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週が明けて月曜日。
先週の金曜が突然、休校になったせいでできなかった中間テストの残りが午前中の1~3限目に行われ、4限目からは通常の時間割となる。
その辺は僕以外の皆はさすがH市民というべきか慣れたもので、先生たちも上手く遅れを取り戻そうとしているようだった。
そして昼休みが終わり5限目は現社のテストが帰ってきて解説が行われ、続く6限目に僕は昼休みに三浦君から借りた新聞を見ていた。
本当なら授業中に関係もない新聞を読むだなんて褒められた事ではないのだろうけど、英語担当のゼス先生は授業時間が始まってから教室に入ってくるなり採点の終わったテストを配り、その後、黒板で大きく「自習」と書いてから椅子にドッカリと座り体を教卓に突っ伏してしまったのだ。
本来ならこの問題は動詞やら助詞がああだこうだ、未然形だの現在進行だからどうだのといったテストの各問の解説が行われる所だろうけど、ゼス先生はそんな気分ではなさそうだ。
僕たち生徒側も英語という外国とはいえ地球の言語を異星人であるゼス先生に聞くのも躊躇われ、めいめいに自習時間を過ごす事になる。
もちろんゼス先生は普段はそんな教師ではない。
良く言われる「頭の良い人は他人に教えるのも上手い」という言葉を体現するかのように気の良き届いた授業は皆に好評だし、分からない事や疑問点なんかを気兼ねせずに聞く事ができるような気さくな人柄の持ち主なのだ。
そのゼス先生がテスト明けの解説もする事なく机に突っ伏して生徒たちを自習させるだなんてよほどの事があったのだろうと僕は三浦君から借りた新聞を読む事にした。
≪絆で魂を鎧え! デモンライザー サクラ!!≫
≪H市臨海エリア突入前の「鷹の目の女王」 ※写真は「UN-DEAD」から接収した戦闘装甲車輛上の「鷹の目の女王」≫
≪怪奇!? ルルイエ上空に現れたデスサイズの謎!!≫
三浦君がわざわざ学校にまで持ってくるだけあって今日の新聞も先週金曜の事件の話題でいっぱい。
むしろ情報の整理がなされた事で事件直後の新聞よりも読み応えのあるものになっているといってもいいくらいだ。
ただ僕の事を書いている記事だけちょっと雰囲気が違うのはいかがなものだろう?
いや、僕の扱いはそんなモンだってのはさすがに自覚してるけどさ、咲良ちゃんの記事にはキャッチコピーみたいな煽り文句付きでニューヒーローの誕生をインタビューを交えた形で書いているし、前回の「ハドー総攻撃」で頭角を現した西住さんの記事に添えられている写真はハドー獣人を従えた西住さんという頼もしさすら感じるものだったので余計に僕の記事との落差が気になってくる。
ていうか消防署で撮られたのであろう西住さんの写真の隅っこにD-バスターの奴がダブルピースで写っているのにはちょっとイラッとした。
不思議だったのが事件の首謀者であるナイアルラトホテプの事がどこにも触れられていなかった事。
事件の処理なんて興味ないけど、もしかするとナイアルラトホテプは咲良ちゃんの軍門に降ったということで今後の戦力として期待の意味も込めて一般には公表されないのかもしれない。
僕は英語のテストが100点だったのでこうして新聞を読んでいられるのだけど、クラスメイトの皆は自習の時間を使って間違えた問題の正解を調べたり、近くの仲の良い人と正解を教え合ったりしている。
隣の天道さんも最初こそ皆と同じように誤答した箇所を赤ペンで訂正していたのだけれど、自習が始まって15分が経った頃にはもう飽きてきたのかペン回しをしていた。
「せんせぇ~! 今日はどうしたのさ! 二日酔い?」
でもペン回しなんかで残りの授業時間を潰す事もできないと気付いたのか、天童さんは手を上げてゼス先生に声をかけた。
クラスの皆ももしかしたら人に言えないような事情でもあるのでは、と誰も聞けずにいた事を気兼ねなく聞きにいく度胸はある意味で見習うべきなのかもしれない。
……まぁ、僕としては遠慮しておきたいけど。
対するゼス先生は教室中に響き渡った天童さんの声も聞こえなかったというのか、それとも無視するつもりなのか机に突っ伏したまま。
いや、天童さんが声をかけてから結構な間を置いてからゼス先生は顔を上げる。
「…………聞いてくれる?」
「お、おう! なんでもアタシに話してみ?」
教卓の上に顎を乗せたままのゼス先生に深く沈み込んだ目に天堂さんは一瞬だけたじろいだものの、やはり興味が勝ったのかどんな話が出てくるのか予想もできていないであろうに安請け合いして話を促す。
「……先週の金曜の事件の事なんだけど」
「ん? なんかあったの?」
「私、臨海エリアのマンションに住んでるんだけどさ、ほら、前に言ったでしょ? 私の母星って塩が不足しているとこだから塩水の近くに住んでると凄く安心するのよ……」
「ほうほう……」
ゼス先生の故郷、フィジョーバというところは惑星上に住む事ができなくなって母星近くの宇宙空間に浮かぶスペースコロニーに住んでいるそうな。
そのせいか塩が慢性的に不足しており、ゼス先生が地球に来た理由も塩を求めての事だったのだ。
「で、出勤前に事件が起きてね。ナイトゴーントとか怪人とかが攻め寄せてきて、私も戦闘服に着替えてご近所さんの避難とかを手伝ってたのよ……」
「へぇ~! 凄いじゃん!」
「ありがと……」
臨海エリアでは負傷者こそ出したものの奇跡的にも死者はいなかったという報道は僕も聞いていた。
ゼス先生は故郷の窮地を救ってくれた地球に恩があると言っていたけれど、今回は先生の働きのおかげで犠牲者が出なかったのかもしれない。
「…………」
「うん? で、どうしたの? 今の話じゃ先生が凹んでる理由が分かんないけど……」
「……実際に見てもらった方が速いかしらね」
天童さんに促されてゼス先生は立ち上がり、左手の腕時計のような金属製リストバンドを撫でるように操作してから教室に据え付けられているテレビの電源を付ける。
「……うっわぁ。……なんでこうなってんの?」
天童さんだけではなくテレビ画面を見ていたクラスメイト全員がどよめいた。
テレビを見ていなかった者も周囲のどよめきに顔を上げてテレビ画面に映し出されていたものを目にして遅れて声をあげる。
テレビ画面に映し出されていたもの。
それは金曜日にゼス先生が地球人から受けた心無い仕打ちである。
先生の1人称視点であるのか先生自身の姿は映っていない。
でも先生の困惑した様子を示すように視界は左右へ目まぐるしく動いて周囲の状況を僕らへと教えてくれる。
そこに映っていたのは20人近い老人たち。
それもただの老人ではない。
旧陸軍の軍服に身を包んだお爺ちゃんたちが視界の主に対して銃剣の取り付けられた小銃を付きつけ、老人たちの後ろに控える九七式中戦車の2丁の機関銃の銃口もゼス先生へと向けられていた。
「……酷い」
「えっ、何、どういう事?」
「もしかして宇宙人差別?」
「先生は避難に協力していたんでしょ!?」
クラスメイトは口々に老人たちの所業に非難の声をあげ、感受性の強い子なんかはゼス先生が受けた仕打ちに涙目にさえなっている。
「皆、ありがとう! 皆のためにも落ち込んでるのは今日だけにするわね!」
「負けないで、先生!」
「頑張れ~!」
皆の励ましの声にゼス先生は力を取り戻したように笑みを作って、ガッツポーズをクラスの皆に見せた。
その目には強い意思の光が灯り、教え子たちの声で教師がファイトを燃やすという光景は安い学園ドラマのようで感動的にすら思える。
でも、僕には1つだけ気になる事があった。
「……先生、1つ聞いていい?」
「なあに、石動君?」
「先生が着替えた戦闘服って……」
「うん? 石動君も知っているでしょ?」
……やっぱり。
僕は電脳内のアーカイブを検索して昨年9月のデータを解凍してゼス先生が僕と兄ちゃんの前に現れた時の画像を呼び出す。
無線通信で教室のテレビをハッキングして呼び出した画像を表示する。
「皆~! ゼス先生の戦闘服ってこれだよ?」
「あっ……」
教室の皆が言葉を失う。
僕がテレビに表示させた去年のゼス先生の姿は「絶望のゼス」を名乗り僕と兄ちゃんを「病院送りにしてやる」と言っていた頃のもの。
金属の補強入りの赤いロングブーツに同じく赤いロングコート。ロングコートの両肩にはそれぞれ1基ずつバリア・フィールド発生装置だというクリスタル状の機械が取り付けられている。
頭部には情報機器らしきヘッドセットを取りつけ、おそらくは先にクラスの皆が見せられた映像もこのヘッドセットに内蔵されているカメラによって撮影されたものだろう。
ここまでは問題はない。
でも、残りが問題だった。
「絶望のゼス」がロングコートの下に着ていたのは水着と大して変わらないもの、一昔前のファンタジー物の女性戦士が着ているようなビキニアーマーそのものなのだ。
「ぶぁっはっは!! うっそだろオイ! 今時、こんなエッグいハイレグ、グラビアアイドルだって履かねぇ~って!!」
天童さんが声をあげて笑う。
ほぼ全ての男子は顔を赤らめてテレビから顔を逸らす。
女子の一部、潔癖な子なんかは涙目になっている。
ようするにゼス先生が大勢の老人に銃を突きつけられているのは不審者に間違われたからなのだろう。
旧軍経験者ともあれば老人たちの年齢は100歳前後といったところだろうか?
その年代の高齢者たちの目にはゼス先生の恰好は随分と破廉恥な物に映ったのだろう。
ていうかまるっきり「悪の女幹部」といったいでたちだし。
「え? あれ? 一瞬でアウェー? こ、この格好にも意味はあるのよ? 石動君とお兄さんの攻撃はバリアとか意味無いし、装甲なんか役に立たないし、避けなきゃいけないって皆は知ってる? この格好は軽量化と股関節の動きを僅かでも阻害しないように……」
ゼス先生が早口でまくし立てるようにご自慢の戦闘服の利便性について語るけど、もはやヒーローオタの三浦君以外の誰一人とて真面目に話を聞くものはいなかった。
今年はありがとうございました。
皆さまの新年が良きものである事をお祈りします。
それでは来年もよろしくお願いします。




