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大H川中からの帰り道、一人、二人と別れていき、僕と真愛さんの二人きりになる。
「ねえ? 誠君、ヤクザガールズの先代組長ってどんな人だったの?」
「そうだねえ。いつも怒ってたかな?」
「そ、そうなの? その割に慕われているみたいだったけど……」
うん。さすがに言葉が足りな過ぎた。
「怒っているって言っても、それは皆の命を守るためって言うのかな? 米内さんも中学生だったからね。結局は責任が重すぎたんじゃないかな?」
「責任?」
「命のやり取りをする集団なのに組員は夢見がちな少女たちで、周りの大人たちからは『魔法使い』として扱われて気が気じゃなかったと思うよ?」
「あ~。魔法使いって何でも屋的に見られちゃう所ってまだあるんだ……」
真愛さんもそうだったのかな? いや、むしろ真愛さんと同等レベルの事を求められてしまうことが米内さんの苦労の始まりだったと言えなくもない。
「そのせいか山本さんや井上さんが甘ったれた事を言えばグワーッってなって、政府の人の現状認識が甘ければグワーッってなって、明智君の立てた作戦がシビア過ぎてでグワーッってなって、ホントいつも怒ってばっかりだった気がするなあ……」
「大変だったのねぇ……」
「まあねえ。でも僕には兄貴、兄貴って懐いてくれてたっけな……」
「ふふ。今だに組員さんたちからオジキって呼ばれるくらいだものね」
「うん。最初は確か、明智君と生徒会長のお父さんの譲司さんと一緒に、敵に包囲された彼女たちの撤退支援したのが最初だったかなぁ」
「え? 生徒会長のお父さんって唯の人間よね? 魔法少女の集団がピンチになるような状況で大丈夫だったの?」
「それが意外とあの人って強かったんだよ……」
真愛さんには分からないかもしれないが、唯の人間がパワードスーツの類も身に着けずに、不思議パワーの恩恵にも与らないでヒーローをやる例は稀にある。
僕が知っている人だと譲司さんの他にマーダーヴィジランテさんもそうだったな。もっとも両方とも死んでしまったけど(ただしマーダーヴィジランテさんの場合は半分、オカルト的なパワーで強化されていた節もある)。
「ま、そんな縁があってね。僕の場合は心配する必要が無かったから気が楽だったのかな? 非番の時には訓練したり、ご飯を食べに行ったりしたよ。その米内さんが天童さんの友達だったなんてね。世の中、意外と狭い物だね」
「へえ……、訓練ってどんなの?」
「彼女の特化能力は木刀を使った接近戦でさ。『え? ホントに魔法少女なの?』ってくらいにガチガチやりあったよ……」
「す、凄いわね」
しかも気を抜くとスルッっと拳銃抜いてるんだぜ……?
「そう言えば、H市に引っ越すように勧めてくれたが米内さんなんだよね」
「あら、そうなの? なら私もお礼を言わないとね!」
「何が?」
「誠君に出会えたことを米内さんに」
「そうだね!」
すっかりと辺りは夕焼けに染め上げられていた。
一人で部屋に戻ると、僕は今日の事と、今週の始めに出会った少年とロボットのことを思い出していた。
ヤクザガールズの子達は後輩に自分たちの経験を伝えようとしていた。
魔法の国のラビンはこの世界を助けるために少女たちに戦う力を与えた。
スティンガータイタンは父から子へと受け継がれていた。
神田少年は死んだ父の言葉を覚えて生きている。
僕はどうなるのだろう?
経験や技を伝える相手もいないし、そもそも僕自身に自我があるので物みたいに受け継がれるという事もない。
普通に高校を出て、普通に大学に入って卒業して、普通に就職して……か。
ん? そもそも僕の寿命というか耐久年数ってどうなってんだ? お~い! ポンコツ電子頭脳さ~ん?
≪ユーザーズマニュアルを参照≫
≪エラー! 参照先ファイルが見つかりません≫
ファック! 予想以上のポンコツめ!
夜の帳が降りた頃、H市の災害対策室では今も煌々と明かりが灯っていた。
東京都内とはいえ西の外れに位置するH市。辺鄙なベッドタウンと言ってもいい。だがしかし、いくつもの事情が絡み合い世界有数の特怪事件頻発都市となっている。
当然、その対策に追われる災害対策室は昼夜を問わず職員が働いていた。
「済まんな。都知事とのテレビ会議が長引いてしまった……」
「いえ、お疲れ様です」
室長室に疲れ果てた顔で入ってきた室長を室内で出迎えたのは明智元親だった。
明智は慣れたもので応接セットのソファーに座り文庫本を読んでいた。ヒロ研の面々にさくらんぼ組訪問に誘われていたのだが室長に呼ばれていたために断っていたのだ。もっとも都知事とのテレビ会議とやらですでに時刻は午後7時近くになっていた。これならばヒロ研の活動に付き合ってもよかった。だがトップダウンの傾向の強い都知事が急な会議を招集することは珍しくもないが、あらかじめ予想するというのも明智には無理なことであった。
もう5時の終業時刻を過ぎていたので当然、秘書は退勤していた。室長は執務用デスクの脇の小型冷蔵庫からノンアルコールビールの缶とウーロン茶の500mlペットボトルを取り出し、明智へウーロン茶を渡す。
「ありがとうございます」
「いや、私も失礼させてもらうよ……」
二人で軽く乾杯のポーズを取って封を開けて口をつける。
応接セットの対面に座った室長が話を切り出す。
「こんな時間まで待たせてしまって、長々と世間話をするのもアレだ。早速、本題に入らせてもらうよ」
「ええ、どうぞ」
明智の反応を見て、室長はもう一度ノンアルコールビールで喉を湿らせる。
「先週の土曜日の昼頃、東H駅の近くで超次元海賊ハドーがボルト工業の輸送車を襲った事件については知っているな?」
「ええ。ですが輸送車がボルト工業のものだったというのは初耳です。現金輸送車のような1ボックスカーだと聞いたのでおかしいとは思っていたのですが。異次元人がこっちの、しかも1国家の通貨を奪う意味などあまりありませんからね」
「耳が早いな。ん? そう言えばハドーの怪人を撃破したのはヤクザガールズとデスサイズだったな?」
「ついでに巻き込まれて負傷した民間人の少年もクラスメイトです」
すでにデスサイズこと石動誠とクラスメイトであることは室長も知っていた。だからこそ報奨金の通知を頼まれたりしているのだ。
「そういえば誠、デスサイズはメールアドレスを登録しましたか? 今週の頭に言っておいたのですが……」
「ん? その報告は受けていないな……」
「アイツ、忘れてんのかな? 教えましょうか?」
明智にしても他人の個人情報を軽々しく漏らすような人間ではないが、室長ならば大丈夫だろうという思いがあった。
「いや、できれば君にメッセンジャーをやってもらった方がいいだろう。職員の中にはデスサイズを……、その、なんだ、怖がっている者もいてね……」
「そういうことなら分かりました」
一部の人間の間ではデスサイズは己の価値観と目的のために戦う存在。つまりダークヒーローだと思われている。もっとも本人からしたら心外だろうが。
「話は戻るがね。ハドーの連中が襲った輸送車の中に何が入っていたか気にならないかね?」
「ならないと言えば嘘になりますね」
「空だったそうだ」
人の興味を引くような話を始めておいて、あっさりと答えを言ったと思ったら随分と拍子抜けする答えだった。
「それはボルト工業の隠蔽とかではなく?」
「襲撃に参加した怪人、戦闘員のロボット、空中監視用のロボット全てが破壊されていて何かを持ち出した形跡も無く、ボルト工業の社員が駆けつけるよりも先に警察が現場の保全を始めておったからな。それはないだろう」
ならば答えは一つだろう。わざわざ空の輸送車を襲う意味など無い。しかしハドーは有ると思っていたのだ。
「欺瞞工作に乗せられた、という事でしょうか?」
「相変わらず話が早くて助かるよ」
つまりボルト工業は本命の何かを隠すため、偽情報を走らせて空の輸送車を襲わせたということか。
「それで民間人の被害が出ている件については?」
「『文句はハドーに言ってやれ』だとさ!」
「そんな……」
確かに法的にはそうなるのかもしれないが、大企業が臆面も隠さずにそう行政に言ってのけるとは。明智は絶句してしまう。
「……それはひとまず置いておいて、本丸というかハドーが狙っていた物は何だったのです?」
「それがだ……」
室長が言い淀む。何か言い辛いことなのか?
「半永久機関だそうだ」
「は?」
永久機関の存在が否定されて久しいが、「半」永久機関とはどのような物なのか?
少なくとも次元を超える科学力を持ったハドーが狙うほどには高出力で、1ボックスカーで欺瞞できる程度には小型の物なのであろう。
もう一つ、明智元親の脳裏に浮かんでいた疑問がある。
それは、ハドーは半永久機関とやらで何をするつもりなのか? ということだった。




