49-15
僕の脳裏に「混ぜるな危険!」という警告文が浮かんでくる。
次は香川県を襲撃すると宣言したペイルライダー。
その前に現れたのは他の誰でもない、あのロキだったのだ。
片や地球人類の殲滅をたった独りで実行中の終末の騎士。
片や数多の神々や英雄を手玉に取ってきた逸話が伝えられている北欧のトリックスター。
この2人が出会って何も起きないわけがない!
『相変わらず、随分とブイブイ言わせてるみたいじゃないですか?』
『……何の用だよ?』
すでに面識はあるのか“向こう”の僕も警戒を隠そうとはしないけど、そんな事など気にしていないかのようにロキはゆっくりと近づいていく。
むしろ僕なんかよりも風化したコンクリートに塗れた廃墟の街で靴が汚れないかという事の方がよほど重大事であるかのようにヒョイヒョイと瓦礫から瓦礫へと跳んで足元が砂埃で汚れないようにしていた。
それはむしろロキが「お前の事など気にかける必要も無い」と宣言しているかのように思える。
その気になれば奴は空を飛ぶ事ができるのだから、わざわざ器用に跳びながら近づいていく必要なんか本当はないハズだからだ。
『お前の事だからどうせ魔法で虚像か何かを飛ばしてきてるんだろうけどさ、お前も兄さんを助けてくれなかった奴らの1人であることには違いはないんだ。自分も僕の抹殺対象だって分かってる?』
『そりゃあ言いがかりですよ?』
ロキは先ほどの靴が汚れる事を避ける様子がまるでなかったかのように砂埃が薄っすらと積もった自動販売機の上にどっかりと座り込み、射竦めるような視線の僕を真っ向から見据えて足を組む。
『貴方のお兄さんに力を貸すと言っても色々と種類があるでしょう?』
『……というと?』
『ほら! 私も一応は“神”ですから、そういう時は「力が欲しいか? ならば、あ~だこ~だ!」ってのがお約束でしょうに』
ロキは気立ての優しい教師が子供に物事の道理を教えるように穏やかな微笑を浮かべている。
もっともその微笑みの裏で奴が何を考えているかなどは誰も知る由もないのだけれど、経験則から僕はどうせロクでもない事なんだろうなと察していた。
『で、たった1人で弟を救う手立てを探しながら人助けを続ける貴方のお兄さんみたいな人は私のお得意さんなんですよね』
『北欧じゃ“お得意さん”って書いて“カモ”って読むの?』
『そんなん、この星のどこでも一緒じゃないですか!』
ジットリとした視線の僕を茶化すようにロキは高らかに笑う。
『……で?』
『で、私も貴方のお兄さんトコに行ったんですよ? そしたら……』
『……?』
『「髪、切ってこい!」って言われました……』
『は?』
髪を切ってこい?
確かにロキの神は背中の中ほどまで伸びているような長髪だけれども、そういう兄ちゃんだって肩までかかるようなロン毛のハズだ。
兄ちゃんなりの「一昨日来やがれ」的な言い回しかな? それとも深い意味のある禅問答的な?
『私が「力が欲しいですか?」って言ったら、「おっ! 手を貸してくれるって!? サンキュ! でもロン毛同士じゃキャラが被るから髪切ってこいよ!」だそうです……』
『…………』
『…………』
2人の間に沈黙が流れ、撮影を続けるカメラのマイクに風に舞う砂塵がコンクリートを叩く音が拾われる。
ていうかロキ、兄ちゃんのモノマネ上手いな!
そして先に沈黙を破ったのはロキの方だった。
振り絞るようにボソリと呟く。
『……馬鹿すぎて騙す事すらできやしない』
『ばっ! 馬鹿じゃね~し!? ウチの兄さんは……、うん、ちょっとアレなだけだから!!』
“向こう”の僕もなんとか取り繕おうとするものの、「恋人の鱗粉」でのビームの反射を演算できるほどにオーバークロックされているであろう電脳とて、そんな事は無理なのだ。
だって兄ちゃんは本当に馬鹿だからだ!
……兄ちゃんの名誉のために加えておくと、馬鹿は馬鹿でも愛すべき馬鹿だったし、何より馬鹿ではあっても僕の誇りであるのは変わらない。
ただ僕は昨年8月から12月まで、僅か数か月というあまりに短い期間だったけど兄ちゃんとは“兄弟”であると同時に“仲間”として共に戦ってきたからこそ、兄ちゃんが馬鹿であることも受けれ入れた上でそう思えるわけなのだけれど“向こう”の僕は違うのだろう。
なにせ“向こう”の兄ちゃんを殺したのは僕自身なのだから。
『まあ、どうでもいいですよ。馬鹿だろうが馬鹿じゃなかろうが、どの道、お兄さんを殺したのは貴方なんですから』
『……言いたい事はそれだけ? 僕もそんなに暇じゃないんだけど?』
悪意の籠ったロキの言葉に僕の視線もぐっと険しくなり2人の間に剣呑な雰囲気が流れる。
ロキですら顔から笑みが消えてまっすぐに見据えていた。
『そりゃあウン十億といる地球人類を滅亡させようなんて時間がいくらあっても惜しいでしょうがね。貴方、随分とあくどい事に手を出してるじゃないですか? 世界各地の穀倉地帯で核兵器を使ったり、各地のパワーバランスを崩して紛争を起こさせたり……』
うっわ……。何それ……?
ロキが言った事は初めて聞いたけど、良く良く考えてみれば地球人類の抹殺を掲げているのに対象が日本人だけという事はないだろう。
『流石に僕も飽きてくるからね。地球人自身にも手伝ってもらう事にしただけだよ』
『まあ、私の趣味じゃありませんが、上手くやるもんだと感心はしますよ』
『でも、地球だけじゃない……』
趣味じゃないという言葉は本心からのものであるかのようにロキはまるで気を抜けば欠伸でもしてしまいそうな眠そうな顔をしてみせる。
奴にとっては他人が狂っていくところ、その結果、その者が破滅を迎えるのを見るのが楽しいのであって、すでに完璧に狂ってしまっているペイルライダーや彼がしでかした結果などは楽しめないというところだろうか?
『ちょっと前に宇宙テロリストに占拠された銀河帝国とかいう異星の軍艦が地球圏に来ていたのは覚えてる?』
『ええ。そういやアレ、どうなったんですか?』
『なんでも西住とかいう日本人が地球にいる異星人をまとめ上げて軍艦に乗り込んでって、艦を奪取、そのまま銀河帝国まで逃げたらしいよ』
“向こう”の西住さん、そんな事をしてたのか……。
“こっち”の彼女もハドー怪人やら従えてる女傑だけれども、その西住さんでもペイルライダーからは逃げ出さざるを得なかったという事か。
くくく、と抑えるように笑う泊満さんが印象的だったけれど、僕からすればまたペイルライダーの脅威が増したように思えて気が気ではない。
『と言うと、貴方は地球から逃げた連中も追うつもりで?』
『そら、そうだよ』
『随分と徹底的ですね』
先ほどペイルライダーがヴィっさんに言った「2人だけでこの僕が滅ぼす星で暮らしていくんだ」という言葉、あれは文字通りに咲良ちゃんとヴィっさんだけという意味だったのか。
ペイルライダーは人類のいなくなった地球から出ていくつもりなのだ。
『ところで、先ほど貴方は私みたいな人外も抹殺対象みたいな事を言っていましたけど……』
『うん』
『なら、その地球から逃げてった異星人はどうなんですか?』
『う~ん、心情的には殺したいんだけど、どうやって地球にいたか判別したらいいものか……』
ノープランかよ! とツッコミたい気持ちはあるけれど、あまりにスケールの大きな話に僕も話についていけそうにないのが正直なところ。
『それなら、1人、見つけやすいのを教えてあげますよ。地球でミナミと名乗っていた者がいます』
『南? 仮名なの?』
『そうでしょうよ。本来は「サウスガルム」とか呼ばれてる宇宙生物らしいですよ? 日本式の名を名乗っていたって話があれば見つけやすいんじゃないですか?』
『宇宙生物って、面倒な言い方を……、宇宙人で良いじゃん?』
『貴方がそう思うんならどうぞ』
あっ! ロキの野郎!
上手く言葉を濁して“向こう”の僕を宇宙怪獣にけしかけようとしてやがる!
『きっと日本人の男の子である貴方ならきっと楽しめるんじゃないですかね~』
調子良い事を言いやがって!
パラレルワールドの涼子さんはヒーローとして生きる決意をしていないので、人外と仲良くなる能力だけで逃げました。もしかすると母親も一緒に逃げたかもしれません。
ついでに言うと反省点として、もっと涼子さんを誠君が物凄い実力者として勘違いするような展開があったら良かったと思いました。




