デモンライザー サクラ 第3話「私はデモンライザー」-6
「アレが……、これが咲良ちゃんの戦い方だというの……?」
羽沢真愛が振り絞るような声を漏らす。
真愛が知る長瀬咲良と言えば僅か3日間、それも学校が終わってから生活を共にしたくらいであったが、それでも咲良の人となりは良く分かっていたつもりでいた。
控え目な性格ながらも優しく、明らかな人外である河童やハドー獣人であっても下に見る事は無く対等な仲間として扱っていた少女だ。
その小さな体でアーシラトの無茶な特訓にもよく耐えて芯の強さも窺わせており、それもベリアルの死後にもうこれ以上、周りの者を死なせたくはないという彼女なりの覚悟なのだろうと真愛は感じていた。
だが長瀬咲良がベリアルの存在を取り込み、姿を変えた深紅の戦士デモンライザーの戦いぶりはどうだ?
長い手足を鋭い刃物のようにナイアルラトホテプへ次々と叩き込み、しかもはたから見ている真愛にも一目で分かるほどに苛烈で悪辣な攻め方。
全身のバネを躊躇する事なく使って四方六方、上下の区別すらなく動き続ける身のこなし。
それは退魔士的でありながら、それでいて限りなく悪魔的な戦い方で、真愛が持っていた咲良のイメージからはかけ離れたものだった。
意外な事に咲良が目指していたエクソシストの人間を凌駕する戦闘力を誇る悪魔と戦うために防御をかなぐり捨てたファイトスタイルは、悪意で敵を蹂躙するために一気呵成に攻め立てるベリアルのファイトスタイルと非常に親和性の高いものであったのだ。
「ハァァァァァ! セイッ!」
デモンライザーが手にした魔杖を振り回し、自身に迫る邪神から生えた無数の触手を絡めとると一気に魔力を集中した手刀で断ち切る。
『よし! いいぞ、御主人様! その調子だ!』
『はい!』
デモンライザーの精神世界、そこに咲良の意識とベリアルの意識は共にいて2人でデモンライザーの肉体を操っていた。
咲良にはベリアルの姿は見えない。
だが存在はこれ以上ないほどに身近に感じられるし話もできる。それどころかベリアルの意識がどこを向いているかや、彼女の感情すらも自分の事のように理解できるのだ。
デモンライザーが僅かに膝を曲げて屈伸したかと思うと深紅の戦士の驚異的なバネは一跳びに邪神を跳び越して背後に回り、着地の寸前に脚を伸ばして邪神の首へと延髄斬りを決めていた。
そのまま両手で地についた魔杖を支柱に足払いを仕掛ける。
だがナイアルラトホテプも足払いでよろけるも体の前面から新たに生やした触手でバランスを保ち、背面から生やした触手を槍のように猛スピードで突き出してくる。
『退くなッ! 押せ、押すんだ!!』
『分かってます!!』
インナースペースでベリアルが声を上げる前に咲良は肉体を前へと進ませていた。
デモンライザーは足払いの姿勢から一気に体を持ち上げて加速しきる前の触手群へと突っ込んでいった。
『爆ぜろッ!!』
その瞬間、咲良の両手の甲の傷跡が熱を持ち、瞬間的に炎が噴き出す。
地獄の業火とも思える炎は周囲の触手を焼き払い邪神の背中を丸裸にする。
『ハハハっ!! こりゃあ良い! 「神と悪魔」の関係性から抜け出してしまえば奴にも私の魔法が効くってわけだ!』
かつてベリアルが「風魔軍団」の地下アジトでナイアルラトホテプと戦った時には本体から切り離した触手を燃やす事は出来ても、邪神本体や本体から伸びている触手には着火すらできなかった。
それどころか手刀で触手を本体から切り離すのにも、どこか異様な重力がかかっているような、深海の水圧の中で動いているかのような重苦しさがベリアルの体を戒めていたのだ。
それが今は無い。
デモンライザーは“悪魔、ベリアルの力”を振るいながらも、“人間、長瀬咲良の魂”を持つが故に「悪魔では神に勝つ事ができない」という法則の軛から脱する事ができるのだ。
そのままデモンライザーは邪神の背後から組み付き一気に持ち上げる。
そのまま体を弓なりに反らせて邪神の後頭部を大地へと衝突させた。
デモンライザーの甲殻のように硬い筋肉は一方で柔軟なしなやかさを有し、ジャーマン・スープレックスのような大技すらも可能としていたのだ。
『よし! これなら……』
『駄目だッ 咲良、避けろ!』
大技を決めた事で咲良の気が緩んだのを精神を共有するベリアルが察して叫ぶが遅かった。
ナイアルラトホテプはブリッジの要領で一気に体を持ち上げて起き上がり、それに対応してデモンライザーも立ち上がるが一瞬の遅れはそのまま頭1つ分の不利な位置関係となって邪神を利する。
「調子ニ乗リオッテ!!」
牽制のための手打ちのパンチを軽くあしらい、邪神は右手でデモンライザーの喉輪を掴む。
「餓鬼ガ! クタバレッ!!」
喉輪を強く掴んだまま邪神はデモンライザーの体を高く持ち上げ、そのまま大地へと叩きつける。
「くっ! うわっ!?」
「1度デ終ワルトデモ思ッタカ!?」
再び邪神は深紅の戦士を持ち上げて、また大地へと叩きつける。
何度も、何度も。
連続喉輪落としで地面を耕すようにデモンライザーの体が地面に叩きつけられるたびに周囲の芝生は無残に飛び散って衝撃の大きさを物語る。
『耐えろ、耐えるんだ! 反撃の機会はきっとくる!』
『はい! ……でも、あのジャーマンでまるでダメージな無いだなんて』
『それは違うぞ! ジャーマンだったからダメージが無いんだ!』
『えっ?』
幾度となく何度も後頭部を襲う衝撃と、まるでプレス機に掛けられたかのような頸部の苦しみに耐えながらも咲良はベリアルの話に耳を傾けていた。
ベリアルが持つ“悪魔の力”の他にも彼女の持つ知識を知る事ができるのもUNIZON RISEの大きな利点なのだろう。
『ジャーマン・スープレックスのダメージと言えば後頭部が地面と衝突した時のものだろう? 単純な物理攻撃では奴は倒せないんだ』
『というと?』
『奴は“混沌”そして“闇”の化身、闇そのものといっていい。闇を殴って掃えるか? 恐らく奴は大砲で撃たれようと、デスサイズの鎌で斬られようと力を削ぐ事はできるかもしれないが、倒しきる事はできないだろうな!』
『なら、どうすれば倒せるんですか!?』
「そういう事は最初から言っておいてほしい」と咲良は思うものの、そんな話は後だ。
今は目の前の敵に集中しなければならないというのは咲良もベリアルも同じ。
『どうやって倒す? 決まっているだろう。何で魔法が使える悪魔も神も揃いも揃って肉弾戦を信条にしてると思っているんだ!?』
『というと?』
『魔力のこもった拳を叩きこみ、魔力と筋肉を研ぎ澄まして鍛え上げた技で雌雄を決するのみ!』
『そりゃあ話が早い……』
幾度目かのチョーク・スラムの時、デモンライザーはナイアルラトホテプが自身の肉体を振り回すのに上手く合わせて脚を振って反動を作り、地面への激突の寸前に邪神の顔面に踵落としを叩きこむ事に成功していた。
「クッ、コノ……!」
踵落としは邪神の3つの燃えるような目の内、眉間のものにかすっていたようで邪神の気勢は明らかに落ちて苛立ち紛れかデモンライザーの体を高く放り投げた。
『今だッ!!』
『よし、タイミングは私に任せろ!!』
砲弾のように宙を飛ぶデモンライザーの肉体を上手く操作してベリアルは見事、ドーム状の閉鎖空間の天井辺りへと上下逆さの状態で着地を決める。
そのまま両脚を最大まで屈伸させて一気に跳ね上げ、バネの力と重力の加速度を合成させて邪神へと加速。
まだ邪神は先の踵落としによる目潰しの効果が残っているのか流星の勢いで迫る深紅の戦士には気付いていない。
「飛翔退魔双破斬ッ!!」
落下の合成速力、そして振り上げた両腕を一気に振り下ろすスピード。
重力、脚力、そしてベリアルの手刀、その3つを合わせたエクソシスト式の必殺技が邪神の両の鎖骨の辺りへと打ち込まれ、さらにデモンライザーの蹴りによって邪神は吹き飛ばされて閉鎖空間の壁面へと叩きつけられた。
『ふん、地面への衝突はダメージが無くても、閉鎖空間のドームは魔力で作られた物、激突のダメージはあるようだな!』
デモンライザーの悪魔のような、怒れる戦神「明王」のような頭部の金の双眸は邪神の体内を血液のように流れる魔力が大きく乱れているのを確認していた。
深紅の戦士も先のチョーク・スラムのダメージは大きいものの、ひとまずは取り落していた魔杖を拾い上げる。
「クッ、糞ガッ!! ココマデヤッテオイテ楽ニ死ネルト思ウナ!!」
それは先ほどまでと同じ、名状し難き地の底から響いてくるような声であったが、咲良も、1度はナイアルラトホテプに殺されたベリアルにとってももはや滑稽な物にしか聞こえない。
立ち上がろうとする邪神を見下ろしながら1枚のカードを魔杖に読み込ませる。
≪RISE! 「ウリエル」!≫
≪POWER RISE! 「閃光・魔術」!!≫
邪神が立ち上がろうと片膝を付いた時、まるで自分の右膝から下が1本の杭となって大地へと打ち込まれたかのような錯覚を味わっていた。
いつの間にか距離を詰めていた深紅の戦士が邪神の右膝を踏みつけていたのだ。
そのまま跳びあがったデモンライザーはナイアルラトホテプの側頭部へと鋭い爪先を突き立てる。
人間が使うシャイニング・ウィザードもソバットのように側頭部を狙う事があるが、それはあくまで相手に必要以上の負傷をさせないためと自身の膝を故障させないためのもの。
対してデモンライザーが使うシャイニング・ウィザードは悪魔ベリアルの悪意の発露であり、しっかりと急所であるこめかみへナイフの切っ先のような爪先が打ち込まれていた。
……モトヤって誰ですのん?
老婆型のスタンドを使うスタンド使いでしたっけ?




