ぱんつぁ~かいる!!-7
鉄拳は唸り、光剣は煌めき、ゴミは分別される。
瞬く間に3体のD-バスターシリーズによってビルの谷間を埋め尽くさんばかりに見えたナイトゴーントの群れとお菓子の空袋は始末されていった。
「……あ、ありがと」
「てけり・り!」
ショゴスによって邪神の軍勢に組み込まれたハズのD-バスターたちが何故か仲間であるハズのナイトゴーントたちを攻撃する。
涼子には未だに何故、ショゴス怪人化したアンドロイドたちが仲間を裏切って自分たちを助けてくれたのかは分からない。
だが、すでに彼女は「分からない」という事に対して慣れ過ぎてしまっていた。
この4月に社会福祉法人に就職したハズなのにいつのまにやら戦車に乗せられ、異次元人と戦い、その異次元人の生き残りが職場の後輩となって、今度は異星人と戦って。そして今日は「旧支配者」なる存在を復活させようとする邪神が相手だという。
しかも「旧支配者」の復活に邪神が生贄に捧げようとしているのは涼子も昔話などで良く知る河童だという。
どだい人間のちっぽけな脳味噌で世界のすべてを理解しようなんてとても無理な話なのだろう。
すでに“少女”と呼ばれる年代の終わりを迎えつつあった涼子には「自分が考えるだけ無駄な事もある」とすんなり受け入れる事ができていた。
今は3体のD-バスターたちに敵意が無い事、そして自分たちを守ってくれた事だけ分かればいい。
夜魔たちを始末して「どんなもんだい!」とドヤ顔をしながら小鳥が囀るような声をあげるアンドロイドたちに礼を言うと、ショゴス怪人化しても人間の言葉は分かるのかサムズアップを返してくる。
「宇佐もありがとね」
「涼子さん、怪我は無いですか?」
「うん。大丈夫、ちょっと驚いて腰を抜かしちゃっただけだから……。あっ、そうだ!」
肩を貸してくれていた宇佐の両手に黒く鋭い爪が伸びていたのを見て、涼子はある事を思いついた。
宇佐の爪は戦闘のために瞬時に伸ばす事は可能なのだが、自分の意思で縮める事はできない。
「えと、そこの貴女」
「てけ?」
「貴女の剣でこの子の爪って切れるかしら?」
「てけり・り!」
「ふぁっ!? ちょっ、涼子さん! いきなり何を言っているんですか!?」
3体の内、光剣を使っていたD-バスターに声をかけると「お安い御用だ」とばかりに手にした柄からプラズマを磁界で刃の形に成形した光の剣を出現させ、宇佐の手を取って指の先端から生えた爪を丁寧に1本ずつ切り落としていく。
その手際はペットのトリマーがやるように迅速にして繊細なものだったが自分の手にプラズマセイバーを近づけられた宇佐は爪切りを嫌がるペットのように悲鳴を上げていた。
「ぐすん。酷いです、涼子さん……」
「まあまあ。でも、これでこの子たちがただの気まぐれで私たちを助けてくれたわけじゃないって分かったわけだし、意思の疎通もできるようね」
涙目になってというか、実際に少し涙が流していたのか目元の毛が濡れている宇佐をなだめながら、ある提案を口にする覚悟を決めていく。
「貴女もありがとうね」
「てけり!」
「それで貴女たちにお願いがあるんだけど、私たちと一緒に戦ってくれない?」
その提案は涼子にとっては大きな賭けだった。
現状、彼女たちは泊満さんたちの駆るティーゲル重戦車の救援に行きたいのに涼子たちのヤークト・パンテルⅡも味方から孤立してしまっている状況だ。
だが、ここで3体のD-バスターたちがヤークトの護衛についてくれれば前進を再開する事も可能だろう。
ショゴスD-バスターたちは僅か3体とはいえ、その戦闘力は今まさに目撃した通り。
しかし、それは涼子たちにとって大きなリスクでもあった。
そもそもショゴスに寄生されているD-バスターたちが何故、他のショゴス怪人のように理性も無くして獣のように襲ってこないのかすら皆目、検討がつかないのだ。
何かのD-バスターに寄生しているショゴスが本能を取り戻して涼子たちに牙を剥いてくるか分からないし、そもそも今こうして助けられたのも邪神の策略の1つなのかもしれない。
あるいは何を考えているか定かでない連中の話だ。
今の提案で何故か立腹して豹変、ナイトゴーントたちを次々と屠っていった凶器が今度は涼子たちへ向けられる可能性だってあるだろう。
そのような危険があったとしても、それでも涼子は早く泊満さんたちの元へと行きたかった。
泊満さんは「虎の王」の2つ名で知られる歴戦のヒーローであるし、その他の搭乗員たちも良く泊満さんの常識を外れた指揮をしっかり実行に移すベテランの戦車乗りには違いない。
それでも彼ら5人は特別養護老人ホーム「天昇園」の利用者である後期高齢者には違いがないし、そして涼子は「天昇園」の新人とはいえ介護士なのだ。
それは老人ホームの中だろうが戦場だろうが変わりはしない。
例えリスクを冒してでも彼らの事は自分が守らなくてはならない。
西住涼子も自分では気付いていないかもしれないが、それは彼女なりの職業倫理だった。
一方、穏やかな笑顔を作りながらも内心では背筋に脂汗が流れるのを感じるほどに緊張を味わっていた涼子とは裏腹。3体のショゴスD-バスターたちは「何を今さら……」というような顔をして頭の後ろで手を組んでいたし、「早く行こうよ!」とでも言いたげな様子すら見せていた。
宇佐もそんな事はお見通しだったのか、涼子の提案にもD-バスターたちの様子にも意外そうな顔は見せなかった。
「Hey! bro. 昨日のパーティー以来じゃないか!」
「てけり・り!」
「YO! YO! チェケラッチョー!」
「てっ、てっ、てっ、てけり・り~!」
涼子と宇佐が3体のD-バスターを連れてヤークトを隠していたホテルの地下駐車場へと戻ると2人の帰りを待ちわびていたのか鉄子、2体のD-バスターたちが車外へと出ていた。ラルメは車体天面のハッチから上半身だけを出していて、島田さんの姿は車内にいるのか見えない。
2体のD-バスターたちは仲間の首筋から見える黒い粘液質の物質には気付いていないかのように同型機たちとハイタッチを決めていく。
「大丈夫だったか? ていうか、あいつらは?」
「一緒に戦ってくれるって」
「ハハハ! ハドー獣人の次はショゴスに寄生されたアンドロイドか! 涼子は人外でも惹きつけるフェロモンでも出しておるのか!?」
心配そうな顔を見せる鉄子に大仰に上から笑うラルメ、まるで対照的な2人に説明するのも面倒だと涼子は車内に乗り込むべく履帯に足を掛けて天板のハッチを目指した。
「ていうか皇女サマ、その人外の中にまるで自分は入っていないかのような口ぶりですけど……」
「ほあっ!? 異星人は人間ではないと? 異星人にも人権を!!」
「ナントカ帝国とやらには無条件の人権ってあるんですか? 生憎、この星では自分で守らないといけないんですよ?」
「酷いのう。鉄子も何か言って給れ!」
「あ、生憎とその人、人権とか蹂躙してなんぼの組織の人なんで……」
無論、これから戦場に向かうための緊張を紛らわすための冗談だ。
ラルメの陶器のように白い肌に、引き込まれそうになるまるで銀河のような黒い瞳。地球人とは異なる姿の彼女の事は友人だと思っているし、鉄子がかつて世界を混乱の渦に叩き込んだナチスの系譜に位置する組織の残党だと知っても彼女自身はそんなに悪い人間ではないように感じている。
そして涼子が決戦に赴く前の緊張を感じていたのと同様に車内に残っていた面々もそれは同様のようだった。
「ところで、あの2人、なんで頭の悪いラッパーの真似なんかしてるんですか?」
「ああ、涼子たちの帰りを待つ間に暇を持て余しての」
「それで『この戦いから生きて帰るには?』みたいな話になったんだ」
涼子が目配せで車内に残っていた方のD-バスターの変わりようについてラルメと鉄子に問うてみる。
D-バスターの1体は仲間との再会を喜んでいるのかボイスパーカッションの真似事のような声を上げ、もう1体は妙なハンドサインをショゴスD-バスターたちと応酬していた。
「で、あいつらが『映画とかで出てくる“陽気な黒人枠”になれば生き残るんじゃないか』って……」
「え? 戦術とか敵の弱点の研究とかじゃなくて、そういう方向の話?」
「……うん」
どうやら居残り組は相当に暇を持て余していたようだった。
「その“陽気な黒人枠”って1人でいいんじゃない? てか、あんなのが何人もいたら“馬鹿な奴から死んでいく”みたいな方に持ってかれそうじゃない?」
むしろ涼子の感覚からするとアンドロイドのような者の場合、映画なんかだと人間との違いを表現するためか、頭だけになったり上半身だけになったりしながらも最後まで生き残っているようなイメージだったのだが。
「……じゃあ、もしかして島田さんは?」
「車内で“死んだフリ”をしておるよ」
「えぇ……。発想が古くない? で、皇女サマは?」
「うむ。妾は“妾に何かあったら、後で地球がボカンだぞ?”パターンで……」
胸を張って「どうだ?」と自慢気なラルメではあったが、これも涼子からすれば死ぬ事は無いものの、大抵は死ぬより酷い目に合うフラグのように思える。
大体、ナイアルラトホテプとかいう邪神は地球外の出身らしく、地球がどうかなっても何も問題は無いのではなかろうか?
「じゃあ、貴女は……」
「うん? 私は“死亡フラグ逆転パターン”で」
「はあ?」
「ほれ、死亡フラグも積み重ねすぎるとかえって死なないと言うだろう? 大体、ナチスなんて絶対に映画とかじゃ無事に生き残れないだろうし、なら逆転パターンに賭けるしかないだろう?」
暇があるからといってそんな馬鹿話に興じていた連中が悪いのか、それとも宇佐とショゴスD-バスターたちのオヤツタイムを黙って見ていて時間を浪費していた自分が悪いのか。
涼子は溜息をついて手を叩いて面々の注目を集めて速やかに乗車させる。
宇佐とショゴスD-バスター3体は車外に跨乗させた。
「それじゃ、行きましょう!」
「うむ」
「いいのか? もっと戦力の集結を待ってからでも……」
涼子も砲手席に戻って自分を鼓舞するように声を上げると車長席のラルメはただ頷き、装填手席の鉄子は未だ不安そうな声で聞き返してくる。
「戦力が足りているのか、足りていないのか。何がベストかなんて私には分かりませんよ。ただ貴女にはあの音が、泊満さんが私たちを呼ぶ声が聞こえないんですか?」
「『虎の王』が我々を呼ぶ声?」
鉄子の耳にも断続的に響いてくる砲声や猛獣の唸り声のようなエンジン音は響いてきていた。
その砲声、轟音を涼子は「呼び声」だと感じていたのだ。
「あれはパンツァーカイル。戦場に穿たれた“戦車の楔”です。泊満さんのティーゲルが『敵はここだ』と私たちに教えてくれているんです。さあ、行きましょう」




