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「……これは?」
いつしか動画は終わり、カーテンの閉め切られた部室の中は暗闇と静寂が支配していた。
でも改造人間である僕の目は極僅かな明りでも視力を得る事ができる。
真愛さんや天童さんは瞬きする事も忘れて先ほどまで映像が投影されていた壁を向いたままで呆然としているし、草加会長や三浦君はヒーローオタだけあってペイルライダーの戦闘力がどれほどのものなのか想像できてしまえるがために真愛さんたち以上に目を大きく開けて驚愕していた。
明智君は何を考えているのか軽く俯いていたし、ルックズ星人や泊満さんもこの動画を見るのは初めてではないだろうに肩を落としている。
鉄子さんや“こっちの世界”のD-バスターたちは他の皆に見えないようにお菓子を食べていた。
そして僕はどんな顔をしていただろう?
D-コマンダーフュンフの言葉を借りるなら「向こうの世界を滅ぼしかけた敵」ペイルライダーの正体が僕だったとは……。
デスサイズが変質した姿だけならば“向こう”のデスサイズの変身者は誰なのだろうと聞いてみるところだけど、映像の後半、サイ怪人に対して使われた必殺技の祭に聞こえてきた声は間違いなく僕自身のもの。
さらにいうと「ペイルライダー・キック」なる必殺技は細部の違いこそあるものの僕の「デスサイズ・キック」と同種の技である事は間違いないのだけれど、その「デスサイズ・キック」は大アルカナとしてのデスサイズに当初から用意されていた技ではない。
あれは僕が編み出した技だ。
その技を使う事もペイルライダーが僕である事の証拠といってもいいだろう。
なんとか「これは?」と声を絞り出したものの、その後の言葉が続かない。
「今、見てもらったのが“私が来た世界”であった『第二次浜松会戦』の出来事。これでペイルライダーがどれほどのものかは分かってもらえたっしょ?」
僕の気持ちを知ってか知らずかD-コマンダーは先ほどまでと変わらない調子で話を進めていた。
「あ、『第二次』っても別に浜松に大事な何かがあったってわけじゃなくて『第1次浜松会戦』は東京の浜松町で、『第二次』の方は静岡の浜松ね!」
……違う。
僕が聞きたいのはそんな事じゃない。
「どうして……」
「うん? この3日後にペイルライダーは東京で米軍からかっぱらった水爆を使うって宣言しててさ! それを防ぐために内原さん……。ナイアルラトホテプって言った方が分かりやすい? まあ、いいや、内原さんがテレビやラジオ、ネット放送なんかで『ペイルライダーを倒すために浜松で旧支配者シュブ=ニグラスを召喚する』って大々的に宣伝してさ! まんまとおびき寄せられてくれたのはいいんだけど……」
「そうじゃなくて!!」
僕の口からはつい荒々しい口調の言葉が出てしまっていた。
もちろんD-コマンダーに怒鳴ったって何の意味も無い事は分かっている。
彼女は何1つ悪い事はしていないのだし、僕がただどこにいるのかも分からない相手に怯えて焦ってしまっているだけなのも分かっているんだ。
「ゴメン……。でも、ペイルライダーって僕なの?」
「そうだ、とも言えるし、違うとも言えるんじゃない? あくまでアレはパラレル・ワールドの石動誠。この世界の石動誠ではないよ。その辺は君たちも分かってるでしょ?」
フュンフは窓際にもたれ掛かったまま、僕から他のヒロ研の部員たちへと視線を移した。
その問いに答えるように皆は暗がりの中で僕にゆっくりと頷いて見せてくれる。
僕にはそれがただただありがたかった。
「きっかけは去年の3月末。超巨大空母“審判”での戦闘での事。私が来た世界ではデビルクローがデスサイズに敗北して死亡してしまった事になるのかな? そのせいでトチ狂ったデスサイズは地球人類の抹殺を宣言してね。行動を開始したんだ。たった1人、正義も邪悪も全てを敵に回してね……」
あれ?
この時点ではペイルライダーではなくデスサイズなの?
「やがて数体の大アルカナを倒して自身の強化を図ったデスサイズを政府は大アルカナの枠を超えてしまったモノとして新たに『ペイルライダー』と呼称するようになったわけよ!」
うん? 強化を図った?
つまり先ほどの映像で見たペイルライダーも元々は僕と同じデスサイズの姿だったって事かな?
「自分でデビルクローを殺しといて『兄さんを助けてくれなかった奴らなんて死ねばいい!』とかヤベぇだろ? ワケ分かんねぇだろ? これが世界征服だとかそういう普通の理由なら降伏するなりできるのに、世界を滅ぼせる力を持ったマジキチとか勝てないって分かってても戦うしかないじゃん?」
話が進むにつれてフュンフの声色は次第に激しくなり、そして震えるように抑揚がついてきた。
彼女もアンドロイドとはいえペイルライダーとの戦いで仲間を失い、そして自分自身もその恐怖に苛まれてきたのだから当然の事なのかもしれない。
あるいは平行世界の存在だと分かっていても僕にその怒りをぶつけてこられてもけして不思議ではないのだろうけど、フュンフはけしてそのような真似をすることはなかった。
「ところでさっきの映像で気付かなかったかい?」
「うん? 何の事?」
「私はD-コマンダー、指揮官機だって言ったのにさっきの動画だと私の僚機は1機も出てこなかっただろ?」
動画を見る前にフュンフが来た平行世界では総計144機のD-バスターシリーズが製造されたとは聞いていたけれど、彼女を残して全滅したと聞いていたので不思議には思わなかったのだけど違うのだろうか?
「『UN-DEAD』が参戦した『第1次浜松会戦』でD-バスターシリーズはほぼ全滅していたんだけど、総統閣下の護衛についていた私の分隊だけは残ってたんだ」
「その、さっきから気になってたんだけど、そっちの世界じゃ鉄子さんって総統閣下って呼ばれてたの?」
なんというか、僕の中では鉄子さんは権力を与えちゃダメなタイプの大人に思えるのだけれど……。
「それはまぁ、アレだ。『UN-DEAD』の首脳陣の中でも総統閣下は若かったからね。戦場に出してむざむざ死なせたくはなかったんじゃないか?」
「ああ、それで名目上のトップにして後方に押し込めたと?」
「そゆこと! こっちの石動誠は話が分かる子で助かるよ!」
その事を知らなかったのか、鉄子さんが暗がりの中で「え? マジで!?」みたいな顔をしていたのを僕の目は見逃さなかった。
まさかルックズ星人やナイアルラトホテプがいるのに実力でトップに立ったとでも思っていたのだろうか?
「で、話は戻るけど、残った私の分隊メンバーは改装を受ける事になってね。結局、『第二次浜松会戦』には間に合わなかったんだけど……。私が改装を受けなかったのは指揮官機であるD-コマンダーにはリミッターをオフにして最大出力を上げる機能が無いからなんだ」
確かにリミッターを切ってしまえば10分ほどで自壊してしまうという機能を指揮官機に搭載するというのは非合理的に思える。
場合によっては指揮官機が真っ先に消えてしまう可能性もあるのだし、指揮官機の役割はまず指揮であって戦う事ではないのだから。
例えばアメリカ海軍の第7艦隊の旗艦は原子力空母でもイージス巡洋艦でもなく揚陸指揮艦「ブルー・リッジ」だし、第二次大戦中のドイツでは砲を持たず機関銃しか持たない戦車に通信機を乗せて指揮戦車として利用してもいたのだ。
「で、次に見てもらいたいのは改装が終わったD-バスターシリーズの戦いなんだけど、これは“こっちの世界”じゃまだ見せていない動画なんだけどさ、悪いけどお爺ちゃんは席を外してくんない?」
「……どうしてだね?」
フュンフはバツの悪そうな顔をしてルックズ星人や鉄子さんの顔をチラチラ見るものの、根回ししてなかったのか彼らもわけが分からないという顔をしている。
「……いやあ、なんつ~の? 平行世界とはいえお爺ちゃんも自分が死ぬトコなんて見たくないでしょ?」
でも泊満さんは僅かに口元を綻ばせると「構わん!」とばかりに左手を軽く上げてフュンフに動画の再生を促した。
「マジで大丈夫? この動画は大アルカナ戦以外で奴が唯一、損傷らしい損傷を負った記録だからこっちの石動誠には見てもらいたいんだけど気分が悪くなったらすぐに言ってね?」
は? 平行世界のとはいえ、僕がD-バスターに損傷を負わされたって?
嘘だろ? と否定してやりたくなるのだけれど、そういえばついさっき背後から奇襲をしかけてきたD-バスターのワイヤーでグルグル巻きにされていた事を思い出して僕は黙っておくことにした。
「それじゃ、再生するよ~! 『ペイルライダーVS虎の王withD-バスター改』はッじまるよ~!!」
次回、アナザーD-バスター登場。




