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事前に知ってはいたことだけれども、やっぱり自分とまったく同じ顔を見下ろしていると不思議な気分になる。
特に自分の上目使いの顔なんて鏡でも見る事もないし余計に変に思えてくる。
しかも相手が自分と同じ顔をしているだけではなく、「もう1人の自分」と呼んでもいいような存在だと知っていれば尚更だ。
安井先生から僕が市内のネットカフェに入り浸っているという話を聞いた僕は適当に話を切り上げて、すぐさま明智君にその事を相談していた。
僕も明智君もペイルライダーがすでに市内に潜伏しているという事実に頭を抱える。
ペイルライダーが真愛さんを狙っているのはほぼ間違いないとして、問題は奴がいつ行動をおこすというのかという一点。
僕の感覚からすれば、平行世界で地球人類の殲滅をたった独りで実行に移しているペイルライダーはこれまで気が休まる時も無かったのだろうから、“こちらの世界”に来てからしばらくはのんびりと休んでいるというのもまぁ理解できる話ではある。
さりとて、いつまでも休息を取っているというわけでもないだろう。
そして奴が行動を起こした時、僕たちの世界には蒼き終末の騎士を止められる者など誰もいないのだ。
明智君の決断はひとまずは気休めにもならないだろうけど真愛さんを特別養護老人ホーム「天昇園」に避難させて、僕をペイルライダーに接触させるというものだった。
明智君の作戦のキモの1つ目は僕がペイルライダーを「どこかの組織が作り出した石動誠の偽物」として扱うという事。
なにもD-コマンダーⅤから平行世界の話を知らされていると手の内を晒す必要はないのだ。
そしてペイルライダーの事を知らないフリをすることで奴に行動を急かせる要因をできるだけ作らないという理由からだ。
さらに明智君は僕にペイルライダーを初手から思い切り怒鳴りつけてやれと言ってきていた。
さすがにそれはどうかと僕は思ったものの効果はテキメン。
運良く奴が一晩を過ごしたネットカフェを見つけ出した僕が乗り込んでいって怒鳴りつけても奴は狭いブースの椅子から立ち上がる事もできないでいた。
考えてみればフュンフが見せてくれた動画の3本目、その初っ端は人間態の奴が“向こう”の咲良ちゃんにマウントポジションでボコられているところから始まっていたっけ。
ペイルライダーも“こっち”の僕と同じように不測の事態には弱いという事なのだろう。
事前に電話でネットカフェの店員さんには屋外へと退避してもらっている。
他のお客さんについても明智君の提案により、店員さんが直接ブースに赴いて紙に書いた「声を出さないでください」「これから一緒に避難してください」という指示ですでに店内にはいない。
店内はカモフラージュ代わりのロボット掃除機の作動音だけが響き渡り、薄暗い店内には陽の光は差し込まずに僅かな照明とパソコンのディスプレーの明りだけがもう1人の僕の顔を照らしている。
薄暗い照明は僕と同じ顔に陰を作り出し、ディスプレーの光は奴の横顔を青白く照らして不気味さを際立たせていた。
内心、ヒヤヒヤしていた僕が奴の顔から目を反らすとパソコンデスクの上の白い大皿とその上に乗った食べ残しのポテトと割り箸が目に入る。
コイツ、平行世界の日本の人口が半分になるような大量虐殺とかしておいて、ネカフェのマンガとかパソコンのマウスがポテトの油で汚れるのを気にして割り箸でポテト食ってんのか……。
その辺もあくまでコイツがもう1人の自分であると示しているようでことさらに不気味で不快感を煽る。
デスクの上はポテトの皿の他には半分ほど残っているウーロン茶であろうグラスに白い陶器のカップ。
「……その白いカップって何?」
その白い陶器のカップは高さ5cm程度の小さな物で、しかもコーヒーカップのような持ち手は無い。
中身はすでに空で僅かに白い液体が底に残る程度とどのような用途で使う物なのか気になった僕は奴に聞いてみる事にした。
「え? これ、ソフトクリーム用のだけど?」
「は? ネットカフェってソフトクリームなんてあるの?」
「ここに来るまでにドリンクバーの前、通ってきたでしょ?」
「はっ!? ドリンクバーって事は食べ放題なの!?」
「そうだよ? ……って、ああ、僕はネカフェとか使った事なんてないか」
確かにこのブースに来る時にドリンクバーの前を通ってきてはいたけれど、ペイルライダーの事で頭が一杯だった僕にはよく見ている余裕はなかった。
そもそもファミレスのドリンクバーと大して変わりはないだろうと思っていたので余裕があったとしてもちゃんと見ていたかは分からないけど。
奴が言うように僕はネットカフェを使った事はない。
中2の頃にARCANAに拉致られて改造され、マジキチ共の支配から逃れた後もヴィっさんと一緒だったり、ヴィっさんが亡くなった後は身分証が無くてネカフェに泊まる事もできなかったのだ。そして明智君に誘われて埼玉に行ってからは自衛隊の宿舎に泊まっていたし、兄ちゃんと再会してからはホテルを転々とする日々。
……まぁ、埼玉にいた時に一緒にパトロールしていた譲司さんが二日酔いがしんどかったのか「ネカフェにでもサボりに行こう!」と誘ってきた事はあったけれど、もちろん僕はそんな悪魔の誘惑に乗るわけもなかったのは言うまでもない。
そして、このH市に引っ越してきてからもネットカフェなんて利用する機会はとんとなかったのだ。
ただ奴の「僕はネカフェとか使った事なんてないか」という言葉を聞き流すのは「ペイルライダーの事は僕の偽物だと思っている」風を装うのによろしくないので何か言ってやらねばなるまい。
でも、なんて言ったらいいモンだろ?
ま、いっか!
とりあえず凄んどけ。
「……あァん!?」
「あ、なんでも無いです……」
あの“皇帝”をあっさりと殺してのけるペイルライダーが僕の前の椅子の上で膝を揃えて小さくなっているのはちょっと不思議ではあったけど、もしかしたらフュンフが見せてくれた動画内でロキに言っていた「飽きてきた」という言葉、アレは実の所、深く奴の精神に根を下ろしているのかもしれない。
かといって地球人類の殲滅という決意を翻す事はできずに、病んだ精神に鞭打って動き続ける。
なんだか僕は世界最強の戦力を持つであろうペイルライダーの事が哀れにすら思えてきた。
かといって奴への警戒が薄れるわけでもないのだけれど。
「うん? なんかさっきからキョロキョロしてるけど、なんか急ぎの用事でもあんの?」
先ほどから奴は椅子に座って僕を上目遣いで見上げながら、チラチラと左腕の腕時計へと目を何度も動かしていた。
“こっち”の世界で奴が時間を気にする用事?
まさか奴が真愛さんを襲うのは今日これからだとでも言うのだろうか?
でも、奴から帰ってきた返事は……。
「あ、いえ、いきつけのスパ銭のロウリュの時間が……」
「老龍? なに? モ〇ハ〇?」
「それ、“老龍”じゃなくて“老山龍”じゃないスか。ていうかローリューじゃなくてロウリュだし……」
「あァん!?」
「あ、ハイ……」
スパ銭というのはスーパー銭湯の略だというのは分かる。
そこまでは分かるけど、生憎と僕はネカフェと同じくセーパー銭湯とやらにも行った事はないので「ロウリュ」とやらが何なのかは分からない。
……でも、まぁ、ちょっと考えてみればモ〇〇ンの話ではないのは分かった話か。
ペイルライダーの奴は“こっち”の世界に来てH市に知り合いがいるハズもないだろうし、となればモ〇ハ〇をソロでやれだなんて、きっと世界をたった独りで滅ぼすのよりもさらに過酷な道だろうから。
「……えっとロウリュって言うのはサウナに水撒いて蒸気をわんさか発生させて、係の人がタオルや団扇を振って客に熱くなった蒸気を叩きつけるみたいな?」
「は? 拷問かよ?」
「いえ、違います……」
てっきり自らの罪を熱い蒸気を浴びる事で償う的な宗教儀式を想像したのだけれど、それは違うらしい。
こういっちゃなんだけど、僕はサウナが好きではない。
嫌いでもないけれど、そもそも改造人間である僕が汗をかくのは人間に擬態するためだけの理由であり、電脳の指令で汗をかかない設定にもできる。
そういうわけで運動して汗をかくのは嫌いではないどころか、むしろ好きなのだけれども、かといってサウナのようなただ汗をかくためだけの行為に意味を見出せないのだ。
「汗を流した後の冷たいコーラは美味いスよ?」
なんてペイルライダーは言ってくるけれど汗かいた後のコーラが美味しいのは当たり前。
しかもそれはサウナに限った話ではないのだ。
真面目に働いて汗を流した後のコーラの方が達成感もあって美味しいだろうし、極端な話、大量虐殺で汗をかいた後だってきっとコーラは美味いだろう。なんたって大アルカナは殺人の忌避感を排除するように作られているのだ。
「……はぁ、随分と良い御身分だな。何、そんなにスーパー銭湯が好きなの?」
「ええ、まぁ。マンガも一杯あるし……」
「……ネットカフェも?」
「まぁ、マンガが一杯あるんで好きです……」
うん。なんだかコイツの行動原理が分かんなくなってきた。
「と、そういうわけなんで、これからコインランドリーで洗濯もしたいし、カレーも注文してあるし、ロウリュの時間に間に合わせるとなると、そんなに時間が無いっていうか……」
「カレー? 来ないよ。てか店内でビーム、ブッパするかもしれないんだから、店員さんには退避してもらうに決まってんだろ!?」
「ええ……」
CSMで「ギャレンバックル&ラウズアブゾーバー&ギャレンラウザー」で出るぞ!
YouTubeのバンダイ公式チャンネルで天野さんの動画も公開されてるから皆も見ようね!




