48-4
草加会長が「バンドやろうぜ!」と言い出した時には皆、引き気味だったもののしばらく話をしていると徐々に前向きになっていた。
「デブゴンがギターやんなら、アタシがドラムやったろ~か?」
「わ、私、楽器とかできないからボーカルを……」
「お! 言うねぇ~!」
「いやいや、お前ら、先にどんな曲をやりたいか決めないと必要なパートも分からないだろう?」
明智君も妙に前向きだし、天童さんのドラムとか勢いでドカドカ叩きまくって収集がつかなくなりそう。
ていうか真愛さん。
さすがは元最強のヒーローとか呼ばれているだけあって、楽器ができないからという理由で一番目立つボーカルに立候補するとは中々の胆力だと思う。
ただ僕もボーカルが真愛さんというのは反対ではない。
前に皆でカラオケに行った時に一度聞いただけだけど真愛さんの歌声は伸びやかで透き通っていて、それでいて聞いている僕の胸の中が温かくなるような、そんな歌声だった。
まぁ、真愛さんの歌だからという贔屓目もあるのだろうけど、それでもできるだけ客観的に考えてみても真愛さんの歌は上手いのだと思う。
歌が上手いのとバンドのボーカルに向いているのかはさておいて。
やがて話題は「どんな曲をやろうか?」とか「何曲くらい用意しとけばいいのか?」なんて話になっていき、「夏休みに合宿でもしようか?」という話に進んでいく。
「いいね、いいね! 私も合宿とか憧れてたんだよね~! でもヒロ研じゃ合宿するような用事も無いしさ~!」
「合宿ならさ、海とか行かね?」
「旅館や民宿じゃ音出しはできないで御座ろうし、練習場所も考えると早速、探さないと間に合わないで御座るな!」
ただ僕だけは盛り上がる皆をよそに話に加われないでいた。
何も具体的な事は決まっていないのにと冷めていたわけでもなく、楽器ができないからと疎外感を味わっていたわけでもない。
新しい事を始めるのに前向きな皆の事は好ましいと思えていたし、楽器ができないのは三浦君以外の皆も同じ、むしろ改造人間である僕なら他の皆よりもはるかに容易に楽器の演奏を覚える事ができるだろう。
それでも僕は2学期の中頃にある文化祭の事を考える事ができなかった。
「そういえば誠君は?」
「え?」
「誠君はやってみたいパートとかはない?」
「え、えと。……後ろの方でコーラスとかは?」
そりゃあ、できれば僕も皆と一緒にバンドがやれるのならばやってみたい。
真愛さんと並んで何かができるのならバンドでなくとも何だっていい。
でも。
でも僕はその時まで生きているのか分からないのだ。
『貴方はこのまま羽沢真愛の近くにいると、彼女のために死ぬことになりますよ?』
『あの小娘、死神に憑かれてるぞ?』
ロキとシュブ=ニグラスの言葉が何度も繰り返し僕の頭の中を駆け巡る。
ようするに真愛さんの前にやがて現れる“死神”とやらに僕は殺されるのだろう。
僕は“死神”と戦って真愛さんを守れるのならば死んでも構わない。
ただ皆と一緒に文化祭に出れないのは残念だ。
ロキもシュブ=ニグラスも僕の死期や“死神”がいつ現れるかなんて事は一言も言わなかった。
でも僕はその日が訪れるのはそう遠くはないだろうと漠然とながら感じていたのだ。
ロキという神はどうしようもないクソ野郎であるのは間違いないのだけれど、彼は彼で自分のルールに従っているようでロキが「僕に対するお礼」として言った言葉には嘘が無いように思えたし、シュブ=ニグラスもしょ~もない奴なのは否定しようがないけどアイツが真愛さんに死神が憑いているという言葉を言った時に纏っていた雰囲気はアイツが紛れも無い“神性”の存在である事を証明しているように思えた。
そして昨日、公園で出会ったナイアルラトホテプがシュブ=ニグラスの事を「親戚」と言っていた事からも奴が神であるのは間違いないだろう。
起源も異なる2柱の神から僕に下された予言は僕の心に真実として重くのしかかっていたのだ。
「駄目駄目! 誠君はもっと目立つポジションじゃないと!」
「なんならマコっちゃん、変身して楽器演奏してみたら?」
「天童、それだとどんな曲でもデスメタルみたいな雰囲気になっちまうぞ?」
「いいじゃん? んっん~、……ンボボボボボォォォ!!」
天童さんが咳払いしてから立ち上がりハンドサインを作りながらうがい声を披露すると皆も手を叩いて沸き立つ。
「まあ、でも石動君がイメージアップ目指してるんなら悪い事じゃないと思うんだけどな~!」
「人前に立つのが恥ずかしいのなら私と一緒にツインボーカルにする?」
「え、えと……」
草加会長がバンドをやろうと言い出したのには僕のイメージアップ作戦のためという理由もあるようで無碍にはしたくない。
ていうか真愛さんと一緒にボーカル?
めっちゃやりたい!
一緒のパートってことは2人で練習したりするんでしょ?
亮太君という弟がいるせいか面倒見が良い真愛さんが笑顔でニッコリ「一緒にやりましょう?」と誘ってくるとつい僕も「やるやる~!」と2つ返事で乗ってしまいそうになる。
いつ自分がいなくなってもいいように地味なバックコーラスとか言い出したのにだ。
ツインボーカルが真愛さん1人になってもそんなに問題は無いんじゃないかと自分の中の弱さと戦いながら何と返すか悩んでいるとそこでいきなり部室のドアが勢いよく開け放たれ、バシン! という大きな音を立てた。
「見つけたぞ!」
「あえ? と、泊満さん?」
部室に入ってきたのはツナギ服を着た痩せ細った老人。
短く刈り込まれた白髪は光を反射して銀髪とも言っていいほどの輝きを放っているこの老人、その骨と皮ばかりの痩せた姿からは想像もできないけれど現役で、しかも“超”がつく1流ヒーローなのだ。
「お、お久しぶりです。泊満さん」
「ああ、真愛ちゃん。綺麗になったね」
僕は先週「風魔軍団」のアジトを攻略する時に初めて泊満さんに会ったのだけれど真愛さんは以前から彼の事を知っていたようで挨拶すると、泊満さんも柔和な笑顔と優雅さすら感じさせる会釈を返す。
それどころか自然な様子で「綺麗になったね」などと返すあたり彼も若かった頃にはさぞや色男として名を馳せていたのだろうと思わせるものがあった。
「え、えと、今日はどのようなご用件で?」
「それはだね……。D子君ッ!!」
「イ゛ッ~!!」
「イ゛ッ~!!」
「てけり・り!」
「てけり・り!」
泊満さんが思わせぶりに顔の横で指をパチン! と鳴らすと4体のD-バスターが部室に雪崩れ込んでくる。
2体は「これが悪党の作法だ! 文句あっか!」とばかりに奇声を上げ、2体は目は虚ろながら動作は機敏、首筋にあの黒い粘液質が纏わりついて小鳥が囀るような甲高い声を出していた。
「ふぁっ!? な、何事!?」
いきなりの闖入者に驚いて立ち上がる僕だったけれど、目の前のD-バスターたちに注意がいってしまったせいで背後がおろそかになってしまった事は否めない。
そして金曜日に臨海エリアで4体のD-バスターを確認した時には黒い粘液質に寄生されたのが3体、寄生されていないのが1体であったという事もつい失念してしまっていた。
「て! け! り!!」
「え? え!? ええっ!!」
部室を掃除した時に開け放ったままだったガラス窓から1体の粘液質に寄生されたD-バスターが飛び込んできていて、気がついた時には手首から伸びた極細のワイヤーによって僕の体はグルグル巻きにされてしまっていたのだ。
「パイセン、確保ォ~!!」
「ふむ、島田君ほどではないが私の指揮能力もまだまだ捨てたわけではないな!」
「ちょっ!? 泊満さん! 何を!?」
「すまんが非常事態だ。鉄子君から聞いてはいないかね?」
「えっ?」
鉄子さん?
そういえば5時限目が終わった後に電話がかかってきてたけど……。
「電話がありましたけど、今日、同好会があるって言ったら『大丈夫です』っていきなり切られましたけど?」
「パイセンさ~、鉄子ちゃんはロクに学校なんか行ってないんだから学生生活にコンプレックスあるんだぜ~!」
「最終学歴ヒトラー・ユーゲントだぞ! 小学校すら行ってないんだぞ!」
……なんでD-バスターたちはそんな事を誇らしげに言えるのだろう。
てか、こんな奴らに不意をつかれたとはいえ身動き取れなくされてしまった自分が情けない。
「本当に悪いとは思うがね。スマンが君の耳にも入れておくべき話なのだ」
「それは分かりましたけど、なんで僕は縛られてるんですかね?」
「ふむ。……ノリで?」
うっそだろ、オイ!?
この爺、ノリで人の事をアンドロイド使って捕縛したっていうのか!
助け船を求めて周囲を見渡してみるも真愛さんは困ったような顔で「アハハ……」と力無く笑っているし、明智君は眼鏡を押さえてため息をついている。
三浦君に草加会長は泊満さんの事を好奇の眼差しで見ているし、天童さんは面白そうな事が起こったと目を輝かせている。
D-バスターたちに至っては僕に一杯食わせた事で有頂天となってスキップを踏んで寄生された連中と踊っていた。
「……で、その非常事態というのは?」
「敵だ」
「ま~た地球の危機ですか?」
「いや」
草加会長が差し出したパイプ椅子に座りながら泊満さんは端的に僕の質問に答えていく。
「それじゃあ日本の、あるいは人類の危機とか?」
「いや、そのどちらも違うのだろう。もっと狭い範囲の脅威だ」
「どういう事ですか?」
この手の極細ワイヤーは下手な刃物なんかよりもよっぽど切れ味が良い事を知っている僕は諦め半分にせめてワイシャツが傷つかないようにそのまま泊満さんの話を聞く。
老人の表情は飄々としているようで目には強い意思が感じられる鋭さがあり、けして彼が酔狂でこのような事をしているのではないという事を物語っているように思えた。
……そうとでも思わないとやってられないというのもあるけれど。
「その敵は恐らく世界にも日本にも人類にも文明にも脅威を及ぼさないだろう。……だが明確な敵だ。それも私では勝てないような」
「それは!?」
「その説明のために証人を呼ぼう……」
また泊満さんがパチリと指を鳴らすと新たに3人が姿を現して部室の中へと入ってくる。
粘液質の生物に寄生されていないD-バスターが1体、青紫のカエルのような皮膚を持つのっぺらぼうのような異星人。そしてペコペコ頭を下げながら入室してきたのは鉄子さんだった。
鉄子ちゃんはついでにいうと免許とか資格も一切持ってないです。




