49-10
大空へと羽ばたいた真紅の戦士、デモンライザー。
でも地上のペイルライダーは慌てた様子もなくビームマグナムのハンマーを親指でゆっくりと起こす。
当然だろう。
奴が搭載している電脳が僕と同等の性能を持つというのならデモンライザーが羽ばたこうが滑空しようが簡単に軌道を計算して見越し射撃を行う事ができるのだから。
真紅の翼膜が張られたコウモリのようなデモンライザーの翼。
降下しながら右の翼を折りたたむと、空気抵抗の変化によって真紅の戦士は右方向へと旋回を始める。
そこへペイルライダーのビームマグナムが放たれた。
「うん? あれ?」
「これは……」
デモンライザーは急降下しつつも右ロールから左ロールへと移ってビームを躱した。
折りたたんだ右翼も伸ばしたままの左翼も動かさずにだ。
それからデモンライザーは右翼もピンと張らせるものの効果速度が落ちるという事はなく加速度的に早まっている。
しかも翼を動かさずに右へ左へとクルクル旋回しながらだ。
青い空から真紅の戦士が降下してくる姿はまるで隕石が落下してきているかのようにさえ思えた。
「もしかして誠君、悪魔の翼も空力特性で空を飛んでいると思ってる?」
「違うの?」
「アレは“飛行”系統魔法の発動媒体に過ぎないわ。それが分からなければ翻弄されるしかないわね」
なるほど。
つまりはヤクザガールズの子たちが空を飛ぶのに使う箒と同じか。
そもそも空を飛ぶための物でもない箒で空を飛ぶのなら何があってもおかしくないと思えるものだろうけど、現実に鳥やコウモリが空を飛ぶのに使う“翼”という媒体でまるっきり使い方が異なるなら混乱するのだ。
そういえばデモンライザーの2枚の翼は両腕を広げたよりもいくらか大きいくらい。とても人間とほぼ同じサイズの物体を飛ばせるような物だとは思えない。
つまりは真愛さんが言うようにデモンライザーは航空力学による揚力によって空を飛んでいるのではないのだ。
そして僕がその事を知らなかったように“向こう”の僕、ペイルライダーもその事を知らないから動きが読めないのだろう。
何より咲良ちゃんと融合している悪魔はあの“悪意”の悪魔、ベリアルさんなのだ。
人を翻弄する事にかけて彼女以上に適した悪魔がいるのだろうか?
右に旋回し続けると見せかけて急に左へ旋回したり、翼を広げたまま右へ左へ変幻自在に軌道を変えたりとデモンライザーは次々とプラズマビームの射撃を躱しながら地上へと迫る。
でも対するペイルライダーも次をこまねいているわけではない。
コンドルの嘴のように張り出した両肩アーマーに取り付けられている時空間エンジンに装着されているファンが高速回転を始めると金色に輝く粒子が溢れ始める。
黄金色の粒子はたちまち周囲へ溢れ、巻き上げられ、覆いつくしていく。
もちろんそれは大アルカナの1体である“恋人”の特殊兵装である「恋人の鱗粉」のキモであるプラズマビームを乱反射させる粒子だ。
そして空中を落下する咲良ちゃんも金色の粒子を確認してか腰のカードホルダーから1枚のカードを取り出して魔杖のカードリーダーへと読み込ませて自身の胸へと取り込む。
『これで! 「恋人の鱗粉」!!』
≪RISE! 「イヌガミギョウブ」!≫
≪POWER RISE! 「ミラージュ・タヌキ」!!≫』
ペイルライダーが腰部左側面のラッチから取り出したビームサブマシンガンから放たれたビームは周囲の粒子へ反射しながら様々な方向から空中のデモンライザー目掛けて走っていく。
だが次の瞬間、デモンライザーの姿が幾つにも分裂したのだ。
四方八方から迫る細いビームが命中すると増殖したデモンライザーはまるでそこには何も無かったかのように掻き消え、それでいて空中にはさらに幾つもの真紅の戦士が数えきれないほどに現れていく。
「これって……?」
「明智君、ナントカビョーブって何?」
「屏風ではなく刑部だな。隠神刑部、確か愛媛の化け狸だったかと思うが……」
「化け狸? ああ、つまりは幻影に化かされているという事なの」
ペイルライダーの奴、タヌキに騙されてやんの!
……まぁ、アイツはパラレル・ワールドの僕なわけでそう考えるのも虚しくなるだけなのだけれど。
想像を遥かに超える事態に直面した時、人間には3種類の反応がある。
ワケも分からないまま前へと進むか、後ろへ引くか、そしてその場で硬直してしまうかだ。
そしてペイルライダーは自分の事だから良く分かる。
アイツは硬直してしまうタイプの人間なのだ。
意味も無いと分かりながらも思考停止してビームサブマシンガンを乱射して「恋人の鱗粉」で次々と空中の虚像を撃ち落としていくけれど、当然ながら悪意の悪魔が憑いている咲良ちゃんがいつまでもそこにいるわけがない。
『ここまで距離を詰めれば「恋人の鱗粉」は使えないでしょ!?』
『チィッ!!』
突如として自身の眼前に姿を現した真紅の戦士に蒼白の騎士も手にしたビームサブマシンガンを向けるものの、払うように振られた魔杖によって短機銃をはたかれてさらに距離を詰められる。
『覚悟ォォォ!』
『甘いんだよ!!』
はたかれて左を向いていたビームサブマシンガン。
だがペイルライダーはそのままトリガーを引いた。
3線のプラズマビームは周囲を覆いつくす金色の粒子によって側面から後方からデモンライザーへと迫るが、ビームが命中したかと思われた瞬間、深紅の戦士は姿を消していた。
代わりにそこにいたのは背の低い2足歩行のタヌキ。
長身のデモンライザーの胴体目掛けて放たれていたビームは虚しく空を切る。
思わず「あ、“そっち”のマスコット枠はタヌキなのね……」と思ってしまうほどにユーモラスな恰好だったが、当のタヌキの眼光は鋭く、右手の細長い人差し指を天へと突きつける。
『あン!? 誰が甘ぇって? ニーちゃん、上だぜ!?』
『何ッ!?』
『ハッ! 馬鹿が!!』
タヌキの声はまるで洋画の吹き替え俳優のように渋く太く、そして聞く者にその言葉を思わず信じさせてしまうような堂々としたもの。
タヌキの幻影によって化かされたばかりだというのにペイルライダーは持っていたサブマシンガンを真上へと向けるものの、そこに広がるのは雲1つ無い青空ばかり。
きょろきょろと上空を見渡していたペイルライダーだったけど、その左手首を背後から掴む者がいた。
咲良ちゃんはいつの間にか背後に回っていたのだ。
『シャアアアアアッ!!』
『な……!?』
ペイルライダーもタヌキに騙されていた事に気付いたがもう遅い。
背後から勢いよく左腕を引かれたペイルライダーは無理矢理に後ろを向かされ、その首へ断頭斧のようなデモンライザーの左腕が叩き込まれる。
「レインメーカー!?」
「でもアーシラトさんのカードは読みこんでいなかったような……」
「……つまりはそういう事なんでしょ」
確かベリアルさんがナイアルラトホテプに殺された時、彼女のカードは白紙のカードへと変化していた。
つまり死んだ者の力は使えないという事。
そして咲良ちゃんがアーシラトさんの必殺技を使うのに彼女のカードを使わないという事はすでに……。
『これはアーシラトさんの分だ! そして、これは……』
『く、調子に乗りやがって!!』
レインメーカー式ラリアットをもろに食らってもペイルライダーは倒れるという事はなかった。
手元に大鎌を転送し、追撃を加えようと迫るデモンライザーへと応戦する。
ペイルライダーの大鎌は原型機であるデスサイズの物よりも大型化し、柄の先端には“教皇”が使っていたメイスの頭部が取り付けられて見るからに重量を増している。
泊満さんとの戦闘で右腕を失ったペイルライダーでは大鎌はその重量ゆえ振り払うような攻撃しかできず、しかも左腕1本では銃と同時に使う事もできない。
対するデモンライザーは大振りの鎌を魔杖でいなし、さらに懐へ飛び込んで手刀の連打をお見舞いした。
『これは園長先生の分だァァァ!』
その手刀の連撃は大悪魔ベリアルの悪意の発露のようにも思えるし、エクソシストが強大な敵へ立ち向かう時に用いる一気呵成の闘法のようにも思えた。
真紅の戦士の手刀が叩き込まれるたび、黒い魔杖の一撃が叩き込まれるたびに終末の騎士の装甲は夥しい火花を噴く。
それはまるで故郷を焼かれ、ともに暮らしてきた人たちを殺された咲良ちゃんの怒りが目に見える形となったかのようだった。
『これが皆の分!!』
≪RISE! 「アズキアライ」!≫
≪POWER RISE! 「地獄突き」!!≫』
1枚の新たなカードを取り込んだデモンライザーは低く腰を落としてから全身のバネを使って一気に左手を加速させて敵の喉へと指剣を叩きこむ。
僕の記憶が確かなら、咲良ちゃんが取り込んだカードである「小豆洗い」とは拳法家の妖怪だったハズだ。
熱く熱せられた鉄粒の中へと指剣を突き入れて鍛錬を重ねる妖怪だといい、その赤くなるほどに熱せられた鉄粒が小豆に見える事、その中へ何度も手を突き入れる所がまるで小豆を洗っているように見える事からその名が付けられたのだという。
そして、その技を使う咲良ちゃんの指剣の威力も絶大。
ペイルライダーは叩き込まれた指剣の勢いのままにそのまま地面へと倒れる。
そして真紅の戦士は好機とばかりに魔杖を地面に突き立て、敵の左脚を取った。
『そして、これが私とベリアルさんの分だッ! デモンライザァァァァァ……!!』」
敵の足に自分の足を絡ませ、被せ、固める。
そして自分も一気に地面へと倒れ込んだ。
『フォー! レッグ・ロック!!』
『あだだだだだッ!? 痛ッッッ!?』
え? ナニ、これは……?
咲良ちゃんがけしてふざけているわけではないのは一目で分かる。
ペイルライダーの苦悶する様子も真に迫っていて、けして手を抜いているわけではないだろう。
でも、え? 咲良ちゃんの、っていうか、デモンライザーの必殺技って関節技なの!?
「……ねぇ、誠君?」
「うん、なあに?」
「もしかして誠君、足4の字固めって体をひっくり返すだけで返し技になるって知らない?」
「……うん。知らない」
むしろイメージ的には真愛さんがサブミッションの返し技を知っている事のほうが意外なのだけれど……。
まぁ、僕も知らないという事は“向こう”の僕であるペイルライダーも知らないという事だろう。
ともかく、これは勝負あったかと安堵する。
もしかするとペイルライダーはデモンライザーに負けて“こちらの世界”へ逃げてきたという事なのかもしれない。
部室の壁に映る映像、その中のペイルライダーは僕と同じ声をあげ、きっと僕もそうするだろうなと思うようなもがき方をしていた。
でも……。
『な、舐めるなァァァァァッ!!』
『何ッ!?』
ペイルライダーは両肩アーマーの時空間エンジンに直結しているイオン式ロケットエンジンに点火。
青白いイオンの奔流によって青と赤、足を絡ませ合った2体は風化したコンクリートの土埃を巻き上がながら動き始め、瓦礫か何かに乗り上げて角度が付いた時、一気に空へと飛びあがった。
『くっ……!?』
『そぉらぁよっと!!』
ペイルライダーはデモンライザーを足を絡ませ合ったまま両肩の時空間エンジンを可動させ推進ベクトルを変化させ、空中で宙返りしながら降下。
デモンライザーもさすがに背中から地面へと叩きつけられると力が抜けてしまてしまい必殺の4の字固めからの脱出を許してしまう。
『手こずらせやがって!!』
ペイルライダーはそのまま何事もなかったかのように立ち上がり、再び手元へ大鎌を転送するとその刃を赤く輝かせる。
これは……!
『時空間断裂斬!!』
その光景を部室で見ていた皆も口々に「あ……」と小さく声を漏らす。
その技は僕の第一の必殺技、時空間フィールドによって形成した刃で全てを切り裂くものだ。
そして空間自体を切り裂くがために物理的に時空間断裂刃に切り裂けないものはない。
そして今、ゆっくりと立ち上がろうとする咲良ちゃんへと大鎌が振り下ろされる。
いくら平行世界の存在とはいえ、咲良ちゃんが死ぬところなんて見たくはないと僕は目を瞑ってしまっていた。
………………
…………
……
『長瀬咲良、借りを返しに来たぞ……』
電撃殺虫機に大きめの昆虫が飛び込んだ時のようなけたたましい音が鳴り響き、僕の良く知る忌まわしい声が聞こえてきて思わず僕は目を開けた。
デモンライザーを無残に突き立てられたかに思われたペイルライダーの大鎌は横から差し込まれた長剣によって止められていた。
その剣の使い手を僕は良く知っている。
西洋の甲冑を模した全身を覆う装甲。でも、それは騎士のような戦うための物ではなく、重厚で煌びやかな装飾はむしろ、それを纏う者の権威を現しているかのよう。
そして手には長剣と大型の盾。
大鎌の時空間断裂斬を止めたというのに剣には損傷は見られない。
時空間断裂刃で唯一、起ちきれない物。
それは同じく時空間エネルギーをまとった物だ。
時空間エネルギー同士の斥力によって「斬られない」というよりは「反発しあって触れられない」と言ったほうが適切だろうか?
そして、その長剣の改造人間もまた時空間エネルギーを扱う事ができる者だ。
誰だって?
時空間エンジンを搭載した改造人間なんてARCANAの大アルカナ以外にいるわけがない。
『貴方は……、“皇帝”!?』
咲良ちゃんがその名を呼んだ瞬間、僕の背筋を一瞬で悪寒が走り、生身の脳味噌が火花が散るような錯覚を覚えるほどに冷たい怒りが湧きあがってくる。
そして、さらに2人の黒い人物が咲良ちゃんを守るようにペイルライダーの前に立ち塞がった。
“這いよる混沌”邪神ナイアルラトホテプ。
“殺人鬼”マーダー・ヴィジランテ。
そして“ARCANAの首魁”ザ・エンペラー。
ヴィっさんから渡された魔杖を支えに立ち上がったデモンライザーは3体とともに並び立つ。
誠君「僕の記憶が確かなら小豆洗いという妖怪は……」
ワイ「可哀そうにSAN値チェックに失敗したのか……」




