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放課後、僕たちがヒロ研の部室に行くとまだ集合をかけた草加会長は来ていなかったので軽く掃除をしながら会長を待つ事にした。
とはいえ僕や真愛さん、天童さんに明智君は久しぶりなのだけれど、三浦君と会長はちょいちょい部室を使ってヒーロー物のDVDや雑誌を見ているようでその時に掃除もしているのか綺麗なものだ。
掃除をするのは気持ち的なものだろう。
「ねえ誠君。ゼス先生の例の画像データ、私にもくれないかしら?」
「え、真愛さんも?」
長机の上を拭いていた布巾を広げ、ほとんど汚れが付いていない事を確認していると床を箒で掃いていた真愛さんが声をかけてきた。
「ええ、夏に向けてダイエットでもしようかなって……」
「ええ~、必要ないと思うけどな~!」
「ありがと、お世辞が上手いわね。でも夏になったら海とかプールとか行きたいでしょ?」
真愛さんはお世辞というけれど僕はそんなつもりは毛頭無い。
以前に聞いた話では魔法を使うのに脳を酷使するらしく、そのため魔法少女たちは脳の唯一のエネルギー源であるブドウ糖を補給するためにラムネ菓子が手放せないのだという。
ラムネ菓子以外にも魔法少女に変身した後は炭水化物や甘味が美味しいそうで、真愛さんは引退した後もその感覚を引きづったまま食欲が落ちないせいで太ってしまったという。
でも僕の感覚からすれば真愛さんはけして太ってなどはいない。
それは肉感的とか豊満という言葉で言い表す事ができるくらいのもので、かえって彼女を魅力的にしているようにさえ思えるのだ。
ただ僕も真愛さんとプールや海には行きたいわけで、彼女が行き難いというのならダイエットを強く止める事もできない。
「だからゼス先生みたいにメリハリのある体をめざしてね」
「あ~、外国のモデルさんみたいだものねぇ」
「でしょう? 女の人でも憧れるわよ」
真愛さんの言いたい事も分からないではないのだけれど、ゼス先生の“悪の女幹部”的な恰好良さよりも真愛さんの優しい人柄を現しているかのような柔らかくて暖かそうな体の方が僕の好みだ。
でも、仮に真愛さんがスラッとしたスタイルの持ち主だったとしても僕は彼女の事を好きになったと思う。
スタイルがどうだから真愛さんの事を好きになったわけではなく、僕はあの日、優しい言葉をかけてくれた彼女を好きになったのだから。
掃除をしている内に草加会長も部室に到着し、僕たちと一緒に掃除を始める。
そして掃除を終えた後、部室に用意されていたパイプ椅子に皆を座らせて会長は切り出した。
「さて、今日、皆に集まってもらったのは文化祭の事なんだけど……」
「文化祭って2学期ですよね?」
入会した時に聞いていた話ではヒロ研では例年、イラストや模型、ジオラマなんかを制作してそれを展示しているそうだ。
部室には昨年までの展示物の内、卒業生が持って帰らなかった展示物が段ボールに入っていて新入生がイメージを掴む役に立っている。
「せっかくの文化祭だし、例年以上の集客を目指して今年はいつものに加えて新しい事をやろうと思うの」
草加会長は立ったまま握り拳を作って僕たちに向かって熱弁を振るう。
「新しい事って……」
「じゃあさ、せっかくマコっちゃんがいるんだし『君も文化祭でデスサイズと握手!』とかやる?」
「いやぁ、それ、大H川中の一部の子しか集客できないと思うんだけど……」
「う、ウチの亮太とか神田君とかも来てくれると思うわよ? あと咲良ちゃんたちとか……」
「ほ、ほら、災害対策室の人たちに教えとけば来てくれるんじゃないか? 公務員って付き合いいいし……」
真愛さんはフォローを入れてくれるけど、いい加減、僕も世間様の自分の評価というのはそういうものだと分かってきている。
山本組長にお願いして大H川中からヤクザガールズの子たちでも呼んだほうがよほど集客できそうなもので、むしろ僕を前面に出してはかえって客足が遠のくのではないかと思うほどだ。
明智君は市の災害対策室の人を呼ぼうというけれど、せっかくの休日に駆り出される公務員の人たちが可哀そうなのでそれは是非やめていただきたい。
「ところで、いきなり『新しい事をやろう』だなんてどうしたで御座るか?」
「うっ……」
三浦君が草加会長の真意を問いただすと会長は少しだけ目を泳がせた後で理由を聞かせてくれた。
「いやぁ~、実は今日、こんな事があってさ。ぽわぽわぽわ~」
「めっちゃ回想シーンに入りそうな音!?」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「雅美ちゃん、そういや今年は文化祭、一緒に見て回れるね!」
「いやぁ、私、今年は会長だし、他の会員は1年生の今年入学した子ばかりだし、1年生たちに今年くらいは文化祭を楽しませてあげたいし……」
「えっ? だってその1年生の会員にデスサイズがいるんでしょ? いつもよりお客さんが少ないと思うわよ?」
「え……」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
……やっぱり僕のせいか。
僕も入学して2ヶ月。クラスメイトとは普通に馴染んでるし、体育なんかで隣のクラスと合同の授業もあるので学年内では僕は怖がられたりという事はない。それに体育祭で知り合った運動部の先輩なんかとは普通に話もするし、僕がグラウンドを見ている事に気付けば手も振ってくれる。
ただ、逆にいうとそれ以外の2年生や3年生とは付き合いが無いわけで今でもたまに奇異の目で見られているのは感じていた。
それで草加会長は例年以上の集客を見込める何かをやろうというのだ。
「……で、何か良い案でもあるで御座るか?」
「おっ、よくぞ聞いてくれました!」
会長はすでに腹案を用意していたのか、コホンと咳払いをしたあとで皆を鼓舞するように拳を振り上げる。
「バンドやろうぜ!!」
「……はっ?」
なんでヒーロー同好会でバンドをやるというのだろう?
しかもウチの学校にはすでに軽音楽同好会もあるのに。
「あっ! みんな、さては音楽の力を知らないな!?」
「……ええと」
僕が皆の顔を見渡してみても会長以外はそろって微妙な顔をしていた。
それが逆に会長に火をつけたようで力説を続ける。
「音楽の力は凄いわよ? 音楽フェスでドシャ降りの雨が降っても客は帰らないでしょ? 仮に、仮にだよ? 先週、界隈を賑わしてくれた大怪獣クトゥルーとその前に話題になった宇宙大怪獣ミナミ=サンが東京で戦っていたとしよう。その足元で超人気バンドがゲリラライブをやったとしたらどうなると思う? きっとファンが詰めかけるでしょうね。怪獣が戦っている足元だとしてもね!」
いやぁ、それはどうだろう?
そこまでくるとファンというか、ファナティックというか……。
ていうか、何?
ミナミさん、最近じゃ「宇宙大怪獣ミナミ=サン」とか言われてんの?
きっと会長には三浦君経由で中途半端な情報が伝わったんじゃないかと思う。
大怪獣というくらいだから多分、草加会長が言っているのは宇宙巡洋艦の撃沈ミッションの時に巨大化したミナミさんの事だと思うのだけれど、そのミナミさんもクトゥルーも揃って80m超のサイズがあるわけで、両者が戦ったらバンドの演奏どころじゃないのは間違いない。
「どう? 良い案でしょ?」
「ところで会長はどんな楽器ができるんですか?」
「…………」
「なんでそっぽを向いちゃうの!?」
さては楽器とかからっきしできないってクチだな!?
そらぁ今から練習始めないと間に合わないわ。
「拙者はエレキギターならできるで御座るが……」
「ええ? 三浦っちには体形的にドラムを頼もうと思ってたのに!?」
しれっと失礼な事をぬかす会長さんだったけれど、三浦君の他にバンドに使えそうな楽器が演奏できる人はヒロ研にはいないようだった。
「カスタネットとかタンバリンなら……」
「アタシ、木魚!」
「俺は木琴とか鉄琴ならいくらか……」
「なんで揃いも揃って打楽器なの!?」
バンドというからには最低でも三浦君のギターの他にベースとドラム。
曲によってはキーボードやDJなんかも必要だろう。
付け焼刃のバンドならボーカルには楽器を割り振らないほうがいいと思うのだけれど、我らがヒロ研はそれ以前の問題。
ちなみに私は楽器とかは一切できません。
その癖、ヘッドホンとかヘッドホンアンプとかにはお金かけちゃうタイプです。




