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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第45話 なってしまった者 なろうとする者 なれなかった者
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太平洋編-7

 陽は高いけどけして灼きつくような不快なものではなく、むしろポカポカと心地いいものだ。


 そんな穏やかな陽気の下。風に揺られてぶつかりあった麦の穂がサラサラと軽い音を立てるのを聞きながら僕とクトゥルーは並んでウドンを手繰り続けていた。


 改造人間にされてしまったせいで昔よりも食べる量が増えた僕もそうだけど、クトゥルーもけっこうな大食漢のようで1箸でウドン1玉を持ち上げているのではないか? と思ってしまうような量の麺を持ち上げて啜り上げていた。


 2、3口ごとに感極まったように「ヴぁ……」と声を上げるクトゥルーの様子にもすでに慣れ、むしろ彼が心からウドンを楽しんでいる様子が僕にも伝わってくるようでこっちまで嬉しくなってくる。


「讃岐ウドンはお口に合いますでしょうか?」

「ええ、凄い美味しいです! こんなに美味しい讃岐ウドンは初めてです!」

「いあ! いあ!」


 あ……、クトゥルーって「ヴぁ」以外も喋れたんだ。「いあ!」ってのがどういう意味なのかは分からないけど、多分、カウンター越しにウドンの感想を聞いてきた少女に対して「美味しい」とか「素晴らしい」とか伝えているのだろう。


 カウンターの向こう。屋台の調理スペースではもくもくと立ち上る湯気の中、少女が慌ただしく大鍋の中でウドンを入れて次の準備をしながらも満面の笑みを僕たちへ向けてくれていた。


 のどかな場所で美味しいウドンを隣の客と喜びを分かち合いながら頂く。

 それは至福といってもいいのだけれど、ただ僕には1つ気になる事があった。


「でも、こう言っちゃなんなんですけど……」

「はい?」

「さっきからウドンが全然、減らないような……」


 さっきからウドンを食べ進めているのに、丼の中のウドンは少しも減った気がしない。

 かといって麺がツユを吸って伸びてしまったわけではなく、試しにもう1口、ウドンを口に入れてみてもそれは最初の1口と同じように強固なコシを保ったままだった。


 はっきり言って、すでに友人のように思えてきたクトゥルーなんかよりもそれはよほど怪奇な出来事に思える。


「ああ、安心してください。私のウドンはお腹一杯になってもらえるまで無くなりませんよ!」

「へぇ……、そ、そうなんですか?」


「だから気にせず思う存分、食べてくださいね!」と両腕を使ったガッツポーズを見せる少女の右手首に銀色に光るブレスレットを見つけ、僕はこの少女が何者かを理解する。


 右手首にはロキの“届け物”が変形した巨人のブレスレットが人間用サイズに小型化した物をつけ、あの“輝く巨人”と同じ声で喋る少女。


 恐らく、いや間違いなく彼女こそがかつてのロキの被害者、人である事を辞めてしまった魔法少女なのだろう。


「あの、ロキ……」

「呂木さん? 呂木さんならそこに……」


 僕の言葉に食い気味に反応した少女が首を右に回して後ろの方を向くと、そこにはいつの間にかロキの奴がいた。


 何でか奴は麦を刈り取った後の地面に瓶ビールのプラケースを置き、さらにその上にベニヤ板を敷いて作業台を作り、手にした4,5本の長ネギを空中に浮かせたまま菜切り包丁で切っていた。

 子羊園でも見せていた手首のスナップを利かせた動作で包丁が振られるたびに切られたネギはベニヤ板の上に置かれたボウルの中に落ちていく。


「…………えぇ」


 何やってんだアイツ?


 困惑した表情の僕の顔を見て少女はクスリと笑い話を続ける。


「お兄さん、今日は呂木さんに手を貸してくれたんですよね?」

「え、うん。まあ……」

「それにそちらの方は……、なんていうか殺そうとしてゴメンね?」

「ヴぁ……!」

「ありがとうございます! そういうわけで御二方には真っ先にウドンを食べてもらいたくて先に来てもらいました」

「えっ?」


 少女が茹でていたウドンを大釜から上げてザルにあげ、たっぷりの流水で締めてから別の鍋でまた温めなおす。


 そのウドンを2つの丼に盛り付けて上からお玉でツユを注いでからカウンターへと乗せる。


「TIRI……」

「KIRI?」


 少女がウドンを作る様子を見ていた僕が後ろから聞こえてきた足音に後ろを向くとそこには2体の半魚人がいつの間にか現れていた。


 きっと2体は僕や巨人と戦っていたあの巨大半魚人がクトゥルーと同じように人間と大して変わらないサイズになったものなのだろう。


 その証拠に黄や赤など色鮮やかなヒレを頭や腕に生やした半魚人の全身いたる所には出血は止まっているが今もなまなましい傷口が残っていて、地味なヒレの半魚人に肩を貸されて歩いていた。


 さて、この屋台には4脚の椅子が用意されていて左端にはクトゥルーが座り、その隣に僕が座っていた。


 当然、新たにやってきた2体の半魚人は僕の右側に空いている2脚の椅子に座る事になったわけで、僕はクトゥルーと半魚人2体に挟まれる事になったわけなのだけれど、意外な事に僕はその事に脅威を感じる事もなく半魚人たちに先ほどクトゥルーへそうしたように箸の使い方を教える。


 1度の説明で器用に箸を使い始めたクトゥルーとは違い、半魚人たちは上手く箸が使えず口に持った丼に口を付け、箸をボートのオールのように使って口の中へウドンを流し込むというあまりお上品ではない食べ方をしていた。


 僕も自分の分のウドンを食べながら、その様子を自分でも不思議なくらいに穏やかな気持ちで眺めていた。


 これが普段の僕だったならどうだっただろう?


 後腐れないようにとか考えてサクッと半魚人を殺していただろうか?

 いくらなんでもそこまではしないんじゃないかなとは思うけれど、そう言えば、H市に引っ越してきたばかりの頃、商店街で初めてアーシラトさんを見かけた時、蛇のような下半身や頭に生えた角から別に彼女が何も悪い事をしていないのに先制攻撃する事を考えていた事を思い出して思わずドキリとする。


 いつの間に僕はそんな人間になっていたのだろうか?


「ヴぁ……?」

「お兄さん、どうかしましたか?」

「えっ!?」


 左隣のクトゥルーとカウンターの向こうの少女が心配そうな顔をして僕の事を見ていた。


「何か思いつめたような顔をしていましたけど……、ウドンが足りてないんじゃないですか?」

「ヴぁあああ……」

「い、いや! そ、そうだ! 一味と七味とどっちにしようかと思って!」

「ああ、分かります! 私もたまに悩んじゃうんですよね!」

「そうそう!」


 人である事を辞めて“神”に近づいているとかいう少女に、“神”の如きと謳われる宇宙怪獣を相手に心中を見透かされる事を恐れた僕はとっさに苦し紛れの嘘をついてしまった。


 でも、自分でも苦しいと思うような嘘をあっさり信じてしまう辺り、この2人、あるいは2柱は随分とチョロいと思う。

 少女の方は見るからに怪しい普通の人なら近寄るのも遠慮したくなるようなロキに騙されちゃうくらいだし、クトゥルーの方もロキには末端端末をナイアルラトホテプには肉体だけとはいえ本体をホイホイ召喚されちゃうような奴だししょうがないといえばしょうがないか。


「ヴぁ?」

「ああ、これ? 七味をかけると辛くなるし風味も変わって面白いよ?」

「あと、ネギとか揚げ玉とかもありますよ!」


 嘘のついでに卓上の「七味」と書かれた小型の瓢箪を開けて丼に振りかけた僕を見て隣の旧支配者が不思議そうな顔で首を傾げていたので説明してあげる。

 彼も興味を持ったのか自分の丼へ七味唐辛子を振りかけて1口。


「ヴぁ! ヴぁあああ!」

「き、気に行ったの?」

「カラくてオイしい!!」

「そ、そう……」


 お前も喋れるのかよ……。

 そっちの界隈じゃ喋れるのを隠すのが流行ってるのかい?

 まあ、どうでもいいけど。


 よほど七味唐辛子が気に入ったのかクトゥルーは自分の丼にたっぷりと瓢箪を振り、それから瓢箪を持たせた触手を伸ばして半魚人2体の丼に勝手に唐辛子をいれようとしたので流石にそれは「辛いのが苦手な人もいるので……」と止めておいた。




「呂木さ~ん! そろそろ団体さんが来ますよ~!」

「あいよ~!」


 いつの間にかネギを切り終えたロキが今度はカセットコンロに天ぷら鍋をかけて揚げ玉を作りながら少女に答える。


 ボウルに作った生地を菜箸の先に付け、火にかけた天ぷら鍋に縁に菜箸を軽く叩きつけて生地を落とす。

 それを繰り返していくロキの手際は素早く、まるで本職の料理人のようでもあった。


 それからしばらくしてガヤガヤという人の話し声が聞こえ、半魚人が現れた時と同じように忽然と今度は数千人単位の人が麦畑の中心の広場に現れていた。


 彼らは海上自衛隊の隊員なのか白い制服や青いツナギ服を着た者、あるいは飛行服にヘルメットをかぶっていた者もいた。

 また人間の中には僕の隣でウドンをすする半魚人と同じような灰色の皮膚をした半魚人が混じっていて、海自隊員と同じように半魚人たちも突然の転移に驚き、困惑しているようだった。


 そして僕のセンサー類には人間でも半魚人でもない熱源反応が検知されている。

 恐らくは「雄プレイ♂」に乗っていたハズの犬太さんやラーテの「UN-DEAD」怪人たちもこの場のどこかにいるのだろう。


 さすがにこれだけの人数にウドンを振る舞うのは屋台1台だけでは無理なんじゃないかと思ったけれど、麦畑の中から次々とお盆を持った人たちが現れては笑顔で彼らに丼を手渡していく。


 彼らの服装はまちまちで屋台の少女のように割烹着を着た人もいればエプロンを付けた人、あるいはジャージ姿だったり背広を着ていたり。

 年齢も性別もまちまちでおそらくは日本人だろう顔つき以外には共通点が見当たらない。ただ皆、揃って少女と同じく屈託の無い笑顔で笑っていた。


「あの人たちは一体……?」

「ああ、香川県の人は死ぬとこの場所へ来るんですよ。つまり彼らは元香川県民ですね」

「はぁ?」


 ロキも麦畑から現れた人たちに作業の続きを任せたのか僕の近くまで来ていた。


 え? でも、ここって死後の世界ってヤツ?

 しかも香川県民専用の天国って何じゃそら?

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