ぱんつぁ~かいる!!-6
それからしばらく宇佐とショゴスD-バスターたちはコンビニの床に広げたチョコレートやポテトチップスなどを楽しんでいた。
1度に数枚のポテチを掴みとって口の中に詰め込んで食感を楽しみながら噛み砕き、口の中が塩辛くなったらチョコを舌の上で転がしてコッテリとした甘みを楽しむ。
あるいはポテチでサンドしたチョコを一緒に口の中へ入れ甘味と塩味を同時に味わう。
「チョコと一緒に味わうなら厚切りタイプのポテチの方が合う気がしますね!」
「てけり・り」
「おお! 今度はアイスですか! 試してみましょう!」
「てけり・り!」
D-バスターの1体が立ち上がって背もたれ代わりにしていた冷凍平ケースからアイスクリームを取り出すと他の3人から歓声が上がる。
我が物顔でカウンターから持ってきたアイス用の木べらでカップアイスを掬い上げてポテトチップスに乗せて口の中へ入れると獣人とアンドロイドたちは改心の笑みを浮かべた。
「あの、宇佐?」
「なんです、涼子さん?」
「アイスならクッキーも合うわよ?」
「さっすが涼子さんは物知りですね~! それでは早速……」
「はいはい……」
涼子がため息をついてカウンター上のコイントレーへアイスとクッキーの分の小銭を乗せると背後から一際、大きな歓声が上がってくる。
砕いたクッキーが混ぜられているアイスやクッキーでサンドされたアイスが商品化されている事からも間違いのない組み合わせだとは思っていたが、どうやらアイスとクッキーの組み合わせは人外たちにも好評のようだ。
「……ふう。食べた食べた。それじゃ私はこの辺で」
言葉が通じているのかいないのか、それは涼子にはわからなかったがそれでも雰囲気で宇佐たちが和気あいあいとした様子であるのは分かった。
宇佐のコンビニ店内でのオヤツタイムは5分と少しといったところだろうか。
元々、資源に乏しい異次元世界で作られた宇佐は小食。しかも出撃前に南消防署の駐車場で携行食を食べたばかりであるのですぐに満足したのか涼子が思っていたよりも早く即席の宴会を切り上げて立ち上がった。
「てけり~!」
「それじゃ、また!」
D-バスターたちも名残惜しそうな顔で涼子と宇佐を見送ると、宇佐も大きく手を振って涼子と共に店内から出る。
どうやら自分が最初に思っていた形とは変わってしまったが無事にこの場を切り上げる事ができたようだと涼子は安堵で胸を撫でおろした。
コンビニに入る前は人の姿の見えない街並みに随分と心寂しい思いをしたものだが、ピンチを切り抜けた今ではスッキリと爽やかな物に見えるから不思議なものだ。
だが窮地を脱したと思い、つい気が緩んでしまった彼女の事を誰が責められよう。
例えそこが敵が支配するエリアで、味方たちから孤立している状況だった事すら忘れていたとしても。
「涼子さんッ!」
「えっ!?」
「上です!!」
切羽詰まった声で叫ぶ宇佐の声に涼子は頭上を見上げる。
彼女の目に飛び込んできたのコウモリのような翼をゆっくりとはためかせたナイトゴーントたちの群れがゆっくりとビルの谷間に舞い降りてきたところだった。
自分たちが危険区域の中にいて、そして敵から自分たちを守るヤークトの装甲も敵を蹴散らす主砲もここには無いのだという事を一気に再認識させられた涼子であったが精神の弛緩の後だけに頭ばかりが焦って足が動かない。
涼子の前に飛び込んできた宇佐が自身に植え付けられたアナウサギの因子を発現させ両手の爪を鋭く伸ばし、翼を畳んで一気に落下してきた夜魔へと挑みかかるが重力による加速と自身の質量を合わせたナイトゴーントの突撃には抗いきれずに後ずさり、宇佐の背中に押されて涼子は尻もちをついてしまう。
「涼子さん、逃げて!」
「あ、足が……、それよりも宇佐、貴女だけでも逃げなさい!」
「涼子さんを置いてはいけません!」
「んなこと言っても、さっきは私を置いてポンコツどもとよろしくやってたじゃない?」と思わないでもなかったが、そんな事を言っている状況でもなかった。
何とかアスファルトに手を付き、ハイハイをするように下がるものの、まるで足が自分のものではなくなったかのように立ち上がる事すらできないのだ。
その涼子のアスファルトばかり映っていた視界に鋭い爪が生えた黒い剥き出しの脚が映る。
(こ、こんなところで死ぬの……!?)
思わず目を閉じた涼子だったが、いつになっても予想していた痛みが襲ってこない事に気付いて恐る恐る目を開けた。
そこにあったのは先ほどの夜魔の足ではなく、デニムとスニーカーを履いた1対の足だった。
スニーカーには「UN-DEAD」のロゴとコミカルなタッチで描かれた亡者のキャラクター。
「てけり・り!」
顔を上げた涼子の目に移ったのは先ほどコンビニにいたショゴスD-バスターの1体だった。
さきほどとは違いパーカーは脱ぎ捨て、Tシャツの首や背中に張り付いていた黒い粘膜が変形して何枚もの板状の物質が連なっている形状になっている。
そしてD-バスターの右腕は深々とナイトゴーントの腹部に突き刺さって貫通していたのだ。
「GYA!!」
「GYAAAA!!」
「てけり・り……」
D-バスターが槍のように突き刺した右の貫き手を引き抜くと夜魔は形を失い黒い汚水と化してアスファルトの上へと散らばる。
周囲のナイトゴーントたちも困惑しているのか悲鳴のような雄叫びを上げながらD-バスターを遠巻きに見ているが、そんな夜魔たちをD-バスターは首をぐるりと回しながら見渡し、そして跳んだ。
西住涼子には知る由も無い話ではあったが、石動誠はD-バスターシリーズを評して「何で僕たちと戦うために作られたのに飛べないんだよ……」と考えていたのだが、このようなビルに囲まれた状況下に限っていえば彼の考えは過ちと言えよう。
D-バスターシリーズは“飛”べなくとも“跳”べるのだ。
ビルの壁面を蹴り、窓枠に乗り、信号機へと跳び移る。
その度にコンクリートは砕け、ガラスは割れ、信号機の支柱は折れ曲がるがD-バスターとすれ違う度にナイトゴーントは汚水と化して地へと降り注いでいく。
「あ、アレは宇宙拳法!?」
「アレを知っているの、宇佐?」
「私も詳しくはありませんが、地についた地球上の平面的な拳法とは違い3次元的な空間戦闘を得手とするあの技、間違いありません!」
駆け寄ってきた宇佐に涼子は肩を貸してもらいやっとの事で立ち上がるが視線は宙を跳ぶD-バスターに釘付けのまま。だが宇佐も涼子の事は気にしていながらも同様にD-バスターから目が離せない様子だ。
剣のように槌のように拳は振るわれ、鎌のように鞭のように脚が振るわれる。
高機動タイプの改造人間、デスサイズに対応するための拳法「石動兄弟抹殺拳」は例え周囲を夜魔たちに囲まれていたとしても存分にその威力を発揮していた。
「そういえば宇佐、貴女は怪我は無い?」
「はい! 私もあの子に助けられました」
空中での戦闘の大勢が決したあたりでふと涼子は宇佐に安否を尋ねると、宇佐は地上の車道ド真ん中を指さす。
そこには2振りのプラズマセイバーで次々に地上に降りたナイトゴーントを蹴散らしていくD-バスターの姿があった。
先に涼子を助けた個体と同様に背中には板状の物体が何枚も並んでいて、その上部には陽炎が立っている事とその形状から板状の物体はラジエーターのような冷却装置の代わりであるように思える。
空中で拳を振るう個体が苛烈で俊敏とするなら、地上で剣を振るう個体の動きはまるで液体が流れるように流麗、鮮やかなものだ。
「ん? あれ、もう1体は?」
「あっ、あそこ!」
そういえばショゴスD-バスターは3体いたハズだと探してみるが、ナイトゴーントたちの群れの中にその姿は見当たらない。
だが宇佐の視線の先、先ほどまで彼女たちがいたコンビニの店先、そこに残る1体はいた。
「てけり・り~……」
最後の1体は両腕に抱えた菓子の空袋を店先のごみ袋に捨てているところだった。
早く仲間の元へ駆けつけようとしているのか、はたから見ても焦った様子であったがそれでもゴミの分別をしているのは流石は地球人より環境問題にうるさい異星人の技術で作られているだけあると言ってもいいだろう。
これでD-バスターの冷却問題は解決やな!




