49-1
パラレル・ワールド。
それは世界の可能性。
あらゆる分岐点。
ifの歴史。
平行して存在する世界。
例えば今朝、僕は朝食にパンを食べてきたわけだけれど、白米を食べるという選択肢もあったわけで、そのような歴史上の分岐点の1つ1つから生まれるあり得たかもしれない世界。
それは炭酸飲料の泡のように無数に生まれ、それぞれ別の世界として存在している。
でも先にあげた例だと僕が朝に軽くパン食にしようがガッツリ白米を食べようがその後の変化はその日の御弁当の中身が少し変わるくらい。
精々、夕食まで変わるか、あるいは水曜日の買い出しの日の買い物の内容が変わるくらいだろう。
そのようなその後に変化を及ぼさないような世界は同じ結果を辿る世界とやがて収束して合流していくのだという。
一方で僕たちが住んでいる世界とはまるで異なる分岐へ至った世界。収束しようがない選択肢が選ばれてしまう事もあるだろう。
例えば超次元海賊ハドーの地球侵略が成功した世界。
宇宙テロリストによって地球が消滅させられてしまった世界。
あるいは復活したクトゥルーによって地球人類の文明が崩壊してしまった世界もあるだろう。
そのような世界は他の世界と平行して存在し続ける事となる。
それが平行世界なのだという。
“こちらの世界”では存在しないハズのD-コマンダーⅤが来た平行世界もまた「ペイルライダー」なる敵のせいで滅びかけているらしい。
フュンフの言葉を明智君が上手く補足してくれたのを僕なりに解釈してみるとそのような事なのだと思う。
「という事はその『ペイルライダー』がこの世界でも生まれるって警告に来たという事?」
「それが違うんだな。奴は“私がいた世界”から“こちらの世界”へと渡ってきたんだ。私はそれを告げに来た。あわよくばこっちで上手く奴を倒してくれないかとね」
ペイルライダーとやらが誕生する前にその要因を排除したり、あるいは生まれたての状態なら無力化するのも容易いかとも思ったけれど、そう世の中上手くはいかないようだ。
「ま、多分、“こっちの世界”のヒーローでも奴を倒すのは無理だろうけどさ、できれば少しでも時間を稼いでもらえば“私が来た世界”で反撃の用意ができるかもしれないじゃん?」
軽い調子で言ってのけるフュンフだったけど、その目はどこか諦めているようで投げやりなようにも思えた。
一方、いきなりこんな話を聞かされた僕たちはただ呆然とするばかりで理解するのがやっとというところ。
思い出したように室温と大して変わらないウーロン茶を1口飲んで考えてみる。
どんな手を使ったのかは知らないけど日本の人口が半分になるような影響を及ぼす事ができる敵がこの世界に来たって?
“世界を渡る能力”が戦闘力に直結するのかは分からないけど、そうでなくとも強大な戦闘力を持っているのは疑いようもない。
でも泊満さんは「世界にも日本にも人類にも文明にも脅威を及ぼさないだろう」と言う。
それは一体どういう意味なのだろう?
「そんなわけで、これから見てもらうのは“私の世界”であった事。そして、“こっちの世界”でこれからあるかもしれない事だよ……」
部室の窓に全てカーテンをかけ終わったフュンフは窓際に背中を預けたまま腕組みをして語る。
「……本当に彼らに見せても?」
「ああ。彼らなら大丈夫だろう。私の勘だがね!」
鉄子さんが泊満さんへと確認するが、それは極秘情報の保全というよりは別の何かに対する配慮が感じられ、僕はそれに何故か違和感を抱く。
「彼らにも無関係な話ではない。むしろ知らなければ危険に陥る可能性だってあるだろう?」
「そういう事なら……」
鉄子さんがフュンフへと無言で頷いて見せ、恭しくお辞儀して返したアンドロイドが再び顔をあげると彼女の双眸は眩く光りを発していた。
両目から発せられた光は部室の白い壁に当たって像を結ぶ。
どうやらD-コマンダーの両目はプロジェクターとしての機能を有しているらしい。
集光器官であるハズの目に真逆の投光機能を付けるとは相変わらず「UN-DEAD」のやる事は分からない。
今までシリアスな雰囲気で話が進んでいたのに、両目を見開いて発光させるD-コマンダーの姿だけで雰囲気ブチ壊しだよ!
フュンフがズボンのポケットから取り出したミニサイズのスピーカーのケーブルを手首のUSBポートに差し込むと音声が出てくる辺りもさらに滑稽に見える。
「宇宙じゃアンドロイドをAV機器にするのは当たり前なんですか?」とルックズ星人に聞いてみようかとも思ったけれど、チラリと見た彼はウンウンと感心したように頷いているのを見て止めておくことにした。
プロジェクターで何らかの映像を見せてくれると分かった時点で草加会長と三浦君が気を利かせて部室の出入り口に嵌められたガラスにカレンダーやテレビの埃避けに使っている布をかけて画鋲で止めてくれたがために部室の中は大分、暗くなっていた。
おかげでプロジェクターが苦手とする黒もハッキリと見え、しかもD-コマンダーは両目を使って3D映像を作っているがために臨場感はバツグン。
その映像は過去にD-コマンダーが実際にその目で見たものを再現したものであるのか1人称視点のもので、彼女は走っているのか映像は上下に揺れていた。
そして目まぐるしく上下左右へ視線を移して状況を確認している。
『ハァ……、ハァ……、ハァ……、ハァ……!』
スピーカーから流れてくる音声にもフュンフ自身の息遣いがしっかりと収められている。
一体、走っているだけでアンドロイドがこうも息切れするものだろうかとも思うけど、もしかしたらそれは運動によってではなく心的なストレスによるものかもしれない。
そこは黒い雲が立ち込める屋外だった。
まるで核爆弾の直撃でももらったかのような廃墟と化したビル群はどこの街かは判別不能。
その倒壊したビル群の所々では赤く燃える炎が黒い煙を天へと巻き上げ、黒い雲は低く立ち込めて陽の差し込む隙間すらなく辺りはまるで真夜中のようだった。
その暗闇を払うかのように地上のあちこちからは色とりどりの対空砲火が上がるもののブ厚い黒雲を払う事は叶わない。
重機関銃に機関砲。エキシマ・レーザーにプラズマ・ビーム。あるいはロケット砲や対空ミサイル。
ありとあらゆる対空兵器が“敵”目掛けて放たれるものの、有効打を与える事はできないのか黒い雲の中を時折、青白い光芒が流れていく。
その軌跡は物理法則を無視したかのように自由自在に軌道を変えて対空砲火の照準を付けさせない。
視点の主であるD-コマンダーも直径3メートルほどのクレーターのような大穴に飛び込んで手にしていた小銃の上部に取り付けられていた弾倉のようなパックを外して同型の新しいパックを装着して空に向けて発射する。
それは実体弾を発射する物ではなくビームライフルの一種であるのか大気中を舞い飛ぶ塵を焼きながら赤い光線が断続的に天へと伸びるものの、アンドロイドであるD-コマンダーの能力をもってしても“敵”に狙いを付けるのは難しいらしく半ば乱射気味にエネルギーパックを撃ち尽くし、先ほどと同じようにパックを外して捨てた所で視点の主はある事に気付く。
それは粉雪のように見えた。
周囲の燃え盛る炎を受けて赤く輝く粉雪。
廃墟の街へ赤い粉雪のような粒子状の何かが舞い降りていたのだ。
でも、その赤い粉雪は見た目とは裏腹、そんな穏やかな物ではないらしい。
戦場にはあまりにも不釣り合いの光景にD-コマンダーは呆けたようにしばらく空から降る物を眺めていた。
だがハッと何かに気付いたようにクレーターの縁を駆けあがって周囲に向けて叫ぶ。
『隠れろォォォ! さもなきゃ伏せろォォォォォ!!』
その叫びは誰に向けてというものではない。
あらん限りの声を張り上げて叫ぶ様子は今ここで映像として観ている僕たちの胸を打ち、これから起こる“何か”が破滅的な何かであると予想させる。
やがてD-コマンダーは振り返りダイブするように再びクレーターへと飛び込む。
その瞬間の事だった。
上空から無数の細長いビームが放たれ、しかも空から舞い降りる粉雪のような粒子によってビームは乱反射して周囲一面を焼いていた。
クレーターに飛び込む瞬間のD-コマンダーの目に映ったのは舐めるように地上を焼いていくビームと数えきれないほどの爆発によって真昼間のように明るく照らされた廃墟の姿。
『…………終末の騎士、ペイルライダー……』
振り絞るように呟くD-コマンダーの泥と煤に汚れた手と彼女が感じた恐怖を物語るように震える視界。
それは僕が持っていたD-バスターのイメージからはかけ離れたもので、いつも陽気でノリと勢いで世の中を突っ切っていくD-バスターの精神をここまで追い込むペイルライダーとやらに思わず僕は唾を飲み込んだ。
昨日は誕生日でした。
でも歳を取ると誕生日がどうでもよくなるってホントですね。
気付いた時には日付が変わる寸前でした。




