47-2
「良し! 金も入ったし今からジャ〇コに行こう!」
「まだ帰ってくれないの!?」
黒山羊、シュブ=ニグラスの人間態である少女は僕から受け取った紙幣を雑にワンピースのポケットにねじ込むと笑顔のまま「行くぞ!」と僕を部屋の外へと誘う。
「もう帰ってよ……」
「馬鹿め! 我が地球の金銭など持って帰っても何の役にも立たんわ! というわけで、金が入ったらとっとと使わな帰れんわ!」
大体にしてコイツは「金も入ったし」なんて言っているけど、僕からすれば予定外の出費で今日は大人しく部屋に籠っていたい気分なのだけれど。
「そもそも何でお前と2人で買い物に行かなきゃいけないのさ?」
「うん? 2人ではないぞ?」
「え?」
そう言うと少女は開いたままのドアの死角へと手を伸ばしてそこにいた人物の手を取って僕の前へと引きずり出した。
「……お、おはよう」
「あ、おはよう」
そこにいたのは真愛さんだった。
今日の真愛さんは幅広タイプのジーンズに白のTシャツ、その上には薄手のベージュのジャケットを着ていた。
「お前のアパートに来たら、この小娘が掃き掃除をしていたのでな、買い物に付き合わせるのに丁度良いから連れてきたのだ!」
「……お前なぁ」
真愛さんのお婆ちゃんは僕が住んでいるアパートの大家さんなわけで、そのために共有区画の掃除を手伝っていたのだろう。
ていうかこの山羊女、真愛さんがいるのにさっきは「風呂場に黒カビが生えたりといった経験が」とか言ってたのか。
危なかった。
あの時に適当に話を合わせようと「そうですね」なんて言ってたら、その話を聞いていたであろう真愛さんになんて思われるかわかったものじゃない。
「大体、彼ピッピがいるのに他の男と下着を買いに行くわけなかろうに」
「知らないよ。お前に彼氏がいるかどうかなんてさ。てか、彼氏がいるならその彼氏と買いにいけよ……」
昨日の黒山羊の暴れっぷりを考えればこんなのと付き合う彼氏とやらの気がしれないけれど、どうせ彼氏とやらの方もいわゆる“旧支配者”なんて呼ばれてるような奴なんだろう。
うん?
そうなるとそんな連中がこれ以上に増えても困るような?
「えと、ま、誠君ももし忙しくなかったらなんだけど、この人に楽しく買い物を済ませてもらって帰ってもらったほうが良いと思うのだけど……」
「……わぁ~、真愛さんは大人だなぁ~」
真愛さんは昨日、黒山羊の事は見てはいないのだけれど、僕が総合運動公園に河童さんたちを連れて帰った後に明智君や市の災害対策室の人たちへ事情を説明している時に周りの人から話を聞いていたり、あるいは動画のライブ配信なんかを見てこの黒山羊がどのような存在であるかは知っているらしい。
困った顔で笑う真愛さんの顔を見て僕に行かないという選択肢は無い。
ロキの言う真愛さんに迫る危機というのがシュブ=ニグラスだという可能性もないわけではないのだ。
「……でもさ、この辺にジャ〇コってあったっけ?」
「あ、誠君は知らないと思うけどZIONショッピングモールが改装する前はジャ〇コだったのよ」
「あぁ、あそこね!」
H市にはZIONショッピングモールは1つしかないので恐らくはそこだろう。
ランニングシューズを買いに行った時に偶然、真愛さんやアーシラトさん、亮太君と会ったり、その後にも真愛さんと2人で映画を観にいったりしたあのZIONだ。
「うむ! 我は“旧支配者”などと呼ばれる太古より生きる存在ゆえ、未だにZIONの事をジャ〇コと言ってしまうのだ!」
ああ、ウチの母さんがパレステだろうとペケ箱だろうと何でもゲーム機をハミコンって言っちゃうみたいな?
「はぁ~、分かったよ。でも顔洗ったり、着替えしたいから10分待ってくれない? あ、真愛さんも出かける準備必要でしょ? 20分後にする?」
「ううん? 鞄の用意するくらいだから10分でいいわよ」
「急げよ!」
僕を急かすようにその場で足踏みしてリズムを作って「ジャ〇コ! ジャ〇コ!」とオリジナルソングを歌いだす少女の事は一見、微笑ましい。
……いろいろと不都合な点に目を瞑れば、という但し書きを付けざるをえないのだけれど。
「お前、なんで今日になってお金を貰いに来たかと思えば、もしかして買い物をじっくりと楽しむために?」
「うん? いや、それもあるがな。昨日は我も再生に時間がかかったし、腹が膨れて動けなくなってしまっての!」
確かに昨日、戦いの最中、ダメージが蓄積するにつれて黒山羊の再生能力は落ちていっていたけれど、「腹が膨れて」とはどういう事だろ?
「昨日は貴様がとっとと帰ってしまったから、爺どもの収容所に泊めてもらう事にしたのだがな……」
「あそこは収容所じゃなくて老人ホーム!」
「は? 危険な人間を社会から隔離している施設だろ?」
「否定はしきれないけど違うの!」
戦車やら旧陸軍の兵器を大量に保有していたり、ハドー獣人を雇っていたり、挙句の果てには髪の毛1本たりとも傷付ける事ができない超VIPである銀河帝国の皇女様まで政府機関ではなく天昇園にいる事からも本ッッッ当に疑わしいのだけれど、あそこは厚生労働省認可の特別養護老人ホームなのだ。
「まぁ、いい。で、タダで止めてもらうのもどうかと思ってそこの爺どもも我らとの戦で負傷した者が多かったので一時的に我の加護を与えて生命力を増幅させてな」
「生命力の増幅? それじゃ……」
「おう。負傷者どもは昨日の内に全快しとるわ。で、力を使えば腹が減るというわけで何か食べる物はないかと探したら『社員食堂』とやらに餌があってな」
「…………」
コイツ、本当は分かってやっているのではなかろうか?
社員食堂にあったのならば、それは天昇園の職員さんたちの食事だろうに……。
それはともかく昨日の戦闘では多数の負傷者が出ただろうが少なくとも老人ホームのお爺ちゃんたちは無事だという事を知れただけでも良かった。
「炊飯器1つ空にしてやったところでウサギの獣人が来て、空になった炊飯器を見てメソメソ泣き出しての。後から来た面倒見の良さそうな女がラーメン屋に獣人どもを連れていくというのでな我もご相伴に預かってきたわけよ! それでさすがに腹が膨れてしまっての!」
「……そうなんだ」
「面倒見の良さそうな女」とは誰の事だろうか? 多分、宇佐さんの面倒見てるくらいだから西住さんの事じゃないかとは思うけど。
それにしても宇佐さんも可哀そうに。
ハドーの獣人は元々、異次元の資源が逼迫している世界で作られたせいか地球の物に執着する傾向があるらしい。
新宿2丁目の犬太さんは女性向けの衣服などに執着しているようだけれど彼(彼女?)は例外。
大概のハドー獣人は地球の食べ物に執着を示すのだという。
そのハドー獣人である宇佐さんが戦いを終えて、老人ホームへ戻ってお爺ちゃんたちの介護を済ませて食事のため食堂へ行ったら炊飯器が空になっていたらそりゃあ泣くだろうね。
しかもこの山羊女、厚かましくも自分で炊飯器を空にしておいて、ラーメン屋にも付いていったというのだ。
「……ラーメン、美味しかった?」
「うむ! スープが無くなるまで替え玉してやったわ!」
なんで「替え玉」という文化すら分かっていながら、炊飯器が空になったら困る人がいるなんて事が分からなかったんでしょうかねぇ……。
このシュブ=ニグラスとやらが“神様”かどうかは分からないけど、きっとナイアルラトホテプと同じくらいには邪悪な存在なのだろうと僕は思う。
「そんな事より、貴様、とっとと出かける準備してこい!」
「う、うん。それじゃ真愛さん、また後で……」
「え、ええ」
僕が顔を洗って着替えを済ませて外に出るとすでに山羊女と真愛さんはアパートの前で僕を待っていた。
「ゴメン、待たせた?」
「ううん。私はホントに鞄の用意するだけだったから……」
「よ~し、それじゃ行くか!」
そういうとシュブ=ニグラスは猛獣のように険しい顔になる。
ズゾゾゾゾゾ……
少女の手入れされていないボサボサの髪が持ち上がり、髪が何かにすれた音を立てて、“それ”は少女の後頭部から落ちる。
1つ。
2つ。
3つ。
シュブ=ニグラスの後頭部から生まれ落ちたのは仔山羊だった。
昨日、見たのと同じ。身長2メートル前後の二足歩行の黒い山羊があっという間に誕生して仔山羊はすぐに立ち上がる。
「ほれ! 乗れ!」
仔山羊の1体が上半身を下げて、シュブ=ニグラスの股下に頭を入れて持ち上げた。
肩車の形になり、高い位置から「早く行くぞ」と僕らを急かす山羊女。
残る2匹の仔山羊も僕と真愛さんの近くに来てお辞儀するように頭を下げている。
「……あ、僕らはバスで行くよ」
アパートからZIONショッピングモールまでは直線距離でも10kmほどあるのだ。
そんな距離をなんで3人揃って仲良く二足歩行の山羊に肩車されて行かなきゃならないのだろう。
最悪、バスを使わないとしても僕が変身して真愛さんをおんぶするかお姫様だっこして行くので、山羊の肩車みたいな辱めは勘弁してほしい。
「ちぇっ、ならば我もバスとやらで行くとするか。ほれ、行くぞ!」
意外と物分かりがいいのか、それでも何で僕たちが山羊の肩車が嫌なのかは分かっていない様子のシュブ=ニグラスは不満げながらも山羊の上から飛び降りてとっとと歩き出していく。
「え?」という表情を浮かべた山羊3匹に会釈をして僕と真愛さんも少女の後を追いかけて歩き出すとアパートの前には仔山羊たちだけが取り残されていた。
私が那覇にいた頃は休みの度にジャ〇コに行っていたのですが、最近、ジャ〇コって見なくなりましたよね?
まだジャ〇コの店名が残ってる店舗はあるのでしょうか?




