太平洋編-3
投下用パレットから解放された“届け物”の箱は陽光を浴びて銀色に輝きながら誘導爆弾のような小型の翼を出して姿勢を安定させながら猛スピードで降下していき、あらかじめセットされていたプログラムに沿って降下角を変更しながら突き進む。
地表まで後1000メートル。
僕も落下なんだか飛行なんだか分からないような角度で降下しながら“白い巨人”を殴りつけている色鮮やかなヒレを持つ方の半魚人へビームマグナムを発射して援護してやろうかとも思ったけれど、距離が離れすぎている上に周りを海に囲まれている状況では湿気が多すぎてプラズマビームも距離減衰が馬鹿にならない。
1度、撃ち切ってしまえば再チャージまでにいくらか時間のかかるビームマグナムをそんな非効率な事に使うのも気が引ける。
ロキがわざわざ僕をこんな場所に連れてくるくらいだ。
きっと僕でなければ対処できないような事が待ち構えているハズだろう。
「……ッ!?」
そう覚悟していたハズなのについにその時が来た時、思わず僕も息を飲んでいた。
ルルイエと海自艦隊との間に広がる海面は不自然なほどに周囲とは波の立ち方が違うとは思っていたのだけれど、その海原が不意に凪いだ状態になったかと思うと次の瞬間には次々と海面から対空砲火のような“何か”が飛び出してきたのだ。
「魚! と、トビウオ!?」
それはミサイルの安定翼のようにヒレを張りつめて跳びあがってくる巨大なトビウオの群れだった。
イルカやシャチのようなサイズのトビウオが数えきれないほど僕や僕の背後を降下する“届け物”目掛けて飛んでくる。
その内の幾つかは背に人間と同じくらいのサイズの半魚人を乗せ、半魚人は手にした海獣の骨や貝を素材とした原始的な武器をもって奇声を上げていた。
「魚が空を飛ぶなァァァ! マチェェェット・ブゥーメラン!!」
背中のラッチから取り外したマーダー・マチェットを投擲すると殺人鬼の洋鉈は草刈り機のように高速回転を始め、鈍色に輝く円盤と化して海産物軍団へと飛んでいく。
さらに僕は手元に主兵装である大鎌を転送。
大鎌を掴んだ瞬間、大鎌が受ける空気抵抗のせいでいくらか姿勢を崩したものの構わずさらに加速。
マーダー・マチェットが刈り残したトビウオへと向かって次々と斬り捨てていく。
海中ならばヒレで海中を自在に駆け巡る事も可能であろう魚介類たちも1度、空中に上がってしまえば水よりも比重が小さく粘性も弱い大気をヒレで掻いてもマトモな戦闘機動を取る事もできない。
対して僕は下半身や背中の修理が終わったばかりのロケットを噴かす事で複雑な機動を行う事が可能であったし、脚部についているロケットなんかは僕が足を動かす事で推力方向を簡単に変える事ができる。
さらに腕を振ったり、マントを組成するナノマシンを操作して形状を変化させる事で慣性を得たり、空気抵抗を姿勢転換に使う事もできるのだ。
空中をネズミ花火のように跳び回るマーダー・マチェットに上下左右の区別無く駆け巡る僕の大鎌に大空は瞬く間に血で染まっていき、それでも海面からは次々と新手が飛び出し続けてくる。
「チィィィッ! 後味が悪い!!」
僕がARCANAに改造手術を受けた時、奴らは僕の脳味噌をイジくり回して“命を奪う事”の忌避感を無くすために脳内物質の操作で感覚を麻痺させていた。
ただ、その“忌避感”とやらも「食べ物を無駄にする事」というタブーには働いてくれないようで、随分と食いでがありそうなトビウオを斬り捨て、その身が海中へと落ちていく度に僕の喉の奥から込み上げてくるような気持ち悪さに思わず悪態をつく。
僕は最近流行りのコテコテ油たっぷり系のラーメンなんかよりもアゴ出汁の効いたあっさり系のラーメンが好きなのだ。
その良いようのない気持ち悪さのせいで注意が散漫になったのか、モリのような武器を持った腕を切り落としながらも仕留めそこなった半魚人が乗っていたトビウオから跳びあがって僕に噛みつこうとしてくる。
「チッ……!」
僕は体を丸めるようにして軽く減速してタイミングを計ると脚を伸ばして半魚人の喉へと蹴りを叩きこむ。
まるでパスタの束を折るような鈍く軽い感覚が僕に伝わり、僕を睨みつけていた半魚人の目があらぬところを見るようになって力を失って落ちていくけれど、今度の半魚人はトビウオと違って食べ物には見えなかったせいか罪悪感は浮かんでこなかった。
「……どうなってんだよ! 僕の体は!?」
むしろ人型の生き物を殺した事でポンコツ電脳が脳内麻薬の分泌を指示したのか、さっきまでの嫌な感覚はすっかり嘘のように消え失せて、むしろ澄みあがっていくような感覚すら覚える。
澄んだ胸中とは裏腹に僕の生身の脳味噌はイラ立ち、次の獲物を探して脳内ディスプレイの敵性反応を探し求めていた。
「KIRIKIRIKIRI!」
「次はお前かァァァ!?」
2体の巨大半魚人の内の1体。
ヒレがカラフルじゃない方がついに接近する僕に気付いてこちらを向き返った。
もう1体、ヒレが色鮮やかな方は“白い巨人”の背後に回って巨人の首へ腕を回してチョークスリーパーを仕掛けているせいかまだ僕や“届け物”の存在には気付いていないようだ。
「……なら!」
地味ヒレ半魚人が口から高圧水流カッターのように水を吹き出して迎撃に移るけど、僕はまっすぐそのまま巨大半魚人へ向けて突き進む。
直線軌道に入った所で時空間フィールドを展開。幾つも並べていく。
先端は小さく、それから徐々に時空間フィールドのリングは大きくなっていき、僕と“届け物”をすっぽりと包む円錐を形作る。
巨大半魚人のウォーターカッターがどれほどの威力かは知らないけれど、たかが水で時空間フィールドへ何か変化をもたらすような事ができるわけもなく、半魚人が吐き出した水はまるで水鉄砲のように簡単に弾かれていく。
宇宙テロリストに占拠された宇宙巡洋艦を撃沈するミッションの時に初めて使ったこの時空間リングを並べた防御壁はリングの演算処理が複雑で単調な直線軌道を取っている時にしか使えないけれど、こういう時には効果テキメンだ。
僕は円錐の中で腰のホルスターから温存していたビームマグナムを引き抜き、放水が止む瞬間を待っていた。
そして、その時はすぐにやってきた。
放水が止んだと同時に僕は時空間フィールドで作られた円錐を消して地味ヒレに大鎌を投げつける。
「KIRIKIRIKIRI!?」
「TIRITIRITIRIッ……!!」
2体の巨大半魚人がほぼ同時に悲鳴を上げた。
地味な方は投げつけた大鎌に右目を切り裂かれ、カラフルな方は眉間をビームマグナムで撃ち抜かれて。
さすがに身長60メートル以上の巨大半魚人はプラズマビームの射撃を1発、食らったくらいでは致命傷とはならないのか悲鳴を上げながらも“白い巨人”を締め上げるその腕から力が抜けるという事はなかった。
でも、僕もそんな事くらいは予想済み。
左腕を突き出した姿勢のままそのままカラフル半魚人へと突撃。
「デビルクロー! パァァァンチ!!」
突き出した左手に嵌めている兄ちゃんの形見の爪付籠手の爪先から時空間断裂刃を展開。
なお拳じゃなくて抜き手なのに(以下略)
「TIRIRIRIRI……!!」
半魚人の眉間に肘まで左腕を刺し込み、頭蓋を掻きまわしながら左手の指を広げるとさすがに今度は半魚人も天を仰ぐように上を見て“白い巨人”から腕を離した。
そのまま巨大半魚人は顔面に張り付いた僕を潰そうと自身の顔面を張り飛ばすような勢いで腕を振り上げるが、もちろん僕だっていつまでもそんな所にはいない。
思い切りイオン式ロケットを吹かして飛び上がり空中で予想通りに飛来してきた大鎌をキャッチ。
そのまま今度は半魚人の背後に回って背中を斬りつける。
2体の巨大半魚人の注意がそれた事で“白い巨人”はフラつきながらも何とか再び立ち上がる事ができていたようだ。
『天ちゃぁぁぁん!! 受け取ってください!!!!』
海産物軍団やら巨大半魚人やらを僕に任せきりにしていたロキの野郎の声が周囲に響き渡る。
正直、僕ならロキの奴にそんな事を言われても絶対に疑って受け取ったりはしないのだろうけど、人が良いのか、“白い巨人”は奴の言葉に頷いて右腕を天に向けて突き上げる。
その突き上げられた巨人の手首へ目掛けて投下されてきた“届け物”が減速しながら変形を開始していく。
箱の底面からは腕時計やブレスレットのような銀色のベルトが現れて、箱自体は薄く平べったくなっていった。
巨人の手首へベルトが自動的に巻かれた時、それはどこからどう見てもその存在のために作られたかのようなブレスレットになっていた。
そして箱に刻みこまれていた「∞」のシンボルが輝き始めたかと思うと次の瞬間、光が爆ぜる。
「……ッ!? こ、これは……!?」
僕のアイセンサーの光量調節機能すら意味をなさないほどの白い光の奔流が溢れている。
いまだ2体の巨大半魚人を仕留めていないのに敵の姿を見失ってしまい、そこで初めて危険のただ中に飛び込んでしまった事に気付いたかのように心細くなってくるけれど、光に包まれて上下や前後左右の区別すらつかなくなった空間のどこかからあの巨大半魚人の声が聞こえてきて僕は安堵する。2体の声色に奴らも驚愕しているような困惑しているかのような感がありありと感じられたからだ。
そして光の奔流が過ぎ去った後、そこにいたのは“白い巨人”ではなかった。
僕も“その存在”が先ほど“白い巨人”がとっていたのと同じ右腕を突き上げるポーズをとっていなかったら同一の存在だと気が付かなかったかもしれない。
あるいは“それ”が右手首に嵌めているブレスレットに見覚えが無かったら。あるいは事前にロキから「少女は力を失っており、“届け物”で力を取り戻させる」という話を聞いていなかったら分からなかったかもしれない。
そこにいたのは“輝く巨人”だった。
筋繊維が剥き出しのように見えていた体表は巨人自体が発光しているためにディティールを探る事はできず。
黄色い2つの眼球の他には目も鼻も見られなかった頭部からは長い髪のような物が出現して腰の辺りまで垂れている。その髪がまるで穏やかな風に吹かれているようにそよいでいるのだ。
何よりも一番の違いはそのサイズ。
先ほどまでは巨大半魚人よりも頭1つ分くらいは小さい身長だったというのに、今やそのサイズ差は逆転していた。
「これが元々、人間だったっていうのか? ロキは……」
今回、出ててきた“輝く巨人”でやっと香川番外編「あまねく全ての人に“愛”を!」の後半に出てきた存在と同一の形態になります。




