49-3
サイ怪人の両腕に取り付けられたグレネードランチャーの銃身は棍棒のように使う事も考慮してか肉厚の物だ。
その重厚な銃身に食い込んだヘリのローターブレードを外して放り投げながらサイ怪人はフュンフへ振り返った。
『その子、怪我してんのか? 作戦は失敗だ。その子を連れてズラかるぞ!』
『作戦が失敗? 内原さんの親戚とかいう旧支配者は?』
『……とっくに殺られたよ』
忌々しそうにナイアルラトホテプが天を仰いで呟く。
『あの女、30分かけてケーキ食い散らかした挙句に30秒で殺られやがった!』
『はあ? 10分は持つって……』
『そんな事より援護する。後退しろ!』
……ナイアルラトホテプの短い言葉で『親戚の旧支配者』というのが誰の事なのかすぐにピンときてしまった。
え?
あのシュブ=ニグラスが30秒で殺られた?
先週の金曜にあれだけのヒーローたちの攻撃を受け続けながらも戦い続け、そして僕のデスサイズきりもみキックでも殺しきれなかったシュブ=ニグラスが30秒で?
改めて敵の異常さに背筋が寒くなる。
『恋人の鱗粉』に同種の、でも圧倒的大規模の攻撃といい、『ペイルライダー』なる敵は大アルカナ以上の能力を持っている事は間違いない。
『ほら、走れ!』
『う、うん!』
サイ怪人に促されてフュンフはぐったりとしたままの神田君を抱きかかえて走り出す。
視点は倒壊しかかってはいるが神田君の身を隠すには丁度良さそうなビルへ向けて走り出し、そして何度も心配そうにサイ怪人とナイアルラトホテプの方を走りながら振り返っていた。
ナイアルラトホテプは両手の前方に闇で作られた魔法陣を出現させて上空へ向けて魔法弾の連射を始め、サイ怪人は自分たちの真上とフュンフが駆けている砲口の上空へと向けて両腕のグレネードランチャーを発射。
気の抜けた爆発音の後、上空にはキラキラと銀色に輝く何かがヒラヒラとゆっくりと降下を始め、それと同時に黄金色の粒子とは別種の白い粒子が散布されていた。
恐らくは銀色の何かはチャフに使われるアルミの薄片、白い粒子はプラズマビームを阻害する特性を持つ粒子なのだろう。
その予想が間違っていない事の証明に上空から舞い降りるビームは白い粒子が散布された空間に突入すると途端に目に見えてか細くなって地上に降りる事なく掻き消えていた。
恐らくは地球の技術ではなく異星の技術の賜物。
何せ地球の技術力では未だプラズマビームを兵器に利用する事はできないのだ。
それができるのはマッドの上に超とか糞とかがいくつも付くようなARCANAか、異星人の兵器を転用したブレイブファイブのブレイブバズーカくらいのもの。
当然、そんなプラズマビームに対する防御手段などあるわけもない。
その効果は絶大で、先ほどまで数多のヒーローや怪人を葬り続けていたビームも極めて狭い範囲ながらも無効化する事ができていた。
しかも無効化するのはプラズマビームのみ。
ナイアルラトホテプが放つ魔法弾にはなんら干渉する事が無いのだ。
異星由来の技術ゆえに十分な量が用意できなかったのだろう事を除けば理想的な展開にも思えた。
フュンフも安心したのか振り返る事を止めて真っすぐに廃墟目指して走る。
だが斜めになったビルの廃墟の陰、瓦礫の上に神田君の体を寝かせた時、ジューという何かが焼ける音が聞こえてきて反射的にフュンフは背後を振り向く。
『ライノさん!?』
白い粒子によってプラズマビームは無効化されたハズだった。
それなのに、それで安心した彼らを嘲笑うかのように上空からは先ほどまでとは比較にならないほど大出力のビームが横薙ぎに放たれて廃墟と化した街ごとサイ怪人を切り裂いていたのだ。
幸いサイ怪人も反射的に身を捩っていたために致命傷こそ免れていたものの、両足ともに膝の上辺りで切断され移動能力は完全に断たれてしまっている。
そしてそれはこの状況下にあっては次の攻撃を避ける事が不可能である事を意味し、限りなく致命的な損傷であった。
フュンフは神田君をビルの陰に隠したまま来た道をまた戻って倒れたサイ怪人に駆け寄り、両肩に腕を回して怪人を引きずっていこうとする。
だが見るからに重量級の怪人はD-コマンダーのパワーを持ってしてもナメクジが這うような速度でしか動かす事はできず、そんなフュンフにサイ怪人はつぶらな瞳を細めて見せてから彼女の腕を振り払った。
『……君はこんな所で死なせるには惜しい。さっきの子を連れて逃げろ!』
『逃げろってどこへ!? それにライノさんを置いてはいけないよ!!』
『俺が時間を稼ぐ』
そういうとサイ怪人は名残惜しそうにフュンフから視線をナイアルラトホテプに移す。
『内原さん、アンタ、神様なんだろ? 力をくれ!』
『これはまた随分と直球だな。いっそ清々しいくらいだ』
『冗談はいい!』
ナイアルラトホテプは魔法弾を撃つ手を止めて言葉も無くサイ怪人を見下ろしていた。
『…………』
『アンタも悪党なんだろ!? 悪巧みの隠し玉が無いとは言わせないぜ!』
『しかし……』
表情も見えないというのに邪神が困惑している様がありありと見て取れる。
大してサイ怪人の目はまっすぐに睨みつけるように彼らと共にある神へと向けられていた。
『頼む! 俺に最後まで抗う力を! 両腕の無い男にも“終末の騎士”からD子ちゃんとあの子を守れる力をくれ!!』
それは悲痛で切実で、それでいて骨太にまっすぐな言葉だった。
サイ怪人のベルトにあしらわれた紋章。
それはかつて滅んだ『Re:ヘルタースケルター』の物。
かの組織が滅んでも彼は屈する事を良しとせず『UN-DEAD』に合流して雌伏の時を重ね、そして今、仲間と傷ついた子供のために勝ち目の無い敵に対して彼の反骨精神は純粋に研ぎ澄まされていたのだ。
その熱意に負けたのかナイアルラトホテプが手を振って虚空に円形の闇を作り出して、そこに腕を突っ込む。
闇が消えた時、邪神の腕に絡みついていたのはあの黒い粘液質の生物。
『我も邪神。与える力には代償が伴うぞ?』
『構わん!』
『……これを使えば貴様の自我は消滅し、ただの操りにんぎょ……』
『ええい! とっととやれ!!』
ナイアルラトホテプが溜息をついたように肩を落とすと邪神の腕から黒い粘液質がボトリと落ちる。
ボトリ。
ボトリ。
3体の粘性生物は1体がサイ怪人の口へ、2体はそれぞれ切断された脚へと落ちて両脚は独立した生物のように動き出して元の場所へとくっつく。
『ッ! ガァァァァァ!!』
『ライノさん!?』
『行くぞ! 奴が時間を稼いでいる間に退くのだ!』
ナイアルラトホテプがフュンフの腕を引いて走り出す。
『……でも、ライノさんが!』
『奴はサイだぞ! 犬ではないのだ。ならば犬死させてくれるな!』
フュンフも手を引かれるのに抵抗こそしないものの、何度も何度も後ろを振り返ってのたうち回るサイ怪人を見てかぶりを振る。
『があああああァァァァァ!!!!』
邪神は神田君を隠していたビルへ行くと無数の触手を伸ばして彼を包み込み、また一目散に走り出す。
やがて彼らの背後に届いてきていたサイ怪人の唸り声が変化をきたした。
『ガアアアアア……、て……、てけり・り……』
『……あれは?』
『S・ライノ・グレネード……。いや、S・ライノ・グレネードとしておこうか……』
ナイアルラトホテプの言葉には1人の戦士に対する敬意とともに、自責の念や口惜しさが入り混じった色が見て取れる。
僕も先週、敵として戦った相手が意外と男気溢れる人で軽くショックだった。
『てけり・り!』
小鳥が囀るような声は戦場にあっては極めて異質なもので、それは何者にも屈しない男の意地の発露のようにも思える。
サイ怪人がフュンフたちとは反対の咆哮へと駆け出し、どんどんと彼の姿は小さくなっていき、別れを惜しむようにアンドロイドはアイカメラを望遠モードへと切り替えた。
サイ怪人が1歩、また1歩と駆ける度に重厚な足音が鳴り響き、跳べばあの重量級の巨体がどうやってと思うほどに身軽に廃墟と化したビル群を足場に高く飛び上がるのだ。
すでにチャフ・グレネードに混ぜられた粒子による対ビーム防御空間は抜け、幾条ものビームが四方八方からサイ怪人の肉体を撃ち抜くものの、それで彼が止まる事はない。
『てけり・り!!!!』
崩れ落ちた高架の上で怪人が叫ぶ。
『俺はここだ!』と力の限り叫ぶ。
サイ怪人の鼻の上の太い角は赤熱し、接近戦を目論んでいるのは誰の目にも明らか。
それはもはや挑発に近い。
身を隠す場所などどこにもない高架の上、己の武器である赤熱した角を見せつけペイルライダーを呼んでいるのだ。
『俺が怖いのか? 上から豆鉄砲撃ってても埒が明かんぞ』と。
いつしか天から降るビームの雨が止んでいた。
『ハアアアアアァァァァァ!!』
怒気を孕んだ声が天から轟く。
その声に僕は心臓をワシ掴みにされたように驚愕する。
そして雲が晴れた。
あれだけ重く深く立ち込めていた雲が一瞬で円形に押せ寄せられ、その縁には赤く輝く光の円環ができていたのだ。
エネルギー体の円環の中心にいたのは1体の人型。
『ペイルライダーァァァァァ! キィッッック!!!!』
その声は僕がよく知るもので。
その円環も、その技もまた僕がよく知るものだった。
ショゴス怪人化したサイ怪人の倒し方も僕が知るもの。
人型は飛び蹴りの姿勢を作ってエネルギーの輪に飛び込むとその斥力によって一気に加速してサイ怪人を跡形もなく粉砕する。
『……ペイルライダー』
ナイアルラトホテプに手を引かれて走るフュンフが呟く。
アレが敵だと、アレがペイルライダーだと。
でも……。
爆炎の中に見えるペイルライダーの姿は……。
確かに僕が知っているものとは違っている。
薄いハズの装甲は見るからに重厚。
ハゲワシの嘴のように長く伸びた両肩アーマーの先端付近にそれぞれ配置されているのは時空間エンジンか?
トレードマークの1つでもある骸骨を模した仮面はまるで鬼神か何かのように狂相へと変じていた。
何より黒かったハズの装甲色も重装甲化の過程で変質したのか“ペイル”ライダーの呼び名通りに青白く光りを反射している。
それでもそれは僕自身、デスサイズが変質した物であるのは間違いなかった。
感想欄読むと皆、ペイルライダーの正体が誠君でデスサイズだってのは分かっちゃったみたいね
\(^o^)/




