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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第51話 戦闘開始
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51-2

「若い連中がワシより先に死んでいくのを見るのは辛いもんじゃて……」


 井上は自身の顔を見つめる真愛の視線に気付いて、その寂しそうな表情の理由を明かす。


 茶の道を征きてただ一度の敗北も無し、異星人であろうと悪魔であろうと何の躊躇いもなく殺してのける井上翁であったが、彼も人間である以上は挫折を知らぬわけではないし、人の世の無常に苛まれる事とて多いのだ。


「『ぺいるらいだあ』とかいうの、何じゃ良うわからんナントカ・ワールドとか来たらしいが、“向こう”のワシも負けて死んだのかの?」

「……どうなんでしょうか?」


 真愛は記憶を振り絞るが昨日、D-コマンダーⅤから見せてもらった動画には井上翁が死ぬ場面は無かったと思う。


 だが、かといって翁がただ手をこまねいて滅ぶ世界を見ていたとも思えない。

 真愛にとってはまだ精神的な甘さが残る長瀬咲良が負ける事よりも井上翁が敗北するところのほうがよほど想像できないのだが、翁が溺愛する曾孫の1人はヤクザガールズの一員だ。ヤクザガールズの全滅後に自暴自棄にでもなったとでも言われれば納得してしまうかもしれない。


「ワシもフュンフちゃんに例の映像を見せてもらったがのぉ、あの『恋人の鱗粉』とかいうの、避けたらいいのと違うか?」

「さ、さあ? よ、避けられるんですか?」

「無理かのぅ……」


「いくらなんでも無理でしょ」と返す事は真愛にはできなかった。


 石動誠に聞いた話では「恋人の鱗粉」によって乱反射されるプラズマ・ビームは亜光速というトンデモない速さなのだという。

 とても避けようと思って避けられるものではない。


 だが井上翁に「避けたらいいのと違うか?」と言われると彼ならばやってのけるのではないかと思えてくるから不思議なものだ。


 だが、そんな事をやってのける事ができそうなのは井上翁くらいなもの。


 平行世界の「虎の王」こと泊満とて、10体の脳波コントロール対応型D-バスターを同時に操作するという状況下においては「恋人の鱗粉」を“回避する”というより“使わせない”という戦術を採っていた。


 そして「第二次浜松会戦」の動画を思い出してみるに、ペイルライダーは対集団戦において「恋人の鱗粉」を頼みにしているように見受けられた。

 つまり集団戦を旨とするヤクザガールズも恐らくは「恋人の鱗粉」によって敗北したのだろう。


 真愛は井上に対して平行世界の彼の曾孫がどのようにして死んだのかという事を明言する事を避けたのだ。


 しばし2人は無言になり静寂に身を任せる。

 茶室の外からは車輛の動く音や足並みを揃えた歩兵たちが行進していく音が聞こえてきて、それが一層と茶室の中の静寂を際立たせていた。


 ふと真愛は壁に掛けられた掛け軸が目に留まる。


 一期一会。

 宇佐の名の記されたその書はまるで小学生のものに思えるほどに拙い物ではある。

 地球人を遥かに凌駕するハドー獣人の学習能力をもってしても毛筆による書道にはまだ習熟が必要といったところか。


 だが不思議と見ていて心が温かくなる書ではあった。


 拙いながらも止め、跳ね、払いといった書道の基本を忠実に守ろうという意思が感じられる物であったし、丸みを帯びた字は書いた者の人柄をも感じさせる。ところどころ線が波打って見えるのも宇佐が真剣にゆっくりと書いたためであろう。


 上手い、下手ではない。

 見る者の心のトゲを取り、落ち着かせ、温かくする。

 そんな心が安らぐ書である。


 井上が真愛を茶室に招くにあたって宇佐の書を用いたのもそれを狙っての事だろう。

 別の世界から来た強大な敵に命を狙われている真愛にせめて茶室にいる間は心を休めてほしいという一流の茶人なりの心遣いだ。


「良い書じゃろ?」

「……ええ。本当に」


 だが真愛が見入っていたのは宇佐の字が気に入ったからではない。

 そこに書かれている言葉に感じ入っての事である。


「一期一会」とは茶道において1人の敵は確実にただ1度の茶事で仕留めるという覚悟を示す言葉である。

 戦国の世に成立し、戦いの無い太平の世に成熟した茶道らしい奥義だ。


 だが言うは易し。

 茶道とて人の行う業である。

 人が行う事に確実絶対などという事はあり得るハズもなく、結果、一期一会という奥義も理想論へと成り果てていた。


 だが井上という茶人の登場によって理想論は現実となっていた。

 今日において恥を知る茶人ならば茶室に一期一会という言葉を掲げる者など井上の他にはいない。


 見る者が見る者なら、井上の茶室に「一期一会」という書が掛けられているのを見たならば、それだけで己の運命を悟って失禁し卒倒しているところであろうが、幼い頃より井上を知る真愛は純粋に掛け軸に書かれている言葉の意味を考える事ができていたのだ。


「……一期一会。この言葉の示す決意というか覚悟というか、常にそうありたいとは思いますが、ままならないものですね」

「そら、そうじゃろ? そう易々と実現できるモンをわざわざ奥義とは呼ばんわい」


 軽く言ってのける井上であったが、体現者の言葉は重いと真愛は思う。


「一期一会とは、つまり後悔しない事を生き方をしろという事なのでしょうか?」

「茶事だけではなく人生全てに適用するならそういう解釈もできるじゃろうな」

「そう生きたいとは思いますが、私にはとても……」


 真愛にとっては戦う力を失った事も後悔であるが、それ以上に石動誠に守られている事も、彼の好意にまっすぐに応える事ができないという事が大きく心にのしかかっていた。


「石動君の事は知っていますか?」

「ああ。曾孫から何度も聞いとるよ。オジキ殿の事じゃろ? もちろん“向こう”の彼の事も」

「私はどうするべきなのでしょう?」


 石動誠に気持ちに答えて言葉を伝えれば、きっと彼は死ぬだろうという漠然とした予感があった。


 真愛にとって彼の好意は嫌なものではない。むしろ昨日、彼からハッキリと気持ちを打ち明けられた時は嬉しかった。


 だが、このような状況であれば話は別だ。


 石動誠はもう十分に戦ったハズだ。

 そもそも彼は生来の性格的におよそ戦いというものに向いていないのだろう。

 ただ脳味噌まで弄られて争う事の忌避感を感じていないだけなのだ。

 自分の戦いが終わった後は戦いの事など他の者に任せてのんびり平穏に生きていても誰も文句は言えないだろう。


 だが石動誠が平穏で幸福な日常を生きていくためには真愛が必要なのだという。

 それが真愛を苦しめていた。


 石動誠が自分のために再び死地に飛び込むのを黙って見送るなどとても許せるものではない。

 かといって彼に何も言わずにただ好意に甘えている事もまた自分を許せそうにない。


「さあて、なぁ……」


 井上の言葉は言葉をはぐらかしたというわけではない。


 彼の表情にハッキリと浮かんだ苦悶の色は彼が真剣に真愛の言葉を考えての事である事を示していたし、「自分がやる」という選択肢が無い以上は彼の長い人生経験はまるで意味の無いものなのかもしれない。


「……ただ、真愛ちゃんが殺されるのを黙って見てろというのは、オジキ殿のこれからの人生、十字架を背負って生きていけというのと同じじゃろ? オジキ殿はその重みに耐えれるじゃろか?」


 井上も曾孫から石動誠の羽沢真愛への恋心は聞いていた。

 なんでもかんでも恋愛話にもっていこうとする多感な時期の曾孫の言う事である。井上も話半分には聞いていたが、こうして一方の真愛から話を聞いてみるにあながちそれも間違っていないような気がしたのだ。


 こうして真愛も井上も次の言葉を選んでいると茶室の外からパタパタというスリッパの音が聞こえてきて、すぐに茶室の扉がガラリと大きな音を立てて開け放たれた。


「ジーちゃ~ん! お菓子ちょ~だ~い!!」


 茶室に入ってきたのはD-バスター。

 武器を持って入れないようわざわざ小さく作られている茶室の入り口にロケットランチャーを先に放り込んでから茶室の中へと入ってくる。


「……D-子ちゃんや、茶室に爆発物を持ち込むなとは言わんから、せめて護衛任務の時は止めてくれ」

「うん? メンゴ、メンゴ!」


 わずか4畳半の茶室でロケットランチャーなど使ったらD-バスターやペイルライダーよりも先に井上や真愛の方がやられてしまうだろうに、どうせノリで持ってきたのだろうと2人は互いに顔を見合わせて苦笑する。


 そうこうする内に明智元親から真愛のスマホに連絡が入り、警戒態勢は解かれて真愛も学校へと戻る事となった。

私、あんまりアニメとか見ない人だけど、最近はゴールデンカムイを見返しています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全盛期を過ぎた老人が悩める若者を導く・・・王道ですな。 D子よ、茶室にロケットランチャーは止めろ。 暴発したら確実に二人とも死ぬから。 [気になる点] なんか『一期一会』の意味が、僕の知…
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