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山羊女ことシュブ=ニグラスの人間態の少女はバスがZIONショッピングモールに到着するや否や真愛さんの手を引いてモール内部へと駆けていく。
モサモサの髪を躍らせてもう1秒たりとて待てないといった様子のシュブ=ニグラスに真愛さんは気圧されながらも持ち前の面倒見の良さからか、困り顔をしつつも手を引かれるがままにしていた。
「……いや、僕は何しに連れてこられたんだ?」
山羊女には前もってバスの中で「女同士で買い物に行くから付いてくんなよ?」と言われていた。
でも、そもそも「ジャ〇コに行くぞ!」と僕を誘ったのは山羊女の方なのだ。
そりゃあ真愛さんの身に迫る危機とやらがシュブ=ニグラスの事かもしれない以上は僕は付いていくに決まっているのだけれど、それでも「付いてくるな」と面と向かって言われてしまえばさすがにイラッとする。
かといって「付いてくるな」と言われているのに無理に付いていくのもどうかと思う。
なにせ山羊女はこれから下着を買いに行くというのだから。
真愛さんの目もあるのに僕が女性用の下着売り場にいたら目のやり場に困りそうだ。
ていうか山羊女の奴、下着なんか100均のパンツでも履いてろ、と思ってしまうのは僕が毒づいているせいかな?
なにせシュブ=ニグラスの本性は黒い山羊、それもマンモスやティラノサウルス以上の巨体を誇るのだ。
そのシュブ=ニグラスがなんで人間の姿を取っているのかというと、これはバスの中で聞いた話なのだけれどシュブ=ニグラスの「彼ピッピ」の1人(1柱?)が前に地球人の女性に浮気した事があったらしくて、「そういうのが好きなら……」と人間の姿を取れるようにしたらしい。
なんというか、シュブ=ニグラスという女は自分は何人も彼ピッピがいるらしいのに、その彼氏に他の女ができるのは許せないという控え目に言って酷い性格の持ち主のようだ。
そんな話をバスの中で延々と聞かされていた僕はショッピングモールに着いたばかりだというのになんか疲れちゃって1人でベンチに座って自販機で買ったオレンジジュースを飲む事にした。
スマホのバイブレーション機能がオンになっているのを確認して缶飲料の栓を開ける。
振動機能があるならば店内のBGMに紛れて着信を聞き逃すという事もないだろう。
「……やっぱり僕は荷物持ちかなぁ?」
昨日の今日という事もあり、モールの中の人は前回、真愛さんと一緒に映画を観にきた時よりも気持ち少ないような気がする。
それでもモール内にいるお客さんたちは楽しそうに買い物を楽しんでいるのはさすがとH市民というしかない。あるいは感覚が麻痺しているのかもしれないけれど。
僕はまだ家族が生きていた頃、キチガイ共に両親を殺されて兄ちゃんと僕の体が弄り回される前の事を思い出していた。
僕が生まれ育った岩手県M市にもZIONショッピングモールがあって、休日にはたまに家族で買い物に来たものだった。
兄ちゃんも大学に入る前は部活が休みだったりした時で友達と約束が無かった時は一緒に来た事もあって、そんな時は僕はいつも以上に嬉しかったのだ。
歳が離れた兄ちゃんだったけど、スポーツ万能でいつも明るい兄ちゃんは弟の僕にも優しくて、あまり人に言うのは恥ずかしいがハッキリ言って僕は兄ちゃんが好きだった。
でも、今、思い出されるのは兄ちゃんの事ではなくて両親の事だ。
父さんと母さん、よく他人には僕は父さん似で兄ちゃんは母さん似なんて言われたものだけれど、見た目がアンバランスな割りに仲の良かった両親だと思う。
一緒に買い物に来た時には260kgのバーベルを持ち上げる母さんの荷物をジャムの瓶の蓋を開けるのすら手こずる父さんが持っていたものだ。
ちなみに兄ちゃんはバーベル280kgいけたのだけれど、僕と父さんはバーベルの軸だけを持ち上げるのが精一杯。
よく母さんがダイエットと称して50kgのダンベルを振り回して「なんで痩せねぇかなぁ?」なんて言っていたけれど当たり前だ。脂肪が落ちるどころか、どんどん筋肉がついていくのだから体重が落ちるわけがない。
それはともかく昔は背が小さくて体の細い父さんが荷物を持つのが僕には不思議で、自分の体重よりも僅かに軽いダンベルを2つ持ち上げて痩せようとしている母さんに何か言いたげな、それでいて言い辛そうな顔をしている父さんを見ては「大人の世界も大変だなぁ……」と思っていたのだけれど、今なら父さんの気持ちも少しは分かる。
きっと、父さんは自分が好きな女性に少しでも快適に楽しく生きてほしかったのだろう。
その横に自分がいることが自分の幸せだったのだろう。
「ARCANA」の尖兵ロボットが僕と兄ちゃんを拉致しに来た時も「先手必勝、攻撃は最大の防御なり」とばかりに飛び出していった母さんと兄ちゃんの盾になって最初に殺されてしまったのが父さんだった。
……それでブチ切れた母さんが尖兵ロボットを3体ほど破壊したわけなんだけれど、僕が自分でヒーローになった後で知った事なんだけれどさ、「ARCANA」って組織は少数精鋭を掲げる組織だけあって雑兵扱いの尖兵ロボットですら他の組織の怪人並みの戦闘力を誇るんだってね。
もしかするとちょっと運命が違えば一家そろって大アルカナだった可能性が? あ、父さんは無いか……。
いや、暗殺のため、さまざまな場所へ潜入できるようにデスサイズの素体が人に警戒感を抱かせない外見の僕となったのなら、父さんもけっこう良い線いってるような気がするなぁ。
『私が貴方の死神です。あ、これ名刺です』
……無いな。
父さんがデスサイズだったらどうなるか想像してみるけれど、人畜無害でちょっと可愛いオジサンが名刺を両手で差し出して頭を下げたところで張り倒されてオシマイという気がする。
「……なんだ貴様!? 思いつめて沈みこんだような顔をしていたと思ったらいきなりニタニタしだして、気持ち悪い!」
「……悪かったね」
昔の事、両親の事を思い出していた内にすっかり時間が経ってしまったようで店内に入ってからすでに1時間近くが経過していた。
手にした飲みかけのオレンジジュースの缶の温度は店内の気温とさして変わらないほどに温くなり、心なしかモール内の人の数も増えてきたような気もする。
ベンチに腰かけて2人の事を待っていたのだけれど、僕に声をかけてきたのはシュブ=ニグラス1人。
真愛さんの姿は見えない。
「あれ? 真愛さんは?」
「おう! 小娘の事は巻いてきた! ……待て待て、待てと言うに、取り合えず鉄砲はしまえ!」
僕が手元にビームマグナムを転送するとシュブ=ニグラスは両手で僕を制止してくる。
そう言えば1時間近くも買い物をしてて買い物袋を持っていないという事はコイツ、真愛さんに荷物を持たせてるな。
「悪戯や嫌がらせで巻いてきたわけではない! お前に言っておきたい事があってな!」
「うん? 何の事?」
嫌な予感がした僕はビームマグナムを転送して消す。
場所こそ少し違うものの、前に真愛さんと映画を観に来た時、僕が1人になった際にロキの奴が現れて「僕が真愛さんのそばにいればその内、命を落とす事になる」と言っていたのもこのZIONショッピングモールでの出来事だったのだ。
「貴様は約束通りに金をくれるし、我の働きを評価して特別ボーナスもくれる。買い物にジャ〇コにも付き合ってくれる。貴様は良い奴だろうから1つ言っておきたい事があってな!」
「……それは何?」
わざわざ真愛さんを巻いてきたという事は真愛さんには聞かれたくない事、聞かない方が良い事と言う事だろう。
僕は唾を飲み込み、意を決してシュブ=ニグラスに続きを促す。
「あの小娘、死神に憑かれてるぞ?」
ロキの言葉があったせいか、予想外というわけではない。
それでもやっぱりショックだった。頭をハンマーで殴られたような衝撃が襲って僕はしばらく言葉を失ってしまう。
……でもさ。
神様界隈ではZIONで予言めいた事を言うのが流行ってるのかな?
もっと、こう、それっぽい事を言うのに相応しい場所なんていくらでもあるだろうに。
石動さんチのお父さん。
ロリババアってジャンルがあるならショタオジサンもあると思います!




