デモンライザー サクラ 第3話「私はデモンライザー」-5
召喚対象であるベリアルが現世に顕現した事で召喚術式用魔法陣はその役目を終え、咲良たちの身を守っている“障壁”魔法も徐々に消えていっていた。
“障壁”が完全に消え去ってしまうのも時間の問題。
ベリアルはツチノコの真の姿を取り戻させたものの、その元ツチノコの天使を邪神と戦わせる事なく河童の救出に向かわせ、闇の閉鎖空間を脱する機会は失われてしまう。
ならば、この状況を脱するにはナイアルラトホテプを倒すしかない。
だがどうやって?
ベリアルは強大な悪魔には違いないが「悪魔では神には勝てない」という法則を崩す事はできず。人である咲良には圧倒的に力が足りない。
だが咲良には何1つ不安は無かった。
1度は死んだ友がこうして今、自分の横にいてくれる。
それだけで咲良は何の根拠も無く目の前の敵を睨みつける事ができた。
「さて、おさらいだ。御主人様……」
自身の肩に手を置くベリアルが優しい教師のような調子で語りかける。
真横にいるベリアルの顔は見えないが、きっと彼女も邪神を自分と同じように睨みつけているのだろうと感じる事ができた。
「その杖、デモンライザーの能力の第1ステージは『悪魔や妖怪といった“霊的な存在”と契約を交わし使役する事』。そして“存在”を封じているカードを通じて『魔力を供給しての強化付与』、これが第2ステージ……」
「そして同じくカードを通じて『“霊的な存在”の力を借りる』、それが第3の位階」
「ああ、そうだ」
ベリアルも咲良もこれまでの戦いを振り返るように1つずつの位階を反芻していた。
「第1から第2、第2から第3。御主人様は僅か2ヶ月ほどとは思えないほどに順調に位階を進めていった。
だが、それじゃ駄目なんだ。そこまでなら、その杖の前の持ち主と同じ。神であるナイアルラトホテプには勝つ事はできない!」
ならば、どうするか?
「奴を倒すには第4の位階へ進まなければならない。できるかい?」
「もちろん!」
咲良は即答していた。
右手の魔杖を強く握りしめ、左手にはベリアルのカード。
これだけあれば十分だ。
「だからベリアルさん。『力を貸して』とは言いません。一緒に戦ってください!」
「了解、了解! 駄目だったら、地元でも案内してやるよ」
友の言葉に自分は酷い人間なのではないかと僅かばかりの後悔が心をよぎる。
死んだベリアルを呼び出して、また地獄へ逆戻りさせるなど2度も死の苦しみを味合わせる事になってしまうのだ。
だが友はそれでもいいと言う。
自分の策がどのようなものであるかすら聞く事もなく、駄目だったなら運命を共にしてくれるというのだ。
「悪意の悪魔」であるハズのベリアルにとっての精一杯の優しさに溢れた言葉だった。
咲良は大きく深呼吸して手にしたベリアルのカードを杖のカードリーダーへと読み込ませる。
≪RISE! 「ベリアル」!!≫
閉鎖空間に杖の電子音声が響き渡った。
咲良はリーダーに読み込ませたベリアルのカードを自身の胸へと押し込んでいく。
カードは実体を失って咲良の体内に取り込まれていくが、“力”だけを取り込むのではない。ベリアルの存在まるごとだ。
脳内に刷り込まれている魔法の知識を総動員してべりアルという存在の全てを自身の中に押し込めていった。
「アハハハハハ! そうきたかい!? そりゃあ、ソロモンの奴も思いつかなかったわけだ! 改造人間だ魔法少女だ、人間が人間でなくなる事例が多すぎる現代の日本ならではと言ったところか! アハハハハ……」
ベリアルの高笑いが遠くなっていき、咲良が彼女がいた方を向くとベリアルは火の子のような赤い粒子となって徐々に姿が薄れている。
やがて赤い粒子は咲良の体へと纏わりついていき、ベリアルの肉体が完全に消え去った時、咲良の体は突如として火柱に包まれた。
「う゛っ!! うわああああああ!! あああああ!!!!」
咲良は叫んでいた。
身を包む火柱の熱さにではない。
心が焼かれているのだ。
魂を焼き尽くすような渦を巻く炎の正体、それはベリアルの本質たる“悪意”だった。
人間、長瀬咲良の心には収まりきらないような止めどない悪意が咲良を飲み込み、焼き焦がしてもなお燃やし続けようと渦を巻いているのだ。
「咲良ちゃん!? 咲良ちゃん、しっかりして!!」
「何ヲスルカト思エバ……、コレダカラ人間トハ、ツクヅク御シガタイ……」
羽沢真愛が悲痛な叫びを上げ、邪神ナイアルラトホテプが呆れたような声を出す。
ベリアルの悪意の炎に包まれた咲良はすでに魔法の制御などできるハズもなく、邪神と咲良たちを隔てていた“障壁”は完全に消え去っていた。
羽沢真愛も召喚術用魔法陣に魔力を供給し続けていた反動で立ち上がる事すらできない。
もはや咲良の身を守る者は何1つ無いのだ。
安堵したように邪神がゆっくりと歩を進める。
実際、ナイアルラトホテプは人心地ついた気分だった。
クトゥルー復活の最大の障壁である長瀬咲良と羽沢真愛。
何故、彼女たち2人が最大の障害かというと「何をするか分からない」からだ。
方や「ソロモン王の遺産」を使う少女、方や「元最強のヒーロー」。
クトゥルーを復活させたとしても長瀬咲良が僅かな期間でクトゥルーを上回る存在と契約を交わす可能性も万に一つも無いとは言えなかったし、極端な話、クトゥルー自体と契約を交わす可能性すらあった。
そして何らかの理由で「魔法少女プリティ☆キュート」が力を取り戻したともあれば、ナイアルラトホテプは今日にでも地球を後にしなければならない所だったのだ。
この少女たちが秘めていた可能性に比べれば、あのデスサイズとてまだ可愛いものだ。
なにしろデスサイズは“お約束”の通じない上に洒落にならない力を持つだけのガキ。逃げ回っていれば危険という事もない。
だが結局は長瀬咲良は自滅し、長瀬咲良に付き合って羽沢真愛は身動きすらまともにできない状態。
全ては取り越し苦労だったという事なのだろう。
ロクに動けない少女2人を始末すれば後は高級な葡萄酒でも煽ってクトゥルー復活の混乱、そして地球文明の崩壊を眺めていればいい。
ナイアルラトホテプは長瀬咲良のすぐ目の前まで行くと、火柱に巻かれて苦悶の表情を浮かべる少女の顔を満足気に眺めて拳を振り上げる。
この拳を振り下ろせば、たかが地球人の頭蓋骨などは砂糖菓子のように砕けてしまう事は間違いない。
「……ここは?」
咲良が気付いた時、そこは何1つ無い真っ白な空間だった。
純白に染まり、床も壁も天井も見分ける事ができない空間。
丁度、先ほどまでいたハズの漆黒のドーム状空間とは正反対の場所に思える。
「私、死んだのかな……?」
咲良が最後に覚えているのは自身がベリアルの炎に巻かれていた事。
不思議な炎で肉も身に付けていた衣服すら焦がしていないのに、咲良の心を焼き尽くさんばかりに苛んでいた。
だが自分が死んだのではないかと思った時、咲良が思ったのは自身の事ではなく、馬鹿な自分に付き合ってくれた友に対する申し訳なさであった。
「……ベリアルさん。ごめん……」
折角、現世へ復活できたというのにまた地獄とやらへ逆戻り。
もっと何か楽しい事でもさせてあげたかったという思いが咲良の胸中に重く圧し掛かっていたのだ。
「Hey! girl! 君はまだ死んじゃあいないよ!」
「えっ、貴方は……」
目を閉じたりなどはしていないハズだが、いつの間にやら目の前に1人の男が立っていた。
全身の筋肉が発達し、油の塗られた皮膚はこれ見よがしに輝きを放っている。
黒く長い髪は長らく手入れもされていないようで、その頭には荊でできた冠を被り、両手には咲良と同じような傷跡が残っていた。
「まあ、もし、死んでいたとしても復活したらいいじゃない?」
「いやあ~……、復活って、人間にはちょっとキツいです……」
全身の筋肉を誇示するためか、腰に白い布切れを巻き付けただけの半裸の男が白い歯をひん剥いて満面の笑顔でサムズアップを決めてくる。
いきなり半裸の男が現れたら驚いて話どころではなさそうなものだが、咲良にとってはつい先ほどそれ以上の全裸を見せつけられていたのであまり同様する事はなかった。
「Hey! Hey! Hey! 君は私とベリアルの調和を取ってくれるんだろう! そんなガラスハートでどうするんだい!?」
「えっ……」
目の前の男とベリアルの調和を取る?
似たような言葉をつい先ほど咲良は口にしたばかりだった。
ならば、この目の前のマッチョメンは……?
「よ~し! それじゃ、Girlを和ませるために1発ギャグやりま~す!」
「ちょっと、待っ……」
男が両足を揃え、下からゆっくりと腕を上げていくと全身の筋肉がそれぞれ独立した生物のようにしなやかに動いて起伏を作っていき、やがて男の両腕は左右に大きく広げられた。
咲良の予想が正しければ、その男の象徴ともいうべき形。
「そ~れ! グ〇コ!!」
「ぷっ……」
何故、彼が日本の菓子を知っているのかは分からない。
だが、明らかに間違ったポーズを自信満々の笑顔で繰り出す男に咲良も思わず笑いが込み上げてきた。
「違いますよ! グ〇コはこうです!」
咲良が某菓子のトレードマークともいうべきポーズを男に教えるために両腕を上げて「V」の字を作る。
「ふむ。ちょっと物足りないな。拳を作って手首を曲げてごらん?」
「物足りないって……、こうですか? ……えっ?」
男が言う通りにポーズを変えると、手首を曲げた時に前腕筋、上腕二頭筋、三角巾、広背筋が緊張していくのを咲良は感じた。
それは小さく、男のものと比べると無いのも同然と言ってもいい。だが、確かにそこにあるのだ。
「そうだ。それが勝利のサインだ」
男から笑みが消え、慈悲深いが真剣そのものの表情になった。
「胸を張れ! 心をパンプさせろ! 魂をビルドアップさせるんだ! 落ち込んでる暇なんか無いぞ!! 君の筋肉でベリアルの悪意を敵へと向かせるんだ!!」
咲良の意識が再び遠くなっていく。
男の声もすでにどこから聞こえているのか分からない反響したようなものとなっていたが、咲良は男の姿を意識が完全に途絶えるまでその眼に焼き付けていた。
「人の命は短い。何事も全力で取り組み給え。大丈夫、君の罪は私が背負おう……」
男が再び象徴たる十字のポーズを取ると広背筋が興り、まるで首と肩が繋がったかのような姿となっている。
その姿は咲良はおろか全人類の罪を背負ったとしても微塵も揺るがないであろう安心感を抱かせるに十分なものであった。
「死ネっ! 長瀬咲良!」
「咲良ちゃん!」
ナイアルラトホテプの拳が振り下ろされると羽沢真愛は目を閉じていた。
まだ幼さの残る咲良の頭部が砕け散る所などとても見てはいられなかったのだ。
だが、予想していた破滅の音がいつまでたっても聞こえてこないので恐る恐る目を開けると、彼女の視界に飛び込んできたものは邪神の拳を左手で受け止めている咲良の姿だった。
「何っ……!?」
「これは……?」
咲良の全身を覆っていたベリアルの炎。
左腕を覆っていた炎が咲良の左腕に吸い込まれていくと、咲良の腕は一瞬で変質していた。
長く、太く、強く、硬く。
まるで甲虫のような甲殻に包まれた深紅の筋肉。
邪神がなおも咲良の頭部を砕こうと腕を押し込んでいくと、その圧力に押されて咲良の膝もゆっくりと曲がっていくが、左腕と同じように咲良の両脚は炎を吸収して変質していく。
そして胴体、右腕、最後に頭部と咲良はベリアルの炎の全てを吸収して全身を変化させる。
全身を深紅に染めたその姿は一目で戦うためのものであると分かるほどに筋肉は発達し、細部に炎の揺らめきのような意匠が施されたモノだった。
≪UNIZON RISE! 「ベリアル」!!≫
「ナ、何者ダ! 貴様っ!?」
魔杖の電子音声が響き渡ると、思わず邪神も後ずさる。だがナイアルラトホテプの懐へと深紅の戦士は飛び込んで胸板へと手刀を叩きこんだ。
振り下ろし、振り上げ、また別の角度から振り下ろす。
そして手にした魔杖を邪神の頭へと叩きつけると邪神はステップで距離を取った。
「私はデモンライザー! 悪魔と共に“立ち上がる”者だ!!」
先の手刀の鋭さ、重さ、そして一気呵成に畳み込む悪辣さは悪魔ベリアルのものであったというのに、深紅の戦士のその声は長瀬咲良のものであった。
深紅の戦士デモンライザーは魔杖を地につき、左手で裏ピースのようなVサインを邪神に向ける。
デモンライザーtypeV(ベリアル融合体)
身長:185cm 体重:長瀬咲良とベリアルの体重を合わせた重量(サッちゃんも女の子なので、逆算される事を防ぐためにベリアルにも体重の公表を厳禁する事になる)




