46-3
「貴方は本当に地球人なのですか……?」
ルックズ星人は自分でも馬鹿な事を聞くものだと思いながらも聞かずにはいられなかった。
つい先ほど繰り広げられた“鮮やかな手際”などという月並みな言葉では済ませられない“神の御業”の如き手管にルックズ星人は戦慄を隠す事ができず、震える体を自らの手で押さえつけていたほどだ。
もし仮に泊満という男が地球人でなかったというのなら何だというのだ。
ルックズ星人は宇宙でも高度な技術力で知られた「フラッグス移民船団」の生き残りである。
その彼が装備するボディーアーマーの各所に装備されているセンサー類はあの“猟犬”を探知する事すらできなかったし、左腕に搭載されているハンドヘルドコンピューターはあの悍ましい獣について推論すら出す事ができないでいた。
だが泊満は、彼の言葉を借りるなら瞬時に“世界の壁”を越えて移動する“猟犬”をただの勘によって次の出現位置を予測して先回りしてこれを撃破したのだ。
「ハハ……、そんなに怖がらなくてもいいじゃないか? それよりも先を急ごう。それとも気が変わったかね」
「……いいえ、ナイアルラトホテプは私の仲間の仇です……」
茶化すような泊満の言葉にルックズ星人も気を取り直して歩き出す。
泊満の言葉と表情は先ほどまでと変わらず飄々としたものだったが、どことなく気落ちしたようにも見えた。
「さて……、港湾センタービルの入り口はそこの角を曲がった所だがね。そのナイアルラトホテプは席を外しているようだぞ?」
「うん? それはおかしいですね。奴からしてみれば計画の大詰めもいいとこだというのに……」
「門番だか留守番だかは残しているようだがね。どうする? 君は仇を追うかい?」
「いえ。邪神の企みを挫く事こそ、ショゴスに飲まれていった仲間たちへの手向けです」
「ふむ……」
泊満も咽頭式マイクで車内の乗員へと指示を出し、砲塔を車体正面へと戻させるとティーゲルを微速前進させはじめる。
ティーゲルと異星人。
ゴーストタウンのようになった街を2つの陰がゆっくりと並んで進んでいく。
「君がさっき言ったように私は地球人の枠を少しだけ越えてしまったのかもしれないな……」
「えっ?」
「少しだけのつもりだったのか!?」とルックズ星人が驚いて顔を上げて砲塔上の泊満の顔を見上げると、僅かに見える老人の横顔は随分と寂しそうに見えた。
「私は戦時中、このお嬢さんをドイツから日本へ持ち帰る途中に乗っていた潜水艦が駆逐艦から爆雷攻撃を受けてね。その時はさすがにもう駄目だと1人で膝を抱えて震えておったよ。まるで永劫に続くかのような攻撃の最中、私はいきなり自分が自分という枠を超えて拡大していくのを感じたのだ。
それ以来、妙に勘が冴えてね……」
泊満の目はもはや港湾センタービルの茶色い外壁を見てはいない。
ただ、どこか遠くを見つめて昔話を語っている。
「私の勘の冴えは時にさっきの君のように人を怯えさせたりもした。だが、私は自分が得た力を隠すような真似はしなかった。
私には戦う力があった。ともに戦ってくれる仲間がいた。そして私にはジャジャ馬のお嬢さんがいた」
年老いた男は寂しそうな顔を緩ませてそっとティーゲルの砲塔を撫で、ハッチの中の乗員たちを見ていた。
「何より戦わなければ誰かが泣く、誰かが涙を流す。それが自慢の勘で分かってしまったんだな! 君もそうなんだろ?」
「……私が、……私たちが地球に来たのは、宇宙を旅していた船団で伝染病が流行し療養の地を求めて……」
泊満の予期していなかった言葉にルックズ星人は虚を突かれた形となって動揺し、動揺は声の震えとして現れる。
だが所詮は自分の言葉が言い訳にしかすぎない事も理解していた。
結局の所、自分たち「フラッグス移民船団」は例えそれが苦渋の選択であったとしても“侵略者”の道を選んだのだ。
「私たちはどうしていれば良かったのでしょうか……?」
「さあなぁ……。だが、私は君をそう悪い者ではないと思っているよ」
「……それも勘ですか?」
「他に何か必要かね?」
いつの間にかルックズ星人の方を見ていた泊満と異星人は顔を見合わせて軽く笑い合う。
少なくともルックズ星人には泊満の勘以上に精度の高い物などは思いつかなかったし、今は寂しそうな顔をしていた老人が笑っていた事が嬉しかった。
「だが、君にこう言うのは何だがね。幾ら私たちが戦い続けても争いの芽は無くならず、私もついにこんな歳になってしまった。
結局、私は“誰かを守る者”にはなれても“戦いを終わらせる者”にはなれなかったのだな……」
泊満の顔から笑みが消え、先ほどまでの寂しそうな顔とも違う無常観が漂うものになっていく。
「自分と同じ人間の枠を少しだけ越えてしまった者である“あの子”も戦いの道を選んでしまった。世が世ならその力をもっとこう穏やかなもののために使う事もできたのであろうがなぁ……」
「『鷹の目の』ですか?」
「ふっ、さすがに耳が早いな!」
「UN-DEAD」のデータベースにも「鷹の目の女王」という二つ名で売り出し中の新進のヒーローの事は要注意人物としてマークされていた。
だが、そのヒーローも「虎の王」と同じように地球人を超越した能力があるとはルックズ星人も初耳だ。しかし「鷹の目の女王」がハドー総攻撃で挙げた戦果や、銀河帝国製の陸戦兵器を地球製の旧式戦車で撃破したという実績を考えればそれもありうる話なのだろうと思う。
「まぁ、“戦いを終わらせる者”にはなれなかったがな、それでもなろうとするのは自由だろう? 例えこんなヨボヨボの爺であってもだ」
「なら私は“2度も仲間を守れなかった者”で、そして“仲間の仇を討つ者”になろうとしているという事で」
「ハハッ! 良いじゃないか! その意気だ!」
「ちょっと! 無駄話はそこまでよ!!」
不意にこれまで一言も言葉を口にしていなかった着物姿の幼女が声を上げる。
幼女の姿は未就学児くらいにしか見えなかったというのに、泊満とルックズ星人に警戒を促すその声は大人のものにしか聞こえなかった。
「……少しだけ時間を作って頂戴!」
「あ、ああ……」
「え? ホントに妖怪?」
「細かい事はいいから! 貴方たちバッテリーは時間を稼ぐだけでいいから!」
幼女はオカッパの髪を翻してヒラリとティーゲルの砲塔上から飛び降り、アスファルトの上に手をついて瞑想しているのかじっと目を閉じる。
それは何かを探しているかのようにも見える。
一方、丁字路になっている交差点の角から姿を現した黒い巨体を見た泊満とルックズ星人は共に息を飲む事になっていた。
「アレは……!」
「コイツは驚いたな。……想像以上だ」
そこにいたのは太古に絶滅したマンモスや恐竜のように巨大な黒山羊。のように老人たちと異星人には感じられた。
「46-1」の前書きでも書いたけど、ホントはここまでで45話の予定でした。。。




