49-2
重く立ち込める黒雲を割って電のようにビームの雨は降り続き、爆発音と断末魔の叫びはオペラのクライマックスのように四方八方から途切れる事なく轟いていた。
高出力のビームは黄金色に輝く粒子の中で拡散し、あるいは不規則にジグザグと折れ曲がりながら降り注ぎ映像を安全な場所で見ている僕でもその軌道は予測する事ができない。
『……ウオオオオオォォォォォ!!!!』
でも、そのような地獄絵図の最中にあっても戦士たちは戦う事を諦めないのか喊声を上げて仲間たちと自分自身を鼓舞する。
爆発音もかき消さんとばかりにあげられた声はもはや獣の雄叫びと変わる事がなく、そして勇壮な戦意とは裏腹に虚しいものだった。
だが彼らはどれだけ不利な戦いであろうと、けして勝ち目の無い戦いであろうとも退く事ができないのだ。
彼らが諦めてしまえばこの地球、あるいは日本の全てがこの廃墟と化した街と同じくなってしまうと皆が理解しているのだろう。
視点の主であるD-コマンダーフュンフも喊声に勇気付けられたのか震える手で泥だらけのビームライフルのエネルギーパックを交換してクレーターの縁を上がって顔を出す。
『…………ッ!』
フュンフの声にならない声がスピーカーから流れた。
そこにいたのは無数のヒーローや自衛隊、そして怪人たち。
無数のビームが天から降り注ぐ中、対空火器を搭載したオフロード仕様のトラックが泥を跳ね上げながら前進し、ヒーローや怪人、ロボット戦闘員が共に駆けていくのだ。
地を舐めるように薙いでいくビームが特殊戦闘服やパワードスーツのヒーローを両断し、かつては敵同士であっただろう怪人がヒーローを突き飛ばして自分は墜落してきた戦闘機の破片に吹き飛ばされる。
「ペイルライダー」なる敵の圧倒的戦闘力を前にヒーローや自衛隊、怪人が力を合わせて戦っているという構図。
ヒーローの中には僕の知っている顔もあれば知らない顔もあった。
例えば先ほど怪人に突き飛ばされる事で九死に一生を得たのはジャスティス・マンティスさんだったし、そして今、アフターバーナーを吹かして急上昇していくV字編隊は防衛省の3Vチームだろう。
でも、そんな事よりも僕には先ほどから気になって仕方ない事があった。
ペイルライダーが自由自在に天を駆ける軌跡に見える青白い光条はARCANA製のイオン式ロケットエンジン特有のものであったし、ビームを乱反射させる黄金色の粒子もまた僕の見覚えのある物だったのだ。
それは大アルカナの1体である“恋人”が使う「恋人の鱗粉」と同種の兵器であるのは疑いようが無い。
でも……。
でもだ。
「恋人の鱗粉」の有効射程は精々が半径数十メートルといったところで、おまけに時空間エンジンに直結したビーム拡散粒子発生装置から黄金色の粒子を散布しなければいけないという都合上、“恋人”の時空間エンジンは非装甲の剥き出し状態だった。
しかも粒子の散布に出力の大半を取られてしまっているか“恋人”のビームサブマシンガンは連射能力こそ高いものの1発1発の威力自体はそう強力なものではなかった。
そのため「恋人の鱗粉」のビーム攻撃は体育座りの状態で全身を覆った僕のデスサイズマントを貫く事はできず、一直線に突っ込んでいった兄ちゃんも重装甲で耐えて一気に勝負を決める事ができたのだ。
しかしぺイルライダーが使う兵器は「恋人の鱗粉」と同種の物ではあるのだけれど効果範囲、ビームの威力ともに桁外れに強力な物だった。
敵はまさかARCANAなのか?
それも大アルカナ以上に強力な……。
かけがえのない犠牲を払いながらも壊滅させたハズのARCANAが復活したようで、僕はチリチリと胸を焼かれるような不安を感じ始めていた。
「あっ……」
そんな事を考えながらフュンフの映し出す映像を見ていたけど、不意に僕の口から声が零れる。
たった今、フュンフの視界の端で爆散したのは見間違えようもない。あのスティンガータイタンだったのだ。
上空の敵に向けて肩の砲から恐らくは対空用の炸裂弾でも発砲していたスティンガータイタン。
だが素早い動作を犠牲にして得たスティンガータイタンの装甲も天から降るビームには無力で、斜め上から貫通して抜けたビームは胴体内に搭載されていた砲弾に誘爆したのかあっけなく爆発四散してしまう。
『………ッ!』
フュンフが何かに気付いたのか身を隠していたクレーターから飛び出して走り出す。
向かうは先ほど爆散したスティンガータイタンの後方。
すでに予備のエネルギーパックも無いのかライフルもかなぐり捨てて駆ける。
やがて映像を見ている僕たちにもフュンフが何をしようとしているのか、どこを目指しているのか、彼女の目的が見えてくる。
なるほど、指揮官用とはいえフュンフも後先考えずに勢いで動くD-バスターのメンタリティを持っているという事か。
そこにいたのは1人の少年。
泥に塗れ頭から血を流して黒い大地に倒れていたのはスティンガータイタンの操者である神田君だった。
神田君は死んだように身動き1つする事はないけれど、フュンフは泥だらけの手を神田君の首筋に当てて脈があるのを確認すると大急ぎで肩からかけていた防水鞄を開けて手当を始める。
消毒液で側頭部の傷口を洗浄して大判の絆創膏を当てて伸縮性のネットを被せる。
それからどこか安全な場所はないかと辺りを見渡すものの、周囲は炎上するタイタンの破片や燃え盛るトラックがあるばかり、倒壊した建物に隠れるとしても20メートルは神田君を連れて走らなくてはならない。
他の物の手を借りようにも、いつの間にか先ほどまではあれほどいたヒーローや怪人たちの姿もいなくなっていた。
すでに先に行ってしまったのか、それともすでに皆揃って殺られてしまったのか。
自分1人で移動させる事にしたのかフュンフは神田君を抱きかかえようとする。
でもその時、どこからかフュン、フュンと何かが風を切り裂いてくる音が聞こえてきて、フュンフが辺りを見渡すと上空から1機の戦闘ヘリが真っ直ぐにフュンフと神田君がいる場所目掛けて墜落してくるのが見えたのだった。
フュンフは直撃する事はないと踏んだのか神田君を動かす事を諦め、ヘリの破片でこれ以上に怪我をする事がないよう彼の体に覆いかぶさる。
しかし、いくらD-バスターシリーズがアンドロイドとはいえ人間の女性と変わらない姿のフュンフが墜落したヘリの破片に耐えられるものだろうか?
当のフュンフが今こうやって僕たちに映像を見せているのも忘れて思わず僕は息を飲む。
目を閉じているのか部室の壁には何も映されなくなったが音声は変わらず続き、ヘリが地面に墜落する激突音に燃料が一気に爆発する音、飛散する破片が空気を切り裂いて迫ってくる音が聞こえてくる。
そして金属が硬い何かにぶつかる甲高い音に水音、そして鈍い音。
誰かの唾を飲み込む音が聞こえる。
それはスピーカーから聞こえてきたものか、それとも部室の誰かが立てた音だったのか。
フュンフには致命的な損傷は無かったのか、やがてゆっくりと目を開けて神田君に怪我が無いかを確認。
舐めるように視線は動いて神田君の無事を確認するとゆっくりと視線は背後へと動いていく。
「ふん! 世話が焼けるな!」
「諦めるにはまだ早いぞ!」
そこにいたのは2体の異形。
1体は見るからに鈍重そうな巨体に装甲を纏った改造人間。
胴も脚も首まで太く、そして両手は無く両腕の肘から先は肉厚の多銃身式のグレネードランチャーとなっている。
そして巨大で特徴的な頭部の鼻の上には太い角が1本。
その怪人は先週の金曜に僕が「子羊園」で戦ったサイ怪人だった。
そしてもう1体は人型の闇。
周囲に数えきれないほどに立ち上る炎や相変わらず周囲に降り続いているビームの閃光に照らされてなお一切の光を反射しない漆黒の闇が人の形を取っているモノ。
全身から数多の触手を出現させる外宇宙の存在。
邪神ナイアルラトホテプだ。
サイ怪人はフュンフと神田君に直撃するコースを取っていたヘリのローダーブレードを左腕の銃身で受け止め、ナイアルラトホテプはその無数の触手で小さな破片のことごとくを防いでいたのだ。
ここぞという時に駆け付けてくる男、ライノ・グレネード=サン!




