた。


 またもや黒尽くめの者。

 肘を曲げた左腕を前方に突き出したまま走る、いわゆる忍者走りだがとても人間が出せるような速度ではない。


「ロボット!? いや、違う……」


 そこで石動誠は1つの可能性に思いあたる。

 丸太に突き立っていた手裏剣を素早く、だが注意深く見てみると電脳はその手裏剣が伊賀式の物であると回答をよこした。


「マズい!!」


 伊賀式の手裏剣に人間を遥かに超えた脚力で駆けてくる者。

 電脳のアーカイブに1件のヒットがあった。

 そのヒーローは……。


「ハッ!」


 塀の上の忍者に向けられていたビームマグナムが火を吹くが、すでに忍は宙へと飛んでいた。

 いくら忍者であっても亜光速のプラズマビームを避けられるものではないが、卓越した観察眼は引き金に掛けられた指に力が込められるのを見逃さなかったのだ。


「合身ッ!!」


 塀の上にいた忍者が飛んだのと同時に背後から駆けてきていたモノも跳んでいた。


 ソレは人ではなかった。

 だがロボットでもない。

 現代人に古の時代の忍の力を与える戦闘服だ。

 忍の男が手で結んだ印によって操作される機械の戦闘服だ。


「お前はッ!!」

「……機動装甲忍者(アーマード・ニンジャ)


 忍の心(シノビ・ハート)を持つ者が忍の力を手に入れた時、現代日本に古の忍者が蘇る。


「風魔軍団」のような忍の技を営利目的の犯罪に使うような堕ちた者ではなく、本物の忍者が。


 石動誠がほんの僅かな時間、忍者の姿を見失っていた次の瞬間、黒尽くめの男はパワードスーツを着こみ機動装甲忍者となっていた。


 装着者に風と見紛うばかりの機動力を与える脚部に膝の辺りまで覆うようなスカートアーマー。

 一方、重厚な下半身に反比例して上半身はあまりに華奢だった。

 弾片防御すら考慮されているのか疑わしいほどの細さの上半身の背部には複合武装ラックが背負われている。


 そして、この機動装甲忍者こそ“こちら”の世界の石動誠が対ペイルライダー戦において唯一、助力を頼んだ人物であった。

アーマード・ニンジャ(機動装甲忍者)


三浦浩一は忍者である。

H大学に入学した彼は誘われるがまま「伊賀忍者同好会」に加入し、かつての忍者の動きを再現するパワードスーツ「IGAデバイス」の開発に携わるが、それは忍者の力を独占しようとする「コーガ・ソサエティ」との戦いの始まりを意味していた。


「コーガ・ソサエティ」の攻撃により友を失った浩一は自身の家族に危険が及ぶのを防ぐため、ただ1人、戦いの道を歩んでいく事となる。


こんな感じのバックボーンの人。

名前からも分かるとおり、誠君の友人の三浦君のお兄さんです。

なお「コーガソサエティ」のくのいちに何度も痛い目見させられているので、生身の女性には興味が持てなくなっています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちょくちょく登場してたアーマードニンジャさん! カッケェ! 乾燥が遅れたけど、オークのおじさんも在野の実力者感が凄い………でも改心した怪人とか死亡フラグだしどうなるんだろう…… 変態は…
[良い点] ニンジャ!ニンジャナンデ!?・・・と、一度言ってみたかった。 やっぱり最近の忍者は『アイサツ』が欠かせないんですね。 かの『ニンジャを殺す者』のブームは去った気もしますが・・・。 てか、…
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