デモンライザー サクラ 第3話「私はデモンライザー」-9
舞い降りてきたのは死神。
青白い燐光を纏った病的に痩せた長身はこの世のモノではないかのようでナイアルラトホテプは恐怖した。
凶相を隠そうともしない骸骨を模した仮面の眼窩には小さな紅玉のようなアイカメラが並び、何者にも感情を読み取らせる事を拒んでいるかのよう。
その身を包むボロボロのマントも貧相なイメージを抱かせる事はなく、むしろ禍々しさを増す事となっていた。
その手に握られたその名の由来でもある大鎌の曲刃は怪しく赤く輝いている。
永劫ともいえる長い時を生きる邪神ですら理解しきれぬ未知のエネルギーの作用によって大鎌が赤く光る時、その刃は闇を切り裂き、空間そのものを断ち切る事すら可能としていた。
その“死神”の赤い刃が猛然と一直線にナイアルラトホテプへと迫っていたのだ。
悪魔ベリアルが推測していたようにナイアルラトホテプの本質は“闇”。宇宙の大半を占める闇の具現化ともいえる存在の神である。
一方、“死神”などと呼ばれているがデスサイズはタロットカードの1枚の意匠を盛り込まれてデザインされただけのただの改造人間。
本来ならばいかにデスサイズが強大な力を持っていたとしても神であるナイアルラトホテプを弑逆する事などできないハズであった。
だが、今はどうなのだろうか?
デモンライザーのカードにその身を封じられ、“存在”を縛られ固定された今では?
1秒前に絹ごし豆腐のように赤く光る大鎌によって切り裂かれた閉鎖空間の壁面と同じように自身も“死神”によって切り裂かれ、その辺の惑星の上を這いつくばって生きる有象無象と同じように殺されるかもしれないのだ。
もしかしたら例えデモンライザーのカードに身を縛られていたとしても本質が変わるわけでもないだろうし、未だナイアルラトホテプは不死の存在であるかもしれぬ。
だが、そんな事を試してみる勇気はナイアルラトホテプには無かった。
地球人類には到底、想像する事もできないような時を存在し続けてきた邪神はこの時、生まれ落ちて以来、久しぶりの生命の危機を感じていたのだ。
ナイアルラトホテプの思考は1ミリ秒ごとにグルグルと巡り、結論の出ない考えを止める事ができないでいた。
(回避……不可能!)
(いや、「時空間断裂斬」だけではない。奴の洋鉈が放つ炎は物理的な現象ではないのに“解呪”できないのだぞ?)
(いやいや! まずは目の前に迫った“死神”の大鎌をなんとかやり過ごさねば……!)
(腕1本、捨てるか? いや、そんな事で奴の刃が止まるものか!)
(羽沢真愛を盾に? 奴の怒りに火を注ぐだけか……)
結果的にナイアルラトホテプの足は止まり、ただ呆然と“死神”の大鎌が迫るのをただ待つという形となっていた。
人間を矮小なモノと蔑み、手の平で転がしては右往左往する様を見て愉悦する事こそが本懐だと生きてきた邪神にとっては滑稽なほどに人間らしい様子である。
このままデスサイズに斬り捨てられるかと邪神本人も思った刹那、ナイアルラトホテプの視界を赤が埋め尽くした。
「…………ッッッ!!」
「邪魔をするならッ!」
ナイアルラトホテプはただ呆然と目の前で起きている光景を見ていた。
“死神”の大鎌が振り下ろされる寸前、深紅の戦士デモンライザーがナイアルラトホテプの前に躍り出て大鎌の柄を両手で掴み、それ以上に振り下ろされるのを防いでいたのだ。
赤く煌めく大鎌の刃がありとあらゆる全てを切り裂く兵器である以上、白刃取り式に刃を手で挟んで止めるというわけにもいかず柄を掴みにいったわけだが、その行動はデモンライザーの背後30cmほどの距離に文字通り必殺の刃が位置する事となっていた。
長身のデスサイズからすれば半歩ほどの長さだけ大鎌を引けばデモンライザーは背後から袈裟斬りの形で斬られてしまうだろう。
「……待っていろ邪神! 次はお前の番だ。お前にウドンを振る舞ってくれる者などどこにもいないぞ?」
デスサイズが珠を転がすような中性的な子供の声で深紅の戦士を無視してナイアルラトホテプへと語りかける。
お道化てみせたつもりかデモンライザーの背中越しに首を傾げて見せた“死神”の仮面は酷く不気味で、彼の言葉が脅しでもなんでもなく本心からのものである事を暗示していた。
一方、デモンライザーは言葉1つ発せないほどに精一杯の力で何とかデスサイズの凶器を食い止めてはいるが、地に足を付いたデスサイズ本体のパワーに背部や下肢のロケットの推進力を合わせた力には抗しがたくジリジリと後退しつつあった。
なんと、緩急を付けて大鎌を引けばそれだけでデモンライザーを始末できるであろうに、デスサイズはなおも前進を止めていなかったのだ。
やがてデスサイズは大鎌の柄の石突きを地に付けて、左足の足裏で地面に固定、右腕だけのパワーでデモンライザーと拮抗状態を作り出すと、空いた左手を背へと回す。
(……不味い!)
デスサイズが背に手を回すなど、やろうとしている事は1つしかありえない。
背中のラッチに取り付けている洋鉈、マーダーマチェットを取ろうとしているのだ。
思わずナイアルラトホテプは右腕を突き出し、魔力で生成した触手を射出していた。
打ち出された触手はデモンライザーを避けてから真っすぐにデスサイズの胸板へ……。
「ちぃっ……!!」
「……た、助かった!?」
ナイアルラトホテプが潜り込んでいた「UN-DEAD」の研究によってデスサイズの装甲が脆弱な物である事は分かっていた。
装甲材である超合金Arは非常に強固な物ではあるが、機動性を追求した構造的にも実装甲厚的にも「UN-DEAD」の旧式怪人が装備する兵器で十分に対処する事が可能とされていた。
ただし。
それも攻撃をクリーンヒットさせる事ができればの話だ。
ナイアルラトホテプの触手はデモンライザーの背中に隠れて奇襲のようにデスサイズに襲いかかったハズであったがデスサイズは一瞬で真上に飛んで逃げてしまう。
後ろに退こうとすれば斬られる事になるデモンライザーが必死で阻止しようとするのを避けるためにわざわざ上へと逃れたのだ。
“死神”は指呼の距離を取って大鎌を肩に担いで邪神と深紅の戦士を見据えていた。
「ま、誠君!? その赤い人、咲良ちゃんよ!?」
「……え゛」
ポカンとした顔で一連の攻防を見守っていた羽沢真愛が我を取り戻してデスサイズへ慌てて声をかけると死神も驚いたような声を上げて羽沢真愛とナイアルラトホテプ、デモンライザーを何度も繰り返し見まわしてみせた。
「……そ~なの?」
「そ~なんです……」
先ほどの他者へ恐怖感を与えるためにお道化てみせたのとは違い、今度は本当に「なんで?」と首を傾げて見せるとデモンライザーもホッとしたように肩を落としてファイティングポーズを解く。
「えと、ナイアルラトホテプは私がカードに封じたんで殺さないでくれると嬉しいなぁ~って……」
「そうなんだ」
デモンライザーが咲良の声で1枚のカードを見せるとすんなりとデスサイズは信じたようであった。
「真愛さん、怪我はしてない?」
「私? 別にしてないけど……」
「そう? なら生かしといてもいいか!」
仮に羽沢真愛にかすり傷の1つでもあったらどうなっていたのか、それを口にする事もなく再びデスサイズはイオン式ロケットの青白い燐光を発して宙へと浮き上がる。
「それじゃ、僕は河童さんを助けに行ってくるね~!」
「誠君も気を付けてね~!」
「は~い!」
子供らしい声と共に“死神”は加速しつつ上昇、再び大鎌を赤く光らせて閉鎖空間の壁面を切り裂いて外へと飛び出していった。
書いてて思ったけど、主人公さん、敵の方が映える。




