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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第49話 パラレル・ワールド
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49-6

 脳波コントロール対応型D-バスター、ヘッツァー。


ヘッツァー(Hetzer)」とは独語で「勢子」を意味する言葉だ。


 でも、むしろ改造D-バスターの戦い方は勢子が射手や貴族などの前に獲物を追い立てるような、というよりは猟犬のような印象を受ける。


 それもビーグルのような獲物を追い立てる犬やポインターのような獲物を発見するための犬ではない。

 10体のヘッツァーが戦うのは“獲物”ではなく“敵”なのだ。

 互いに連携を取りながら死角を取り虚を突くその戦い方は狼狩りの猟犬であるボルゾイに例える事ができるだろう。


 ペイルライダーが両手に持つビームマグナムもビームサブマシンガンも1撃でヘッツァーを破壊する能力を持つのだろうが10体のヘッツァーは紙一重の絶妙な身のこなしで数万度のプラズマ火線を避け続け、反対に全周から右手の速射ビーム砲による射撃を浴びせ続けている。


 しかも、その10体の改造D-バスターとホバー・ラーテを操っているのはただ1人の地球人なのだという。


「……凄い! これが、これが『虎の王』の実力!」


 思わず僕の口から声が零れる。

 正直、僕はかの老人の事を侮っていた事は否めない。

「虎の王」は大戦中の戦車を後生大事に乗り回している懐古趣味のお爺ちゃんではなかった。


 むしろ、そのへんに幾らでも転がっている敵が相手であれば大戦中の旧式戦車で十二分に戦果を上げられるからこそ彼は超1流のヒーローと呼ばれているのだ。


 後方のラーテを針ネズミのような外見に変えている数多の火砲をもってビルの谷間に弾幕を張り、しかも弾幕をわざと偏らせる事で空中に安全地帯の回廊を作ってそこへおびき寄せたペイルライダーへと四方八方からヘッツァーがビーム砲の速射を見舞う。


 それはまるでスイス製の高級時計が時を刻むような精緻さに溢れ、曳光弾とジェットエンジン、そしてプラズマビームが描き出す光景は芸術作品のように美しい。


 ヒロ研の部室でその光景を見た誰しもが思わず息を飲む。


 しかし、それでもペイルライダーは倒せない。


 重量の増加をカバーするように肥大化した脚部や腰部のイオン式ロケットエンジンと迫り出した両の肩アーマーに搭載された時空間エンジンに直接取り付けられた推進器は青白いイオンの輝きを放ちながら火線の中を駆け巡り続けただの1発の被弾すら無い。

 原型である(デスサイズ)から目測で10倍以上くらいには厚くなっている装甲も無意味なのではと思わせるほどだ。


 でも、ペイルライダーも全力を出しているのか「第二次浜松会戦」の時に使っていた「恋人の鱗粉」に類似した兵器は使っていない。


 ……いや、多分、使っていないのではなく使えないのだろう。


 元々、「恋人の鱗粉」を使っていた大アルカナ“恋人”が胴体に搭載されていた時空間エンジンを大概に露出していたようにビームを乱反射させる粒子はエンジンに直結した粒子製造機から粒子を散布するものだ。


 恐らくペイルライダーは同様の機能を両肩のアーマーにそれぞれ取り付けられた時空間エンジンに搭載しているのだ。


 そしてそれは推進器と兼用している構造なのではないだろうか?


 僕が機体の損傷を増殖型ナノマシンによって修復できるように、時空間エンジンからエネルギーを得たナノマシン増殖装置はある時はビームを乱反射する粒子を作り出し、ある時はナノマシンをイオン化させてロケットエンジンとして利用しているのだろう。


 ゆえにラーテの弾幕と全周を包囲する10体のヘッツァーのビーム射撃を回避し続けている状況下では「恋人の鱗粉」を使う事ができないのではないか?


 この動画を再生する前にフュンフが「こっちの石動誠には見てもらいたい」と言っていたように確かにこれはペイルライダー攻略の糸口となりうるものだ。


「恋人の鱗粉」の秘密について予想が付けられたのもそうだけど、もう1つ。


 奴は時空間エンジンを3基も搭載している割りにそこまで機動性が高くないという事もわかった。


 装甲が10倍以上に強化されている弊害はさすがに大きく、両肩の時空間エンジンを推進器として使用した場合でも推力重量比は1.5倍から2倍程度といったものなのではないだろうか?


「第二次浜松会戦」の時に見せたペイルライダーの変幻自在の空中機動の秘密は1.5倍~2倍の推力重量比に加え、両肩アーマー先端付近に搭載された時空間エンジンが可動する事で推力線を変える事からきているのだろう。


 いくら時空間エンジンが1基から3基に増えていようが何でもかんでも3倍というわけでもないという事に僕はひとまず安堵する。


 でも、よくよく考えてみると「装甲10倍! 推力重量比1.5倍! さらに『恋人の鱗粉』も使用可能で原型機以上に機動の自由度も高い!」ってのは別に弱点を見つけたわけじゃないんだよなぁ……


 ただ、僕が勝っている部分が無いかというとそうでもない。


 まず奴は僕と同じく標準装備のビームマグナムを装備しているのは同様なのだけれど、ファニングは使えないようだ。

 アレは僕が譲司さんから習った技であって標準で用意されている機能ではないのだ。


 案外、“向こう”の僕は未だにビームマグナムがシングルアクションリボルバーである事も知らずに「なんでナノマシンは直してくれないのだろう?」と不思議に思っているのかもしれない。


 そして現在、部室の壁に映し出されている動画では射撃戦をやっているために使ってはいないが当然、大鎌は奴も持っているだろう。


 でも重装甲化のためかマントを纏っていないその背中のラッチには何も装備されていない。

 奴はマーダー・マチェットも持っていないのは明らかだ。






「……不味いな」


 動画を見ていたルックズ星人が呟いた。


 先ほどから状況はまるで変っていないように思える。


 ペイルライダーもヘッツァーも互いに目まぐるしく位置を変え続け、数の力で連携を取っては敵を全周から包囲し、上空へと逃がさぬよう有利な位置を占位し続けている以上、改造D-バスターたちの方が優位に立っているようにすら思えた。


 そう思ったのは僕だけではなかったのか、部室内で動画を見ていた誰しもがルックズ星人ののっぺらぼうの顔を怪訝に見つめる。


「そもそも彼が使っている『脳波コントロール装置』とは地球人が使うようには作られていないのですよ……」


 皆の疑問の目に気付いてルックズ星人が解説を始める。


「あの装置はもっと大脳が肥大化した人類亜種が使うように設計されている物なんです。10体のD-バスターにラーテに搭載された無数の火砲、それらを脳波だけでコントロールするとして、その双方向通信がどれほど人間の脳に負担を強いると思います? 私にはなんで“向こう”の彼がマトモに装置を使用できているのかすら分かりませんよ」


 ルックズ星人の口調は呆れたような、それでいて禁忌に触れてしまった事を悔いるように沈んだものだった。


 彼の言うように10体のD-バスターのカメラやラーテの対空砲座の火器管制を1人の人間の頭脳が処理するというのは明らかに無理があるように思える。


 ルックズ星人が「双方向通信」と言うようにデータを受け取るだけではなく、それらを同時に動かし続けなかればならないその負担はどれほどのものなのだろう?


「……多分だがね。きっと“勘”でやっているから何とか一辺に動かせているんだろうな」

「だからと言って……」


 泊満さんが軽い調子で言い放つとルックズ星人は大きな溜息をついて今度はあからさまに呆れ果てたような声で返す。


 熟練の職人が科学の粋を集めた計測機器に頼る事なく勘で作り上げた逸品は時に計測機器の限界を超えた精度を持つという。


 だが言うは易し。

 一瞬一瞬、そのまた次の一瞬と最善の選択を繰り返し実行し続ける。

 それを同時に10体のヘッツァーとラーテの火砲分、同時に行わなければただ1つのミスで状況は引っくり返されてしまうだろう。


 気が緩んでしまえばペイルライダーのビームガン、あるいは僚機である別のヘッツァーのビーム砲、またはラーテの弾幕射撃によってたちまちD-バスターは数を減らしてしまうのは間違いない。


 10体のヘッツァーをもってして、やっと互角の状況なのだ。

 数を減らしてしまえば、あっという間に逆転を許してしまうのは間違いない。


 まるで暴風雨の中、断崖絶壁に張り巡らせた綱の上でコサックダンスを踊るような、いやマルチタスクの負荷を考えればそれ以上か?


 それほどにか細い可能性の中で“向こう”の「虎の王」は最善手を取り続けていたのだ。


 その結果はすぐに僕たちの前へと付きつけられた。


 ズームされビルの谷間でドッグファイトを続けるぺイルライダーとヘッツァーを映すカメラに突如として黒い影が映る。


 カメラが引きの状態に映るとそこに映されていたのは先ほどのヘルメットの人物。


 先ほどまでは彼の決意を示すように腕組みをしてラーテの車体の上に立っていたというのに、今は膝から崩れ落ちて車体の上に両手をついている。


 崩れ落ちた状態でなんとか両手をついて体を起こしている男の鼻からはポタリ、ポタリと鼻血が落ちていくのが炎によって照らされ、それでも彼は視界を完全に塞がれたヘルメットを装着しているのにも関わらずに敵のいる方をまっすぐに見つめていた。


「……ふむ。決着は近いな」


 まるで他人の事のように泊満さんが呟く。

 細い体には不釣り合いなほどに巨大なヘルメットを装着して炎に燃ゆる街の中、1人悶える孤独な老人こそが平行世界の自分自身だというのにだ。


意外と泊満さんって本編中での対戦成績って良くないよね。

……まぁ、全部ワイのせいなんやけど。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 失敗した世界で孤独に戦い続ける……… 逢魔時王みたいなムーヴしてる…… あっちに無くてこっちに有るもので戦うとか胸が熱くなるね! ファニングとマチェットとついでにタコのエルダーサイン…
[良い点] 何だか、ペイルライダーが『仮面ライダーspirits』で、大首領JUDOが変身した歴代ライダー(初期能力値で、本人がパワーアップで手にした能力や技は無し)みたいに思えてきました。 いや、あ…
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