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その少年はこのところ昼夜逆転の生活をしていた。
昼間に寝て夜に起きているという生活を続けていられるのは少年が金銭的に余裕があり、そもそも少年には世間でおよそマトモと言われているような生活など必要もなかったからだ。
時刻はもうすぐ午前9時というところ。
少年が一晩を過ごしたネットカフェは1日でもっとも閑散とした時間帯である。
6時台、7時台は終電を逃した者や金を惜しんでネットカフェを仮眠場所代わりにしていた者たちが一斉に動き始めていたのだが、彼らが去った後はどこかから聞こえてくるイビキの音もパソコンのマウスをクリックする甲高い音もなくなり、代わりにスタッフが掃除機をのんびりとかけている音が聞こえてきていた。
少年は朝食代わりにパソコンで唐揚げカレーを注文。料理を待つ間は昨晩の内に読んだマンガ本を棚に戻し、割り当てられたブースに戻ると白い皿の上ですっかりと冷めてしまったフライドポテトを摘まんでネットでニュースを流し読みしていく。
パソコンのマウスやキーボード、マンガ本などが油で汚れないように少年はフライドポテトをわざわざ割り箸を使って食べており、それだけを聞いたならば人は彼の事を潔癖だとか思うかもしれないが、それは彼の本質を大きく外れていた。
冷めて硬くなったポテトを温くなったウーロン茶で流し込み、少年は残り半分ほどとなったウーロン茶のグラスを見て、もう1杯ドリンクバーでお代わりでも持ってこようかと考えていたが、彼のその日の目的のため、なにより面倒だったという事もあって止めておくことにしていた。
代わりに退店後にコインランドリーで洗濯をする予定だった事を思い出して合成皮革のボストンバッグを開けて、スーパーのレジ袋の中に洗濯物をひとまとめにしておく。
コインランドリーの後はスーパー銭湯だ。
最寄りのスーパー銭湯のサウナは平日11時に1回目のロウリュが行われるので、それまでには洗濯を終わらせて向かわなければならない。
少年がウーロン茶のお代わりを止めておいた理由はサウナで体中の水分を絞った後に飲むキンキンに冷えたコーラが格別だからという理由もある。
そして銭湯内の食堂で軽く昼食を、とはいっても少年はその細く小さな体に似合わず大食漢であったのでいつも日替わり定食を頼んでいたのだが。
昼食後には仮眠室で夜まで睡眠し、また食堂で夕食を食べてから一風呂浴びて深夜料金が発生する直前にはスーパー銭湯を出る。
そしてまたネットカフェで翌朝まで過ごすというのがここしばらくの少年のルーティーンだった。
洗濯物を一まとめにした後は再びパソコンでニュースをチェックしながら注文した料理が来るのを待つ。
コン、コン。
数分して少年のブースの入り口をノックする音が聞こえた。
「は~い!」
少年がいつものように返事をするとスライド式のドアが開いてノックしてきた者の姿が見えるが、それはいつものようにゆっくりと音を立てないような開け方ではなく、バシンを大きな音を立てる開け方で、しかも彼の目の前に立っていたのもネットカフェの店員ではなかった。
「アアアアアッッッ!! なァァァにしてんだッ!? テんメェェェエエエ!!!!」
「ふぁっ!? お、お前は……!?」
闖入者は平日のこの時間にネットカフェで見かける事は珍しい学生服のズボンにワイシャツという姿。
その姿や周囲の迷惑を顧みない怒声よりもなにより少年を驚かせたのはその学生の顔である。
いきなり飛び込んできた学生は少年とまったく同じ顔をしていたのだ。
顔だけではない。
背丈も体格も同じ。違うのは着ている服と表情くらいなもの。
「こ、こっちの、石動誠!?」
「『こっち』のって何だよ!? オラァァァン!? こンの偽物ヤロー!!」
「に、偽物って……」
今にも殴りかかってきそうな剣幕でまくしたてる学生服姿の少年にネットカフェにいた少年は立ち上がる事もできずにどもりながら両手の平を見せてなんとか宥めようとするが、自分と同じ顔をした少年の怒りはますます増していくばかりで取り付く島もない。
「て、ていうか、なんでこんな所に?」
「ハアアア!? お前が毎日のようにこんな所でプラプラしてやがっから僕の学校に通報した人がいるんだよッ!!」
このネットカフェはH市中心部の歓楽街の中にあるもので、確かに深夜に学生がうろついているところを暇を持て余した者に見られれば学校へと指導方針を疑う電話の1本でも入れられるというのもおかしくはない。
ましてや学生服の少年のようにある意味で有名人と呼べるような者ならば尚更だ。
「ヒーローは偽物が出るくらいで1人前なんて言うけど、まさか本当に自分の偽物が出てくるとは思わなかったよ! しかも引退してから!!」
「いやぁ……、偽物っていうわけじゃあ……」
「ああぁん!?」
「あ、いえ、なんでもないです……」
そのまま寝られるような柔らかいマッサージ椅子に腰かけたまま少年は反論を試みるが、上から見下ろしてくる学生服の少年のギロリと睨みつけてくる視線に途中で言葉も遮られてしまう。
「しっかもわざわざ偽物なんか用意しといて、やる事しょっぺぇなぁ、オイ!! え? そんなに僕がマトモな学生生活を送っているのが気にいらねぇってか!?」
「……そ、そういうわけでもないんですけど」
ネットカフェにいた少年としては別に学生服の少年に詫びる必要もなかったのだが、かといって闖入者のあまりの剣幕に椅子から降りて床の上に正座でもしたほうがいいのではなかろうかと思い始めてすらいた。
さすがに正座まではしなかったものの、椅子に座りながら神妙に膝を揃えておきながらネットカフェの従業員が助けに来てくれる事を密かに期待していたが、トイレに張られていた従業員募集の貼り紙に書かれていた時給ではわざわざ厄介事に首を突っ込む者もいないだろうと少年は軽く絶望感を感じる。
「で、お前、どこの組織のモンだよ?」
「……え?」
「別に裏切ったからって追手を心配する必要なんかねぇぞ? お前が追手が来れないような場所に行くか、組織が追手なんてかけれないような状況になるかの2つに1つだからな!」
暗に自分を殺す事も辞さないと言ってのける学生服に思わず少年は苦笑いを浮かべるが、それはかえって闖入者の怒りに油を注ぐ結果となった。
「なぁに笑ってんだ、タココラ! 本当にやっちまうぞ!?」
「あ、いえ、そういうわけじゃあなくて……。あ! ほら、石動さん、組織が追手をかけられないくらいに潰すみたいに言いますけど、ヒーローみたいな職業の人って詰めが甘いって言うか……」
少年としては自分と同じ顔をした学生服の少年の事など数分以内に殺害できるという確固たる自信があったのだが、逆にそれほどの実力差ゆえにわざわざ殺す必要性も感じず、生来の温厚さもあってできることならばこの場を穏便に済ませたいと思い話をはぐらかす事にする。
つい先ほどまで見ていたネットのニュースで先週の騒動に深く関わっていた「UN-DEAD」なる組織の事がここで役に立つ。
「UN-DEAD」なる組織、元は様々な組織の残党が寄り集まってできた寄り合い所帯であったらしい。
つまりは様々な組織の残党が寄り集まる事でそれなりの勢力ができるくらいなのだ。
ヒーローたちの詰めが甘いと言ってしまってもそうそう可笑しな話ではないだろう。
そして少年が思ったように闖入者はそこでそれまでの威勢が嘘のように消え去って落ち着いたような様子になる。
学生服の少年は荒々しい言葉を使っていようと生来からの気質は温厚なハズなのだ。
学生服が「お前が死ぬか、組織の事を話して潰すのに協力するか」の2択を突き付けてきても、その2択には穴があると指摘してみせれば、その穴が命に係わる事ならばけっして無理強いしてくる事はないだろうという少年の読みである。
少年の名は石動誠。
とある理由で学生服の少年、石動誠の心の動きは手に取るように分かるのだ。
「なろう」のポイントシステムがちょっと変わったみたいですが、まだ把握できていません。表示が変わっただけ?




