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旧支配者。
そうカテゴライズされる存在は多岐に渡っていて、それというのも地球人の感覚では想像もできないような太古の時代に宇宙を支配していた連中をみんなひっくるめて“旧支配者”と呼ぶからだそうな。
他の文明よりも一早く技術革新を迎えて繁栄を謳歌した宇宙人種族もいれば、当時の宇宙文明では太刀打ちできないほど強力な宇宙怪獣もいるし、挙句の果てにはマジモンの“神様”まで含まれているというから驚きだ。
そのように幅広い種族が“旧支配者”というカテゴリーとして扱われているわけだけれど、大概の種族に共通している事がある。
それは非常に強大な力を持つという事。そして同じく極めて高い知性を持つという事。
少し考えてみれば当たり前だろうけど、太古に宇宙を荒らしまわった種族に力が無かったとしたなら他の種族が力を付けてきた時に滅ぼされているだろうし、神様のように長い時を生きる存在にしても地球人のように代替わりしていく種族にしても長い時で得た知識や経験を保ち続けるなり次代に伝えていく事ができなければ同じく他種族に滅ぼされてしまうだろうからだ。
そういう意味ではH市臨海エリアに現れた巨大な黒い山羊も確かに“力”は持っているのだろう。
背骨を断ち割られようが心臓を潰されようが気にせず戦い続ける生命力に、自分の体積の数十倍もの子羊を短期間に産み落として手駒とする能力は旧支配者の名に恥じないものと言ってもいい。
でも、高い知性というのはどうだろう?
僕はわざとらしい大仰な仕草でこちらに迫ってくる黒山羊を見ながらそう思う。
確かに地球人は多大な労力を払って自分たちが住んでいる惑星の衛星に極少数の人員を送るのがやっとの未開の種族かもしれない。
地球人は自分たちの常識に染まりきり、彼ら旧支配者の力の根源を想像する事すらできず、その行動原理を理解する事もできないのだ。
だが、それは向こうも同じなのだろう。
高い知性を持っていると言われる旧支配者とて彼らが「矮小な種族」と呼ぶ地球人の事を理解はできていなかった。
地球の1地方言語である日本語を苦もせず使っている所からもその知性の高さは窺える。
でも、それだけだ。
なんで黒山羊は分からなかったのだろうか?
男子高校生が手間さえかければその内に殺せる敵を買収するのに2万円も出すわけないという事が。
これがどうやっても勝てない敵、あるいは勝ち目が薄い敵を買収しようというなら分かる。
僕だってそれなら自分が出せるだけ出したっていい。
あるいは黒山羊の足元に群がるお爺ちゃんたちの命が危ないとなったら僕も安全な方法を選ぶだろう。
でも、すでに寅良さんたちハドー獣人やミナミさんたち異星人組、それに異世界帰りとかいう勇者一行の働きによってお爺ちゃんたちの安全は確保済み。
だったら問題は2万円という高校生には大きすぎる金額だけが問題だ。
もしかしたら普通の高校生なら旧支配者に帰ってもらうためなら2万円をポンッと出してしまうのかもしれない。
でも、僕は高校生といってもARCANA共に拉致られて改造される前は1ヶ月のお小遣いが2500円の中学生だったわけで、2万円というのはその8ヶ月分にあたる。
しかも、その後に僕が持ってるお金は両親の遺産や保険金だったり、あるいは悪党とはいえ他の生き物を殺して得た報奨金だったりするわけで、無駄遣いするのはちょっとどうかな~と思うんだ。
そんな事も分からずに「最初は強くぶつかって……」という言葉通りにわざとらしくこちらへまっすぐ突っ込んでくる黒山羊の事はもはや白痴か何かにしか思えない。
ええと、「強くぶつかって」だっけ?
なら、コイツの御望みどおりにしてやろうじゃない?
せめて黒山羊の奴が日本の男子高校生の金銭感覚を理解していればあと数分は長生きできたであろうものを……。
僕は自身とまっすぐこちらへ向かってくる黒山羊との間にエネルギーを放出する。
演算を開始するとたちまちリング状の時空間フィールドがいくつも連なったトンネル、あるいは砲身が完成した。
そして僕は体を捻りながら飛び蹴りの姿勢を作って光の砲身の中へ飛び込んで自分を1発の砲弾と変える。
「デスサイズ! 錐揉みキックッ!!」
時空間フィールドのリングと僕の機体内に充満する時空間エンジンのエネルギーは互いに反発し斥力となって僕を加速する。
ドリルやライフル弾のようにトンネル内で加速しながら瞬く間に黒山羊の体が迫ってくる。
僕自身でも制御しきれない回転によって「デスサイズ錐揉みキック」は目標への微調整ができない。
でも、それになんの問題があるだろう?
相手は馬鹿みたいにこちらへ突っ込んでくるだけの図体のデカいウドの大木。
外れるわけがない。
………………
…………
……
「…………殺りやがった……」
誰かが呟く。
誰しもが青白い閃光を放ちながら宙に浮かぶ死神、デスサイズから目が離せないでいた。
すでに彼らが先ほどまで戦っていた巨大な黒山羊の姿はそこには無い。
「自分から買収持ちかけといて、そのまま殺りやがった……」
高速回転しながら黒山羊へと飛び込んでいったデスサイズ必殺の蹴りはドリルのようにライフル砲のように周囲の道路やビルの外壁へ黒山羊の肉片や血液を叩きつけながら飛びぬけ、後に残ったのは不揃いの脚や仔山羊たちの死骸のみ。
そのまましばらくデスサイズは上空で黒山羊が復活しないか確認でもしているのか大鎌を肩に担いだまま待っていて、それがその場にいる者たちへ威圧感を与えていた。
だが、やがて何か思い出したかのようにデスサイズの体から緊張感が抜けて港湾センタービルの方へ飛び去っていこうとすると、老人たちと仔山羊の死骸の中から赤い和服姿の幼児が飛び出してその子供のような姿からは想像もできない跳躍力でセンタービルの屋上へと向かっていく。
デスサイズと幼児はビルの屋上の死角に入って見えなくなるが、僅かな時を置いて再びデスサイズが姿を現し、今度は総合運動公園のある方角へ向けて飛び去って行くのが確認された。
その背中には人質にされていた河童を背負い、さらに河童が肩車する形で先ほどの着物姿の幼児の姿も見られたのだった。
「……終わったか」
そこでやっとこの場に残っていた者たちは長い戦いが終わった事を実感したのである。
「……ね、ねぇ、河童さん?」
「うん? なんや?」
「なんか全裸でマッチョの変態が後をついてくるんだけど河童さんの知り合い?」
「まさか! ニキのケツでも狙っとるんちゃうか? 薄い本が厚くなるな!」
「やめてよッ! でも、総合運動公園には真愛さんたちもいるし、あんな猥褻物はこの辺で殺っちゃう?」
「…………」
「痛ッ! 痛くはないけど気持ち的に痛い! なんで、この子は僕の頭を叩くの!?」
以上で第46話は終了となります
それではまた次回!




