あなざ~☆べりあるさん! 中編
「えと、つまりはペイルライダーが平行世界とやらから帰ってくるまでに強くならなければいけないという事ですか?」
化けダヌキから受け取った熱々の煮込みウドンを息を吹きかけて冷ましながら咲良はロキに聞き返す。
ロキが言うところによるとペイルライダーこと石動誠は咲良たちとの戦闘後、次の標的を香川県に定め、そしてロキとの賭けに応じて平行世界に旅立っていったという。
その平行世界への扉となったロキの魔法陣は「ペイルライダーを倒せる可能性がある者がいる世界」という条件で転移先を選び、そしてペイルライダー自身の時空間エンジンのエネルギーを鍵として作動するものだという。
「その『ペイルライダーを倒せる可能性』ってどのくらいのモンなんです?」
「さあ?」
「さあ、って……」
あっけらかんとした顔で言ってのけるロキに思わず咲良は絶句する。
つまりは獅子が猫に勝つぐらいの可能性であるかもしれないし、逆にネズミが猫に勝つくらいの可能性であるかもしれないのだ。
「そんな“向こう”の世界の人に迷惑じゃ……」
「苦情はどうぞ。ただし私に苦情を言ったところでマトモに取り合ってもらえるとでも?」
咲良にはあまりロキという神との付き合いはない。
数か月前に突如として現れて咲良に魔杖デモンライザーとベリアルが封じられたカードを渡されて以降それっきりで、今日久しぶりにあったくらいなのだ。
それでもロキという者が人から苦情を言われたところでかえってそれを喜び、人が苦しむ様を思い浮かべて酒でも呷るような控え目にいって最悪の性分の存在である事くらいは理解している。
「はぁ……。それはともかく、それで私が強くなるために……、何です? この『ロキプロ スカウトキャラバン』って……」
卵、鶏肉、玉ネギ、ニンジン、ホウレンソウなど具沢山の煮込みウドンを食べながらであるのでまだ中身は見ていないがテーブルの上に置かれたパンフレットの表紙にはタイトルの文字とともに世界地図が印刷されていた。
「先の戦いでは負けてしまいましたが、貴女がぶっつけ本番でやってのけたベリアル、ナイアルラトホテプとの2体同時融合がヒントです」
「どういうことですか?」
「2体同時融合で駄目なら、72体フルデッキで勝負してみたらいいじゃないですか!」
「は?」
まるで他人事のように、いや、実際ロキにとっては他人事なのは間違いない。
さも簡単に言ってのけるロキの態度に咲良も耳を疑うが、よくよく考えてみても他に良い案が思い浮かばないのも事実であった。
ただし言うは易しである。
四国霊場要塞八十八ヵ所の堡塁を巡る修行の旅を終えた咲良であったが、四国で仲間にできたのは隠神刑部と小豆洗いの2体だけ。
他にも神仏や妖怪と出会わなかったわけではないが、敵がペイルライダーであると知ると尻込みして仲間になる事を拒んでいたのだ。
そも咲良に付き従う大悪魔ベリアルの姿を見ただけで姿を隠す者だって多い。
そして咲良とて嫌がる者を無理に戦いに連れていく気は無かった。
修行に向かう前、H市が廃墟と化す前に咲良が暮らしていた児童養護施設の近くで着物姿の幼女の姿をした妖怪の事も目にしていたが、あまりにも幼いその姿に明日をも知れぬ戦いの覚悟を決めた咲良には声を掛けかねていたくらいだ。
「まあ、貴女が心配するのは分かりますよ? でもご安心ください! 私が世界中から厳選したゴンタクレどもなら敵がペイルライダーだろうとお構いなしで手を貸してくれますよ!」
「へぇ……」
興味を持った咲良がウドンの器をアウトドア用折り畳みテーブルの上において代わりにパンフレットをとりページをパラパラとめくってみると候補者たちの生息地や性格、能力などのデータがびっしりと詳細に載せられているものだった。
「悪事は段取り八分」と言うロキらしい綿密な情報に思わず咲良の口元が緩んだ。
日本の付喪神。
中国の女媧。
インドの柴。
ネイティブアメリカンのナマハゲ。
古代エジプトの無貌の神。
ギリシャの軍神マルス。
その他にも様々な神や悪魔、妖怪、怪異などが載せられている。
ロキは咲良たちと合流する直前まで精査を続けていたのか、印刷後に手書きで書きこみを加えられているものもあり、また大きく×印を付けられて消されている者もいた。
「うん? このバッテン付けられているのは?」
「ああ、それはですね……」
バッテンが付けられているのは2柱。エジプトの無貌の神と中国の女媧である。
「無貌の神はもう貴女、仲間にしているじゃないですか?」
「は?」
「ああ、それは我の別名みたいなものだ」
はふはふとウドンに舌鼓を打っていたナイアルラトホテプが横から口を挟んでくる。
「それじゃ、こっちの女媧というのは?」
「それはですね。なんだかカードリーダーにエラーが起きそうなんですよねぇ……」
「エラー?」
「ええ。現代っ子が使いやすいようにその魔杖の上についてるカードリーダーは私が知り合いに頼んで作ってもらった奴なんですがね。ちょっと、これを読み込ませてもらえますか? 検証用に作った女媧のイミテーション・カードです……」
ロキが体を伸ばして差し出してきた1枚のカードを受け取った咲良は傍らの瓦礫にもたれ賭けさせていた魔杖に何の気なしで読み込ませてみた。
いつもなら≪RAISE! 〇〇!≫と電子音声が流れるハズである。
しかし、電子音声が鳴るのは一緒でも、その様子は明らかに異なっていた。
≪ジョオオオカアアアアア!!≫
「RAISE!」が抜け落ちているし、やけに熱のこもった音声である。
「……なんスか、コレ?」
「ホント、なんなんでしょうね?」
恐らくはカードリーダーの製作者とて想定していなかった不具合によって女媧のカードを読み込ませる時限定でエラーが起きるということなのか。
ただ、大きなバッテンで消されているところからもロキに女媧のカードを使わせる気は無いのは明らか。
ロキという神の目的は分からない。
だが彼にもペイルライダーを倒さなければならない理由があって、そのために彼なりに真剣に咲良に協力しようとしている事だけは分かる。
それは手書きで書き込まれている対処法や有利属性を先に手に入れるために仲間にする順番などからもロキの試行錯誤の後が窺えて伝わってくるのだ。
今はそれだけで十分だ。
「ところで、この付喪神というのは? こう言っちゃなんですけれど……」
話を変えて、別に気になった点を質問する。
咲良の記憶が確かなら、付喪神というのは“神”とは呼ばれているものの下級の妖怪だ。
長年に渡って使われ続けてきた物に人の思念が染みついて生まれる妖怪。それが付喪神である。
有名なのは百鬼夜行の絵図で描かれている傘や下駄などが変じたものだろうか。
咲良にはどうしてもそんな付喪神がペイルライダーとの戦いについてこれるか分からなかったのだ。
「ええ。それは付喪神と言っても特別なんですよ。しかもすぐ近くで勧誘できるのもいい!」
「何が特別なんです?」
「戦車なんです。戦車の付喪神。この元H市の老人ホーム跡地にあるみたいなんですけど」
「戦車ァ!?」
俗に物品が付喪神に変ずるまで100年の時がかかると言われている。
そのために迷信深かった昔の人は100年になる前、99年でたとえ壊れていなくとも物を捨てたと言われているのだ。
そのためツクモ神は“付喪”の他に“九十九”の字があてられる事もあるという。
そしてロキが言う「戦車の付喪神」。
咲良は戦車という兵器については詳しいわけではないが、それでも製造から100年の時が経った物があるとは驚きである。
だがロキが言うにはそうではないようだ。
「オンボロの旧式には違いがありませんがね。それでも製造から100年が経っているわけではありません。逆説的にそれほど濃密な戦いを繰り広げてきた戦車といえば分かりますか?」
そこまで言われれば咲良にだって分かる。
いや、この咲良でなくともH市で暮らしていた者なら知らぬ者などいないであろう。
戦後、冷戦構造の隙を突いて日本へ魔の手を伸ばしてきたソ連陸軍と日本ソヴィエト赤軍。
敗戦に不満を持つ者を糾合して武装蜂起したナチス・ジャパン。
その尖兵たる戦車軍団をたった1輌で粉砕した“虎”と呼ばれる戦車の事を。
「虎の王」と呼ばれるヒーローを乗せ、わざわざ戦車などの大型兵器を戦わなくてもいいように改造人間を用いてゲリラ戦を仕掛けてきた数々の組織を戦車でねじ伏せてきた男の事を。
「……え? アレ、付喪神になってるんですか?」
「そうなんですよ! でも、最後の戦いに置いてかれて拗ねてると思うんで、上手く口説いてくださいね~!」
「戦車を口説けって……」
無理難題を言うものだとは思うが、そもそもそういう神であるからこそロキはトリックスターと呼ばれているのかもしれない。
「ところで話は戻りますが、結局、2人の喧嘩の理由はなんだったんですか? このパンフレットを見ただけじゃ良く分からないんですが……」
「ああ、それなんですけどね。付喪神を仲間にした後で三重県にでも行こうと思ってたんですが……」
「御主人サマも聞いてくれよ! コイツが三重のスカウト予定の奴が性格に問題があるって言うんだ!」
とっとと自分の分のウドンを食べ終えたベリアルが待ってましたとばかりに話に参加してくる。
対するマーダー・ヴィジランテも背後からスケッチブックを取り出してベリアルに反論のためにサインペンで文字を書いて一同に見せる。
「“引きこもり気質”の“ムッツリスケベ”なんて可愛いモンだろう?」
≪教育上 よろしくない≫
「お前が言えた事か!」
どうやら三重県でスカウト予定の者は“引きこもり気質”で“ムッツリスケベ”と呼ばれるような存在らしい。
そのような者が役に立つのかと思うが、咲良の仲間の化けダヌキとて攻撃能力はまるで無い。だがお得意の幻術を持って先のペイルライダーとの戦闘ではそのセンサーすら騙しとおして接近する事を容易にしていたのだ。
要は力の使い方次第なのだろうと咲良は考えていた。
「いやあ……、教育上ってまずはペイルライダーに勝つ事が先決じゃあ……」
≪駄目≫
≪たとえ明日をも知れぬ綱渡りのような戦いだとしても、明後日の事を考えていなければ、いつか綱を踏み外す≫
咲良も「お前がそれを言うのか……」と思わないではないが、マーダー・ヴィジランテの眼差しは真剣そのもの。
ただの人間ながら長年に渡って戦い続けてきたマーダー・ヴィジランテには彼女なりに思うところがあるのだろう。
マーダー・ヴィジランテは長く苦しい戦いの事を「綱渡り」と例えたが、あるいは他にもサイコロに例える事ができるだろう。
サイコロで6の目を出し続けなければ死ぬ。
そんなデスゲームだ。
何度も、何度も。
いつ終わるともしれぬ、いつから始めたのかも記憶が朧げになる。
それほどに何度もサイコロを振り続け6の目を出し続けなければならない。
そんな中、6以外の目を出してしまえばどうなるか?
死を受け入れていればすんなりと自身の運命を受け入れてしまうかもしれない。
だが明るい未来がくる事を信じられていたら、イカサマを使ってでも6の目にスリ変える事だってするだろう。
マーダー・ヴィジランテが言いたい事はそういう事なのではないだろうか?
そしてARCANAの“皇帝”が自分の事を「最後の希望」と呼んだように咲良がペイルライダーとの戦いで敗北し命を失う事は即ち地球人類の滅亡に関わる事かもしれない。
故に咲良に敗北は許されない。
たとえイカサマだろうとインチキだって使ってでも次こそは勝たなければならないのだ。
そう。どんなイカサマだってだ。
「ふう……。御馳走様でした。それじゃ、私はこの辺で失礼しますね……」
煮込みウドンを食べ終えたロキが立ち上がり、その場を後にしようとする。
丁寧に「ご馳走様」という言葉を口にした事が咲良も意外ではあったが、それ以上に自分の出したアイ・コンタクトが仲間たちに通じているかのほうが心配であった。
「それじゃ、また近い内に~って……」
ロキが背後を振り返った時、そこにいたのはベリアルであった。
音も無く、いつの間にやら背後に回り込んでいたベリアルの金色の瞳が妖しく光る。
「……はえ?」
「は~い! ご新規様1名、ご案な~い!」
まるで狂人のようにギラギラと目を輝かせて笑うベリアルはロキにこれまたいつ間にか魔杖デモンライザーと対をなすカードホルダーから抜き取っておいた1枚の白紙のカードを見せつけ、白紙カードを手の平に忍ばせたままロキの胸板へと鋭い手刀を見舞った。
「ひでぶっ!?」
ひょろりとした細いロキの体はベリアルの手刀に耐えられるわけもなく、そのまま北欧のトリックスターはカードへと封じられてしまう。
ロキともあろう者が聖書に唯一、その名を記された悪魔ベリアルの悪意のほどを見誤っていたとでもいうのだろうか?
とある平行世界のロキは旧支配者とその眷属に溢れるルルイエなどよりも長瀬咲良の前に立つ事の方が恐ろしいと言っていたが、その言葉の通り、哀れロキはカードに封じられ自由を奪われる事となってしまった。
ロキ「コンゴトモ、ヨロシク……」




