49-13
瓦礫の中に咲良ちゃんは倒れ、ペイルライダーの必殺の一撃が矢のように迫る。
融合の解けてしまった咲良ちゃんではペイルライダーのただの跳び蹴りであろうと耐えられずに絶命するであろう。
だというのに御丁寧にもペイルライダーは僕のデスサイズキックと同種の、時空間フィールドによる斥力で加速し、全身にそのエネルギーを纏った必殺技を食らわせようというのだ。
(ベリアルさんでもタヌキでも、小豆洗いでもいい。早く呼び出して身を守るんだ!!)
パラレル・ワールドの、とはいえ見知った女の子の窮地に僕は焦れるような心持で動画内の咲良ちゃんが意識を取り戻して防御なり回避なりする事を待つ。
でも無常にも腹部を撃ち抜かれた咲良ちゃんはもがき震えるだけで、終末の騎士はもはや回避しようのないほどにまで接近していたのだ。
「……えっ?」
「うそ……!?」
「マジか……」
でも次の瞬間に画面に映し出されていた光景に僕以外のヒロ研の皆も思わず声をあげていた。
咲良ちゃんの命を奪う必殺必中の矢と化したペイルライダーの前に“皇帝”が立ち塞がっていたのだ。
『ぐぅッッッ……!?』
“皇帝”は重厚な盾を構えて必殺の飛び蹴りを受け止め、胴体側面や背面の冷却器の排気孔から夥しいガスを噴射しながら耐える。
それでもペイルライダー・キックのその威力に“皇帝”はジリジリと後退。
いや、後退というよりも奴には退くつもりもないのか膝を曲げ足も胴も前傾姿勢になって踏みとどまろうとしているのに、“皇帝”の体を通して地面に伝わった時空間エネルギーの余波は風化したコンクリートを砂のように細かく砕き、それが奴の足を滑らせているのだ。
でも、その間隙をついてマーダー・ヴィジランテさんが倒れた咲良ちゃんの体を抱えてその場を離脱する事ができていた。
『……ィッ! 殺らせるものか! 長瀬咲良はこの星の最後の希望なのだ!!』
『だとしてもお前の終末はここだ!! ハッッッ!!』
正直、僕は“皇帝”ならペイルライダー・キックにも耐えられるのではと思っていた。
“こちらの世界”でも僕と“皇帝”はこれとほとんど同じ状況になっていた。
“皇帝”にはいかなる防御システムが備えられていたのかは分からないが、あの時、僕のデスサイズキックは奴を打ち抜く事はできず、僕が纏っていた時空間エネルギーも奴が万全であったなら内部まで浸透する事はなかっただろう。
ただ僕の場合はそれ以前に兄ちゃんが奴の装甲に文字通り爪痕を残していてくれていたがために、その損傷個所を通じて時空間エネルギーは体内にまで浸透して暴れまわり、その結果、撃破する事ができていたのだ。
しかしペイルライダーが気合一閃、体に捻りを加えると限界を超えて酷使されていた“皇帝”の冷却器はついに悲鳴を上げ始める。
『長瀬咲良ァ! 我の……、我の地球を――!!』
そして爆発。
冷却ガスの排気孔から連続的に小さな爆発が起きて、“皇帝”の体から僅かに力が抜けたかと思うと次の瞬間には奴の体は爆ぜていた。
奴の今際の言葉は最後まで語る事を許されず、地球はおろか、異星人組織にすらその名を轟かせたARCANAの首魁の最期としては酷くあっさりとしたものにすら思える。
というか「我の地球を」って、いつから地球は奴のものになったというのだろう?
誇大妄想もここまで拗らせると命に係わるのだな、と半ば呆れながらも“こちら”と“向こう”、奴の最期の違いに僕は思いを馳せていた。
僕と向こうの僕、それぞれの必殺技を受けて爆散した結果は同じでも、その過程は大きく異なる。
“こちら”では僕と兄ちゃんの2人に次々に大アルカナを撃破され、にっちもさっちもいかなくなった奴は反物質爆弾を搭載したICBMである“世界”を発射して、地球を滅ぼそうとしていた。
それに対して“向こう”の奴は誇大妄想に狂った人物であるのは同じでも、精神異常者なりに地球圏に残された最後の希望と信じる咲良ちゃんを助けるためにその身を差し出していたのだ。
悪魔や邪神にでも手を差し伸べて共に生きていこうという咲良ちゃんの信念に絆されたのだろうか?
……まさか!
まだ“皇帝”の奴はとんでもないロリコン野郎だったとでも言われた方がまだ信じられる。
でも、もし仮に、仮にの話。
咲良ちゃんの信念が1人の極悪人とも手を取り合う事ができるものだというならば、その情熱と行動力、そしてそれを許すだけの幸運を映画やマンガなんかじゃ“主人公補正”とでも言うのかもしれない。
まっ、そんなものとは無縁の僕はインチキ無しで死ぬまで生きていかなければならないし、たとえ“主人公補正”とやらが味方をしてくれると言ってきても、「その代わり“皇帝”とも仲良くしてね!」とでも言ってきたら唾でも吐きかけてやるのだろうけど。
世界征服を掲げて世界を恐怖のドン底に追い込んだARCANAの首領は景気よく爆散し、それは何度見ても良い光景なのだけれど、その四散する破片は咲良ちゃんを抱いてその場を離れようとしていたマーダー・ヴィジランテさんの背へと襲い掛かっていた。
彼のトレードマークであるトレンチコートへと超合金Arの破片は散弾のように深々と突き刺さり、頭をかすめた破片によってホッケーマスクのベルトも千切れ飛ぶ。
幸い、咲良ちゃんはヴィっさんがその長身を生かして覆いかぶさるようにした事で被害は無いようだ。
でも未だ彼女の意識は戻らず、ヴィっさんも立ち上がろうとしてもすぐにそのまま膝から崩れ落ちてしまう。
『ふ、……ふふ、ふ、ハハハハハッ! やった!! これで最後の大アルカナも死んだ!!』
爆心地の砂ぼこりが消えた時、そこには狂ったように笑うペイルライダーと“皇帝”の残骸があった。
体の大半を失い、頭部と胸部、そして右肩と右腕だけになった“皇帝”の鈍銀色の装甲は所々が弾け飛び、内部フレームや機器類が剥き出しの状態。
ひとしきり笑った後、ペイルライダーは勝ち誇るように宿敵の成れの果ての元へと歩を進め、手元へと大鎌を転送する。
『……さて、と。もう、これ以上、強くなる必要もないのだろうけど……』
ペイルライダーの大鎌は先ほど“皇帝”に断ち切られた時のままで柄が半分ほどになっている。
だがもはや柄が長い短いなど関係がない。相手はすでに死んでいるのだから。
短くなった大鎌を面倒そうに振り下ろし、“皇帝”の残骸、その胸部へと突き立てる。
すると“皇帝”の装甲は液体金属のように震えて揺れて、そして動き出した。
「あれは……?」
「多分、ナノマシンの管理者権限を書き換えて取り込もうとしているんだ」
それは推定でしかない。
でも恐らくは正しい。
壁面に映し出されている光景を元に僕の推測が正しいのか電脳へ問い合わせてみると「可能」という回答が帰ってくる。
流動する液体金属と化した超合金Arは突き立てられた大鎌の刃先へと集まり、大鎌を伝って昇り、ペイルライダーの機体表面へと溶け込んでいく。
そして最後に“皇帝”の胸の奥から円柱状の、ペイルライダーの両肩アーマー先端付近に取り付けられている物と同一の物が現れる。
時空間エンジンだ。
すでに時空間エンジンを3基も持つペイルライダーは新たに“皇帝”のエンジンをも取り込もうというのだ。
時空間エンジンは液体金属によって流れるように動き、大鎌を伝いペイルライダーの元まで運ばれようとする。
でも、その時、不意に“皇帝”の両目に光が灯り、残された右腕を振るって自身の命ともいうべき時空間エンジンへと剣撃を叩きこんで完全に破壊する。
『く、クソ! この死にぞこないめ!!』
『フン! 地獄で待っているぞ、石動誠ォォォ!!』
ペイルライダーは大鎌を振り上げ、今度は“皇帝”の頭部へと苛立ち紛れの一撃を振り下ろすと今度こそ“皇帝”は完全に沈黙した。
正直、自分でも「精神異常者」に「イカレポンチ」ってルビを振るのはアリなのかナシなのか悩むのですが、誠君はARCANAに家族を殺されてるのでアリって事で……。




