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翌、火曜日の朝。
僕と真愛さんは2人並んで登校していた。
でも2人とも言葉を交わす事はない。
途中でアーシラトさんが目出し帽の男の手に鎖を巻いて引いていくところにも出くわしたのだけれど、アーシラトさんが恐らくは引っ張られてる男の物と思われる出刃包丁を振り回しながら声を掛けてきても僕も真愛さんもぎこちなく挨拶だけする。
僕たちの様子にアーシラトさんも訝しみながらも酒代の方が大事なのかとっとと目出し帽の男を連れてスルスルと張っていくと2人は再び無言になってしまう。
昨日、部室で解散する前に明智君から言われたように真愛さんの護衛のため、彼女の家の前で待ち合わせてから登校しはじめたのだけれど、その時に「おはよう」と声を掛け合ったくらい。
いつもならば一緒に登校する時にはその日が提出期限の課題の話やら間近に迫った学校の行事とか、あとは昨日見たテレビの話なんかしながら行くのだけれど、今日に限っては「アーシラトさんに引かれている人、何をしでかしたんだろうね?」という事もなく2人とも妙に無口だった。
昨日の下校の時のように真愛さんがご機嫌斜めというわけではないのだけれど、昨日とは別の理由で無口になっている。というよりは何を話していいのか分からないのかもしれない。
なんでそう思うかというと僕自身もそうだからだ。
たまにチラリチラリと僕の事を横目でうかがってくる真愛さんの顔はほんのり紅潮しているように見える。
そりゃそうもなるだろうなぁ、と思う。
昨日、つい勢いで「真愛さんだから守りたいんだ」なんて言ってしまったけれど、そこまで言ったらもう全部言ってしまったようなもの。
そのせいで2人とも妙に互いを意識しあってしまってこのような状況なのだ。
でも100%完全に僕の気持ちを伝えたわけではない。
「真愛さんだから守りたい」
ここまでは伝えた。
でも、なんで真愛さんを守りたいのか?
そこまでは言っていない。
もう99%言ってしまったようなものなのだろうけど、99%と100%の差はあまりに大きいと思う。
こういう妙にお互い意識してしまって話もロクにできないような状況になってしまうくらいなら、思い切って「好きです」と言ってしまえればよほど気が楽なのだろう。
真愛さんの返事が「ゴメンなさい……」でもかえってせいせいするというものだ。
でも、それを言う事はできなかった。
まずそもそも「“僕”が真愛さんを殺しにくるかもしれないから“僕”が真愛さんを守るよ!」という状況ですらなんかマッチポンプ臭いというのに、そんな状況で「好きです」なんて言うのも卑怯臭いと思える。
きっと真愛さんが昨日、僕の言葉を追求してこなかったのも似たような理由だろう。
自分で「誠君はもっと自分を大事にするべきだ」と言った後に、僕に恋心を打ち明けさせては自分を守れと言っているようなものだと考えたのだろう。
僕は別にそれでもいいのだけれど、真愛さんは立場になって考えてみれば言わせるわけにもいかないのだろうか。
真愛さんのこういうところは好ましいと思えるけれど、かといって僕には全てが終わってから告白するというわけにもいかないのだ。
『貴方はこのまま羽沢真愛の近くにいると、彼女のために死ぬことになりますよ?』
『あの小娘、死神に憑かれてるぞ?』
ロキとシュブ=ニグラスの言葉が僕の脳裏で幾度も木霊する。
今となっては奴らの言葉の意味がハッキリと理解できた。
ロキの言葉はそのまま「僕は真愛さんを守るためにペイルライダーと戦って死ぬ」という意味であり、シュブ=ニグラスの言う「死神」とは間違いなくペイルライダーの事だろう。
タロットカードの13番“死神”はキリスト教で語られる終末の4騎士、その内の1体であるペイルライダーがモチーフであると言われている。
そして平行世界の石動誠は改造人間デスサイズから変じて大アルカナの枠を超えてしまった事でペイルライダーと呼ばれるようになったそうな。
これ以上に“死神”と呼ばれるにふさわしい者もいないだろう。
ただ、僕にとって1つだけ救いなのはロキもシュブ=ニグラスも真愛さん本人の死を予言してはいないという事だ。
何度ログを繰り返し脳内再生してみてもロキは僕が「守りたい人も守れずに死ぬ」とは言っていないし、シュブ=ニグラスも「真愛さんは憑かれた死神に殺される」とは言っていない。
諺で「溺れる者は藁をも掴む」なんて言うけれど、邪神に奸智の神の言葉尻を掴まえて、それを希望にしている僕とどちらが滑稽だろうと思わないではないけれど、明智君も2日で真愛さんの隠れる場所を探し出してくれると言っていたし、なんとかなるだろう。……少なくとも真愛さんだけは。
命が狙われている真愛さんがこうして高校に登校しているのも明智君の提案。
どの道、安全な隠れ家が確保できていない現状、ペイルライダーに自分の存在と目的が知られていると気付かれては行動を急かさせる危険性があるという事だ。
そして校門が見えてきた辺りでトボトボと歩く明智君の後ろ姿が見えてくる。
あの様子だと彼は昨晩、徹夜していたのだろう。
「おはよう!」
「あ、おはよう……」
「お、2人ともおはよう……、誠、昨日、三浦から借りたビデオはどうだった?」
明智君は僕と真愛さんの姿を確認すると1つの質問をしてくる。
僕は別に三浦君からビデオなんて借りていない。
これは僕がこちらの世界の石動誠であることを確認するための符丁のようなものだ。
「う~ん、僕にはちょっと洋物はピンとこないかな?」
「そうか」
「あ。そんな取り決めも用意していたっけ……」みたいな顔をしている真愛さんを後目に僕があらかじめ決めておいた合言葉を返すと明智君もホッとしたような顔を見せる。
明智君は真愛さんと並んで歩いている僕がすでにペイルライダーと入れ替わっている危険性も考慮したわけか。
……まぁ、僕も今の今まで忘れていたから真愛さんには何も言えないのだけれど。
「そっちはどうだった?」
「俺もなぁ~、ピンとくるのがなくてな~……」
話の流れに合わせるようにして明智君の方の首尾を聞いてみるけれど、やはり一晩ではペイルライダーから完全に真愛さんを隠し通せる場所なんて見つけ出せるものではないか。
……まぁ、傍から話を聞いた人が三浦君をとんでもないドスケベだと誤解するのではなかろうか? という気がしてきたのはひとまずほっといて。
玄関の下足箱で上履きに履き替えてから3人で教室へ向かおうとすると、階段を上っている途中で担任の安井先生に声を掛けられる。
「おはよう」
「あ、おはようございます」
「……石動君、ちょっといいかしら?」
「はい?」
安井先生に呼ばれた僕は明智君に目配せして真愛さんの事を任せてから先生についていく。
安井先生が向かった先は物理室の前の廊下。
朝のショートホームルームの前のこの時間、物理室の前には人影はみられない。
何か話難い事、他の人に聞かれたくない話だろうか?
「石動君、貴方にこういうのもなんなんだけれど……」
「はい?」
安井先生はなんとも話辛そうな、言葉を選んでいるようにゆっくりとながら話を切り出していく。
「貴方が元ヒーローで、今も何かあればすぐに呼ばれるような人だから他の子たちと違って大概の事は自分で責任は取れるんでしょうけど、それでも高校生には高校生としてふさわしい生活があると思うの……」
「はあ……」
安井先生の言いたい事は分かる。
でも話がまるで見えてこない。
「先週のテストの結果もそんなに悪くなかったみたいだし、むしろトップクラスの成績だし、金銭的な問題もないだろうけど……」
「あの……、何の話ですか……?」
「貴方、最近、ネットカフェで寝泊まりしているそうじゃない? それも毎日のように」
……Oh
生憎と僕には安井先生が言っているような心当たりはない。
でも何の事かはすぐに分かってしまった。
うん。そりゃあ昨日、「僕の性格からいってしばらくはネカフェとかで情報収集なんかするんじゃないかな?」とは思ったさ!
でもマジでネカフェにいるとは思わないじゃない?
……いや、むしろ学校に「お宅の生徒が~」って通報されるくらいだから恐らくは奴がいるのはすでにH市内で、驚くべきはそこかもしれない。
それでもやはり「ネカフェ難民かよ……」ともう1人の自分の生活にドン引きしてしまう。
最近、思うんですけど、世の中の混乱に乗じて生活必需品を買い占める転売屋とかが現実に存在しているわけで、フィクションの悪の組織とかなんか生ぬるく感じてしまいますね。
「UN-DEAD」のガバセキュリティとかも「ティッシュ、トイレットペーパーのデマを流した転売屋が速攻で特定されてネットで個人情報バラまかれてる」と考えればネタにすらならないような気すらしてきました。




