50-2
「……え? わ、私……?」
降って湧いたような話に真愛さんも戸惑いを隠せないようで驚いたような困ったような顔をしながら僕の方を向いていた。
真愛さんにこのような話をするのはとても心苦しいのだけど、言わなければ彼女の命に係わるのかもしれないと思えば言わなければならない。
「多分の話なのだけれど、奴が平行世界の僕であるなら、きっと奴が狙うのは真愛さんだと思う……」
動揺のせいか真愛さんの目は泳いでいるように見えた。
動揺しているのは真愛さんか、それとも僕か。
多分、両方だろう。
怯える真愛さんの顔から目を反らすようにフュンフの方を向いて1つ質問してみる。
「そう言えば、“そっち”の世界ではブレイブロボは?」
「駄目駄目! バスタースーパーブレイブロボもEUのクルセイダー、エラン、ビスマルク、アメリカのエンタープライズ、サンダーバード、ロシアのロマノフ。その他、各国のスーパーロボットはとっくの昔に全滅さ! 奴からしてみれば懐に潜り込みさえすれば楽に狩れるのに潰した時の大衆に与える心理的影響は大きいから良いカモなんだろうさ!」
やはりと言うか、僕の思ったとおりだ。
外国のロボットについては僕はミリオタというわけでもないので詳しくはないけれど、日本のブレイブロボは5体のブレイブマシンが合体する事で完成する。
さらにブレイブロボに2号ロボのドラゴンフライヤーが合体してスーパーブレイブロボ。スーパーブレイブロボに3号ロボのブレイブガンナーが合体する事でバスタースーパーブレイブロボとなる。
つまり複雑な合体機構を持つ事でバスタースーパーブレイブロボはデッドウェイトこそ多いものの、その分、各メカの装甲が2重3重に重なっているために過剰な防御力を有している。
それでも時空間兵器に耐えられるわけもなく、簡単に撃破されてしまったのだろう。
そもそもスーパーロボットという兵器はペイルライダーのような人間大で飛び回るような敵と戦うためのものではないのだ。きっと火器管制装置も対応していないだろう。
その辺の感覚は“こっち”の僕も昨年の埼玉でのク・リトル・リトル戦、つい先週のルルイエの巨大半魚人戦でえた感覚と似ているのかもしれない。
「……つまり、奴は攻撃力だけ高くても懐に飛び込めば何とかなるような巨大な相手を脅威とは見なさないと思うんだよね」
ミナミさんはどうだろ?
彼女が巨大化して作り出す濃密な火線は正直、味方であっても前を飛んでてヒヤヒヤ物なのだけれど、アレは自分で体感してみなければ分からない事かもしれない。
ただ、そもそも宇宙テロリストに占拠された宇宙巡洋艦の撃墜ミッションの時、宇宙で繰り広げられた戦闘の様子は地球の技術では詳細まで補足しきる事はできず、それをペイルライダーが知る事はできないとは思うのだけれど。
「そして、あの糞野郎が『最後の希望』とか吹いてたデモンライザー、咲良ちゃんだけれども、“こっち”の咲良ちゃんは仲間の数こそ向こうより多いみたいだけど、純粋な強さで言ったら“向こう”の咲良ちゃんの方が強いくらいなんじゃないかな? ま、どの道“向こう”の咲良ちゃんも負けたわけでペイルライダーは脅威とは思わないだろうね」
あの廃墟と化したH市で戦う咲良ちゃんの姿には鬼気迫るものが感じられた。
恐らく「子羊園」の子供たちやシスターさんたち、学校の友達なんかも大勢、犠牲になったのだろう。
故郷を焼かれ、あの優しい少女はペイルライダーを倒すためなら手段を選ばないような戦士となってしまったではないか。
“こちら”の咲良ちゃんならばきっと使う事はないであろう拷問にも似た足4の字固めという荒技まで躊躇なく使う“向こう”の咲良ちゃん。
その闘志は地球人類を滅ぼすと宣言し、それを実現できるだけの力を持つペイルライダーを前にしても衰える事はなく、むしろますます心の中の炎となって燃え上がる。
イカレポンチの糞野郎が「最後の希望」と評するのも頷ける話だ。
ただ、それでもペイルライダーには勝てなかった。
「で、三浦君、草加会長。ヒーローオタの2人から見て、ペイルライダーに勝てそうな人に心当たりある?」
「……いえ」
「ずっと考えていたので御座るが、どうしても思い浮かばないで御座る……」
「僕もそう。きっと奴もそう」
また1つ深呼吸をして心を落ち着かせ、僕は再び真愛さんの方を向いた。
「きっと奴は“こっち”に飛ばされて思ったんじゃないかな? 『あれ? ロキが言ってたのは誰の事だ?』って」
「……う、うん」
「僕の性格からいってしばらくはネカフェとかで情報収集なんかするんじゃないかな? それでもロキの奴が言っているのは誰の事だか分からない。でさ、よ~くロキが言っていた事を思い出してほしいんだけど……、あ! さっきの動画、ロキが賭けとか言い出した辺りをもっかい再生してもらえますか?」
「音だけでいいだろ?」
またカーテンを閉めるのが面倒なのかフュンフは再び小型スピーカーを取り出して動画の音声だけを流す。
『……んなことを言っているといつか足元を掬われますよ?』
『そりゃあ、もうこの国には貴方を倒せる存在なんていないでしょうよ。でもヨソから来るかもしれませんよ?』
『いいえ。時空間エンジンを3基も装備する貴方に勝てる相手なんて外国にだっていやしませんよ!』
『平行世界って貴方、知ってます?』
『そりゃあモチロン。でも良く考えてみてくださいよ。貴方が考慮する必要も感じずに笑い飛ばした可能性を実現する者がいるとしたら貴方を倒せるんじゃないですか?』
『貴方はアキレスという英雄を知っていますか? あるいはバルドルという神を? 両者ともに非常に些細な事で命を失ってしまった者なのですが、人間であるアキレスはともかく、神であるバルドルですら些細な事を見逃してしまったがために命を失う事になったというのは教訓とすべきじゃないですかね?』
『ええ。だったら向こうが来る前にこっちから乗り込んでいったらどうでしょう?』
『貴方の持つ時空間エンジンの別の空間からエネルギーを取り出す能力を私の魔法で反転させれば、貴方を平行世界に送る事が可能ですよ?』
『帰りの事も心配しなくて良いですよ。帰りの分の魔法陣も貴方に刻みこんでおけば、用事が済んだらまた同じように帰ってくればいいですし!』
『代金としてはそうですねぇ……。貴方が無事に帰ってくるかどうかを賭けの対象にでもさせてもらいましょうか? 貴方を倒せるだけの力を持った存在を奇襲効果だけで上回れるのかどうか。面白くないですか?』
……さて、この辺まででいいかな?
「気付いた? アイツ、賭けだって言ってるのに『誰それを倒してこい』だなんて一言も言ってないんだよね」
「え? え?」
「奴は『貴方が無事に帰ってくるかどうか』なんて言ってるけどさ、だったらこっち来てすぐに向こうに帰ればいいだけの話じゃん? ようはロキの奴はペイルライダーが話を深読みして『飛んだ先の世界に自分を倒せる力を持つ者がいるに違いない』と思わせるだけ思わせたって事なんじゃないかな?」
もっともその事に僕が気付けたのは“こっち”の世界でロキと僕が敵対した経緯があるからで、そうではない“向こう”の僕があのロキの悪辣さに気付くには時間がかかるだろう。
「そして奴は“こっち”に来てからしばらくして『あ、僕より強い奴いねぇわ……』って気付くと思う。つい先週のナイアルラトホテプが起こした騒動で「UN-DEAD」が壊滅して、“こっち”にはD-バスターがそんなにいないからヘルメス・システムを作る事もできないって分かるだろうしね」
そりゃペイルライダーを倒せる可能性というだけなら幾らか候補はいるんじゃないかと思う。
僕だってそうだ。
でも、そんな針の穴を通すようなか細い可能性をいちいち奴は考慮するだろうか?
僕ならしない。
つまり奴もしない。
「それでなんで羽沢が狙われるって事になるんだ!?」
僕は自分の事だから理解できる事だけれども明智君にはまだ分からないようで、彼はイラだったように続きを急かしてくる。
「どのくらい時間がかかるかな? いい加減にペイルライダーだってロキに騙されたって気付くんじゃない? で、その時に僕ならどうするか?」
テレビのローカル番組で隣の市で評判のレストランを紹介していたとしよう。
休日に電車に乗って数駅揺られ、そこから歩いてお目当てのお店に辿り着いた時にテレビで紹介されていた人気メニューがすでに売り切れていたらどうするだろうか?
何も食べずにすごすごと帰ってくるだろうか?
いや、僕ならきっとなんだかんだ自分に言い訳しながら別の料理を食べてかえってくるのではないかと思う。
「僕なら自分を倒せる者の中でもっとも可能性が高いと思う者を殺してから“向こう”に帰るんじゃないかな?」
「えっ……? 私にペイルライダーを倒せる可能性が!?」
「いやいや! 真愛さんにそんな力は無いのは僕は分かっているよ!? ただペイルライダーは真愛さんが変身できなくなった理由を知らないんだと思う」
真愛さんが魔法少女に変身する事ができなくなったのは人間の醜さに直面し、自身の万能感の喪失したからだ。
その事を僕は直接、真愛さんから聞いていたために知っている。
でも奴はその事を知らない。
この事はネットでググってみても出てこないから知りようがないハズだ。
「きっとペイルライダーは……、“向こう”の石動誠は真愛さんが何故か変身できなくなった事を知っていても、だからこそ何故か力を取り戻す事があるんじゃないかと考えるハズだと思う。そして自分が通り過ぎた形態であるデスサイズよりも子供の頃に特撮ドラマで見ていた魔法少女プリティ☆キュートの方を脅威に感じるハズ……」
「…………」
“こっち”の僕はあんまり子供向けの特撮物とかヒーロー物のドキュメンタリーとか見てなかったからあまりヒーローには詳しくない。
自分がヒーローになってから一緒に戦ったりご飯を食べたりした人たちの事は覚えているけれど、向こうはどうだろう?
ペイルライダーが“こっち”の僕と同じなら、倒した敵としてのヒーローたちの事など考慮に値しないと考えるに違いないし、こっちに来てからネカフェかどこかで調べたくらいでその考えが変わるとは思えない。
なら子供の頃にテレビで見ていた魔法少女プリティ☆キュートの幻想をふと思い出した時、プリティ☆キュートならばロキにも自分自身にも言い訳できると思うのではなかろうか?
最強の魔法少女、その象徴は「プリティ☆キュート」という名前なんですが、考えてみてくださいよ?
自分で「プリティ☆キュート」なんて名乗るんですぜ?
子供らしい万能感と最強ゆえに挫折を知らないがゆえに許される事なのでしょうが、作者は挫折ばかりのいい歳こいた大人なんで「プリティ☆キュート」って自分で設定したハズなのに打ち込む度に背筋がゾワッとするのです。
なんだろ?
圧に負ける的な?




