デモンライザー サクラ 第3話「私はデモンライザー」-10
「ハハ……、行っちゃいましたね……」
“死神”の姿が見えなくなると深紅の戦士デモンライザーは融合状態を維持できなくなったのか、一瞬の眩い輝きと共に長瀬咲良と長瀬咲良の姿に分かれた。
咲良は魔杖を地に付いたまま力無くへたり込み、その肩を優しくベリアルが叩いてやる。
「……お前は馬鹿なのか?」
「はい?」
その姿を見たナイアルラトホテプの口から出たのは疑問の声である。
嘲笑うといった意味はまるで無い。
ただただ純粋に疑問であった。
これが仲間を助けるためともあればナイアルラトホテプも納得できる。この宇宙に広く分布する人型タイプの生物は知的生命体の中でも貧弱な身体能力しか持たず、そのため集団の維持を重視する傾向があるのだ。
仲間を見殺しにする事は自身の遠からぬ破滅をも意味するため、傍から見れば不合理とも思える行動をするのがヒューマノイドタイプの生物なのだ。
だが、つい先ほどまで殺し合っていた相手をカードに封じたからといって、これまで苦楽を共にしてきた仲間のように助けに入るとはナイアルラトホテプにはとても理解できる事ではなかった。
しかも相手はあの“死神”デスサイズなのである。
現にデモンライザーもナイアルラトホテプが助け船を出さなければ洋鉈に切り裂かれ、具現化した憎悪の炎で焼かれていたであろう。
羽沢真愛がデスサイズに声を掛けるのが少し遅れていれば高出力のビームガンで撃ち抜かれていたであろう。
だが、デモンライザーはナイアルラトホテプに振り下ろされた大鎌の前に飛び出していたのだ。
自身を降した相手がそれほどに考え無しの馬鹿だと思うのも無理はないではないか。
「馬鹿、ですか……?」
「馬鹿でなければ何だ? 『ソロモンの遺産』を手にした事で子供らしい万能感でも肥大化したとでも? それともあの“死神”がそんなに甘っちょろいモノだとでも思ったのか?」
「そのどちらもあるかもしれません。でも……」
咲良は尻もちを付いたように地面にへたりこんだままナイアルラトホテプをしっかりと見据えている。
無様にも降参した敗者であるナイアルラトホテプは勝者であるハズの咲良を見下ろしながら、まだ幼さの残る顔に真剣さを見て取っていた。
実際、長瀬咲良はまだ子供と呼ばれる年齢であるし、それ故に甘さも子供特有の根拠の無い万能感からも脱しきれていないのであろう。
だが、それゆえに真っ直ぐに本気で相手を見つめる事ができるのだ。
「でも、何だ?」
「誰かと手を取り合いたいと思ったら、まず自分から手を差し出さなくてはならないと思うんです」
「その結果がただの自殺だとしてもか?」
咲良の言葉に嘘は無い。
虚飾も無ければ、傲慢さも無い。
それは彼女の目が物語っていた。
「私は昔、ベリアルさんに食べられそうになったんです。でも1人の悪魔が助けに来てくれて、私も勇気を振り絞ってその悪魔を助けてベリアルさんをやっつけて……。その時に“悪魔”と呼ばれて忌み嫌われてる存在とだって手を取り合う事ができると知ったんです
そしてベリアルさんも仲間になって、貴方にベリアルさんが殺された時は悔しかった。ただ逃げなればいけない自分が本当に悔しかった。もう2度とそんな思いはしたくないんです」
振り絞るような声で「そうか……」と呟いたナイアルラトホテプは天に手を翳して、彼らを外界と隔てる閉鎖空間の維持を解く。
長瀬咲良に命じられたわけでもないし、そもそも長瀬咲良に従えられる事に納得したわけでもない。
まだ自分でも考えが上手くまとまらないのだ。
だが、長瀬咲良がベリアルと力を合わせてナイアルラトホテプを倒した事は事実であるし、デスサイズに立ち向かい覚悟を示した事も事実である。
そしてデモンライザーがデスサイズに敗れたら次は自分の番だと触手を放って結果的に助力したのも事実。
闇の閉鎖空間は天井部分からゆっくりと霧散するように消え始め、黒に覆われた空間に空の青と雲の白が徐々に覗き始めた。
「ふん! 貴様が我を倒した事は事実だ。いいだろう。地球人の短い寿命くらいは付き合ってやろう……」
その言葉は敗れた事に対する悔し紛れだっただろうか? それともたかが人間に従えられる事に対する照れ隠しのようなものだっただろうか?
誇示するように腰に自身の“神格”を浮かび上がらせ、矮小な人間が自分の選択を後悔するかと期待したが咲良の反応は邪神の想像を大きく下回る物だった。
「だが、ゆめゆめ忘れるな! 我の本質は宇宙の“闇”そして“混沌”! たった1つの惑星にしがみついている地球人如きにこの力、扱いきれるものだと思うな!」
「はぁ……? “混沌”ですか?」
咲良はベルトの中央に輝くトラペゾヘドロンを見ても動じる事なく、むしろ眉間に眉を顰めたくらいの反応を返していたのだ。
「“混沌”ねぇ……。悪い人たちやっつけて報奨金もらったらお酒を買ってもいいですけど、子供たちに悪い影響を与えないように配慮してもらえると……」
「……ちょっと待て、何でそうなる?」
「違うんですか? アーシラトさんはそんな生活を送ってますけど?」
アーシラトも確かに“混沌”の象徴たる存在だ。
だが知的生命体には理解しきれぬ宇宙の脅威の象徴たる“混沌”と、秩序の正反対の属性として「好き勝手に生きる」を体現する“混沌”を一緒にされては困るとナイアルラトホテプは主たる咲良に説明しようとするが、そこではたと気付く。
そもそも地球人に理解しきれぬ概念を説明できる言葉などありはしないのだ。
「ああ……、え~と、だな……」
「アハハ! 御主人様もそう新入りを虐めてやるなよ!」
「ベリアル!」
ポンポンと右肩を叩かれたナイアルラトホテプが振り向くと、頬にベリアルの人差し指が突き立った。
「ベリアル……。お前はどこまで主に教育している?」
「教育? そんなん私がするわけね~だろ! ヴァ~カッ!!」
「あの……、2人とも仲良くしてくれると嬉しいなぁ~、って……」
せめて魔法的な知識が十分ならば正確とは言えなくともある程度は説明できるかとも思ったが、ベリアルはギラギラと悪意の籠った目を輝かせてみせるだけだ。
「主よ。さっきの言葉を取り消したいのだが?」
「はぁ? テメェ、私の事を殺しといてそんなナマッちょろい事が通るとでも思ってんのかよ? まぁ、仲良くしよ~や、ナイちゃ~ん!?」
すでにカードに縛られた効果によって仲間への攻撃ができなくなっているのを知っているのかベリアルはナイアルラトホテプの頬に押し付けた人差し指をグリグリと押し込んでくる。
きっとベリアルにとってはこの程度は仲間同士の悪ふざけくらいのものなのであろうし、しかも経験でこのくらいではカードの戒めには触れないと知っているのだと雄弁に物語るベリアルの瞳に思わずナイアルラトホテプも宇宙消費者庁に契約の無効を訴えたくなるほどだ。
「主よ……。後で我と魔法関係のお勉強しようか?」
「はあ~? 新入り、お前、“這いよる混沌”なんて二つ名のくせに常識人枠でも狙ってんのかよ?」
果たして長瀬咲良が魔法でベリアルを強く律するのと、自分の混沌胃袋に穴が空くのとどちらが先だろうかと本気でナイアルラトホテプは心配していたため頭上から降ってくる存在に気付く事はなかった。
「シャアアアアアッッッ!!!!」
「ぶべらっ!?」
「あ、アーシラトさん……」
消えゆく閉鎖空間の空いた穴から落下してきたアーシラトのアックスボンバーがナイアルラトホテプの後頭部に叩き込まれ、邪神はしたたかに顔面を地面を打ち付けてしまう。
(……これ、「UN-DEAD」の連中の方がよっぽどマシじゃないか?)
口内を満たす土の味にナイアルラトホテプはもはや還らぬ日々を懐かしみ、それと同時に前途多難の日々に大きく溜息をつく。
以上で第45話は終了となります。
河童救出部隊編は第46話へ続きます。
それではまた次回!




