49-12
フュンフが部室の壁面に映し出す映像は佳境を迎えていた。
ARCANAの“皇帝”。
最“凶”の殺人鬼、マーダー・ヴィジランテ。
そして邪神と悪魔、2つの力を使う咲良ちゃんの新たな姿、デモンライザーW。
3対1の状況でもペイルライダーは退く事はしない。
ペイルライダーが“向こう”の僕なのだから当たり前と言えば当たり前か。
僕だって戦況が不利となれば戦略的撤退を考えないわけではないのだけれど、敵に“皇帝”がいるのならば話は別だ。
『我が覇道の汚点である貴様はここで倒すッ!』
『黙れッ!! やっと穴倉から出てきたんだ! 僕がお前に終末を与えてやる!!』
ARCANAの首領である“皇帝”も大アルカナであり時空間エンジン搭載型改造人間である事は変わらない。
でも尖兵ロボットを率いる前線指揮官や特殊任務のため単独行動を行う事を念頭に設計されている他の大アルカナとは違い、“皇帝”は後ろでふんぞりがえって尖兵ロボットの戦列を突破してくる消耗した敵と戦う事を想定しているため短時間での高出力を目指したチューニングがされたエンジンを搭載している。
息も絶え絶えの敵の最後っ屁を食らってしまうような詰まらない事で損傷を負う事がないようにと、他の大アルカナのフラットな出力特性とは違い、短時間で敵を殲滅する事を目的に設計されているのだ。
もちろん、さすがに時空間エンジンを3基も搭載したペイルライダーとは比べるべくもないだろうが、それでも容易い相手ではないと判断したのだろう。
蒼白の騎士が振り回す大鎌の刃先は先ほどからずっと赤く輝いているまま。
本来は必殺技としてピンポイントで使うべき時空間断裂斬を絶えず発動しているのだ。
そうしなければマーダー・ヴィジランテやデモンライザーが作った隙を突いて“皇帝”が時空間断裂刃を発動した場合に防ぐ手段が無いという判断だろうが、それは時空間エンジン3基を搭載するというインチキ臭いペイルライダーの優位性を大きく減じる事となっていた。
泊満さんとの戦闘で右腕を失い、左手1本だけとなったペイルライダーには銃と大鎌を同時に扱う事はできない。
しかも3体の強敵にこうも距離を詰められては「恋人の鱗粉」も使う事はできず、両肩アーマーの時空間エンジンに直結されたイオン式ロケットの青白い光も心なしかか細いように思える。
間違いなく時空間断裂斬を発動し続けている弊害が出ているのだ。
そして、またペイルライダーが大鎌を振りかぶった隙を突いて死角である右側からマーダー・ヴィジランテさんのハンマーが側頭部へと叩き込まれる。
『…………ッ!』
『チィッ!! さっきからボコスカ遠慮なく叩きまくってくれちゃって! お前だけなんかジャンルが違うんだよ、オバサン!!』
あ~あ、言っちゃった……。
マーダー・ヴィジランテさんは女性として扱われる事を嫌ってわざと無口に徹しているし、本来は齢さえ考えなければ美人と言ってもいいくらいの整った顔もホッケーマスクで隠しているというのに、それを事もあろうかペイルライダーは苛立ち紛れに「オバサン」呼ばわりしてしまったのだ。
その結果は必然。
ぺイルライダーが振り下ろした大鎌を力任せに引き戻すまでの僅かな隙を狙ってヴィっさんのハンマーが今度は横殴りに狂相に歪んだ骸骨の仮面を真正面から叩き込まれる。
……まぁ、1人だけジャンルが違うというか、ホラー系なのは僕も否定はできないのだけれど。
『…………!!』
『ファッ!?』
そしてヴィっさんはハンマーをぺイルライダーの顔面に叩きつけた瞬間に発火して火達磨と化す。
憎悪の炎で悪を焼き尽くす必殺のファイヤーフォームだ。
紅蓮の炎は火達磨となったヴィっさんからハンマーへと、そしてペイルライダーへと燃え移り、悪を燃やす尽くす炎にくるまれた“向こう”の僕は思わず間の抜けた声をあげる。
無理もない。
僕だってアレを始めて見た時は思わず呆然としてしまったもの。
しかしペイルライダーも大鎌を振り回しながら高速で移動し風圧で炎を消す事を試みるも上手くいかない事で我が身を焼き続ける炎が科学的な作用によるものではないと気付いたのか、ブ厚く積層された装甲の表層を剥離させて自身から炎を分離することに成功する。
そして僅かばかりとはいえ自身の装甲を吹き飛ばす荒業は目くらましの効果と全周への散弾の効果を生じさせていた。
無論、銃身によって加速されたわけでもない急場凌ぎの散弾で殺られる者などこの場にはいない。
だが、ただの人間であるヴィっさんの動きを留めるには十分だった。
全身に飛散した装甲の破片を受けて足を止めてしまったヴぃっさんに大鎌が振るわれる。
片腕のみとなったペイルライダーには原型機であるデスサイズよりも大型化した大鎌は手にあまるかと思われたが大鎌を引き戻すさいに自身の肩へと叩きつけるようにぶつけ、その反動をも使ってヴィっさんを頭頂部から両断する軌道で大鎌が迫る。
『……チィッ!』
大鎌はヴィっさんの頭上、僅か10cmほどのところで止まっていた。
デモンライザーWの邪神ナイアルラトホテプの力が宿る左半身、その背中から生えていた2本の触手が大鎌の柄へと絡みついてその動きを止めていたのだ。
『もう貴方には誰も殺させはしません!! 神と霊と私の名において!!』
デモンライザーは魔杖を深く地面に突き立てて大鎌がそれ以上に進まないように踏ん張る。
その隙にヴィっさんは辛くも大鎌の軌道上から逃れ、長剣の刃を赤く輝かせた“皇帝”が切り込んでいく。
『石動誠、この星を統べる皇帝が貴様を断罪する!』
『ふざけるなッ!! お前だけには……!!』
ペイルライダーは大鎌から手を離し、機体各所のロケットを吹かして後退して“皇帝”の一閃から逃れるものの、大鎌は時空間断裂刃によって柄の中ほどから断ち切られた。
いかにペイルライダーといえどもナノマシンによる大鎌の修復には時間がかかるだろう。
つまりは奴は唯一の近接戦用の武器を失った事になる。
『く、クソッ!』
『甘い!!』
後退しつつ腰の左側面のラッチからビームサブマシンガンを抜こうとするものの、一瞬で距離を詰めていたデモンライザーWが触手を鞭のように振るってペイルライダーの手の甲を叩くと短機関銃は地面に落ちた。
今度は腰の右に取り付けられているホルスターへ手を伸ばすが、すでにデモンライザーは敵の懐にまで飛び込んでいたのだ。
拳、膝、肘、踵、爪先、そしてまた拳。
咲良ちゃんの声にならない叫びとともに次々とデモンライザーの四肢は叩き込まれて、青白い装甲は白い火花を吹き上げる。
『デモンライザァァァ……!!』
ペイルライダーの喉を漆黒の左手が掴む。
『チョーク! スラム!!』
ペイルライダーの重量はどれほどだろうか?
原型機であるデスサイズの時点でも300kg近くあるというのに重装甲化に機能の強化と倍以上はあるだろう終末の騎士の体が持ち上がったのだ。
デモンライザーの甲殻に包まれた筋肉ははちきれんばかりに膨れ上がり、左手1本で敵の喉輪を掴んで持ち上げた腕も背筋もまるで別の生き物のような盛り上がりを見せている。
そして一瞬の間をおいて、咲良ちゃんは一気に敵の後頭部を地面へと叩きつけた。
『かはぁッ……!!』
『まだまだァァァ!!』
再びデモンライザーは敵の体を持ち上げて地面へと叩きつける。
何度も。
何度も!
地上に旋毛風が巻き起こったかのように連続してチョークスラムは叩き込まれる。
咲良ちゃんもヴィっさん式に装甲を抜けないのならば内部へとダメージを与える作戦に出たのは一目瞭然。
狂ったように繰り返しペイルライダーの後頭部を叩きつけるその姿は映像として観ている僕たちにも鬼気迫るものが伝わってくるほどだ。
ただ咲良ちゃんにとって不幸だったのはペイルライダーのその質量。
いかに悪魔や邪神と身を合わせたとしてもその大質量によって僅かずつペイルライダーの位置はズレていき、そして、その事を怒りに我を忘れた咲良ちゃんが気付く事はなかった。
一体、何度目のチョーク・スラムだったろう?
コンクリートの瓦礫の上に後頭部を再び叩きつけられたペイルライダーであったが、いつの間にかその左手にはビームサブマシンガンが握られていて、銃口はデモンライザーの腹部へと押し当てられていたのだ。
天へと閃光が走る。
『あ?、ッあぁ……』
プラズマビームによって腹部を撃ち抜かれたデモンライザーの体からは力が抜けていき、世界を滅ぼそうとする倒すべき敵の喉輪を掴んでいた手もだらりと垂れて敵の姿を見失う。
『……よっしゃ!!』
好機とばかりにペイルライダーは一気に上空へと飛び上がり、次の瞬間には砂粒くらいの大きさになってしまった。
逃げたのだろうか?
いや、違う。
僕はこんな時に逃げたりはしない。
何故ならば敵に止めを刺す絶好の機会だからだ。
青空に巨大な円環が現れる。
赤い円環。
時空間フィールドで作られた光のリングだ。
ペイルライダーはイオン式ロケットを全開で吹かして加速しつつ、跳び蹴りの姿勢を作って光の円環の中へと飛びこむ。
『ペイルライダァァァ! キィッッック!!』
必殺の飛び蹴りが向かう先、デモンライザーは避けるという事をしなかった。
それどころかデモンライザーの体からは赤と黒の炎が生じて後に残ったのは融合の解けた咲良ちゃんの姿。
咲良ちゃんは瓦礫の上に横たわっていた。
すでに意識を失っているのか、瓦礫の上で震えてもがき苦しんでいたのだった。
必殺技が決まるかどうかで引き。
うん! 特撮っぽい!(暴論)




