あなざ~☆べりあるさん! 後編
「えと……、あの……、そりゃ私が言い出した事だから手伝いますよ? でも私、仲間になるとは言ってないじゃないですか?」
ロキを封じたカードを魔杖のカードリーダーに読み込ませて顕現させると北欧のトリックスターはさも恨みがましい目で咲良を見てきた。
「ハハハ……、そりゃ聞いてませんから!」
「まったく! 言っておきますけど私はまったくもって戦えませんよ? なんならその辺のガチムチでも捕まえてきて私と入れ替えたら運が良かったら戦力が上がるんじゃないですかね?」
「いえいえ、頭脳労働担当も欲しいな~って……」
咲良の言葉はまるっきり嘘というわけでもない。
咲良の仲間であるベリアル、隠神刑部、小豆洗い、3者揃って脳味噌まで筋肉で出来ているのではないかと思えるほどである種の清々しさすら覚えるほどだ。
幻術で敵を化かす化けダヌキ、隠神刑部ですら「強えぇ敵ほど化かし甲斐がある」と公言しているくらいだから御察しだ。
先の戦いの途中で邪神ナイアルラトホテプも仲間に加わったが未だ彼の性格のほどは分からない。だが彼の所作の節々から深い教養や常識のようなものが感じられていた。
そもそもナイアルラトホテプにどのような思惑があったのかは今となっては分からないが、それでも「UN-DEAD」という組織の大幹部として主義主張のまるで異なる敗残兵たちをまとめ上げてきた手腕というものが彼にはあるのだろう。
その堅実な手腕を期待できるナイアルラトホテプの頭脳に加え、これ以上無いほどの曲者であるロキの知恵があったら心強い。
それは嘘偽りのない本心からの言葉である。
だが、それ以上に咲良には荒廃した世の中でロキを放ってはおけないという気持ちもあった。
なにせ相手はあのロキなのだ。
咲良たちの事を手伝うという言葉には嘘はないのだろうが、その一方で自分たちに関係のない所では悪事を働くのではないかという危惧。
悪魔ベリアルの象徴である悪意は咲良がその方向性をコントロールする事で敵にぶつける事ができる。
「這いよる混沌」と呼ばれる邪神ナイアルラトホテプの「ペイルライダーに虚仮にされたままで宇宙に逃げ帰れるか!」という言葉も信用できる。
だがロキだけは別だ。
カードの制御下においておかないといつか右手で握手を求めてきておいて、左手で背中に隠しておいたクリームパイを顔面に叩きつけられるのではないかという不安が咲良には拭えなかったのだ。
「言いたい事は分かりますがね。ほんッッッとうに私が戦えるなんて思わないでくださいね!?」
「へ~き、へ~き! “仲間”によって得意なこと違うから!」
それにしてもこのベリアル、ノリノリである。
一瞬でロキをハメてカードに封じたベリアルは、気落ちして大きく肩を落とすロキの周囲をこれ見よがしにスキップして跳び回りご機嫌な様子。
「ねえ、ねえ? 今、どんな気持ち?」
「……そういえばベリアルさん。確か「悪魔では神に勝てない」んじゃなかったのでは?」
「そんな法則、ブッチ切るくらいにコイツが弱かったって事だろ? こんな話を知っているか?」
スキップしながら自らの主にウインクを飛ばすベリアルは語り始めた。
満面の笑みで金色に輝く瞳を向けられ、思わず咲良は同性ながらドキリとさせられる。
恐らく世の男性たちなら、この笑顔を見るためならば道を踏み外す事も辞さないであろう。
「昔、北欧ちほ~にバルドルって皆から愛されてる神様がいたのさ! そんでバルドルのママはどんだけムスコンなんだか、この世のありとあらゆる物にバルドルを傷つけないように契約させたのさ! でもその時、ヤドリギだけは幼な過ぎて契約を結ぶことができていなかった! そこに目を付けたコイツは神々が不死になったバルドルの体に色んな物を投げつけて遊んでいる宴会に忍び込んでさ、まぁ、どんだけ娯楽が無いんだって話だけどさ! コイツはバルドルの兄弟にヤドリギを渡して、その兄弟はそのままヤドリギをバルドルに突き刺して殺っちまったって話があるんだけど、おかしいとは思わないか?」
「……何がです?」
よくもまあスキップしながら息が続くものだなと感心させられるが、ペイルライダーに手酷く敗北を喫した後だというのにこうもいつもどおりだとむしろ逆に安心させられてしまうのが不思議なところだ。
「御主人サマの神様であるアーシラトの奴ならどうしたと思う?」
「アーシラトさんなら……、うん? そんな回りくどい事は……」
今は亡きアーシラトがもし「バルドルの野郎が気に食わねェ!」と思ったとしても、そんな策を巡らすなどとはどうしても考えられなかった。
直接、神々に愛されていたというくらいだ。バルドルという神には取り巻き連中もいたであろうが、アーシラトならば構わずに直接、ブン殴りに行ったのではないだろうか?
「そうだろう! そこのナイ公だってそうだ。ちょっと考えれば向こうにその気は無いって分かるだろうにあのガキに虚仮にされたって私らの仲間になるんだぜ? ようは神サマなんてのは不遜なんだよ! なのにロキには神としてのプライドはあってもその力は無い。だから捻くれちまったんじゃないか?」
ベリアルの陽気に見えるが悪意の見え隠れする言葉。
さきほどの屈託のない満面の笑顔から一転、ロキの顔を下から覗き込むベリアルが見せた笑みは悪意を塗り固めて作ったような邪悪なものとなっていた。
「まあまあ、そんな気落ちすんなよ? ウチの御主人サマならきっと適材適所で上手く使ってくれるさ! なあ? 防御担当とか欲しいとか前に言ってたもんな~!」
「は? 私にはそんな能力なんてありませんよ?」
「能力なんか必要ねぇよ! 体1つで十分さ! 肉盾ガンバッ!!」
本当に盾にされるとでも思ったのかロキが雨に打たれた子犬のような目で自らの方を見てくると、そんなつもりはさらさら無い咲良が大きく首をブンブンと横に振って否定してみせる。
ホッとした様子のロキに僅かばかりの彼からの信頼を得たような気がした。
案外、ベリアルの悪意も戦い意外にも使いようもあるのでは? とも思ったが、マッチポンプというか、まるで詐欺師の手口のようで自分から進んで使いたいものではないなとも思わざるをえない。
………………
…………
……
食事の後片づけが終わると咲良は仲間たちから少し離れて1人になっていた。
風で巻き上げられた砂塵で少しだけ咳き込み僅かに撃ち抜かれた腹部が痛んだが、数時間前に超高熱のプラズマ・ビームが貫通したと思えたほとんど完治したと言っていいだろう。
すでにあたりは暗くなっており、5月の終わりという事もあっていくらか肌寒くなってきた。
咲良はふと空を見上げてみるも月も星も見えない。
「ふぅ……」
横倒しになった赤い自動販売機の上に積もった埃も払わずに咲良はドッカリと座り込んで溜息を1つ。
思い起こすは今日の敗北の事。
四国霊場要塞八十八ヵ所の堡塁を巡る修行の旅を経てもペイルライダーには勝てなかった。
新たに仲間になったナイアルラトホテプによって新たな力を得た。
ロキが示した目標もある。
次こそは負けないという思いはある。
だが、それでも底無し沼のように沈み込んでいく精神を押しとどめる事ができないでいたのだ。
「隣、いいかしら?」
「え? ……あ、どうぞ」
何も見えない空を見上げていた咲良に不意にかけてきた者がいた。
トレンチコートの怪人、マーダー・ヴィジランテだ。
戦いの時には声1つ上げず、食事の時にはスケッチブックに文字を書いて意思表示をしていたマーダー・ヴィジランテの声を初めて聞いていくらか戸惑ったものの、その深く沈み込んでいるが良く透き通った声はなぜか咲良を安心させるものだった。
「…………」
「…………」
わざわざ仲間たちの元から離れていた咲良のところへ来て、咲良が腰かけていた自販機に座ったマーダー・ヴィジランテだったが、しばらくは何も言う事は無かった。
だが1分か、それとも3分か経った頃だろうか。殺人鬼は口を開いて咲良に話しかける。
「……“皇帝”の事を考えているの?」
「……ええ」
自分の事を「この星の最後の希望」と呼んだ男。
そして自分の事を庇い代わりに命を散らした男。
彼が誇大妄想に取りつかれた狂人であった事は咲良も異論はない。
ペイルライダーだって元は彼の野望の犠牲者であった事も忘れてはいない。
それでも咲良は悪魔とでも手を取り合って生きていく事を選んだ者なのだ。
ARCANAの“皇帝”とだって、と思わざるをえないのだ。
それがすでに彼はこの世の者ではない。
自分がもっと強かったら。
自責の念に取りつかれて咲良の精神は沈み込んでいたというわけだ。
「私は神様じゃないから貴女が何を考えているかなんて正確には分からないわ」
「…………」
「それでも1つだけ言える事がある。今日の戦いで“皇帝”が生き残っていたとしても、けっして貴女と手を取り合って生きていくような未来なんてなかったという事は……」
「そんな事、分からないじゃないですか!?」
気持ちは分からないと言っておいて正確に自分の考えている事を言い当てられ、つい咲良は言葉を荒げてしまった。
だが殺人鬼は咲良が怒鳴るように言葉を遮ったというのに目を細めて柔和な顔を作ったまま小さく頭を振って見せる。
「だって貴女、良く考えてみなさいよ? 今日の戦いで“皇帝”が生き残ったとするじゃない? なら私が“皇帝”を殺すに決まってるでしょ? だから貴女と共に生きていく事はできないの」
「あ……、そっちですか……」
果たしてマーダー・ヴィジランテがARCANAの“皇帝”を倒す事ができるのかは分からない。
しかし彼女の言葉には微塵も嘘は見られない。
幼い頃に両親がまだ生きていた頃、母もこうして世の理不尽を問う咲良に同じ笑顔で相手をしてくれていたような気がして、思わず咲良の沈み込んでいた心も緩んだ。
「だから貴女が気に病む必要なんてないわ」
「……もしかして慰めてくれているんですか?」
「どうかしらね?」
ならもう少し言葉を選べとでも言いたいが、不思議とこの殺人鬼だけはこういう物言いが許されるような気がするから不思議なものだ。
「あの、今さらこう言うのもなんですけど、私たちと一緒に戦ってくれませんか?」
「もちろんよ。でもね……」
咲良がおずおずと差し出した白紙のカードはマーダー・ヴィジランテが同意しているというのに何の反応も示す事はなかった。
「……私は人間よ? 貴女、私を何だと思っているの?」
「はぁっ!? 嘘でしょ!?」
ただの人間がペイルライダーとマトモに戦って生き残り、全身を散弾で撃たれたかのように蜂の巣のような有様だったというのに今はこうして普通に歩き回って話ができている。
咲良にはとても信じられるような話ではなかったが、その事を問いただすよりも前にベリアルたちが彼女の前に駆け込んできて切羽詰まったような顔で咲良を新たな戦いへと誘う。
「大変だ、御主人サマ!!」
「一体、どうしたんです?」
「時計を見てくれ!」
化けダヌキの電波時計もナイアルラトホテプの高級腕時計もロキの懐中時計もそろって時刻16時27分を指し示している。
「はっ? でも……」
真冬ならばいざ知らず、今は5月も終わりに近づいた頃。
なのに夕方の4時半でもう空はすっかり暗くなっていたのだ。
「これはどういう……」
「…………?」
隣に座っていたマーダー・ヴィジランテの顔を見てみても彼女も何が起きているのか分からず怪訝な顔をしていた。
「またムッツリスケベが引きこもりやがった! あンのアマ、ちょっと嫌な事があるとすぐに引きこもりやがる!」
「は? 何でムッツリスケベが引きこもると空が暗くなるんです?」
「そりゃ、その引きこもり癖がある奴がこの国の太陽神だからに決まってるでしょ!?」
「え……」
咲良にはムッツリスケベの引きこもりとやらには聞き覚えが無い。
だが“この国の太陽神”と言われればその答えは1つしか無いに決まっている。
「ささっと付喪神を仲間にして天岩戸に行きますよ!?」
「あ、天岩戸ってやっぱり……」
予想通りの答えに咲良が絶句しているとロキが一瞬で美しい妙齢の女性へと姿を変える。
瞬きもしていないのにいつの間にと考えるも、悪趣味なコメディアンのようなラメ入りのスーツは先ほどまでのまま。
男装の麗人という形容詞がピッタリのどこか中性的なベリアルとは対象的に女性と変化したロキは出るトコは出て、引っ込むトコは引っ込むという大層グラマラスな容姿であった。
「よし! 私とベリアルさんが裸踊りで場を盛り上げて……」
「俺がワイワイ囃し立てて引きこもりの困ったチャンの気を引く……」
「そこで俺が天岩戸を砕けという事か、ふッ……、まさか、あの天岩戸を我が拳で打ち砕く事になろうとはな! 主に付いてきて本当に良かった!」
「その後で私がまた『女神様ムッツリスケベ説』を言いふらす。完璧だな!」
ロキ(TS)、化けダヌキ、小豆洗い、ベリアル。
4者ともすでにやる気満々。闘志に満ち溢れている。
一方、咲良とともにナイアルラトホテプは話についていけていない。
「な、なあ? おい、天岩戸をブチ砕くんなら裸踊りとか必要無いと思うんだが、え? 我がおかしいのか!?」
負けるな、サクラ!
いつか平和な時が訪れるまで、絆で魂を鎧え!
戦え! デモンライザー サクラ!!
次回予告
世界は闇に包まれた。
再び日の光を取り戻そうと天岩戸へと向かう咲良たち一行の元へ地球侵攻作戦を再開させたネオ・ハドーの強化獣人の魔の手が迫る!
だが荒廃した世界にあっても戦士の魂に灯る炎は消えていなかった。
力無き者を守り、悪を砕く意思もまた確実に存在しているのだ!
「俺は“太陽”の子! アメノ! オシホ! ミミ!!」
ぶっちぎるぜぇ!!
以上でパラレル・ワールド編はここまでとして、次回から本編へと戻ります。
きっとペイルライダーが戻ろうが戻るまいが向こうの咲良ちゃんたちなら大丈夫でしょう。




