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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第49話 パラレル・ワールド
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49-14

『チィッ! 僕の邪魔ばかりしてくれちゃって。まぁ、いいさ……』


 ペイルライダーは物言わぬ壊れた機械と化した“皇帝”を見下ろしながら舌打ちするものの、どこかその声にはイタズラを思いついた子供のような陽気さがあった。


『4基目のエンジンが手に入らなかったのは癪だけど、それでも僕の方が1枚上手だったということかな?』


 “皇帝”の頭部へと突き立った大鎌を引き抜くと蒼白の騎士は大量のロケットを搭載しているためか上半身以上に肥大化している足で仇敵の頭を踏みつける。

 そのままハッキングを仕掛けて残骸に残ったナノマシンを掌握すると自身に取り込み、再び大鎌を振り上げる。


 その姿はまるで動物の死骸に群がるハゲワシのようで濃密な死の気配を漂わせていた。


 そして再び大鎌が振り下ろされた。


 振り下ろされたのは残骸に残された右腕。

 ペイルライダー・キックを受けて耐えていた左腕は完全に砕け飛び跡形もないが、半身になって必殺の飛び蹴りを受けていたがために右腕は無事だったのだ。


 “皇帝”の残骸から右腕を肘のところで切り離すとペイルライダーは大鎌を放り投げて持ち上げ、自身の失った右腕があった場所へと押し付ける。


『ハハッ!! よし、いける! いけるぞッ!! アハハハハハ!!』


 狂ったように瓦礫と化した街の中で高らかに笑い、いつしか世界を滅ぼそうとする青の騎士は人間の姿へと戻っていた。


 泊満さんの決死、いや必死の策で失われた右腕は未だ完全には接続されていないものの、すでに自分の自由に動かせるのか、“向こう”の僕は両腕で天を仰いで笑っていた。






 撮影していたカメラの視点が切り替わる。


 画面の中央に映っていたのは2人の人間。


 瓦礫の中に横たわっているのは咲良ちゃん。

 セーラー服の夏服を砂埃と泥、そして自身の鮮血によって汚した咲良ちゃんは胎児のように体を丸めて震えていた。


 幸い、というべきだろうか? 超高温のプラズマビームによって腹部を撃ち抜かれていたがために傷口は焼かれて出血は少ない。

 それに弾丸が撃ち込まれたというわけでもないので砕け散った弾丸の破片が体の中で悪さをするという事もないだろう。


 それでも状況は絶望的だった。


 いかに出血が少なかろうが、破片が残ってなかろうが、腹部を撃ち抜かれて治療を受ける事ができなければ命に係わるのは変わりがない。


 周囲は見渡す限りの瓦礫と化した街。

 とてもマトモな医療を受けられる状況だとは思えない。

 また周囲を飛び交う砂ぼこりは刻一刻と咲良ちゃんの傷口を汚していくだろう。


 そして、その咲良ちゃんを膝をついて言葉もなく見つめている黒いトレンチコートの人物はマーダー・ヴィジランテさんだった。


 昔、子供の頃に絵本で見たチェシャ猫のような口角を大きく上げた笑みは消え去り、かといって殺すべき悪を目の前にした時に見せる突き刺すような視線とも違う。そんな何を考えているのか分からない無表情の顔をしてマーダー・ヴィジランテさんは苦しむ咲良ちゃんを見つめていた。


 自身も全身を散弾のように弾け飛んだ破片によって傷付けられ切り裂かれ、いまだ深々と突き刺さっている物もあるというのにただ黙って咲良ちゃんを見つめていたのだ。


『……ッ!』


 やがてヴィっさんは意を決したように自身の右手首を犬歯で噛みちぎり、流れる血を咲良ちゃんの傷口へと垂らしていった。


「あれは……?」

「誠、アレは何してるんだ?」

「いやぁ、僕だって分からないよ? でも……」


 異様な光景に動画を見ていた皆が僕へと解説を求めてくるけれど、生憎と僕だってあの人の事の全てを知っているわけでもない。

 ただ……。


「でも?」

「ヴィっさんは邪龍を殺した時に返り血を浴びて、それ以降、体が頑丈になったって聞いた事があるんだけど、“血”で思い浮かぶのはそれくらいかなぁ」


 なお本人は「疲れ知らずで年中無休で悪党を殺しまわれる」とかエナジードリンクいらずみたいな事を言っていたけれど、猛毒の劣化ウラン弾で撃たれて数日間、寝込むくらいで済むのを目撃している僕としてはそれどころの効力ではないと思う。


 ヴィっさんの奇行の理由をいちいち考えても無駄なのは僕も身に染みて知っているけれど、その効果はあったようだ。


 先ほどまで痙攣するように震えていた咲良ちゃんの震えは治まり、いくらか表情も緩んできたように思える。


 まだ意識は戻らないものの、意識さえ戻ればカードからベリアルさんなりを呼び出して“治癒”魔法で回復を図る事ができるだろう。


 でも、そんな咲良ちゃんの脂汗に塗れた顔が安らいだように落ち着いたのを見てヴィっさんは一瞬だけ僕の知る口角を上げたニヤけ顔になったものの、今度は視線だけで相手を刺し殺す事ができるんじゃないかと思ってしまうような険しい顔になって素早く背後を振り返った。


『ああ、オバサン、気がついた?』

『…………』


 ヴィっさんの動きに呼応するようにカメラが引きの映像になると、そこにいたのは僕だった。


 平行世界の石動誠がいつの間にか2人の背後の大きな瓦礫に腰かけていたのだ。


 ヴィっさんがトレンチコートのポケットからアイスピックを取り出して左手で握りしめ、右手には腰に深々と突き刺さっていた鋭い破片を出血も構わずに引き抜いて得物とする。


 そのまま立ち上がって“向こう”の石動誠に襲いかかろうと立ち上がるものの、1歩も進む事ができずに膝から崩れ落ちる。


『やめなよ。実の所さ、僕は襲われるから応戦しているだけでオバサンだけは殺さなくてもいいと思っているんだ』


 “向こう”の僕はヴィっさんに睨みつけられてもどうこうする様子もなく瓦礫に腰かけたまま、退屈そうに“皇帝”の物であった長剣をプラプラと弄んでいる。


『だからさ、その子だけ渡してくれたら見逃してあげるよ?』

『…………』


 僕の要求に対してヴィっさんの返答は明瞭。


 アイスピックを投げつけて、右手に持った鋭い破片の後端を左手の平で押さえて徹底抗戦の構え。

 ヴィっさんの背中に突き刺さっていた破片は“皇帝”が爆発四散した時の物。つまりは超合金Arだ。


 恐らくはヴィっさんはステンレスのアイスピックより超合金Arの破片の方がまだペイルライダーに損傷を与えられると踏んだのだろう。


 次の一撃に賭け、世界を滅ぼす終末の騎士、ペイルライダーと刺し違えるつもりなのだ。


 正直、僕にとってはそれがパラレル・ワールドの話であっても友人であるヴィっさんが僕を睨みつけている光景を見るのが一番に辛かったかもしれない。


 トチ狂ったといっても“向こう”の僕は“こちら”の僕と見た目は変わらず、そして“向こう”のヴィっさんも姿は変わらず、なにより行動原理は僕が知るヴィっさんとまるで変わる事がなかったのだから。


 そして“向こう”の僕も何か思うところがあったようで恨みがましい目で頬を膨らませる。


『もう、オバサンと戦うつもりは無いんだってば!』

『…………』

『自分の子供を守れなかったからって、その子を守ってもオバサンの子供は還ってこないよ?』

『…………』


 そういえば、さっきフュンフは“向こう”の僕がトチ来るった理由について「兄さんを助けてくれなかった奴らなんて死ねばいい!」とか言ってたっけ。


 そして“こちら”の世界で僕とヴィっさんが出会ったのは超巨大空母の艦内。

 大アルカナ“戦車”を撃破した僕は続けて“審判”を破壊しようとしていた時に艦内に侵入してきていたヴィっさんと出会ったのだ。


 状況が“こっち”と“向こう”で同じなら、“向こう”の僕もヴィっさんと出会っていたのかもしれない。


 もし、そうならば“向こう”の僕の目にはヴィっさんは唯一、兄ちゃんを助けに来てくれた人間に見えたのかもしれない。


 そう考えれば“向こう”の僕がヴィっさんとだけは戦いたくないという理由にもなるだろうか?


 ……まぁ、“向こう”の僕が単純にホラー映画の題材にもなるような殺人鬼マーダー・ヴィジランテが怖いってだけかもしれないけど。


『…………』

『……分かった。分かったよ!』


 甘い言葉にも構わずに変わらず自身に突き付けられる鋭い視線についに“向こう”の僕も根を上げたのか長剣を消して手を振って見せる。


『今日は帰るよ。オバサンが親子ごっこがしたいならそうしたらいい!』

『…………』

『その代わり、オバサンは親として危険な真似をしないようにその子を説得してよね? その子が諦めてくれるのなら2人だけ見逃してあげるよ! これから保存食やら野菜やらの種に家畜やら集めておくことをオススメするよ。なにせ、2人だけでこの僕が滅ぼす星で暮らしていくんだ』


 強者の余裕とでも言うべきか、それとも大アルカナたちから奪った超合金Arでも豆腐のメンタルは装甲化できなかったために射竦める視線にいたたまれなくなったのか、やけに向こうの僕は饒舌に話始めた。


『今日は宿敵を倒して、無くした右腕も代わりを手に入れて気分が良いからね! その代わり、次に僕の邪魔立てしたら次こそは容赦しないよ?』

『…………』

『オバサンだって2度も子供を失いたくないでしょ?』

『貴方の両親だったらどうしたと思う?』

『……え? 喋れたの……?』


 不意にヴィっさんが口を開く。


 透き通るような澄んだ声なのに深く沈み込んだヴィっさんの声。

 僕にとっては思わず涙が浮かんでくるほどにただ懐かしい声だ。


『私、遊びは真剣(マジ)になるほうなの。貴方が言う親子ごっこでもね。親って言うのはただ子供から危険を遠ざけているだけでは役目を半分しか果たしていないと思うわ』

『……で?』

『子が何を望んでいるか向き合って、正しく生きていけるように導いて、時には道を指し示し、時には我が身を持って子共の露払いでもしてみせるわ。それが私の親子ごっこよ。貴方の両親は違ったの?』


 そして子供に何かを託して先に逝く。


 そうとでも言うのだろうか?


 なら、“こっち”の世界でヴィっさんと「親子ごっこ」していたのは咲良ちゃんではなく……。


『そら子供が何を望んでいるか知る事は大事だろうけどさ、オバサンだって子供が「地雷原でコサックダンスがしてぇ!」なんて言い出したら殴ってでも止めるでしょうよ? 僕に挑むなんていうのはそういう事だよ?』

『…………』

『それじゃ、僕はまだやる事があるから行くね? もう2度と会わない事を願ってるよ。あと、その子に関節技とかエグい事は止めてって伝えといて!』


 “向こう”の僕は言いたい事だけ言って強引に話を打ち切って、その場を後にして歩き去っていく。

 その眼が僕たちの方、つまりは映像を撮影しているカメラの方へと向いた。






 気付かれた事に慌てふためいた撮影クルーは慌てて駆け出し、三脚か何かにつまづきながらも一目散にその場を後にしていくけれど、カメラマンだけは職業意識のなせるわざか、それとも直感的に自身の最期を記録に残そうとしているのかカメラを止める事はなかった。


 画面はブレにブレ、思わず生身の人間なら画面酔いしてしまいそうになるけれど、かえってそれが撮影スタッフの緊迫感を現しているように思える。


 カメラマンの前を走る薄手のブルゾン姿の男はディレクターか何かだろうか。

 僕の追跡を巻こうと必死な男は仲間が付いてこれているか確認する様子も無く、崩壊しかかったビルに差し掛かると左に曲がった。


 だがすぐに男は尻もちをついたまま後ずさってきて再び画面内へと現れる。


 後を走るスタッフが尻もちをついた男を置き上がらせようとし、カメラマンも一同に追いつくと男が尻もちを付いた理由が明らかとなった。


 どのような手段を用いたものか、僕はすでに彼らの先回りをして撮影クルーを待ち構えていたのだ。


 ただの人間に武器など必要ないとばかりにその手には剣も鎌も銃もなく、代わりにキャンバスと製図入れの筒が持たれていた。


『そ~れ! どこが出るかな♪ どこが出るかな♪』


 それから“向こう”の僕は有無も言わさず、キャンバスに製図入れに収められていた日本地図を広げてブルゾンの男にダーツを持たせていた。


 自分はまるでサイコロでも振るかのような歌を歌ってはやし立てるもブルゾンの男は震えるばかりでダーツを投げる事はできない。


 当然だろう。

 説明されなくとも分かる。

 これは次の襲撃場所を決めるためのダーツなのだ。


 すなわち男がダーツを投げて、当たった場所が次にペイルライダーに襲われるのだ。

 そしてデビルクローも泊満さんもおらず、マーダー・ヴィジランテもデモンライザーも終末の騎士を止める事はできなかった今、もたらされる終末を止める術など皆無と言っていい。


『おっ、投げないの? なら次は……』


 僕と同じ声、僕と同じ顔で世界に滅びをもたらす者が邪悪な笑みを浮かべる。


 その手にはブルゾンの男から奪った財布があり、財布を広げた僕は運転免許証を抜き取って住所を確認。

 男がダーツを投げないというのならば、次は男の住所を襲うというわけだ。


『な、投げます! 投げますから!!』

『んじゃ、早くして?』


 ブルゾン男の歳の頃は40代中頃から後半といったところだろうか?

 住んでいる街には家族も友人もいるのだろう。

 それら彼の住んでいる街まるごとを人質に取られた男はついに目を閉じてダーツを投げた。


 そして投げられた矢は1発で地図へと突き立った。


『ええと、ここは……、うん? 香川県?』


 撮影スタッフなどまるで警戒した様子の無い僕は地図を覗き込んで矢が突き刺さった場所を確認。

 そしてコホンと小さく咳払いした後、満面の笑みでカメラの方を向く。


『それでは香川県の皆さん! 皆さんにお会いする事を楽しみにして今回の放送はここまでとさせて頂きま……』

『待ちなさいッ!』


 “向こう”の僕の声を途中で遮ったのは撮影スタッフではない。

 もちろん、すでに姿が見えなくなっているヴィっさんや咲良ちゃんでもない。


 声の主は廃墟の陰からすぐに現れる。


 周囲は風が吹くたびに砂ぼこりが舞っているというのに微塵も汚れた様子のない先の尖った靴や青いラメ入りの服。

 細い金髪を長髪に伸ばした陽気さを感じさせる髪に、それとは対照的に陰気さを隠そうともしない彫りの深い顔。


次回、平行世界の香川県の危機にあの男が立ち上がる!?


ウドンを茹で上げ刮目せよ!

彼の地では神をも唸らせる熟練のウドン職人であっても寸刻の油断は許されない。

うどんを啜る客が神だとして、それが善なる神なのか邪なる神なのか人である身には理解しきれぬのだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ウドン………派手な衣装………一体何キなんだ……… 香川でペイルライダーが平行世界に飛んだ何かしらがあるんですかね? 次も楽しみにしてますぜ!
[良い点] 絶望的過ぎて笑えてくる光景ですなぁ・・・。 マーダー・ヴィジランテさんの持論、僕は親になった事が無いのでいまいち理解が足りないんですが・・・何となく家の母さんもこんな感じかな?と思ったりし…
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