あなざ~☆べりあるさん! 前編
前後編に分けて平行世界の咲良ちゃんたちのその後を少しだけ……。
温かな微睡みの中、少女は覚醒の時を迎えつつあった。
先ほどまではどのような夢を見ていただろうか?
もうそんな事すらも思い出せないほどに少女の眠りは浅くなり、今まさに目覚めの時を待つばかり。
できれば、いつまでもこうして甘い眠りを楽しんでいたい。
だが少女は自ら自身に課した使命によって、惰眠を貪る事を良しとはしなかったのだ。
自分を「希望」と呼んで散っていった者がいる。
そして自分を信じて付いてきてくれる仲間たちがいる。
故に少女は戦い続けなければならない。
いつかまた宿命の戦士が1人の少女として生きられる世の中が訪れるその日まで。
「…………ッ!!」
「……! ……や、やるじゃない?」
眠りから目覚めた少女、長瀬咲良が横たわっていた毛布の上から上半身を跳ね起こした時、最初にその目に飛び込んできたのは1人の殺人鬼と1柱の悪魔だった。
殺人鬼マーダー・ヴィジランテが上段から振り下ろす洋鉈を真剣白刃取り式に両手で挟み込んで受け止めた悪魔ベリアル。
両者の力は拮抗しているのか殺人鬼も悪魔も小刻みに震えるように力の応酬を続け、火花のように鋭い視線を絡ませあっている。
悪意の象徴たる悪魔ベリアルの目には一物抱え込んだ色があって何かしらのカウンターを狙っている事は明白。
対するマーダー・ヴィジランテもベリアルの誘いに応じ、長身から振り下ろす鉈を引き戻すような事はせずにむしろそのまま押し込んでいく勢い。
「ふぁっ! これは一体!?」
「うむ? 主、目覚めたか……」
「よう、嬢ちゃん、メシ食うだろ?」
咲良が寝ていた毛布の右側には彼女の仲間が2人いて、咲良が気付いた事で具合を確認するように視線をよこしてくる。
作務衣姿に編み笠を被った背の低い男はゆっくりと流れるような演武をしながら。
2足歩行のタヌキは器用にアウトドア用の調理器具の用意をしながら。
作務衣の拳法家、小豆洗い。
人語を操り2足で歩く化け狸、隠神刑部
いずれも咲良とベリアルが四国で出会った仲間である。
両者とも咲良がペイルライダー打倒を目標にしているにも関わらずに仲間に加わった剛の者だ。
赤くなるまで熱せられた鉄の粒に手刀を突き入れる事で鍛え上げられた小豆洗いの指剣はまさに神速かつ精緻。
そして隠神刑部が作り出す幻術は異星の物を凌ぐとすら言われている大アルカナのセンサー類をすら騙しとおしていた。
だが勝てなかった。
兄を見ずからの手で殺めてしまった大アルカナの1体、“死神”のデスサイズは狂気に取りつかれ地球人類の殲滅をたった独りで実行に移すようになる。
やがて他の大アルカナから装備や装甲を形作るナノマシンを奪っていくにつれて姿と能力を大きく変異させていったデスサイズを国連は「大アルカナの枠を大きく超えてしまった」として新たにペイルライダーの識別名を与えていた。
最強のヒーロー、デビルクローもすでに亡く、ペイルライダーこと石動誠が狂ってしまってから1年と少し。
今では終末の騎士の犠牲者は数える事すら困難となっていたのだった。
日本だけでも被害者は数千万人。
さらに世界各地で暴れまわるペイルライダーは新たな戦乱の種を生み出し、世界は戦火に覆われていた。
そして咲良の産まれ故郷である東京H市も核の炎に焼かれ見渡す限りの廃墟と化していたのだ。
「…………」
「どうかしましたか?」
「貴方は!? ……ええ、寒いなと思いまして」
どこまでも続く廃墟に風化したコンクリートが砂嵐のように舞う。
思わず背筋が寒くなる光景だった。
風化したコンクリートの上に敷いていた毛布を敷き、そこで上半身だけを起こしていた咲良の背後から声をかける者がいた。
青いラメ入りのスーツを着た長髪の鼻の高い男。
すぐ隣には人の形を持った闇がいてラメ入りスーツの男と地図を見合って何かを話し合っていたようだ。
邪神ナイアルラトホテプと北欧のトリックスターロキ。
ナイアルラトホテプは先の戦いで仲間になった神であり、またロキは長瀬咲良に魔杖デモンライザーとベリアルが封じられたカードを授けた神である。
「ならば諦めるか? そこの人殺しが聞いた話ではペイルライダーも貴様が戦う事を諦めるなら貴様と人殺しの2人だけは生かしておいてもいいと言っていたらしいぞ?」
「諦める? まさか!」
戦う意思を問いただすためか突き放したような口ぶりのナイアルラトホテプの言葉に咲良の心に熱が戻ってくる。
人の住めぬ死の街となってしまった故郷のただ中にあっても、手痛い敗北の直後であっても咲良の胸の炎が消える事は無かった。
それは熾火のように隠れる事もあるかもしれない。
それでも自らの使命を定めた人の心の炎を消す事は誰にだってできやしないのだ。
たとえペイルライダーがいかに強大な力を持っていたとしてもだ。
失った物は大きい。
それは確かだ。
生まれ育った街はすでに無く、咲良に戦いの意味を教えてくれた神も、優しさを教えてくれた人たちももういない。
世界を恐怖のドン底に叩き込んだARCANAの首魁であるザ・エンペラーとも手を取り合う事ができると思った矢先に彼は咲良を庇って命を散らしてしまった。
数多の犠牲の上になりたっていた世界はペイルライダーがもたらした混乱によって脆くも崩壊し、世界各地で紛争が巻き起こり、ある種のカルト宗教団体のような破滅主義者たちは自ら破滅へと突き進んでいる。
だが終わってしまったわけではない。
咲良にはまだ共に戦う仲間たちがいる。
長瀬咲良はたとえこの惑星で最後のヒーローになったとしても戦う事を止める事はないだろう。
戦う必要がなくなるまでは。
「ふむ。そいつは重畳だ。だが今のままでは奴と再戦しても勝つ事はできんぞ? そして……」
「ええ。私たちには敗北する事は許されません!」
咲良とナイアルラトホテプが視線を交わしあって共に頷くと化けダヌキが面々を呼び寄せる。
「おい! メシにしようぜ! メシ!! そっちのネーチャンたちも続きはメシ食った後にしろ!!」
化けダヌキが大鍋で作った煮込みウドンの出汁の香りに誘われて一同は揃って大鍋を囲んで車座になって座る。
殺し合いのような剣呑な雰囲気を出していたベリアルとマーダー・ヴィジランテも今までの事が嘘のように隣り合って座っていた。
「えと、2人はなんで喧嘩なんかしてたんですか?」
「ああ、貴女にはまだ説明してませんでしたね……」
咲良が悪魔と殺人鬼へと発した質問の回答はロキから返ってくる。
先のペイルライダーとの戦闘によって腹部を撃ち抜かれ人事不省となっていた咲良はマーダー・ヴィジランテの手当によって何とか意識を取り戻し、なんとかカードからベリアルを召喚し、その“治癒”魔法によってなんとか一命を取り留めていたのだ。
その時にロキが合流したのを確認したのは何とか覚えているが、眠りにつく前にはベリアルとマーダー・ヴィジランテが殺し合うような不和は少なくとも表面上は無かったハズだった。
「これをどうぞ!」
「……なんスか? これ……」
ロキがどこからか取り出したアタッシュケースから出したのは1冊のパンフレット。
そして、その表紙にデカデカと印字されていたのは「ロキプロ スカウトキャラバン」という文字。
「咲良ちゃん、良いですか? 貴女がペイルライダーを倒すためにはデッキを完成させるしかありません!」
ちなみに平行世界でペイルライダーを倒す一番、手っ取り早い手段は……。
1.ペイルライダーを香川に行かせる。
2.香川で“白い巨人”がペイルライダーと戦う。
3.本編で誠君とロキがやったように“白い巨人”を“輝く巨人”に戻す。
4.“輝く巨人”がG-10プラズマーを使う時にロキが存命だと邪魔してくるので暗殺する(3までは生かしておいてもいい)。
5.G-10プラズマーで周囲数百kmごと焼き尽くせば回避のしようがないので撃破完了!
ちなみに香川に行かないと“白い巨人”が出てこないのは昭和20年代の人に自動改札は無理なので移動手段が無いから(だから本編ではラーテに乗っていきました)。
うん? 香川に自動改札ってあんのかな? まあ、いいや!




