太平洋編-2
「雄プレイ♂」はゆっくりと旋回しながら緩降下していく。
「な、なんだアリャ!?」
機体が旋回し海上自衛隊の艦隊とラーテが見え、続いて黒いゴツゴツとした溶岩が固まったようなルルイエが姿を現すと思わず僕は声を漏らしてしまった。
ただ海岸付近に立ったままのクトゥルーは良いとして、そのクトゥルーそっちのけで3体の巨大怪獣が争っていたのだ。
2体は半魚人そのものといった具合のブヨブヨとしていそうな艶のある皮膚で背中や腕には棘のあるヒレが付いていて、そのヒレがヒクヒクと動いて敵を威嚇しているように見える。
そして、もう1体。
全身が真っ白の怪獣というよりは巨人と言ったほうが近いのかな? その巨人は顔に2つの黄色い眼球があるばかりで口や鼻といった器官は見られない。しかもまるで皮膚を剥がれて筋組織が剥き出しになったような見た目だ。
「あの白い方が例の彼女です!」
「ああ、お前の被害者の?」
ロキが時空間エンジンが納められた箱にしがみついて開放された貨物室に雪崩れ込んでくる猛烈な気流に耐えながら風音に負けないような大声で僕に話しかけてくる。
操縦席からやってきて時空間エンジンを操作する犬太さんはハドー獣人の体力を活かして暴風に耐えているし、変身後の重量は300kgを超える僕も大して風の影響を受けていないけれどロキの奴だけは長い髪をバッサバッサ煽られて時折、視界も塞がれたりしているようでその姿は僕が持っているロキのイメージからはかけ離れた意外なものだった。
てっきりこいつは自分の手を汚したりするような事は無いような奴で、コイツの努力の方向はもっぱら他者を自分の思う通りに言葉巧みに操る事にあるものだと思っていたのだけれど、懸命に強風に耐えているところは彼には彼なりの事情があるのだろうと想像させる。
「……っと、2人ともイける♂わよ~!!」
「それじゃ、コイツを押し出して投下しますよ!」
「……分かったよ!」
犬太さんの合図でパレットに縛着された時空間エンジンを押し出すため機首側に回ってロキと並んでタイミングを見計らっていると、ロキが僕の顔も見ずに先ほどよりは小さな声で口を開いた。
「貴方、心残りかもしれないから言っておきますがH市のほうは心配ありませんよ?」
「まるで僕が帰ってこれないみたいな言い方やめてくれる? まあ、それはともかく明智君の作戦だから心配はしてないよ」
正直、H市に残してきた皆の事が心配ではないのかと言われれば嘘になる。
特に真愛さん。
彼女は自分で戦う事もできないというのにクトゥグア召喚に信憑性を持たせるために「おびき寄せ部隊」に参加しているハズだった。
彼女の身に危険が迫ってやしないか、その事を考えると僕の心はザワついてくるのだ。
もちろん明智君がついているのだからそんな心配などする必要無いって分かってはいるのだけれど……
「いえ、明智元親の作戦は失敗します。彼が知り得ない要因によって」
「……えっ?」
その言葉に驚いた僕が奴の顔を見ると、ロキは詰まらなそうな表情で投下のタイミングを待っていた。
その表情は言う必要も無い決まりきった事を言わなければならないかのように面倒そうなものにも見える。
「安心してください。明智元親の作戦が潰えたところで貴方のお仲間たちはそこで諦めるような者は1人としていないでしょう? 明智元親だってすぐにまた動き出しますよ。それがナイアルラトホテプの敗因でしょうか?」
「というと?」
「確かにナイアルラトホテプの力は強大です。ですが、そのせいで奴は自分1人で全てを動かそうとする。奴の手下にまともな知性を持つ者がいないのはそのせいでしょう……」
確かに今朝、子羊園を襲撃してきたナイトゴーントも何かに寄生されたサイ怪人も知性というものは感じられなかった。そりゃ河童さんをさらっていくくらいだから命令を理解して実行に移すだけの知能はあるのだろう。でも知性と知能は別のものだ。
つまりロキはナイアルラトホテプの軍勢の頭脳は大将である奴自身だけであると言っているのだろう。
「対して人間は、まぁ、貴方のお仲間には人間ではない者も多いようですが……、それは置いておいて、人間には1人1人に考える頭があります。それが優れていようが劣っていようが大勢の人間の抗おうとする力、守ろうとする力の結集は時に“神”の力を超えるものになりえるのです」
「……うん」
僕自身、自分が今こうして生きていられるのは多くの仲間たちのおかげだと理解している。
1人1人の力は小さくても、力を合わせる事で人はどんな困難でも乗り越えられる。
希望的すぎるかもしれないけれど、僕はそう信じているし、信じていたい。
まぁ、ロキに対しては「お前がそれを言うのか……」と思わないではないけれど。
「それに……」
「うん? なに?」
そこでロキは少しだけ言い淀んだ。
「いえね。貴方、私にとって今日一番の危険はこの海域ではなく、貴方を誘いに行ったあの子羊園だったって言ったら信じますか?」
「は? どゆこと……?」
「あそこには“ソロモンの後継者”長瀬咲良がいたでしょう?」
「咲良ちゃん!? あの子が……」
少なくとも今日になってから奴の言葉には嘘は無いと感じていたし、それは今も変わらない。
それでも奴の言葉が信じられない。
ロキにとってはこのルルイエ周辺なんかよりも咲良ちゃんの方が危険だって?
今もルルイエでは防戦一方ながら白い巨人が2体の巨大半魚人と戦っているし、海上では何故かホバー・ラーテが3隻の海自護衛艦と協力して2隻の超ド級戦艦を守るように対潜戦闘を繰り広げている。
まぁ「UN-DEAD」のホバー・ラーテの事はD-バスターたちや鉄子さんのトンチキぶりを思えばあいつらが何をするかなんて考えるだけ無駄な事なのかもしれない。
それにしたってこの眼下に広がる怪獣映画のような光景よりも咲良ちゃんの方が危険だなんて一体、どういう事だろう?
「あの子の手に魔杖デモンライザーが渡るように仕向けたのは私なんですがね。それは何でだと思います?」
「分からないよ。そんな事!」
「ここに貴方を連れてくるため、代わりに東京でナイアルラトホテプの相手をしてもらうためですよ。これで貴方も安心でしょう?」
「でも咲良ちゃんは……」
彼女の主戦力であった悪魔ベリアルはすでにナイアルラトホテプによって殺害されている。
しかもロキは咲良ちゃんを「ソロモンの後継者」だなんて呼んだけれど、そのソロモン王本人を殺したのもナイアルラトホテプだという。
とても今の咲良ちゃんにあの邪神に勝てるとは思えないのだけれど、逆にロキは企み事が上手くいったかのようにいつもの悪辣な笑みを浮かべて体を上下させて笑っていた。
「まっ! 時間が差し迫ってますから詳しくは言いませんが貴方はナイアルラトホテプよりも強いでしょう。ですが貴方には奴を倒せません。それは確かです」
「……でも咲良ちゃんなら奴を倒せると?」
ロキはまるで共犯者に向けるようなウインクを返してくる。
もう少し詳しい話を、と思ったところで犬太さんが十分に高度が下がった事を告げる。
次にルルイエが見えた時が投下のタイミングだ。
「それじゃ、行きますよ!」
「お前も押せ!!」
僕とロキでパレットごと時空間エンジンを押し出すと、犬太さんが念入りに潤滑油のスプレーを吹き付けていただけあってパレットは投下用レールを軽快な摩擦音を立てて滑り出していった。
高度は1200メートル。
僕が自由落下の速度に加えてイオン式ロケットを吹かして投下物の前に出る。
ロキもパレットと“届け物”を縛着している2本のベルトを空中で外すと魔法の力で宙へと舞い上がった。
そういえばウルトラマンに海底原人ラゴンってのがいましたが、アレはダゴンと関係があるのでしょうか?
ウルトラシリーズでクトゥルー物といえばティガが有名ですが……。




