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『六甲颪に颯爽と
蒼天翔ける日輪の
青春の覇気 美しく
輝く我が名ぞ──────── 』
精霊の唄が木霊するビルの谷間に竜巻が現れる。
足先から全身全ての間接を力強く捩じり上げた“幻想野球戦士”は大地を流れる龍脈へ接続し現実を非現実へと塗り替える事すら可能としているのだ。
故にたかだか身長180cm程度の大精霊、“猛る虎”座敷童は己を悪しき者を吹き飛ばす竜巻と化し、古代に滅んだティラノサウルス以上の体躯を誇る黒山羊を相手にしてもかえって闘志溌溂、獣王の意気を全身から溢れさせている。
「ハアアアアアッ……、セイッ!!」
「そいつは食らってやるわけにはいかんなぁ!!」
大地の“気”を球状に圧縮し、高密度のエネルギー球を作り出した座敷童は自身と黒山羊の体格差を覆すため、捩じり上げた全身の筋肉に込められた力を一気に開放。
それはまさに竜巻。
風を受けるために作られた風車すら破壊しつくす暴風。
黒山羊もエネルギー球を恐れてか、それとも座敷童のトルネード投法の球威を警戒してか、肥大している巨躯を巧みに操って山肌を山羊が跳ぶように跳ねて回避する。
「お前たち! 押しつぶしてしまえッ!!」
黒山羊はまだ残っていた仔山羊たちへ激を飛ばして座敷童へとけしかけ、そしてまた新たに全身からボドボドと仔山羊を産み落としていく。
その出産は生命の神秘とは程遠く、むしろ死肉に群がる蛆虫が寝床兼食料から転がり落ちるような誰しもが思わず嫌悪感を催すものであったが、ともかく黒山羊は座敷童1人とほぼ無力化した戦車1輌に異星人1体を相手にするには過剰すぎる手駒を手にしたことに変わりはない。
だが黒山羊は知らなかった。
野球妖怪にとって乱闘などお手の物どころか、ただのついで仕事に過ぎない事を。
人間のやる野球でもそうだろう。
死合中に乱闘が起きる事はよくある事であったとしても、その乱闘で負傷者が出る事など滅多にある事ではないのだ。
両チーム、控え選手や監督、コーチなども合わせれば4、50人もの野球戦士たちの乱闘はともすれば小規模な合戦にも似た様相をきたす事とてざらにある。
そのくんずほぐれつの乱闘を負傷無しで切り抜ける技を野球戦士たちは持ち合わせているのだ。
「ハアアアアアっ……!」
ビルの谷間を埋め尽くす仔山羊たちが自身目掛けて殺到してくるのに対して座敷童は精神を研ぎすませて前へと出る。
摺り抜けていく隙間など一寸たりとて無い前へと。
座敷童の両手にはすでにそれぞれエネルギー球が握られていた。
その気力球を高速で往復運動するレシプロエンジンのピストンのように次々と仔山羊たちへと押し当てて大地の“気”を流し込んでいく。
「……タッチ“死”よッ!!」
座敷童の冷たく透き通った声が上がると同時に“気”を流し込まれた仔山羊たちは一斉に体中の穴という穴からドス黒い血液を噴出して息絶えていった。
「ええい……、忌々しい!」
鮮やかな手並みで四方八方から迫る仔山羊たちを次々と屠っていく座敷童の手腕に思わず黒山羊も天を仰いで歯ぎしりする。
座敷童の白黒縦縞の戦闘服は伊達や酔狂でこのような目立つ模様なのではない。
それは四聖獣が一柱、白虎がそうであるように、あるいはある種の毒カエルや有毒蛸がそうであるように白と黒、対極に位置する配色は自然界において最大限の警告色であり、座敷童にとっても相対した敵に対する最後の慈悲なのだ。
黒山羊の全身を覆う毛皮が波打ち、次々と仔山羊は産み落とされては立ち上がって座敷童へと向かっていくが野球妖怪が敵を屠っていくスピードも負けてはいない。
このまま千日手のような状態になってどちらの気力が先に尽きるかの勝負になるかと思われたがそこで突如として大気を震わす爆発音が鳴り響く。
「チィ! 邪魔をするなァァァ!!」
その爆発音は砲声であった。
ティーゲルの乗員各員はすでに全員が重症を負っているというのに戦う事を止めず、砲塔を旋回し、主砲へ仰角を付け、砲弾を装填し、そして今「我はここに有り」と虎は雄叫びを上げたのだ。
ティーゲルが放った8.8cmの硬芯徹甲弾は黒山羊の背後、後頭部へ命中し、そして額から抜けていった。
まともな生物ならばそれで即死であったろうが、黒山羊は頭部の貫通痕でダメージを負うどころか座敷童との攻防に水を差された事で怒り狂い身を翻してティーゲルへと駆け出していく。
座敷童との決着を付ける前にとっととティーゲルを始末するつもりか、固く握りしめた拳を上から振り下ろしてティーゲルを叩きつぶそうとする。
「不味いッ 逃げて!!」
今も仔山羊たちに取り囲まれて投球フォームを取る事ができない座敷童にはただ戦車の乗員たちへ向けて叫ぶ事しかできない。
切迫した叫び声も虚しくティーゲルは微動だにする事なく、そのまま黒山羊の拳に叩きつぶされるかに思われた。
しかし、巨大な拳が振り下ろされる瞬間、黒山羊の右腕が前腕部の中ほどから千切れ飛んだ。
「…………これは……?」
野球で研ぎ澄まされた座敷童の動体視力は黒山羊の腕を吹き飛ばした高速で飛翔する物体を捉えていた。
だが彼女にはそれが何なのか理解する事はできない。
それは一見、“矢”のように見えた。
全金属製のダーツの矢のような何かだ。
そこまでは分かる。
しかし超高速で移動し、黒山羊の不気味に節くれだった腕を撃ち抜いてなお止まらずに抜けていく矢など座敷童には想像も付かない。
それから実際の時間にして1秒あっただろうか?
座敷童の耳へティーゲルのものとはまた違った砲声が後方から轟いてきて、先ほどの矢は大砲から発射された物だと分かったのだ。
「さすがは涼子! アレを当てるとはな!」
「そんな事より皇女サマ、歯を食いしばってて下さい!」
「はえ? 妾、殴られるのかえ?」
「いいえ、今から敵に突っ込むんですよ! 舌を噛んでも知りませんよ!?」
「殴られた方が随分とマシじゃった!」
西住涼子の「今から突っ込む」という言葉に操縦席のD-バスターが「Ho! Hoo!!」と奇声を上げてヤークト・パンテルⅡのスロットルを一気に振り絞る。
蛇行運転しながら駆逐戦車は加速していき、40t以上もの重量を誇る装甲戦闘車輛は体当たりをも辞さない勢いで戦場へと突入していく。
先の黒山羊の腕を吹き飛ばした“矢”の正体。
それはヤークトの105mm砲から発射された装弾筒付翼安定徹甲弾である。
その名が示す通り、APFSDSの発射された弾丸は砲身から飛び出した直後に侵徹体を覆っていた装弾筒が外れ、細い矢のような侵徹体だけが目標に向かって飛んでいくのだ。
毎秒1,500m以上もの速度で飛んでいくタングステン製の侵徹体は塑性流動を起こす事で敵装甲を無力化し、涼子の超視力と未来位置予測能力と組み合わさる事によって振り下ろされる黒山羊の腕を撃ち抜いてみせたのだった。
昨日、母方の祖母の買い物に付き合いましてね。
祖母は足が悪いので暇な時は車出してやったりしてるんですが、そんなわけで昨日もスーパーに連れて行ったんですよ。
ウチの祖母は足だけじゃなくて目も悪いものですから「これは何だ?」「これはいくらだ?」なんて聞いてくるんですよ。
で、総菜コーナーの弁当を見ている時にですね。また「これは何だ」と聞いてくる物ですから「季節の天丼だって」と教えてやったわけですよ。
そしたら婆さん。
「テンドン? ウドンか!?」
なんて言い出しましてね。それ聞いた時には私、「あれ? もしかして俺、呪われてる?」とか背筋がゾッとしちゃいましたよ。




