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「ペイルライダーが東京で水爆を使おうとしていたって、さっき言ったよね? あの時に水爆の解体のために特殊部隊を送っていたんだけど、結局、間に合わなくてさ。なんとか水爆の被害を押さえようと異世界帰りの勇者パーティーは“障壁”魔法を展開、同じく異世界の魔王は“時間”魔法を使用して放射能の被害を押さえようとしたんだ……」
放射性物質にはそれぞれ固有の半減期というものがある。
放射性物質がその内の半分を放射核崩壊によって別の性質を持つ物体に変化させるまでの期間の事だ。
たとえばヨウ素131の半減期は約8日と短いけど、セシウム137の半減期は約30年。極端な物ではウラン235では7億年、ウラン238では45億年という途方もない期間を必要とする。
“こちらの世界”ではとっくの昔に「綺麗な水爆」の開発は断念され、今も昔ながらの核融合反応を起こさせるために原子爆弾を利用するタイプの水爆しか存在しない。
フュンフが来たパラレルワールドでも恐らくその辺の事情は一緒なのだろう。
そして“障壁”魔法で抑えきれなかった爆風や熱線のせいか、それともマックス君が使ったという“時間”魔法の影響のせいだろうか。
結果、“向こう”のH市は見渡す限りの廃墟と化してしまっていたのだ。
「脱出に成功していた人を除いて大勢の東京都民が犠牲になったよ。勇者や魔王たちを含めてね。そして私たちに残された最後の希望、長瀬咲良が帰ってきた」
ああ、咲良ちゃんはその時、東京を離れていたのか……。
マックス君が放射能の影響を抑えるために使ったという“時間”魔法。
一体、その魔法はどれほどの時間を流れさせたというのだろう。
脆く崩れ落ちたビルや鉄塔。
色褪せた看板。
錆と風化したコンクリートが支配する街。
咲良ちゃんがこの街に帰ってきた時、彼女は何を思ったのだろう。
いや、考えなくとも分かる。
その結果が今、映像として映し出されているのだから。
「科学力、技術力の粋を極めてもペイルライダーには勝てない。戦術を突き詰めても奴には勝てない。でも魔法なら? 勇者も魔王もすでにいない。ヤクザガールズもとっくに全滅した。でも最後に1人、魔法使いが残っていた!」
あるSF作家は「極度に発達した科学技術は魔法と区別がつかない」という言葉を残した。
なら僕はこう言おう。
極度に発達した格闘技術は即ち、魔法と化すのだ!
僕の体重は152kg。
“向こう”の僕はペイルライダーと化した事で体重の増加はあるのだろうか? 失った右腕はどれほど影響があるのだろうか?
だが普通に考えて中学1年生としても小柄で細身の咲良ちゃんが変身前とはいえ改造人間を組み伏せてマウントポジションを取れるとは思えない。
だが身を捩ってマウントから脱出しようとする改造人間の力を上手くいなして有利位置を取り続け、敵の袖や襟を取っては反撃の力を逸らす。
僕だって人間態でフルパワーを発揮すれば天井に張り付いたりするくらいのパワーを発揮する事ができるのだ。
その改造人間のパワーを咲良ちゃんは凌駕していた!
今、画面に映る咲良ちゃんは敵の小指を握って捻り上げてガードを無理やりに解除させて顔面に拳を叩きこむ。
1発ではない。
連打! 連打だ!
彼女の格闘技は格闘魔法へと昇華されていた!
「僕の知っている咲良ちゃんじゃない!?」
「そらそうよ! 長瀬咲良はペイルライダーと戦うため、四国霊場要塞名物“哀乱弩璃威倶”を制覇してきたんだ!」
「あ、哀乱弩璃威倶!?」
「知ってるの、三浦君?」
「うむ。四国各地に秘された88ヵ所の修練場を巡り、御朱印を集めなければならないという想像を絶する過酷な試練であると伝えられているで御座る……」
……それ、お遍路さんだよね?
このまま勝負は決まるかと思われたが、徐々に下に敷かれている“向こう”の僕の防御の精度が増していく。
もしかすると咲良ちゃんはマウントポジションを取る前、奇襲で敵の頭部へ打撃を加えたのではないだろうか?
僕の唯一といっていいくらいに残り少ない生身の部分がある。
強固なケースに覆われて電脳によって脳内物質を制御されているとはいえ脳ミソは人間のままなのだ。
ドロップキックかなんかで耐ショック機能を上回るほどの衝撃を与えれば脳震盪を起こさせる事は可能だろう。
あくまで理論上の話だけれど、格闘魔法の使い手と化した咲良ちゃんはそれを実現したのではなかろうか?
だから生身の咲良ちゃんが改造人間を相手にマウントポジションでタコ殴りにする事ができ、そして今、脳震盪から回復しつつあるために敵の動きに精彩が出てきたのだろう。
『もう! いきなり奇声上げて襲い掛かってきてなんなの!?』
“向こう”の僕は自身の顔面にまた拳が振り下ろされる瞬間、体を捻って肘までとなった右腕で咲良ちゃんの拳を払う。
わざわざ左腕ではなく半ばまでしかない右腕を使ったのには理由がある。
次の瞬間、改造人間の左手首には円環が嵌め込まれたブレスレットが出現していたのだ。
『変身!!』
ブレスレットの円環が回りだすと眩い光が溢れ、咲良ちゃんは片手で閃光から目を守りながら、すぐ脇の地面に突き立てていた黒い杖へと手を伸ばす。
≪UNIZON RISE! 「ベリアル」!!≫
電子音声が流れ、周囲を白で塗りつぶしていた光が闇に飲み込まれていく。
だが闇の中から火柱が上がって飛び上がり、闇は徐々に収まっていった。
闇が消え去った時、そこにいたのはペイルライダーのみ。
両腕を守るように下がっていた肩アーマーが展開し、黒い素体に次々と装甲が積層されて青白く変色していく。
『ど、どこにいきやがった!? あのキチガイ……』
狂相に不釣り合いなほどに、滑稽なほどにペイルライダーは慌ただしく周囲を見渡すがそこに咲良ちゃんの姿は見当たらない。
『“私たち”はここよ!!』
『なにぃ、お、お前は……!?』
ペイルライダーのすぐ目の前にあった廃虚。
低層階が崩落し若干、斜めになっているビルの屋上にその姿はあった。
戦うための筋肉を深紅の甲殻に包み、燃え盛る炎のような意匠に包まれている全身。
怒りを隠そうともしない顔は悪魔のものか、それとも明王のものか。
そして右手には黒い魔杖が握られている。
『デモンライザァァァァァ! V!!』
左手で裏ピースの「V」の字を作って咲良ちゃんが叫ぶ。
高らかに勇壮に、そして酷く悲しい叫び声だった。
生まれ育った街は廃墟と化し、見知った人も今はいない。
きっとビルの屋上の上に立つ咲良ちゃんの目には泣きたくなるような光景が見えているのだろう。
それども真紅の戦士は声を張り上げて叫ぶ。
誰かに届けと、誰かこの声を聞いていてくれと叫ぶのだ。
デモンライザーVの“V”とは悪魔ベリアルとの融合体である事を示すと同時に、もう会えない人たちへと勝利を誓うものでもある。
『な、何者だ!? お前は……』
『私はデモンライザー! 悪魔と共に“立ち上がる”者だ!!』
魔杖をビルの屋上へと打ち付け、「V」の字を作っていた2本の指を敵へと付きつける。
『石動誠! 貴方は私が倒します!!』
『フンッ! やれるものならばやってみろ! 僕がお前に終末を与えてやる!!』
ペイルライダーが腰のホルスターからビームマグナムを引き抜く。
『ベリアル! ウイィィィィング!!』
ビームマグナムがプラズマの奔流を放つのとデモンライザーが飛び上がるのは同時だった。
炎が翼の形を作ったような、コウモリのような翼が真紅の戦士の背から生じて少女を大空へと舞い上がらせていたのだ。
「これが魔法の力……、不可能を可能に変える力……!」
思わず映像を見ていた僕の口から声が零れる。
メンゴ!
咲良ちゃんの援軍は次回になったわw
H市が廃墟と化した理由を入れ忘れてたわw
ちなアナザー咲良ちゃんがアナザー誠君にマウント取るまでの流れは……
咲良ちゃん「キョエエエェェェェェ!!」
誠君「ビクッ!」
咲良ちゃん「オラアアア!!」
誠君「ひでぶ!?」




