46-12
「もう勝負はついただろう? お前もとっとと帰ればいい」
右目をD-バスター何号だかのビーム剣に、左眼をよく分からんお爺ちゃんの抹茶で潰され、視力を奪われた黒山羊にも分かるよう僕は奴の鼻先に大鎌の刃をつけて冷たい感触を教えてやる。
正直、この黒山羊の再生能力、生命力は驚異的で油断できない相手である事は間違いないのだけれど、この手の交渉事は弱気だと思われないように無理してでも強気でいくべきだろう。
「もうナイアルラトホテプの奴だって敗北したんだ。お前だってこんな詰まらないトコで命を落とす事もないだろう?」
僕は自分でも引くような冷めた声が出せたと思う。
でも対する黒山羊は両目から血の混じった涙を滝のように流しながらも間髪おかずに枯れ木のような腕を伸ばしてきて僕を捕まえようとする。
「黙れッッッ!! 貴様らのような矮小な種族と一緒にするなッ!! 対価を受けて召喚された以上は約定は果たす!」
言葉が通じていないわけではない。
ナイアルラトホテプがすでに負けているという言葉が信じてもらえなかったというわけでもない。
ようするにコイツはナイアルラトホテプから呼び出される時に何かもらって、そのためにこの地を守る事を決めたトんだ頑固野郎って事か。
なら総合運動公園に戻ってナイアルラトホテプの奴に来てもらってお引き取り願えばいいのかもしれないけれど、そんな事をしている内にこの場にいる突入部隊や捕らえられている河童さんの命が危ないかもしれないのだ。
とても、そんな事をしている余裕などはない。
僕は黒山羊の鼻先に付けていた大鎌を真上に放り投げると右手で腰のホルスターからビームマグナムを引き抜く。
「お前が“神様”なのか“怪獣”なのかは知らないけれど、僕がお前の“死神”だ!!」
僕を狙って向かってくる巨大な手をステップで避けて、そのまま足元へとファニングでプラズマビームを6連射!
イオン式ロケットエンジンを吹かして飛び上がって落下してきた大鎌をキャッチすると今度は空中で姿勢を変えて急降下、巨木の幹のような腕を斬りつける。
そのまま黒山羊の腕の腕から血飛沫が飛び散るよりも早く僕は黒山羊の死角であろう胴体の下へと潜りこんで地表スレスレを飛行しながら大鎌の刃を突き立てた。
「臓物をブチ撒けろッッッ!! …………って、え?」
僕が黒山羊の胴の下、頭部の側から尻尾のほうへと抜けていくと、大鎌の刃は僅かな肉の抵抗とともに切り裂かれていき内蔵を巻き散らかすように思われた。
でも実際に黒山羊の腹から溢れだしてきたのは仔山羊たちだった。
ドス黒い血に塗れた仔山羊たちは産まれ落ちた直後にすぐさま立ち上がって僕目掛けて飛び掛かってくる。
「石動さん!!」
「ここは私たちに!」
「お願いします!」
そこに横から飛び込んできたのは老人ホームで働いているハドー獣人の兄妹、寅良さんと伽羅さんだ。
寅良さんがその筋骨隆々の体躯を活かして殴りつけると鈍い音とともに仔山羊の骨格はまるで砂糖細工のように砕けてただの1発で絶命させる。
一方、妹の伽羅さんは新体操の選手のように伸びやかで拳法家のように力強い動きで仔山羊集団のド真ん中に飛び込むと大きな猫耳から生えた長い毛を振るう。
その毛に触れた仔山羊たちはゼリーのように骨も肉も関係なく切断されてしまう。
「少年よ! 私の後ろで態勢を直せ!」
思わぬ伏兵、というか仔山羊の誕生に慌てて飛行姿勢を崩した僕に声をかけてフォローをかって出てくれたのがあの全裸の天使だ。
なんで裸なのかは分からないけれど、孔雀の翼を持つ天使は禁断の技、チョークスリーパーを仔山羊に仕掛けていた。
チョークスリーパーの都合上、哀れな仔山羊の背後から天使が密着するような形となり、本当に哀れな仔山羊は臀部に天使の股間が密着するのが嫌で何とか悶えながらも腰を前の方へと動かそうと四苦八苦していたが、そうこうしている内にあっという間に全裸天使に首の骨を圧し折られて息耐えてしまう。
……でも、その全裸天使、そして猫科兄妹のおかげで仔山羊の追撃から辛くも逃れた僕は姿勢を立て直して飛んできたマーダーマチェットをキャッチすることができた。
今度は上からと黒山羊の小山のような背を目掛けて飛行を再開した僕だったのだけれど、黒山羊も僕を迎撃しようとこちらを向こうとしている。
でも先にジュンさんが脚へ打ち込んだ杭のおかげでその速度はノロノロとしたもので、しかも立ち上がりかけて腹の下が見えたのを狙ってタイガーⅠ重戦車が僕が切り裂いた傷口を狙って砲撃を加えた。
その砲弾は徹甲弾ではなく爆発して周囲へ破片を撒き散らす榴弾だったようで、黒山羊の腹の中に飛び込んだ砲弾の爆発はまるで黒山羊が巨大化したかのように一瞬だけその胴体全体を膨らませ動きを止めさせたのだ。
「……チャンス! デビルクロー・パンチッ!!」
僕は兄ちゃんの形見である左手の爪付き籠手の爪の先へと時空間断裂刃を生成して黒山羊へ背と突き立てる。
なおパ(以下略)。
すでに黒山羊の背骨は再生できないらしい深手を負って背骨は真ん中あたりで割られているけれど、それでも動き続けている辺りはさすが「旧支配者」といったところか。
でも僕が爪先を突き立てたのはその傷口よりもさらに頭部寄りの場所。
背骨を切断し、そのまま心臓を破壊してやろうとズブズブと左腕を押し込んでいき、ついにお目当ての脈動する心臓を見つけたので五指を広げて左手を捻ってグチャグチャに掻きまわす。
「……これでも駄目なの!?」
黒山羊の心臓はその鼓動を止める事はなかった。
全てを切り裂く時空間フィールドで作られた5本の刃は僕の目論見通りに完膚なきまでに寺院の鐘のように巨大な心臓をズタズタにしたハズ、いや確実にズタボロにした。
なのに心臓は今もこうしてドクン……ドクン……と脈動を続けているのだ。
僕たちは黒山羊に対してほぼ一方的に攻撃を加えている。
でも僕たちは有効打を与えていると言えるのだろうか?
その尽きせぬ生命力に思わず僕の背筋が寒くなる。
「なら、デスサイズ・キックで……!!」
一方的に有利に戦闘を進めているハズの僕も黒山羊の生命力に気圧されたのか、僕は勝負を急ごうとしてしまう。
刺し込んだ左腕を引き抜くと、傷口から鮮血を吹き出しながら肉は盛り上がっていき、即座に再生が始まる。
機能的な事はともかく、損傷自体は深刻で傷口が完全に塞がるには時間がかかるのだろうけど、それも時間の問題であろう事は容易に想像できる。
第2の必殺技、デスサイズ・キックのために上空へと飛んだ僕だったけれど、火山の噴火口から溢れだした溶岩流が固まりながら進んでいくような傷口の再生に僕の目は釘付けとなっていた。
それは生命の神秘、大自然の驚異を目の当たりにするようで、あるいは僕も徐々に常識の通じない旧支配者によって徐々に正気を侵されかけていたのかもしれない。
「デスサイズ! 逃げろ!!」
「……えっ!?」
誰かが声を張り上げる。
それが誰だったのか、男性だったのか、それとも女性だったのかを気にする事すら僕にはできなかった。
「奥の手だ! いあ! いあ!」
「うわっ!?」
いつの間にか黒山羊は僕の方を向いていて、その巨大な山羊の顔の前には黒く悍ましい魔法陣が浮かび上がっていたのだ。
黒山羊が僕の聴覚センサーでも捉えきれない呪文を紡ぐたびに魔法陣は暗く闇に落ちていくように黒の深さを増していき、僕が回避する事を思いつく前に“それ”は放たれた。
それはビームではなかった。
レーザーでもなければ、メーザーでもない。
反物質反応も無ければ、あらゆる放射線の反応もない。
それは闇だった。
まるで何かの光線のように闇が、真昼間だというのに魔法陣から僕へと伸びてくる闇だった。
その闇にどのような効果があるのかは分からない。
でも、ろくでもないモノである事だけは想像がつく。
迫りくる闇に回避も間に合わず、僕はただ反射的に両腕を胸や顔の前に出してガードの姿勢を作るけれど、それでいながら僕の装甲が黒山羊の“闇”には無力であろう事が分かってしまっていた。
もしかしたら宇宙巡洋艦の撃墜ミッションやルルイエでの届け物の護衛ミッションの時に使った時空間リングを円錐状に並べた防御フィールドならワンチャンいけたのかもしれないけど、生憎ともう演算が間に合わない。
僕は眼前を覆いつくし、なおも迫る闇に思わず顔を背けてしまう。
「…………うん?」
どこかで微かに懐かしい、それでいてつい最近、聞いた事があるような声が聞こえたような気がした。
それはあくまで気がしただけ。
僕の聴覚センサーの記録にはそのような声が実際には無かった事を示している。
でも僕は確かに「ヴぁ……」というなったばかりの、そして2度と会う事は無いであろう友達の声を聞いた気がしたんだ。
「……これは!?」
声がしたと思しき方。
顔を背けていた前方へと目を向けると、胸部を守るように出した左腕の前に青く輝く紋章が浮かんでいた。
それはコウモリの翼のような意匠を施された円の中にタコのように膨らんだ頭とウネウネと蠢く触手を現した紋章。
その紋章によって黒山羊が放った闇はコンクリートの壁にぶつかった水鉄砲の水流のように弾かれ、そして霧散して消えていたのだ。
「おのれッ!! 『旧き神の印』、……いや、『大海原の覇者の加護』だと!?」
黒山羊が驚愕したように、それでいて忌々しそうに叫ぶ。
そういえば、あの麦畑に囲まれた空間から帰る時、あの友達は縋るように僕の左手に触手を伸ばしてきていたっけ。
あれは僕を引き留めていたわけではなく、この紋章を授けてくれていたという事か……。
……ありがとう。
共に並んで食事をしただけの友の厚意に心の中で感謝する。
改めて僕は仲間や友達たちに生かされているのだと実感して心が熱くなってくるのを感じていた。
そういや前回、書き忘れたけど、誠君はミリオタではないのでティーゲル重戦車の事を英語読みで「タイガー」と呼んでいます。
泊満さんはドイツ帰りなのでドイツ語で「ティーゲル」と呼び、涼子さんは泊満さんがそう呼んでいるから「ティーゲル」と覚えています。
でも「誠君はミリオタではないから」なんて理由にしていますが、今度はタイガー重戦車なんて呼んでいるのは模型ファンくらいなものな気もしています。
ついでにいうとティーゲルの事を鉄子さんは「Ⅵ号」と呼んだりするのに対して、泊満さんはティーゲルをドイツから日本へ輸入してきて軍に編成された経緯から「六号」と漢数字にしています。




