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やっぱり1人の人間が10の攻撃端末と数多の砲座を同時に操作するというのは多大な負荷があったのだろう。
黒いヘルメットを被った男、平行世界の泊満さんは膝から崩れ落ち、大きく肩を上下させて呼吸をしていた。
鼻血は止まる事なく規則的にラーテの車体上に落ちて、それはまるで泊満さんの体から少しずつ命が抜けていっているかのような不吉さを感じさせる。
しかし、それでも彼は戦う事を止めない。
泊満さんが操る10体の改造D-バスターは地を駆け、空を舞い、ビルの外壁や信号機を蹴って跳ぶ。
高射砲と機関砲が作り出す回廊の中へと敵を誘い込み、四方八方からのビームで追い詰める。
それは先ほどまでとはまるで変っていないような光景ながら、僅かながらにペイルライダーを包囲するD-バスターが少しずつ距離を詰めているようにも思えた。
それは勝負を急いでいるように見える。
「ヘルメス・システム」とやらが彼の脳へともたらす苦痛に耐えかねてか、それとも鼻からの出血によって呼吸が妨げられて意識が朦朧としてきたのだろうか。
苦痛に耐えかねて? 意識が朦朧として?
その程度の事で「虎の王」が勝負を急ぐ?
僕には少し違和感を感じる。
まるで大事な何かを忘れているのにもかかわらず、その“何か”が分からない。
そんな焦燥感にも似た違和感だ。
画面に映る泊満さんのヘルメットにはバイザーも無く、鼻から上は完全に覆われて視界はゼロにも関わらずにハッキリと敵へと顔を向けている彼の口は堅く閉じられ、それは苦痛に耐えているようでもあり、笑うのをこらえているようにも思える。
「……仕掛けるつもりだな」
“こちらの世界”の泊満さんが呟く。
彼はもう1人の自分が何をするつもりであるのか気付いているのかいないのか、その飄々とした表情からは窺い知る事はできない。
「あ……!」
声を漏らしたのは誰だったか。
突如として10体の改造D-バスター全てがぺイルライダー目掛けて突撃を開始したのだ。
それまでの体操選手が空中で身を捩るような、蜂が人間が振り払おうとする手を躱すような変幻自在の動きでペイルライダーを翻弄し続けていたのが一転、全機の改造D-バスターがが一直線に敵へと突っ込んでいく。
回避を捨てた突撃の結果、1機のヘッツァーはビームマグナムで胴の胸の辺りを撃ち抜かれて爆散し、1機は右腕を、別の1機は頭部をビームサブマシンガンで撃たれ損傷するものの撃破までには至らない。
そして爆散した1機を除く9体全てがペイルライダーへと取りついた。
「自爆!? いや、これは……」
「活動限界が来たんだ!」
空中でペイルライダーに組み付いたD-バスターは次々に大爆発を起こしていく。
ほぼ同時に連続して起こる爆発はビルの谷間に太陽が生まれたかのような閃光を放ち、カメラもホワイトアウトするがすぐに調整機能が働いて粗いものの映像は復旧する。
“こちらの世界”のD-バスター1号が自身を「消耗品」を称したように、D-バスターは僕や兄ちゃんと戦うために大出力の動力源を搭載しているのだという。
だが一般的な地球人の女性に偽装するためか、その大出力の動力源を冷却しきれるだけのラジエーター機能は有しておらず、普段は動力源の出力にリミッターをかける事で安全装置としている。
そのリミッターを解除して最大出力を発揮してしまえば後戻りする事はできず、僕がD-バスター1号を成層圏まで連れて行って冷やしたように外部の要因によって冷却する事ができなければ自壊するのを待つばかりだという。
泊満さんはその自壊現象を攻撃に転用したのだ。
……ていうかさ。
D-バスターの奴、タイムリミットになるとあんな大爆発を起こすのかよ。
てっきり外装が溶けたり発火して炎上するくらいだと思ってたよ。
あんな爆弾みたいなのを抱きかかえて僕は高度1万メートルまで昇っていたのか……。
怖っ……!!
「……やったか!?」
「いくらぺイルライダーの装甲が厚かろうと、この爆発では助かるまい!」
いつの間にか身を乗り出して動画を見ていた鉄子さんとルックズ星人が悪党のテンプレみたいなことを言う。
でも、それは「悪党のテンプレ」であると同時に「やれてないテンプレ」でもある。
さらにいうとほぼ無傷のフラグみたいなもの。
今度、僕が戦う時にはこの2人にはそばにいてほしくないくらいだ。
「……あっ!」
そして思ったように火球の中から青い光条が飛び出した。
もちろん、それはペイルライダーだ。
両脚に腰部、さらに両肩と全ての推進器を持って加速するペイルライダーがカメラの方、つまりはラーテの方へと接近してくる。
ヘルメス・システムの根幹である機動攻撃端末ヘッツァーを失った泊満さんも残されたホバー・ラーテに搭載された対空火器で迎撃を試みるがあまりにも無力だった。
ラーテはビームを無効化するチャフ・グレネードで「恋人の鱗粉」を無効化するためか、搭載している対空砲は全て実体弾を発射するもの。
低出力のビームを無効化する粒子で作られたフィールドに守られたラーテは自身もビーム兵器が使えないのだ。
2000トン近くはあるであろう超巨大戦車ホバー・ラーテに搭載された無数の対空火器はその姿をクマネズミやドブネズミというよりは針ネズミのように変えていたが、それほどの数の火砲といえどペイルライダーには無意味。
8.8cm高射砲は容易く躱され、20mmや30mm程度の機関砲などはペイルライダーの装甲に傷すら付ける事ができない。
ペイルライダーが先ほどまで対空砲火を避けていたのは損傷を恐れてのことではなく、あくまでも姿勢制御を崩される事でD-バスターとの戦闘が不利になることを嫌っての事なのだろう。
そしてD-バスターがいなくなった今、豆鉄砲にかまうつもりはないといったところか。
ペイルライダーはラーテに接近しながら腰のホルスターとサイドラッチへ2丁のビームガンを収納していた。
ビームサブマシンガンは謎粒子によって無効化されるのかもしれないが、サイ怪人の両脚を切断した時のように粒子の影響下にあってもビームマグナムならばまだ使う事もできるだろう。
だが使わない。
いわゆる“舐めプ”という奴だ。
僕はそういう奴だから分かる。
ここまで手こずらされておいて引き金引いて終わりとはするつもりがないのだろう。
そしてペイルライダーがラーテの車体上へと降り立つ。
もはや車体に取りつかれては無数の火砲も役には立たない。
にも拘わらず泊満さんは逃げるような真似はせず、ゆっくりと、ゆらゆらと左右へ振られながらも自分の足で立ち上がり、腰のホルスターから拳銃を抜いて敵へと付きつける。
『ボケてんのかな?』
本当に不思議そうな声でペイルライダーは突き付けられた銃を気にする事もなくそのままつかつかと前へと進み、おもむろに老人の細い首へと右手を伸ばす。
『……かはっ!』
そのまま首へ力を込めて老人を片手で持ち上げる。
歪に歪んだ骸骨の仮面へと拳銃が発射されるが機関砲の徹甲弾すら跳ね返す装甲に拳銃弾で何ができようか。
『遺言はあるかい?』
自分で首を絞めて体を持ち上げといて遺言を聞いてもマトモに答えられるわけもないだろうにペイルライダーの声には嘲りとかそういう色は感じられない。
ただただ淡々と言葉を放っているようにしか感じられないのだ。
なにより僕には奴の声が自分と同じものであるが異様に気持ち悪かった。
『……き、君に言い残す事は……、無い……』
『そう』
『あ、後は任せたぞ……。さく……ら、ちゃ……』
ぼきり……
泊満さんのヘルメットに取り付けられていたマイクはハッキリと首の骨が折れる音を捉えていた。
「ひっ……!!」
こういう事には慣れていない天童さんが声にならない悲鳴をこぼすが、目を逸らそうとする天童さんや鉄子さん、目を閉じて黙祷しようとする他の皆に画面から目を逸らすなと声を上げたのは他の誰でもない泊満さん自身。
「まだだ! まだ終わらんよ!!」
平行世界の自分の最後をしっかりと看取ってくれとばかりに声を上げた泊満さんの目は真剣そのもので、その声には熱がこもっていた。
でも僕には、いや泊満さん以外の皆はもはやもう終わったものだと思っていただろう。
ただの地球人。それも100歳超えの老人が首の骨を折られて反撃できるわけもない。
現に画面に映る泊満さんは糸が切れたマリオネットのようにプラプラと手足を揺らしているじゃないか。
ペイルライダーはラーテの車外へと泊満さんの遺体を放り捨てようとラーテの左側面の縁まで歩いていく。
そして泊満さんの首を掴んだ右手を伸ばしたまま車体の縁へと立ち、特に感傷も無さそうにパッと手を離す。
落ちていく老人を見ようと下を覗き込んだ時、そこで奴は驚愕の声を上げた。
『な、何ッ!?』
そこにいたのは1体のD-バスター。
ペイルライダーがそこから姿を見せる事をどうやって予想していたのかしっかりと右腕のビーム砲の砲口を向けている。
その姿を見た時、僕は違和感の1つについてその正体を見つけていた。
D-コマンダーフュンフは「D-バスターシリーズの生産数は144機」と言っていた。
そして自身を「分隊長タイプ」と、そして「指揮官機にはリミッターをカットする機能が無い」とも。
さらに「フュンフの分隊は総統閣下の護衛についていたので無事だった」と、つまりはフュンフの分隊は全機が健在であったわけだ。
なら“向こう”のD-バスターシリーズは1個分隊あたり12機で、12個分隊が編成されていたのではないだろうか?
だから12機×12個分隊で144機という半端な数字だったのだ。
そして12機の内、1機がリミッターをカットして最大出力を発揮する機能を持たない指揮官機だとするならば他の分隊メンバーは11機。
そして先ほどまでペイルライダーと戦っていたD-バスターは10機。
泊満さんは10体のD-バスターのみを用いて1体を温存していたのだ。
10体のD-バスターも、ラーテも、そして自身の命すらも捨て駒とする。
泊満さんは最初からこの1撃を狙っていたのだろう。
僕が今日、部室に入ってきた泊満さんとD-バスターたちに気を取られて背後の窓から飛び込んできた1体に気付かずにワイヤーでグルグル巻きにされてしまったように、ペイルライダーもまんまと一杯食わされたわけだ。
そしてD-バスターのビーム砲から閃光が放たれる。
次回、「VS泊満さん&D-バスター」は決着!
そして平行世界編は最終局面へ!!




