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「お、おいッ!? さっき説明しただろ! ヤークトで接近戦は無理だ!!」
ビルとビルとの合間を駆けていくヤークト・パンテルⅡの戦闘室で鉄子が叫ぶ。
「無理だなんだ言ってたら、いつまでたっても前へと進めませんよ?」
「いやいや! だから駆逐戦車は前へ出るための兵器じゃないんだってば!」
さらに喚き続ける鉄子を無視して涼子は戦闘室天板のハッチを開ける。
目の前に飛び込んできたのは思わず気が遠くなる光景だった。
巨大怪獣と呼ぶには小さいのかもしれないが、それでも恐竜のように巨大で、そして歪に肥大した黒い山羊が天を仰いで悍ましい咆哮を上げていた。
黒山羊の毛足の長い体毛の下はまるで蛆が這いずりまわっているかのように不規則に蠢き、そして次々と仔山羊が産み落とされ続けているのだ。
仔山羊といっても大きさは人間並みかそれ以上。産まれたばかりだというのに二足で立ち上がっては動き回り口からは唾液を滴らせて下卑た笑みを浮かべているように見える。
だが、そんな事よりも涼子の視線を釘付けとしたのが天昇園戦車隊1号車、六号戦車ティーゲルの姿だ。
見た限り車輛自体の損傷は無いように思える。
しかし雑居ビルに側面から突っ込んで擱座したのかティーゲルは微動だにせず、そして、いつも砲塔のハッチから上半身を出して涼やかに微笑を浮かべていた泊満の姿は砲塔上には見られない。
泊満の姿は砲塔から降りた車体の上にあった。
泊満はどこか負傷でもしているのか車体の上を芋虫が這うような微々たる速度で這っていた。
ティーゲルの車体には黒山羊か仔山羊の返り血なのかドス黒い血がベッタリと張り付いているというのに泊満は着ている服が汚れるのも構わずにティーゲルの車体の上を這い、そして操縦手用の覘視孔を胸ポケットから取り出したハンカチーフで拭きはじめる。
返り血で操縦手の視界が効かなくなって立ち往生してしまったという事だろうか?
「……大変、鉄子さん! 砲手交代お願いします!」
「はぁっ!? お前は?」
「通信手! 装填手をお願い!」
「かしこま!」
何が何だか分からないといった様子の鉄子を車体側から上がってきたD-バスターが押しのけるように装填手席へと付き、代わりに鉄子は渋々とながら砲手席へと付いた。
通信手席の後ろの予備座席で小さくなっていた島田が「やれやれ……」といった様子で通信手席へと動くがどの道、彼にはナチス式の通信機は使えないのだが、この後においてはすでに通信など必要も無い状況だ。
「宇佐ッ! 行くわよ!!」
「あいあ~い!!」
涼子が突進し続けるヤークトの振動と揺れに耐えながら天板へと完全に出ると天板に控えていた宇佐が彼女を“お姫様だっこ”の形で抱きかかえて一気に跳ぶ。
ウサギの因子の持たされた宇佐の脚力は素晴らしく、脚力だけならば戦闘用獣人にも匹敵するほど。
巣穴を作るためのアナウサギの足の爪はハドーの超技術力によって戦闘用にも用いられるほどに強化されて、それがスパイクの役目を果たして着地の度にアスファルトへと突き立って宇佐の脚力を十全に前への推進力へと変えるのだ。
2度、3度と跳躍を繰り返す内に宇佐の腕に抱かれた涼子の目に何故か野球のユニフォームを着た女性の姿が映ったが特に気にしない事にする。
最近、涼子は思い始めていたのだ。
この業界のトンチキな連中の事をいちいち気にするだけ無駄だと。
そして宇佐は道路上を埋め尽くす仔山羊の集団の直前まで来ると今度は上へと跳ぶ。
そしてビルの壁面へと足の爪を立てて跳んでいき、一気にティーゲルの元へと降りる。
「泊満さん!!」
「ひとまずビルの中へと運びましょう!」
「ええ、お願い!」
涼子はやはり負傷しているらしい泊満の事を宇佐へ任せ、ティーゲルがブチ破ったビルの中へと宇佐が泊満を抱き上げていくのを確認すると自分は泊満がハンカチで拭いていた覘視孔を確認する。
やはり防弾ガラスは血糊でべっとりと汚れていた。これでは視界はゼロも同然だろう。ティーゲルのような旧式戦車にはワイパーなどは装備されていないのだ。
「まさか、こんな時にこれが役に立つとはねぇ……」
泊満はハンカチで血糊を落とそうとしていたようだが、こうも大量に粘性の高い血液がこびり付いていては汚れたハンカチで血を塗りたくっているようなものだろう。
涼子はズボンのポケットからウェットティッシュ状のフェイスシートを取り出してガラスを拭き始めると見る見る内に血糊は落ちていった。
シートを変えてもう一度、ガラスを拭きあげると端や隙間はともかく大雑把であるが汚れは落とす事ができた。
涼子には泊満のような“直感力”も島田のような“指揮能力”も無かったが、“女子力”はあったというところだろうか。
だが、覘視孔の汚れを落としてもティーゲルは動き出す事はない。
嫌な予感がした涼子が車体と砲塔をよじ登って開いていた車長用キューポラハッチから車内を覗き込むとそこは死屍累々の有様だった。
一応、皆、生きてはいるようではあったが、装填手は狭い車内に手足をだらしなく広げて涼子に反応する事はせず、胸が上下している事以外はまるで死んでいるかのよう。
砲塔へ砲弾を上げようとしている操縦手か通信手の腕は血まみれで、砲手もだらしなく腕を垂らして涼子へと力の無い照れ笑いを向けてよこす。
「大丈夫ですかッ!?」
「涼子ちゃん、ワシらちょっと立て込んでるけぇの、とっととウチの大将を連れて退避してくんろ」
「皆さんも早く脱出を!」
「俺らか?」
「ワシらはウチの大将の仇討ちじゃあ! えぇ? 怪獣だか何だか知らんがナンボのモンじゃい!」
涼子が来た事に気付いて血まみれの腕の持ち主が顔を表す。
彼は確かティーゲルの通信手だったハズだ。
彼は腕だけではなく頭部も負傷していたのか顔中、見塗れで、牙を剥くようにして作った笑みから覗く2、3本の歯だけが白かった。
(どうする? ……どうすれば皆を避難させる事ができる?)
「退避しろ」と言われて退避するようなつもりは涼子には無かった。
彼女は登録したてのヒーローであると同時に新人ではあるが介護職員なのだ。
施設利用者の高齢者たちを置いて自分たちだけ逃げるようなつもりは毛頭無い。
だが現実問題、泊満の他、4名の乗員を敵に囲まれている状況で無事に脱出させるような作戦など彼女には思いつかないのだ。
「……来るぞ」
「えっ……?」
車内から力の無い、それども砲塔上の涼子にも聞こえるように振り絞ったような声が届く。
姿の見えない操縦手もまだ生きてはいるようで、それは一安心だが、それよりも涼子はその声で自身に差し迫った危険に直面させられる。
あの巨大な黒山羊、涼子が放った砲弾で腕を引きちぎられていたハズだが、どのような能力なのか千切れた前腕部から糸のような紐のような血管や神経が別の生き物のように伸びていき、飛んでいった腕の先と繋がってズズズ……と元に戻っていっていた。
そして残る腕を振り上げてまた黒山羊はティーゲルを叩きつぶそうとしていたのだ。
思わず涼子はティーゲルの砲塔上で固まってしまったが、黒山羊の腕はいつまでたっても振り下ろされる事はなかった。
黒山羊の様子を不審に思った涼子がよく見てみると、黒山羊は固まってしまったというよりかは動こうとしているのに動けない状況なのか身を捩らせて捻っている。
「て・けりり……」
黒山羊の体に紫電が走る。
黒山羊を苛む青白い放電は黒山羊の背後、上方向へと続いていき、そして黒山羊が背にしているビルの屋上には1体のD-バスター、いや、背に黒い放熱板を背負っているのを見るにショゴスD-バスターがいた。
屋上のショゴスD-バスターが背負う放熱板からは盛大に陽炎が立ち、黒山羊が身を捩らせるたびにショゴスD-バスターは異星技術で作られたワイヤー「石動兄弟抹殺鋼線」を巧みに操作して体を踏ん張らせて巨大な黒山羊の行動を縛っていたのだ。
それでも何とか少しずつ動いてやっと背後を振り返った黒山羊の頭上へ別のショゴスD-バスターが降り立って手にした2本のビームセイバーを足蹴にしている頭頂部へと突き立てる。
黒山羊の関心はティーゲルから背後のD-バスターへと逸れるも空いた隙間を埋めるように今度は仔山羊たちが殺到してくるが、そこへ飛び込んできた残るショゴスD-バスターが山の木々から木々へと跳ぶ猿のように両腕、両足を振り回して蹴散らしていく。
「き、貴様らショゴス寄生体!? 一体、何故ッ?」
「てけり・り!」
「て~け~……」
「てけ!!」
やがて現れた女性型アンドロイドの背にショゴスの体組織を認めた黒山羊が驚愕したような声を上げるとショゴスD-バスターたちは「ズバンッ!」とでも擬音がつきそうなほどに指を突き立てて何かを述べるが生憎と涼子には何を言っているかは分からない。
だが、彼女たちが例え黒山羊のような強大な敵が相手でも共に戦ってくれるつもりであるのは分かったし、それが素直に嬉しかった。
一方の黒山羊は部下や手下、あるいは手駒にも等しいハズのショゴス寄生体の裏切りにしばし呆然としていたようであったが、気を取り直したのか地の底から響いてくるような笑いで返す。
「……フッフッフ! その言葉、後悔するなよ? 我に歯向かったのだ。楽に死ねると思うなッ!!」
「「「てけり・り!」」」
そのショゴスD-バスターの声に呼応するように涼子たちが来た後方から喊声が上がり地球人が、異星人が、異次元人が、異世界人が、そして鋼鉄が続々と決戦の場へと雪崩れ込んできたのだった。
本当は今回の
「き、貴様らショゴス寄生体!? 一体、何故ッ?」
「てけり・り!」
「て~け~……」
「てけ!!」
って箇所。
「き、貴様らショゴス寄生体!? 一体、何故ッ?」
「お手向かい致しまするぞッ!」
「『裏切りは悪の華』と言いますが、まさか貴方様ほどの方が生娘のように『卑怯だ』などとは言いますまいな?」
「お覚悟をッ!!」
にしようかと思ったけど、最近、「喋んない奴が急に喋りだす」展開が多かったので無しよ!




