デモンライザー サクラ 第3話「私はデモンライザー」-8
足4の字固め。
古代の悪魔であるベリアルが必殺技としている事からも分かるようにこの技自体も古典的な技である。
古典的であるが故にシンプル。
シンプル故に完全に極まってしまった足4の字固めを外させる方法などは存在しない。
技を掛けた者が自分の意思で解除するか、第3者の介入無しに逃れる術などは存在しないのだ。
「アダダダダダっ!? ク、クソ! 舐メルナァァァァァ!!」
ナイアルラトホテプが激痛に耐えながら身体を大きく捩らせ獣のような咆哮をあげる。
痛みの中を上手く呼吸を合わせて2度、3度と左右へ大きく体を振り、そして人間ならば股関節の靭帯が一瞬で引きちぎられるような勢いで体をひっくり返してみせたのは“邪”とはいえ“神”の貫禄といったところだろうか?
『あだだだだだだッ!?』
『痛い、いだい、いだい、痛ったあああああ~!!』
邪神が4の字固めをかけている深紅の戦士ごと体をひっくり返すと今度は逆にデモンライザーが身を悶えさせて苦しみだし、ナイアルラトホテプは一息ついたように肩をゆっくりと上下させていた。
足4の字固めを外させる方法などは存在しないが、返し技は存在するのだ。
ナイアルラトホテプがやったように体をひっくり返すだけでそっくりそのまま今度は技を仕掛けた方を激痛が襲う。
無論、邪神もノーダメージとはいかないが、そもそもデモンライザーの魂の半分は痛みに脆弱な地球人なのだ。
インナースペースで咲良もベリアルも揃って悲鳴を上げるが、拷問にも等しい苦しみに苛まれながらも2人はまだ勝負を諦めてはいない。
『アダダダダ!! なんで奴が私の必殺技の返しを!?』
『痛ダダダダダ!? ちょっと~! ベリアルさん! 4の字固めがひっくり返されたら仕掛けた方が痛いなんて私のクラスメイトですら知ってる事ですよッ!?』
咲良が通う中学校では体育の一環として柔道が行われているが、授業前などに男子生徒同士がふざけて畳の上で4の字固めを掛け合っているのを見た事があった。
そして男子生徒たちも互いに体をひっくり返しているのを咲良も見た事があったのだ。
『いたたッ!? ま、マジかい!?』
『こっ、こんな時に嘘付いたってしょうがないじゃないじゃないですかッ!!』
『じょ、上等だ!! この技がそんなに甘っちょろいモンじゃないって教えてやる! ご主人様、もう少しだけ耐えてくれ!!』
『はいッ!』
一瞬の間すら置かずに返ってきた威勢の良い返事にベリアルは安堵する。
まだ主の闘志は萎えてなどはいない。もちろん自分もだ。自分の技を返された痛みで参ってしまったでは“悪意の悪魔”の名が泣くではないか!
「おらァァァァァ!!」
ナイアルラトホテプの気が緩んでいるのを察していたデモンライザーは先ほど邪神がしたように体を左右に振って反動をつけたりはせずに一気に体をひっくり返した。
「……えぇ。さ、咲良ちゃんたち、何をしているのかしら?」
邪神と悪魔戦士の戦いを見守っていた羽沢真愛も困惑した声で呟く。
先ほどから両脚をもつれ合わせた状態のままのナイアルラトホテプとデモンライザーは互いに体をひっくり返したりひっくり返されたりを繰り返していた。
互いの体がひっくり返る度に苦しむが側が変わり、まるでシーソーが上下するのを見るかのようでもある。
だが、真愛もすぐに気付く。
痛みに苦しんでいる側が何とか体をひっくり返して優位を取ろうとしているように見えて、デモンライザーとナイアルラトホテプは何故か左方向にばかり体を返していたのだ。
「咲良ちゃん、何か仕掛けるつもり……?」
深紅の戦士デモンライザーは何とか体を左側へと返していき、邪神が体をひっくり返そうとしている時には右手で持った魔杖をボートの舷外浮材のように地面に突っ張る事で右側へと返される事を防いでいた。
そして、ついに……。
咲良は邪神に体をひっくり返されるたびに襲ってくる痛みに懸命にこらえていた。
それは寄せては返す波のようで永劫に終わりが見えない責め苦のようにも思える。
咲良の頭脳は幾度となく襲い来る苦痛を回避する術を模索すべくこれまでの経験から何か役に立つ事はないかと猛スピードで知識の検索を始めて、咲良の脳内にはこれまで見てきた光景が幾つも浮かんでは消えていった。
俗に言う「走馬灯が見える」という状態だ。
両親が死んだ自動車事故。そのひしゃげた車内から助け出された時。
両親の死後に暮らす事になった児童養護施設へ悪魔が攻め込んできた時。
異次元人の海賊が街を火の海にして避難している時。
忍者組織のアジトで邪神が姿を現した時。
いつも咲良は助けられてばかりだった。
だが、今は違う。
友と運命を共にしているという実感は咲良を勇気付け、けして折れぬ闘志を彼女に与えてくれていたのだ。
危機から脱するための機能であるハズの「走馬灯」の中、咲良は苦しみを受け入れる事を選んでいたのだ。
『よし! 御主人様、良く耐えてくれた……』
インナースペースに聞こえてくる友の声は随分と優しいものに聞こえた。
自らも咲良と同じだけの激痛に苛まされていたというのに「悪意の悪魔」の声は慈しむように咲良を労っていたのだ。
気が付くとデモンライザーは邪神が作り出した閉鎖空間の壁面スレスレまで移動しており、魔杖から手を離したデモンライザーは両手を上げた状態で壁面に両手を突っ張って踏ん張り、左右ともにひっくり返されたりしないような形を作りあげていた。
『アハハッ! 奴がこの闇の空間からエネルギーを供給して戦うってんなら、こっちだってこの壁面を使わせてもらうだけだ!』
『流石です!』
ベリアルは自分がひっくり返される時の激痛を甘んじて受け入れながらも閉鎖空間の壁面を利用して逃さぬようにしていたのだ。
「さあ! 私たちの悪意を受け取りなさい!!」
デモンライザーが宣告する。
咲良とベリアルの声は混ざり合い、1つの意思となって外宇宙の邪神へと告げられた。
「ノォ~~~……!!、ノォ~…………!」
完全に極まり、そして返される事もなくなった足4の字固め。
邪神はなおも身を捩らせて逃れようとするものの、もはやそれはかえって邪神自身を苦しめるだけの結果となっていた。
徐々に邪神の身を捩る力が弱くなっていき、苦痛に悶える獣のような咆哮も絶え絶えとなっていく。
なるほど、いかに周囲を包む闇からエネルギーを供給される事で不死身の存在となっていたとしてもけして逃れられぬ激痛の前ではそれも意味も無い。
最初はどうなるかと思ったものの、実の所、ベリアルの必殺技は咲良の目的に都合のいい技であったようだった。
それから何分の時間が経っただろうか?
ついにナイアルラトホテプは天を仰ぎながら両手で地面を何度も叩き始める。
降参の合図だ。
ついに咲良とベリアルは宇宙を荒らしまわったという邪神ナイアルラトホテプを屈服させる事に成功したのだ。
デモンライザーは4の字固めを掛けたまま腰のカードホルダーから1枚の白紙を取り出して邪神へと軽く放り投げる。
白紙のカードはナイアルラトホテプの胸の上に落ちると邪神の“存在”そのものを封印して独りでに深紅の戦士の手元へと戻っていった。
「うん? まだ、この空間は解除されないか……。それなら……」
勝利の余韻を味わうでもなく、ゆっくりと立ち上がったデモンライザーは魔杖を取って今しがた得たばかりのカードをリーダーに読み込ませる。
≪RISE! 「ナイアルラトホテプ」!≫
カードを宙へと放り投げると、カードはつい先ほどまで戦っていたナイアルラトホテプへと姿を変えた。
「最初に命令しておきます『悪い事はしないでください』、『他者と手を取り合う事を考えて生きてください』」
「ふん、嬲るような真似をしてくれる……」
先ほどまでも日本語を話していたものの、どこか理解しきれないモノのような声であったのが、カードで存在を固定されたせいか極々、普通の中年男性のような声で邪神は喋る。
「随分と傲慢な事を言ってくれるじゃないか? 流石はルシフェルの主と言った所か?」
「そんなつもりは……」
「ならば聞こう。地球人を生かしておく事が宇宙全体から考えたら“悪”だとしたら貴様はどうするのだ?」
「そ、そんな……」
咲良には邪神が何を言っているのか理解できなかった。
そもそもカードに縛られて反抗する事ができなくなった邪神が口先でデタラメを述べているのかもしれない。
それでも咲良には彼の問いへ真摯に答えなくてはならないような気がしていたのだ。
邪神の燃えるような3つの眼を見据えて咲良が言葉を選んでいると、インナースペースでベリアルが切迫した声を上げる。
『おい! 上! 何か来るぞ!!』
『えっ……?』
反対の属性である元ツチノコの光でかき消された時以外はけして揺るぎもしなかった閉鎖空間の壁面に禍々しく輝く赤い刃が差し込まれ、次々とドーム状空間の天井付近は切り裂かれていく。
「これは……!?」
ナイアルラトホテプにはその赤い刃の正体について察しが付いていた。
“闇”の属性たる彼が作り上げた閉鎖空間を物理的に切り裂けるような物など存在するハズがない。
つまりは目の前で繰り広げられている光景は壁面が実際に斬られているのではなく、壁面が存在する空間そのものが切り裂かれているという事だ。
そして、そんな事ができる存在などこの地球上にはたった1体しか現存していない。
「オラァァァン!! 今度こそ逃がさないぞぉぉぉ!!」
邪神の想像通り、3角形に切り裂かれた壁面から飛び込んできたのは時空間エンジン搭載型の改造人間、最後の大アルカナであるデスサイズであった。
ひ、ヒーローは遅れてやってくる……(震え声)




