46-9
涼子が車長用キューポラのハッチからティーゲルの車内へ飛び込み、車長席の椅子に降りてから一段低い位置の砲手席へと付くと宇佐も装填手用のハッチから砲塔内へと入り未だ気絶したままだった装填手を砲手と通信手と協力して通信手の席へと運ぶ。
その間に涼子は初めて乗るティーゲルの砲手席の各装置について把握しておこうとしたのだが、まるで形の無い何かに引っ張られるように涼子の足はフットペダルへと伸び、右手はトリガーの付いたハンドルへと自然と動いていった。
(……これは一体?)
涼子が不思議に思ったのはフットペダルやトリガーが付いたハンドルが何なのかという事ではない。
すでに彼女には耳元で誰かが囁いて教えてくれたかのようにフットペダルは砲塔を動力旋回するための物で、トリガーの付いたハンドルは主砲の角度を上下させて仰俯角を付けさせる物だと理解していた。
さらに涼子の左側に取り付けられたハンドルで手動で砲塔を左右旋回させる事も可能なようだったが、何故か涼子にはそれが必要無い物のように思える。
旧日本軍で開発された軽量級のチハや固定戦闘室のヤークト・パンテルⅡとはまるで勝手の異なるティーゲルの操作法を教えてくれたのは一体、誰なのか?
もちろん、そんなモノなど涼子には1つしか思い浮かばなかった。
(……そう。貴方も一緒に戦ってくれるの……)
「虎の王」の5番目の仲間も自分を迎え入れてくれたという事に涼子はそれを不思議とも思わずにトリガーを握り、照準眼鏡を覗き込む。
「榴弾以外なら何でもいいわ! とにかく、ありったけの砲弾を!!」
「あいあいさ~!!」
装填手を通信手席へ座らせてシートベルトを取り付けて宇佐が砲塔バスケットの装填手位置へと戻ってくる。
すでにティーゲルの砲塔内弾薬庫の砲弾は使い切っているらしく、本来の砲手と通信手が車内の弾薬庫から砲弾を取り出して装填手の宇佐へと弾薬を渡すフォーメーションを取った。
「戦闘再開、戦車前進!!」
車内へ響いてくるエンジンの音に負けじと涼子が叫ぶ。
再び動き出したティーゲルは瓦礫を踏み砕き、車内は凄まじい振動に見舞われるが涼子はフットペダルで砲塔を動かしハンドルを回して主砲に仰角をつけさせる。
LSIやトランジスタどころか真空管の1つすら有していないハズのティーゲルはまるでAIによる照準アシスト機能でも取り付けられているが如く涼子の意のままに動いて、涼子は促されるようにトリガーを引いた。
虎が吠えるように主砲は火を噴き、猛烈な勢いで砲尾が下がってくる。
放たれた徹甲弾は狙いから寸分違わず巨大な黒山羊の首を真横から射貫いて、そして砲弾はビルへと抜けていく。
「おおおォォォォォ~!!」
死んだように動きを止めていたティーゲルが息を吹き返した事に周囲の者たちから歓声が上がる。
向かいのビルの屋上にいるショゴスD-バスターの石動兄弟抹殺鋼線によって自由を奪われている黒山羊に対して正面方向からヤークトの矢のような鋭い装弾筒付翼安定徹甲弾が放たれ命中。
さらにヤークトに並んだ九七式改と九五式の豆鉄砲のような47ミリと37ミリがその小さな口径の分、素早い速射で黒山羊の巨体に次々と穴を開けていく。
「硫黄島に比べたら今日は随分と楽な戦じゃの~!」
「お前さん、硫黄島かえ?」
「そうじゃ、お前さんは?」
「わしゃあ、満州帰りじゃ!」
「ほいじゃ、露助と?」
「おう! アカどもに比べたら今日のお客さんは随分と優しいの~」
本日5度目となるまったく同じ内容の会話を交わしながら痩せこけた幽鬼のような老人たちがネバつく涎を口から滴らせながら襲い掛かってくる仔山羊たちの前足を躱して心臓へと銃剣を突き立てる。
加齢によって往時の筋力を失った高齢者たちであったがどの道、戦中だって食料の不足によって痩せこけた姿で戦っていた彼らである。
体力が無いなりの戦い方はとうに会得しているのだ。
さらに歯で手榴弾のピンを引き抜きボーリングのように仔山羊たちの足元へと放り投げる。
「あ゛……」
「ん、どうした?」
「ふが……ふが……」
「ふぁっ!? お前さん、入れ歯ごと投げてしもうたんか!?」
入れ歯の隙間に手榴弾のピンが挟まり、それに気付かずに入れ歯ごと放り投げてしまったのだろう。
どうしたものかと2人が手榴弾を投げた方向を向くと丁度、爆発が起きて数体の仔山羊が吹き飛ばされたところだった。
「……ちょっと、貴方、気をつけなさい」
「ふが! ……助かったわい!」
だが、いつの間にか2人の背後にいた色黒縦縞の戦闘服に身を包んだ背の高い女性がすっかり肩を落とした老人へ無くしたハズの入れ歯を手渡す。
以前も「戦闘中に入れ歯を無くした」と言って厚労省の役人に渋い顔をされていた老人は元々、曲がりくねっていた腰をさらに曲げて女性に礼を言う。
「……それはさておき、やはり戦争は大勢でやるものって事かしらね?」
入れ歯を嵌めて勇気100倍の老人が相棒とともに突撃を再開したのを後目に女性は黒山羊に向けて半身の姿勢を作って精神を集中する。
地下を流れる龍脈に接続して“大地の気”を自身の合わせた両手の間に集めていく。
仔山羊の全身を流れる気を乱して殺害するのに使っていた気力球とは比較にならない高密度のエネルギーをさらに圧縮してしっかりと握り込めるサイズにまで小型化。
やがて気力球が完成すると肺の中の空気を出し切るようにゆっくりと息を吐いていき、投球フォームを作っていく。
足首、膝、腰、全ての背骨を捻り、背中を黒山羊へと向けると貯め込んだエネルギーを一気に開放するように全身を1個の竜巻へと変える。
「ハアアアアアッ……、っっっセイッ!!」
狙うはもちろん黒山羊。
先の一投を黒山羊は受けるでもなく避けた事から敵も座敷童の投球を危険視しているのは確実。
そして今、その黒山羊は鋼線に動きを封じられているのだ。
外すわけが無い。
必中の一投のハズだった。
「……ええいッ! おのれ!!」
「てけり・り!?」
だが座敷童の投球フォームを視認した黒山羊は身を高圧電流が流れる鋼線で縛られているというのに全身を大きく振って暴れだす。
ビルの屋上のショゴスD-バスターも上手く力をいなして何とか耐えようとするも、鋼線は黒山羊の肉を切り裂き身へ食い込んでいき、それは黒山羊が動ける範囲が広がっていくのを意味していた。
そしてついに黒山羊の腕の1本が鋼線によって切り落とされると、その空いたスペースへ黒山羊は倒れ込むように一気に体重をかけて座敷童の気力球から逃れる。
「てけり……!?」
「外した!? いや……」
アスファルトの上に倒れた黒山羊の真上を気力球は通り過ぎていくが、その軌道上へ飛び込んでいく者がいたのだ。
それは“天使”だった。
孔雀のような模様をした色鮮やかな翼を広げて飛ぶ何故か全裸の天使は気力球を追い越すと僅かに降下角を作って背の翼を折りたたむ。
両腕を胸の前でクロスさせ、両の足をピンと伸ばしたままそろえてフィギュアスケートの回転ジャンプのように空中をスピンしながら気力球目掛けて降下していく全裸天使。
天使の股間は何故か発光しており局部こそ見えなかったものの、後ろ側は丸見えでスピンしながら力を込めて作った尻えくぼを全包囲に見せつけているかのよう。
空中を猛スピードでスピンする気力球はニアミス。
気力球は天使の腰のすぐ横を通り過ぎるかと思われた。
だが……。
「“復活の明星”、秘儀『第3の脚』!!」
天使の股間の夥しい光へと飛び込んだ気力球は何かに当たって打ち返される。
手ではない。
足でもない。
腰に当たって跳ね返されたわけでもない。
天使の股間を包む光の中にあった何かによって打ち返された気力球はまっすぐ黒山羊へ!
「……く、くそ!!」
黒山羊は脚を立てて体を転がし、また気力球を避けようとするものの、その脚をティーゲルの徹甲弾に撃ち抜かれて骨を断ち割られてその場へつんのめる。
天使によって打ち下ろされる形となった気力球は黒山羊の背中から命中。
その巨木のように太い背骨をたった1発でへし折った。
「……ナイスバッティング!!」
「やったか!?」
「い、いや! こいつ、まだ動くぞ!?」
背骨を圧し折られても黒山羊は止まる事がなかった。
「うおおおおおぉぉぉぉぉ……!!」
まるで背中に関節が増えたかのように黒山羊は巨大な体をのたうち回らせ、耳をつんざく咆哮はついには周囲のビルの窓ガラスを割って周囲へ降り散らせる。
「アレで殺れんのか!? 面倒な奴よのう……」
旧支配者クトゥグァ、あるいは宇宙怪獣サウスガルムの幼体であるミナミの胴体の下で井上翁が呟く。
その声は強大な生命力を持つ黒山羊を恐れるというよりも、むしろほとほと呆れかえっているようだ。
黒山羊の咆哮によって周囲の窓ガラスが破壊されて破片に降り注いだ時、ミナミは井上翁と神田少年を庇うべく2人を大型車並みの胴体で覆いかぶさっていたのだった。
「ミナミさんや、例の『かでんりゅ~しほ~』とやらで何とかできんのか?」
「ちょっと、この状況じゃ使えないわねぇ……」
先にミナミの持つ最大の火力である「荷電粒子砲」について聞き及んでいた井上はその良く分からない武器であの黒山羊を消し飛ばせないか尋ねてみるが、全身をスズメバチのような警戒色の甲殻で覆われたミナミはその体に似合わず随分と消極的な答えを返してきた。
「なんじゃ? 街の被害なら気にする事なんかないぞ?」
「街の被害っていうかねぇ。私の荷電粒子砲って何かに当たると放射線を撒き散らしちゃうタイプのビームなんだけど……」
「放射線? レントゲンみたな奴か! かまわん、やれ!」
「わ~! わ~!! ちょ、ちょっと待って!?」
放射線が何なのか理解しているのか怪しい井上に代わって神田少年がミナミを止めた。
「そ、その、放射線ってどのくらいの……?」
「多分だけど、あそこで戦ってる戦闘用ハドー獣人も即死するレベルの?」
「あ……」
神田少年には詳しい事はなかったが、ハドーの獣人が地球人よりも放射線に弱いというようにはどうしても考えられない。
ついでにいうならミナミが言う「何かに当たると」という言葉。
その「何か」とは固体には限らないのではないか?
ミナミから黒山羊までの間の空間には空気があるのだ。
ようするにミナミの荷電粒子砲とは宇宙のような真空状態でもないかぎり目標に命中しようがしまいが周囲へ放射線を発生させる地球人にとっては禁忌の兵器なのだ。
「絶ッッッ対に使わないでください!!」
「分かってるわよ。私だって地球人に恨まれたくはないもの」
「でも、ならどうやって奴さんを倒す?」
だが3人はまだ気付いていなかった。
彼らの背後の上空。
青白いイオンの光を引いて“死神”が迫ってきている事に。
今回は何とか主人公さん()にも出番がある模様。




