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「馬鹿な!? デスサイズが魔法防壁を使っただと!」
戦場と化したH市臨海エリア。
シュバルツローゼ=リンネマン13世はそこが生き馬の目を抜く戦場であることも忘れて呆然と立ち尽くしていた。
リンネマンは「人間」ではない。
少なくとも彼女自身はそう思っている。
彼女の種族は「12のエルフの内の闇の氏族」、いわゆるダークエルフだ。
この世界の地球という惑星にはダークエルフどころかエルフ自体が存在しないため、当然、彼女は異世界からの来訪者である。
チョコレート色に焼けた肌を持つ者はこの世界にも存在していたが彼女の耳は笹の葉のように尖り、また祖先が神代の世に力を授かる代わりに邪神の眷属となった証とされる蛇のように細い縦長の瞳孔は長い歴史において彼女たちの氏族が迫害を受ける理由となっていた。
その長い苦難の時代が終わりを告げたのが魔王マクスウェルの御代。
元々、かの魔王の支配する「魔導王国ロヴェル」においても他国と同様、ダークエルフに対する偏見は強かったのだが、マクスウェルが即位するのと同時に国内に布告が出されてダークエルフ族も他の種族と同様に「魔王の奴隷」として対等に扱われるようになったのだ。
もし仮に誰かが、それが平民であっても長い歴史を持つ貴族であったとしてもダークエルフを正当な理由も無くこれまでのように迫害するのであれば、それは「魔王の財産を傷つける事」とされ、法によって厳正に処罰されるようになった。
この「国民皆奴隷制」によって平民は「魔王の財産」として貴族から丁重に扱われ、貴族は平民から「魔王から無理難題を押し付けられる中間管理職」として同情的に見られるようになり国内の階級間対立構造は解消、ロヴェルは繁栄の時代を迎える事となったのだ。
事実、ダークエルフの族長の嫡子であるリンネマンはその高い魔術適正を色眼鏡無しで認められ、王立魔法学校へ入学、卒業後は近衛師団魔導士大隊への入隊が認められていた。
だが、彼女は祖国を裏切った。
正当に自身を評価してエリートコースを用意してくれた祖国を裏切り、氏族の誇りと故郷を送り出してくれた一族を裏切りリンネマンは隣国セガル王国の手で異世界から召喚された勇者イシガミタケルについて魔王マクスウェルの弑逆を決意することになったのだ。
正直、その理由が「勇者に恋してしまったから」というのは自分でもどうかと思うが、すでに勇者の横にはあの透明女がおり、おちおち勇者の魔王討伐を待っているわけにもいかなかったのである。
そしてリンネマンがかつて任官の栄誉礼を行った魔王城の玉座の間において勇者一行は魔王マクスウェルに戦いを挑んだ。
いや、こちらの世界、日本という国の感覚からすれば、それは“暗殺を仕掛けた”と呼ばれるようなものであるらしい。
まあ、リンネマン自身、否定しようがないのが事実であるのだが……。
そして戦いの最中、強大な魔力の衝突によって、あるいは魔王の持つ聖剣の導きによってか彼女たちは世界の壁を越え、異世界へと流れついてしまった。
そのリンネマンにとっての異世界は勇者の産まれ故郷である地球、日本という国。
一時は「国家元首の暗殺未遂」という行為によって公安とかいう組織にマークされかける事になった勇者一行であるが、リンネマンとしてはその通りなのだから否定できないのが始末が悪い。
しかも件の魔王は相当にこの世界が気にいってしまったらしく、こちらの世界の人間に随分と友好的な態度であり、ポテトチップスの袋でも開けてやればいくらでも話を続けるというくらいで、そんな事では「魔王」という言葉が人に与えるであろう畏怖など帳消しも良い所。
結局は異世界での出来事という事で法的根拠も乏しく公安の要警戒対象からは外れ、リンネマンとあの透明女は勇者と学校生活を送る事となった。
この日本という国。
当たり前の事であるがダークエルフが存在しない以上は偏見や迫害などというものとは無縁であり、ダークエルフに限らず異邦人であっても社会に益をもたらす限りは極めて好意的に迎えてくれるリンネマンにとっては暮らしやすい国である。
そして戦いの火が尽きない国でもある。
数十年前から雨後の竹の子の如く現れ続ける侵略組織によって市民の平穏は脅かされ続け、それら“悪”と戦う力が求められていた。
その事を知ってすぐにリンネマンはイシガミタケル、透明女と話合い、3人でヒーローとして活動する事を決めていた。
自分を迎え入れた社会に報いるために。
自身が“悪”ではないと証明するために。
彼女の武器はその類稀な魔力と魔法学校で修めた魔術知識である。
この世界の人間は魔力を持つ者すら稀であり、そのような社会では魔法に対する認識も薄い。精々が「魔法の国」と呼ばれる異世界からもたらされた力によって「魔法少女」へと己が身を変質させる者がいるくらい。
あとは非常に珍しいがこの国ではいわゆる悪魔と呼ばれる存在が闊歩しており、その悪魔が使うくらいか。
もっとも、その悪魔は酒代欲しさに悪党をブチのめして金銭に変えるという生活を送っているためか、その他の悪魔はこの国によりついたりはしないため、魔法という技術への理解が進まない理由ともなっていたのだが。
そんなわけでこの世界においては魔法に対する防御手段という物が非常に限られており、事実上は皆無といってもいい。
そのような事情のため、昨年の春休みに「ARCANA」とかいう組織の大幹部級改造人間デスサイズが超巨大空母とかいう動く島にのって日本列島に迫り日本中が混乱の最中にあった時もリンネマンたちはデスサイズを倒すのは自分たちだと心に決めていたくらいだ。
なるほど、確かに記録映像を見る限り機動力と攻撃力に特化したデスサイズは並みならぬ敵であろう。
だが、倒せない敵だろうか?
大アルカナと呼ばれる改造人間には赤外線追尾や電波誘導といった誘導方式は通用せず、レーザー誘導方式はデスサイズの機動力を捕捉しきれないらしいが、魔法誘導方式ならばどうだ?
大アルカナの装甲材は超合金Arなる未知の合金らしいが、そもそもデスサイズはその機動力を実現するためか実装甲圧は非常に薄いと推測されていた。
ならば所詮は魔法という知識と技術が欠如した者たちの作った物。魔法弾の弾幕を浴びせれば破壊できないハズがない。
リンネマンたちはそう思っていたのだ。
デスサイズは確かに強敵であろうが、魔法の力に抗う事はできまいと。
しかし、今日、そのデスサイズが巨大な黒山羊の闇属性魔法を完全に防ぎきっていたのだ。
邪神の如き威容を誇る巨大な山羊が放った闇の魔法。
リンネマンが直観で感じたままを間違いを恐れずに言葉にするならば、あの闇は対象を虚数空間へ飲み込んで葬り去るような術式だったハズだ。
勇者にも、透明女にも、リンネマンでも、そして魔王マクスウェルですら小型の物ですら再現できないであろう非常に高度な魔法を黒山羊は放ち、そしてあっけなく防がれた。
デスサイズの左腕の前、虚空に浮かび上がった青白い紋章はその象徴が意味する所から“良くないモノ”であるのは間違いない。
なのにその紋章から感じられるのは澄み切った清流のように清らかなものだ。
“聖属性魔法”ではない。むしろ気配としては“闇属性”と“水属性”の混合された物に近い。
だというのに紋章が放つ青白い光はリンネマンの心を洗ってくれるかのようで、まるで“誰か”が友人を気遣っているかのような心配しているかのような穏やかさすら感じられる。
あの“闇属性魔法”を「奥の手」と呼んでいた黒山羊は魔法が防がれるなど完全に想定外だったのか我を忘れたように無属性の単純な魔力弾を連射しているが、リンネマンの全魔力量を1発の魔力弾に圧縮したような強力な魔法弾を受けてもデスサイズの左手から浮かんだ紋章は揺らぎもせず、ただ迫りくる魔法弾を弾いては霧散させていく。
それほどに強力な対魔法防壁だというのにデスサイズには一切の消耗は見られず、というよりもそもそもデスサイズは魔力など持ち合わせていないのだ。
そのような性質を持つ紋章などリンネマンには想像も付かない。
だが1つだけ言えるのは、あの紋章がある限り魔法でデスサイズを倒す事はできなくなったという事。
つくづくデスサイズが今は味方である事にリンネマンは感謝する。
昨年、彼女たちが対デスサイズ戦用に想定したように誘導魔法弾の弾幕を張る黒山羊に対して“死神”は牛の体にたかるハエやアブのように飛び回って魔法弾を回避し、青く光る紋章で魔法弾を払いのけ、その手にした大鎌や洋鉈を振るい続けていた。
そして、その一撃一撃はアブの一刺しとは比較にならず、皮膚も肉も腱も骨も関係無く断ち切っていくのだった。
今回の反省点は前もってダークエルフちゃんを登場させておけばスムーズに対魔法防壁について驚愕してくれたんじゃないかと。
他の人たちだと「ん? あれ、何?」「分かんないけど凄い!」「魔法っぽくね?」くらいになりそうだから彼女が適役だったとは思うんだけどね。
なおダークエルフちゃんは今まで負傷した老人たちの治療に当たっていましたが、それがリウマチだとか腰痛、高血圧、不整脈など戦傷でないのに気付いてお爺ちゃんたちほっぽって来ました。




