50-1
3本目の動画が終わり、フュンフが閉じ切っていたカーテンを開けると部室内はだいぶ傾いてきていた西日に照らされる。
しばらくは誰も口を開かない。
「……さて、我々が今日ここに来た理由は分かってもらえただろう」
まず真っ先に言葉を発したのは泊満さんだ。
缶のウーロン茶で喉を湿らせてから、努めて温和な表情を作って話を切り出してきたものの、全てを見透かしているかのような眼差しと妙にチグハグだった。
「ペイルライダーが来たっていう平行世界って、やっぱり……」
「ああ。この我々が暮らすこの世界で間違いはないそうだ」
やはり、そうなのか。
フュンフも指揮官機とはいえD-バスターなのだから「ゴミ~ン! 間違って別の世界に来ちゃったみたいだから手を貸してよ!」とか言い出す可能性も無きにしもあらずと思っていたのだけれど。
まあ、そうだったら泊満さんも動画を見る前に「敵だ」なんて事は言わないか。
そういえば先に泊満さんは「明確な敵」とは言っていたけれど、同時に「恐らく世界にも日本にも人類にも文明にも脅威を及ぼさないだろう」とも言っていたっけ。
今ならばその言葉の意味も分かる。
ペイルライダーの目的はロキとの賭けのために自分を倒せるような者を倒して帰る事。
その「ペイルライダーを倒せる可能性がある者」がこの世界の善良な住人ならば奴は明確な敵だろう。
でも、かといってロキに「もう飽きてきた」なんて言っていた奴の事だ。
用が済んだらとっとと帰るのではなかろうか?
そういう意味ではペイルライダーはこちらの世界では狙われた者にとっての脅威にはなりえても、地球とか人類全体という広い視野に立てば脅威にはなりえない。
「さて、私が聞きたいのは3つ……。まず1つめは奴を倒す事は可能なのか?」
「そりゃ、なんだかんだいってアレは強いだけの改造人間に過ぎないんですから、可能性があるかないかで言ったら“ある”という事になるんでしょうけど……」
アホほどの重装甲化していようが、時空間エンジンを3基も装備していようが根本的な部分においては大アルカナと同様なのだと思う。
2本目の動画で失っていた右腕が3本目の終盤で移植するまで無くしたままだった事からもナノマシンによる再生能力も高効率化こそされているかもしれないけれど根本的な部分は僕と同様なのだと思う。
その辺は人間も皮膚にできた創傷を再生する事はできても失った腕の再生はできず、移植するしかないというのに似ているかもしれない。
案外、追い詰めれば倒しきる事ができなくとも追い返す事ができるかもしれないというのは数少ない明るい判断材料かもしれないけど。
それに僕の体には1ヵ所だけ再生能力が働かない場所がある。
それは僕に残されたほぼ唯一と言っていい生身の部分、“脳味噌”だ。
脳は強固なケースで覆われて保護されているものの、生身であるがゆえにナノマシンでは修復のしようがないのだ。
暗殺ならば僕の本領発揮。
背後からサクッと時空間断裂斬で……、いや、駄目か? きっと奴もある程度の範囲内にある時空間エンジンの反応を察知する事くらいはできるだろう。
なら、時空間エンジンの探知能力を逆手に取って、僕が気を引いて長距離狙撃を。
ヤクザガールズのスナイパーライフルを使う子はどうだろ? いやミナミさんかジュンさんの方が適任だろうか?
ただし、それらはマトモに戦わない事という前提での話だ。
マトモに真正面から戦ってしまえばどうやっても勝ち目は無い。
そりゃあ0.01%くらいはあるのかもしれないけど、そんなんあるとは言わないと思う。
奴が”向こう”の咲良ちゃん、ヴィっさん、“皇帝”を相手に戦っていた時、奴の大鎌は赤く輝き続けていた。
時空間エンジンを3基も搭載している大出力を活かしての事だろうけど、僕に同じ事は1分程度できるかどうかというところだろう。
兄ちゃんの形見の左手の爪付籠手に内蔵されているエネルギーセルにある程度はプールしておくことができるために当初よりもエネルギー配分の柔軟性は増している。
でも出力自体が増しているわけではないのだ。
しかも僕の場合は時空間エンジン1基で武装だけではなく推進基に冷却系統など全ての機能を賄わなくてはいけないというのは純然たる事実だ。
僕のもっとも得意とする高機動戦闘に持ち込んだとしても同様だろう。
ペイルライダーの装甲は原型機の10倍ほど推力重量比はおよそ1.5倍ほど。
一見、装甲の増加の割合に比べて推力の増加の割合は乏しいように思える。
でも見方を変えれば10倍にも増加した装甲の重量があってなお推力重力比は増していると考えれば油断する事ができない相手であるのが分かる。
僕の濁した言葉に泊満さんも察しがついたのか「なるほど……」と言って納得したようだ。
「それでは2つ目、ペイルライダーに我々はどう対処すべきだと思う?」
「いや、どうもこうも、ヒーロー協会ではどうするつもりなんです?」
「ああ、実はまだ連絡していないのだ」
「……は?」
泊満さんは茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばしてくるけれど、こっちはそれどころではない。
平行世界の存在とはいえ、人間態ではまるっきり僕と姿形が変わらない相手が誰かを狙っているというのにそれはどうかと思う。
「いやあ、“こっち”の君に風評被害が及ぶんじゃないかと思ってね」
「いえいえ! そんな気を使ってもらわなくても! もうこれ以上に僕のイメージなんて悪くなりようがありませんから!」
「そ、そうかね?」
「だから協会なり防衛省やら警察やらありとあらゆる機関に情報を提供するべきです」
僕の事を悪く思っている人からすれば「平行世界のデスサイズはメッチャ悪い奴です!」なんて聞いても「やっぱり……」としか思わないだろうし、僕の姿の奴に殺人なんてされたら僕の事を良く思ってくれている人だって事情を知らなければ考えを改めてしまうかもしれない。
「なんなら私がちょちょっと動画の声と顔に加工しようか? 『※プライバシー配慮のため』とか理由をつけて」
「いやいや! 僕と同じ顔の悪い奴がいるって知ってもらわないと!」
フュンフの奴がさも気を利かせましたよ? 的な顔をしてくるけれど、余計なお世話だ。
ペイルライダーが殺人をおかした後で「実は奴の正体は平行世界の石動誠でした!」なんて話になった方がよけいにインパクトのせいで話がこじれる気がする。
「それでは3つ目、最後の質問だ。奴の標的とは一体、誰の事なのだろうな?」
「誰って、誠じゃないんですか!?」
明智君がさぞ意外そうな声をあげる。
確かに悪趣味野郎と山羊女の警告を知らなければそう思うのが自然だろう。
“こっち”の世界の咲良ちゃんは“向こう”よりも仲間の数こそは多いもののペイルライダーを脅かす存在かと言われると疑問符がつくし、ブレイブファイブのブレイブバズーカではペイルライダーを捉える事は難しいと言わざるをえない。
スーパーブレイブロボに巨大化したミナミさんあたりは攻撃力だけならばペイルライダーを倒す事も可能だろうけど、巨体にまとわりつかれては反撃することすら難しいだろう。
つい先週、僕自身がルルイエで巨大半魚人と戦って良く分かっている事だ。
「私もそう思うのだがね。どうも違和感が拭えん……」
泊満さんが首を傾げてみせる。
このお爺ちゃんはロキやシュブ=ニグラスの警告も無しに僕と同じ答えにたどり着こうとしているのだろうか?
そう。
僕は自分の事だから良く分かる。
僕が奴ならば自分が通り過ぎた過去の存在であるデスサイズを「自分を倒す可能性がある者」として考慮なんかしない。
実際のとこどうかは別として取るに足らない相手としか思わないのではないだろうか?
まぁ、そんなんだから殺した相手が遺した布石に腕をもってかれたりするわけなんだろうけど、その腕を新たに手に入れた後では喉元すぎれば何とやら。
ペイルライダーは“こっち”の世界に来て思ったのではないだろうか?
「あれ? そんな強い奴なんていないぞ?」と。
ならば奴は何と考えたか?
僕の中で答えはすでに出ている。
ただ、その言葉を口にするのに勇気がいるだけだ。
「多分……」
僕はそこで大きな深呼吸を1つして続きを切り出す。
「多分、奴を倒す可能性がある人物というのは……、ペイルライダーが狙うのは真愛さんだと思う……」
ヒロインである真愛さんと2人の誠君の三角関係!?
(※ただし殺す殺させないのお話)




