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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第46話 Panzerkeil
389/545

46-10

 戦場は地獄絵図の様相を呈していた。


 地球人も。

 異星人も。

 異次元人も。

 異世界人も。

 アンドロイドも。

 ロボットも。

 天使も。

 妖怪も。


 この場に集うありとあらゆる出自の者が旧支配者シュブ=ニグラスを滅しようと死力を尽くす。


 だが巨大で歪な黒い山羊は彼らの努力を嘲笑うかのようにその動きを止める事は無く、それどころか暴風のように土石流のように火山のように大自然の驚異そのものと化したかのように暴れ続けていた。


 もはや数え切れぬ砲弾によって肉体を穿たれ、ビームの刃や特殊合金の鋼線で切り裂かれても、巨大な鯨であっても瞬時に絶命するであろう高圧電流を流されても、大地のエネルギーを濃縮した気力球で背骨を断ち割られてもなお黒山羊の生命力は底を付くという事がない。


 スティンガータイタンのナパーム砲弾やティーゲル重戦車の白リン焼夷弾の炎が身を焼こうとも黒山羊は消えない炎に焼かれ続ける肉を自ら巨大な腕で引き千切り捨てる事で難なく逃れていた。


 対地球人用としても低威力で知られる三八式歩兵銃の6.5ミリ弾や、それよりはいくらかマシな威力の九二式重機関銃の7.7ミリ弾などはもはや蚊が刺した程度のダメージとも言えないようなものでしかない。


 しかも黒山羊は断ち割られた背骨を関節が1個増えたかのようにさえ振る舞い、押し寄せてくる者たちを押しつぶそうと暴れまわりながら全身から仔山羊を次々と産み落としていくのだ。


 臨海エリアで死闘を繰り広げる突入部隊も今は互角に戦えているかに見えるが、早々に力尽きて弱った者から命を落としていくであろう事は誰の目にも明らか。


 すでに黒山羊の背骨を断ち割った1投で龍脈から供給される以上の気を使ってしまった座敷童は“ギチ・マニトゥ”の姿を保てなくなり幼児の姿へと戻り、それでも退く事を良しとせず毬を投げ続けて歩兵部隊を掩護している状況。


 気力球を打ち返して黒山羊へと命中させた全裸の天使も彼の属性である「光」の収束光線魔法で攻撃しているが、レーザーカッターの如き魔法といえども黒山羊の身を割き血しぶきをあげさせるだけ、息の根を止めるにはほど遠い。


 だが、いつまでも続くかに思われた戦いの最中、それは舞い降りた。


 青白いイオンが空気中の酸素をオゾンへと変化させ地球人は鼻を突く刺激を感じとり、その他の者も、黒山羊ですら剣呑な雰囲気を舞い降りてきた存在から感じ取っていた。


 イオンの残光を放ちながら真っすぐに降りてきたそれは黒山羊の頭頂部へと降り立つ。


 ボロボロの黒いマントを風にはためかせ、病的に細い長身に左手にはその名の由来ともなっている大鎌を肩に担いで持っている“死神”。


 “死神”は狂相の骸骨を模した仮面をゆっくりと周囲へ向けてその場を包む戦場の空気を楽しむかのようにしばし佇んでいた。


「ありゃあ……」

「……デスサイズ!」

「石動……、君……?」


 そこにいたのはタロットの13番目のカードの意匠を施されただけの改造人間のハズだった。

 それはこの場の誰しもが理解している。

 だが、それがどうだ?


 周囲の積み上がった仔山羊の死体と濃密な血の匂い。

 破壊の痕跡が至る所に刻まれた街。

 そして改造人間デスサイズ。


 誰しもが本物の“死神”が降りてきたのだと錯覚していた。

 現に先ほどまで死力を尽くして戦っていたハズの面々もただ呆然と動きを止めて“死神”の次の一挙手一投足を見逃すまいと固唾を飲んで目を離そうとしないのだ。


 ……タンッ!!


 緊張に耐えきれなくなったのか1人の老人が歩兵銃の引き金を引いた。

 銃弾はまっすぐに“死神”の眉間へと飛んでいき、そして弾かれる。


 だがデスサイズは動かない。


 先に動いたのは黒山羊だった。

 自身の頭の上に立つ“死神”を何とか見ようと頭を動かしながら眼球を上へ向ける。


 それが貴婦人が紳士にダンスに誘うため手を差し伸べられたかの如くデスサイズは肩に担いだ大鎌を黒山羊の左の眼球へと振り下ろした。






「……なんだコレ?」


 海を越えてH市総合運動公園へ行くととっくにナイアルラトホテプの奴は咲良ちゃんの手下になってたわけで、そんなわけで僕は河童さんを迎えに臨海エリアにやってきたのだけれど、こっちはこっちでエラい事になっていた。


 まずアホみたいにデカい黒山羊。

 大きさのせいで造形にまでは気が回らなかったのか全体的な形はまるでデタラメで、ただ全身を包む毛深い毛と頭部の形から山羊に見えるのだけれど、どうせコイツも「旧支配者」とかいうカテゴリーの連中なのだろうから細かい事はどうでもいいんじゃなかろうか?


 問題はコイツが周囲の皆から攻撃されている事から敵であろうという事と、そしてポンポコ小さな山羊を産み落としているという事だ。


 もしかしたらナイアルラトホテプがとっくに負けたと伝えたら、ワンチャンこの黒くてデカい山羊も帰ってくれるんじゃなかろうかと僕は黒山羊の頭の上に降りてみたのだけれど、上空から降りてみて間近に見てみると改めてこれはヒドいと思う。


 まあ、寅良さんたちハドー獣人が地球人と手を取り合って戦っているのはまだ好意的に見る事ができる。

 たった1月でここまで彼らと地球人が良好な関係を築けたと思うと感慨深い。


 それはともかく。

 それはともかく、だ……。


 そのハドー獣人たちの周囲には数十人のお爺ちゃんたちがいて、旧軍の戦闘服と思わしき防御力皆無の服装の彼らがその骨と皮だけの痩せ細った体には不釣り合いの小銃で仔山羊たちと戦っているのはどういう事なんだろ?


 いや、僕も明智君から話には聞いていたよ?


 現役のヒーローたちは四国に向かってて戦力が足りないから「天昇園」に協力を要請するとは聞いていたよ?

 でもさ、僕はてっきり「天昇園」が保有しているとかいう戦車部隊だけが来るのかと思ってたんだけどさ、え、何? こんなどう見ても90歳以上のお爺ちゃんたちに重い鉄砲を担がせて参戦してもらってたの!?


 そりゃあ旧陸軍の三八式歩兵銃は全長が長い分、銃剣を付けた「槍」としての性能だけなら自衛隊が装備している64式小銃や89式小銃よりも良いのだろうけどさ。

 だからといって、これは……。


 そうそう。

「天昇園」といえば確かに戦車隊も参戦しているみたいで300メートルほど離れた位置に詳細不明の大型戦闘車輛の両脇に控えるように旧軍の2輌の戦車がいた。


 でも問題はその詳細不明の車輛だ。

 固定の戦闘室に105ミリ砲を搭載したその車輛は側面に以前に撃破した銀河帝国の宇宙巡洋艦の艦体に描かれていたのと同じマークがペンキで描かれていた。


 そして、その戦闘室の上には真紅のロングコートのような服をまとった陶器のように白い肌の女性が仁王立ちしている。


 ……あの人って例の銀河帝国の皇女様でしょ?


 銀河帝国が地球に逃げてきたテロリストを引き渡さなければ地球を破壊するって通告は結局、宇宙テロリストが銀河帝国の名を騙っていたわけだったんだけどさ、でもその無茶な通告に信憑性があるって思われるような国なんでしょ銀河帝国って。


 そんなとこの皇女様がこんなトコで何やってんの!?


 皇女様に怪我でもされたら迎えの艦隊が来た時にどんな事になるか分かったモンじゃないし、大人しく安全な所にいてほしいと思うのは僕の我が儘でしょうか?


 あとさ、ミナミさんのお腹の下に神田君とお爺ちゃんがいるんだけど、どう見てもお爺ちゃんとその孫が怪獣に襲われてるようにしか見えないってのもアレだよね。

 まぁ、周囲にガラスが散乱しているところを見るとミナミさんが庇ってあげたんだろうけどさ、やっぱ見た目って大事だよね。僕が言えた義理じゃないけどさ。


 ……で、だ。

 そうこう思いながら何度も見返しているんだけど、何度、数えても僕の間違いじゃない。


 D-バスターが4体に増えてる……。


 いや、問題はそこじゃない。

 うん。「1匹見たら30匹」理論が信憑性を増してきただけだし、数が増えるのは想定の範囲内だ。


 でもさ、その4体の内、3体があのサイ怪人に付着していたのと同じ黒い粘液質が付いているのはどういう事?

 しかも、その黒い粘液質に寄生されてる3体もヒーローチームの一員として戦っているっぽいのはさらに理解に苦しむ。


 そもそもD-バスターの事を理解しようというのが間違いなのかもしれないけどさ、せめてD-バスター1号が寄生された個体ではないのを祈るしかない。

 4分の1の確率だけど……。


 ……タンッ!!


 あれ?

 僕、撃たれた?


 弾道を計算して射手の位置を割り出すとそこには1人のお爺ちゃんが僕に銃口をまっすぐ向けているのが見えた。


 ……ということは流れ弾とかじゃあないのか。

 傷付くなぁ……。


 僕のハートも超合金ナントカで出来てたらいいのに。


 不意に足元が動き出し、僕は黒山羊の頭の上に立っているのを思い出す。


「え? 何で撃たれたの?」とでも言いたげな黒山羊の目に僕はいたたまれなくなって担いでいた大鎌を黒山羊の目を目掛けて振り下ろした。

久しぶりに誠君主観の回です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公?視点になっただけで、実にシュール……緊張感どこ~?(´・ω・`) [一言] ≫心肺停止状態になって後で奇跡的に蘇生する 生きてるの覚えてるじゃないですかヤダー。 あのおじいちゃん、…
[良い点] あぁ・・・久しぶりに誠君の一人称形式で、何だか安心します。 前回まで絶体絶命・危機一髪な描写が続いていたのに、誠君の一人称形式になっただけで一気にギャグ空間に・・・主人公力、恐るべし! …
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